怪盗
マジカルキャット(MAGICAL CAT)
神代家の秘宝
後編




 ――猫ヶ崎市内 某ビル屋上。
「現在神社には三人……ふふっ、予定通りね」
 猫ヶ崎市内で一番高いビルの屋上から双眼鏡を片手に下界を覗く者が一人。
 もう片方の手にはあんパン。
 足元には牛乳瓶が置いてある。
 張り込み中の刑事(デカ)のようであるが、その容姿から明らかに違うことがわかる。
 黒いスーツに蝶ネクタイ。
 頭には黒いシルクハット。
 手にはステッキ。
 そして、顔の右半分を覆った仮面。
 この人物こそ現在猫ヶ崎市内を騒がしている『怪盗マジカルキャット』である。
「織田鈴音、ロック・コロネオーレ……この二人が今晩いないことは調査済みよ」
 あんパンを口に入れると、残っていた牛乳を一気に飲み干す。
「さてと、今夜のステージへと参りますか」

 ――神代神社。
「さあ来なさい! マジカルキャット!」
 どこから見つけてきたのか、その手に身の丈ほどもある巨大なハンマーを握り、叫ぶちとせ。
 マジカルキャットでなくとも近寄りたくない。
「ちとせ……いくらなんでもハンマーは……」
「甘い甘い☆ このぐらいの装備は常識だよ? 悠樹こそチェーンソーとかくさり鎌とか……」
「い、いいよ……ぼくは」
「まあまあ、お茶でも飲んで落ちつきましょう」
「姉さん! お茶なんか飲んでる場合じゃないよ」
「そうは言ってもいつマジカルキャットさんがお越しになられるかわかりませんし……」
「う〜ん、それはそうだけど……」
  
 ぴんぽ〜ん。
  
「あら、お客さまかしら?」
 葵が玄関へ向かおうとする。
「待って姉さん!」
「どうしたの、ちとせ?」
「もしかしたらマジカルキャットかも……」
「あら、だったらお待たせさせたら悪いですわね」
「そうじゃなくって! 悠樹は一応、裏口へ行って」
「うん、わかった」
「じゃあボクと姉さんで玄関に行こう」
「そうですわね。二人でお出迎えするのが礼儀ですわ」
「……」
 悠樹は裏口、ちとせと葵は玄関へと向かう。

 ドンドン。

 扉をノックする音が聞こえる。
 勿論、扉には鍵がかけてある。
「どちらさまですか?」
 葵が玄関の扉越しに訪ねる。
 横ではちとせがハンマーを握り締めながら構えている。
「葵か? 開けてくれ」
「鈴音さん?」
 ドアの向こうから聞こえてきたのは鈴音の声。
「お帰りになったんですね。今開けますわ」
 葵はドアを開けようとする。
「まって姉さん! 鈴音さんなら合鍵もっているはずだよ!」
「えっ」
 ちとせが気付いた瞬間、葵はドアを開けていた。

 ぽんっ。
  
「きゃあっ!」
 ドアを開けた瞬間、辺りが煙に包まれる。
「ケホケホッ! ……これは」
「フフフ……甘いわね」
「誰!?」
 ちとせは辺りを見まわすが、煙のため声はすれども姿は見えない。
「変装は私の十八番。声マネぐらいお茶の子さいさいよ」
「まさか……マジカルキャット!?」
「さあ、マジックショーの始まりよ!」

 ボンッ。

 次々と何かが爆発する音が聞こえる。
「まさか爆弾!?」
「安心しなさい。煙だけよ」
「あっ、待て!」
 ちとせがその音に気を取られた隙にマジカルキャットは家の中に入り込む。
 慌てて追うちとせ。
「あっ、ちとせ待って……きゃあっ!」
 葵も追いかけようとするが、音にびっくりして歩み出すことができない。
「お、音だけですわ! マジカルキャットさんもそう言ってましたし……」
 意を決して踏み出す葵。
 だが……。

 ドガァァァァン!

「きゃあああ!」
「姉さん!?」
 後方から聞こえてきた爆音と葵の悲鳴に思わず振りかえるちとせ。
「……ちょっと火薬の分量を間違えたかしら?」
「よくも姉さんを!」
 ハンマーを振りまわしながら再びマジカルキャットを追いかけ始めるちとせ。
 だがマジカルキャットは突如立ち止まり振りかえる。
「これが何かわかるかしら?」
「それはまさか……」
 マジカルキャットが手にもっているもの。
 それは羽の生えた猫だった。  
「空飛び猫!」
「フフ……流石に知っているようね」
 不敵な笑みを浮かべるマジカルキャット。
「欲しい?」
「うん☆」
 ちとせの目は餌を目の前にした子犬のようにキラキラと輝いていた。
「じゃあ、あげる」
「ホント?」
「本当よ。それっ!」
 空飛び猫を上に放り出すマジカルキャット。
 空飛び猫は翼をはばたかせながら、庭園へと飛んでいく。
「あ〜! 待て〜〜〜!」
 裸足のまま庭へと飛び出て、空飛び猫を追いかけるちとせ。
 その姿はニンジンを目の前に吊るされた馬のようである。  
「これで充分時間が稼げるわね」

「待て待て〜〜!!」
 庭で翼の生えた猫を追いかけ続けるちとせ。
「それっ、捕まえた!」
 そして、ついに空飛び猫を捕まえることに成功した。
「クックル〜」
 猫が可愛らしい声で鳴く。
「可愛いっ……って、ええっ!?」
 ちとせの手に握られていたのは猫ではなく白い鳩だった。
「は、鳩!?」
 見事にひっかかったちとせ。
「やられたっ!!」

「う〜ん、どこかしら? 内部の図面は手に入らなかったのよね」
 目当ての物を探す為にそこら中を物色するマジカルキャット。
「そこまでです!」
「……!」
 マジカルキャットの背後に立つ人影。
 服のあちこちに焦げ跡がある葵であった。  
「そこのあなた。手伝ってもらえますか?」
「えっ?」
 葵の方を振り返ると、突如トランプをシャッフルし始めるマジカルキャット。
「ではこの中から一枚選んでください」
「は、はぁ……。じゃあこれを」
 言われるがまま、一枚のカードを指し示す葵。
「このカードですね?」
 そのカードを抜き、葵の目の前に出す。
 葵にはカードの裏、マジカルキャットには表が見えている。
「あなたにはこのカードが何だかわかりますか?」
「い、いえ……わかりませんわ」
 葵にはカードの裏しか見えていないので当然である。  
「ですが、私にはわかります」
 マジカルキャットにはカードの表が見えているので当然である。
「あなたが選んだカードは……ハートの『A』!」
 葵にカードの表を見せるマジカルキャット。
「まあ、すごいですわ!」
 疑うことを知らない……いや、やはりどこか抜けてる葵姉さん。
「記念にこのカードを差し上げますよ」
「本当ですか?」
「ええ、どうぞ」
「まあ、ありがとうございます!」
 喜ぶ葵。
 やはりどこか抜けてる。  
「では私はこれで……」
「お気をつけて」
 笑顔で見送る葵。
 マジカルキャットは何事もなかったかのように部屋を出て行く。
「それにしてもどうしてわかったのかしら?」
 貰ったカードをマジマジと見てみる葵。
 無論、タネも仕掛けもない。 

「あった! これだわ!」
 ついに目的のものを見つけたマジカルキャット。
 もはやここに用はないので、逃げようとする。
 だが……。
「あっ」
 部屋を出たところで悠樹と鉢合わせする。
 悠樹は先程の玄関の爆発音に気付き、戻ってきたいたのである。  
「ま、まさかあなたがマジカルキャット!?」
 すぐに身構える悠樹。
 だがマジカルキャットもすぐにポケットから振り子を取り出す。 
「あなたは八神 悠樹……そうですね?」
「!?」
 悠樹の目の前で振り子を揺らすマジカルキャット。
「ぼ……ぼくは……八神……悠樹……」
 悠樹は自分の意思に関係なく、そう呟いていた。
(フフフ……どうやら私の催眠術にかかったようね)
 無論、マジカルキャットは悠樹のことも調査済みであった。
「あなたは、風。あなたは、風。淀みなく美しい存在」
「ぼ……ぼくは……」
「人ところにとどまらない。拘束されることを好まない。それが、風」
「う……うう……」
 うずくまる悠樹。
 確実に催眠が効いている。
(もう少しね……これで今夜のステージも終了よ)
 マジカルキャットは更に振り子の揺れを早める。
「さあ、眠りなさい。すべてを忘れて、眠りなさい」
「ぼ……ぼくは……ぼくは……」
「風になってお眠りなさい!」
 そのとき悠樹に異変が起きる。
「……ぼくは風」
「へっ?」
「風はすべてをそよがせる。風はすべてを吹き流す」
 突如立ち上がる悠樹。
 その足下から突風が吹き出す。
「!」

 ビュオォォォァァァァァ!

 それはそよ風とは程遠い暴風。
 あまりの強さに、家の中が軋み始める。
「ちょ、ちょっと何よ、これ!? 予想外よ!」
 マジカルキャットも予期せぬ出来事に動揺を隠せない。
「も、もしかして、変な方向に催眠がかかっちゃった!?」

 ズガァァァァァァァン!

 突風によって、次々と荒らされていく神代家。
 悠樹はというと、半分眠っているかのように、瞼が閉じかかっている。
「こ、これじゃ私の命も危ない!? に、逃げなきゃ!」
 そそくさと逃げ出すマジカルキャット。
 悠樹は寝ぼけた顔で神代家の中をふらつきながら、台風のように周囲の物品を薙ぎ倒していく。

 ドガァァァァン。
 ドガァァァァン。
 ドガァァァァン。

「ちょ、ちょっと何これ!?」
「悠樹クン!?」
 マジカルキャットを再び追いかけてきたちとせと葵がやってくる。
 だがそこにいたのは寝ぼけ眼に千鳥足で烈風を吹き出している悠樹だった。
「い、家が……」
 崩れる壁。
 倒れる柱。
 葵はその光景に気を失いかける。
「と、取りあえず悠樹を止めないと!」
 右に左にたたらを踏んでいる悠樹の背後に忍び寄るちとせ。
「ぼくは風……」
「ごめん☆ 悠樹!」

 どがっ。

 悠樹の後頭部にちとせの特大ハンマーがヒット。
 気を失い倒れる悠樹。
「ふぅ……止まった☆」
 ハンマーからは血が滴り落ちている。
「あっ、そうだ! マジカルキャットは!?」
「もうお帰りになったのかしら?」
「じゃあもう秘宝は取られた後!?」
「ちとせ、物置を調べるわよ」
 物置へと走るちとせと葵。
 放置されたままの悠樹は頭から血を吹き出している。
「……ぼくは風……? いや、噴水……だよね、これ……がくっ」
 哀れなり、悠樹。

「う〜ん、結局何も取られてなかったね」
 悠樹を倒してから……いや、マジカルキャットが去ってから一時間。
 ちとせと葵は居間でお茶を飲んでいた。
 悠樹は頭に包帯を巻いて、ばつの悪そうな顔で座っている。
「それにさ、物置に行くなら家の中を通る必要ないんだよね」
「通帳も印鑑も無事でしたし……何を取りにいらしたのかしら?」
「ま、何も取られなかったんならいいんじゃない?」
「それもそうね」
「ふぁ〜、何か疲れちゃった。ボク、もう寝るよ」
「ちとせ、お風呂は?」
「姉さん先でいいよ」
「じゃあ、そうさせてもらうわね」
 浴室へと向かう葵。
 ずずーっとお茶をすするちとせ。

「きゃあああああああ!!」
「姉さん!?」
「葵さん!?」
 突如浴室から聞こえる葵の悲鳴。
 慌てて浴室へと行くちとせと悠樹。
「どうしたの姉さん!?」
「ちとせ!私の猫さんのパジャマどこいったか知らない!?」
「へ?」
「確かここに入れておいたはずなのに……」


「ふぅ……今日は大変だったわ……」
 春風 左京ことマジカルキャットは家に帰ると自室ベットに倒れ込んだ。
「……まあいいわ。例のものも手に入ったし」
 左京は紙袋からパジャマを取り出す。
 勿論、葵愛用の猫パジャマである。
「今夜は素敵な夢が見られそう」

 ――翌日。

 チュドォォォォォォォン!

「おっ、奇術部の連中またハデにやってるな」
「迅雷さん、早く練習にいきましょう」
「おう!」
 猫ヶ崎は今日も平和。


前編   おしまい