怪盗
マジカルキャット(MAGICAL CAT)
神代家の秘宝
前編




 ―――猫ヶ崎高校。
 現在、授業が終わり平和な放課後。
 梅雨も明け、初夏の陽射しが心地よい。
 部活動に勤しむ者、教室で友人とお喋りを楽しむ者、委員会の仕事に追われる者。
 とにかく平和な放課後。
 ……のはずだった。

 チュドォォォォォォォォォォン!

 突如、校舎の一角が爆破する。
 おそらく化学室のあたりであろう。
「こ、虎島先輩! あ、あれ……」
「コラぁぁ、(おおとり)ぃぃぃ! 練習中に私語は謹め!」
 校庭の隅で黙々と練習をしていたラグビー部部員(兼軽音部部員)鳳 朱鷺(とき)はその光景に我が目を疑った
 その朱鷺を叱り飛ばす、ラグビー部主将、虎島 徹。
 校舎から黙々と煙が上がっている。
「で、でも……今……校舎が」
「ん? ああ、多分奇術部の連中だろう。この季節になると連中の動きは活発になるからな」
「奇術部?」
「知らないのか? まあ、この時期には珍しいもんじゃねえよ」
 確かに先ほどの爆発に驚いていたのは朱鷺一人だったようである。
 校庭にいる他の部活も何事も無かったかのように練習を続けている。
 流石は猫ヶ崎高校の生徒。
「おい、いつまでボケっとしてる気だ! 冬の全国まで時間はないんだぞ!」
「は、はい」
 ラグビー部も猫色へと染まっていく……。

 ――奇術部部室。
「タイムは?」
 長身ポニーテールの少女は部室に戻ってくるなり、中にいるストップウォッチを持った男子生徒に尋ねる。
 猫ヶ崎高校三年、春風(はるかぜ) 左京(さきょう)
 彼女がこの猫ヶ崎高校奇術部部長。
 無論、猫ヶ崎高校生徒である以上美人である。
「三分五十七秒二六。予定より〇.一五秒オーバーしています」
 ストップウォッチを持った男子生徒、猫ヶ崎高校二年、奇術部副部長、神崎(かんざき) 啓一(けいいち)がタイムを報告する
「〇.一五秒オーバーオーバーか。私もまだまだね」
「やはり計三十二個の手錠をはずすのに時間が?」
 パソコンにデータを入力している女子生徒が尋ねる。
 彼女は奇術部マネージャー、白鳥(しらとり) 瑠香(るか)白鳥 瑠香。
 この春、奇術部に入部した一年生である。
「手錠は問題なかったわ。ただ体を縛っていた27本の有刺鉄線で時間を食ったわ」
「なるほど」
 再びパソコンを入力し始める瑠香。
「お疲れさまでした。春風部長」
「ありがと。瑠香ちゃん、データの入力終わった?」
「ただ今データ入力完了しました」
「白鳥君、読んでくれたまえ」
「はい。今回の『理科室大爆破&手錠有刺鉄線拘束脱出マジック』における達成率は九十二%」
「九十二%……まあまあってところね」
「コンピューターが指摘した問題点を修正することにより次回は三分五十七秒〇二での脱出が可能です」
「今回より〇.二四秒の短縮か……。春風部長、可能ですか?」
「なんとかなると思うわ。今日のでコツは掴めたしね」
「では来週の『化学室大爆破&手錠有刺鉄線拘束脱出マジック』は予定通り決行ということで……」
「ええ、予定通りね。ま、とりあえず休憩にしましょ。みんな、お疲れさま」
「私、お茶入れますね」
 先ほどまでの緊迫したムードからほのぼのモードへと変わる奇術部部室。

 ガッシャーン
  
 突如、部室のドアが勢いよく開かれる。
 あまりの勢いにドアにはめられたガラスが粉々に砕け散った。
「左京〜〜〜! またあなたやったわね!」
 入ってきたのは、猫ヶ崎高校生徒会長、吾妻(あづま) ほまれ
「あっ、ほまれ。どうしたの?あと、そのガラスちゃんと弁償してよね」
「『どうしたの?』じゃないでしょ! またあなた達やったわね!」
「何の事?」
「さっきの爆発よ!」
「ああ、あれ? いつものように後始末お願いね」
「あ……あ……あなたって人は!!」
「まあまあ、このお茶でも飲んで落ちつきなさい」
 左京は瑠香の入れたコーヒーをほまれに渡す。
 だが……。  
  
 ポンッ。

「きゃあっ!」
 突如、コーヒーカップからハトが飛び出し、驚き腰を抜かすほまれ。
「瑠香ちゃん、一目で見破られるようじゃまだまだよ」
「す、すいません!」
 そのハトは瑠香が仕掛けたものであった。
「あら、ほまれ大丈夫?」
「あ、あなたがたは〜〜〜!」
「とりあえず立ちなさい。そこ、あなたの割ったガラスの破片が落ちてて危ないわよ?」
 ほまれに手を差し出す左京。
 腰が抜けて立てないほまれは仕方なくその手に捕まる。
 だが……。

 ブチッ。

「キャアアアアアア!!」
 ほまれの手には手首から先のみの左京の手が握られていた。
 先ほどまで腕に繋がっていたであろう部分からは赤い液体が流れている。  
「ひ……手……手が……」
 青ざめていくほまれ。
「どうしたの、ほまれ?」
「へ?」
 ほまれの目の前にはちゃんと両手のある春風 左京の姿の姿があった。
 無論、ほまれの持っている手は偽物である。
「いい、瑠香ちゃん? こういう風にやるのよ」
「はい!」
「勉強になります!」
 尊敬の眼差しで左京を見つめる瑠香。
 熱心にメモを取る啓一。
「あ、ほまれ。その手欲しければあげるわよ?」
「いりませんわ、こんな物!」
 偽物の手を投げ捨てるほまれ。
 その手を拾い、熱心に調べあげる啓一。
「こうなったら奇術部を無期限の活動停止にしますわよ!」
「へぇ〜、この全国高等学校奇術選手権 現在9連覇中という実績をもつこの奇術部を活動停止にするつもり?」
「くっ……」
 全国高等学校奇術選手権。
 夏の高校野球、高校クイズ選手権に並ぶ三大イベントの一つ。
 だがその人気とは対称的に年々参加校は減少。
 昨年に至っては参加校は猫ヶ崎高校を含め二校であった。
 と、いうのも年々過激になるその内容。
「空中一万二千メートル! 全身拘束ダイブ」
「水深五千メートル!海底火山火口脱出」
 もはや奇術でもなんでもない気もするが、絶大なる人気があるのは事実。
 昨年の決勝(一回戦)での死闘は後世に語り継がれる名勝負であった。
 そして当時2年生ながら猫ヶ崎高校のエースであった春風左京が全身血まみれの姿で優勝旗を掲げたシーンは歴代最高瞬間視聴率を記録した。
 と、いうわけで多少…いやかなり問題があっても奇術部はその実績から学校の保護を受けているといえる。
「とにかく今後、校舎を爆破するなどといった活動は生徒会が許しませんわ!」
「はいはい。わかったわよ」
「では失礼いたしますわ!こんなところ〇.一秒でも居たくないですわ!」
「あ、ガラスの代金は生徒会にまわしておくからね」
「……」
 その後、次週の 「化学室大爆破&手錠有刺鉄線拘束脱出マジック」の会議が夜遅くまで続いたことをほまれは知らない。

 ―――神代神社
 所変わってここは神代神社。
 神代ちとせと八神悠樹が部活動を終え、帰ってきたところである。
「ただいま〜☆」

 ドタドタドタ……ガッシャーーーーーン!

「!?」
「ちとせ! 大変なのよ」
「ど、どうしたの姉さんそんなに慌てて……それにさっきの音は……?」
「ちょっと転んだだけですわ。それよりもこれを……」
 ちとせの姉、神代 葵はちとせに1枚のカードを渡す
 シルクハットをかぶり、ステッキをもった黒猫の絵が描いてある。
「何、このカード?」
「さっきお買い物から帰ってきたら郵便受けに入っていたのよ。それよりも裏を……」
「裏?」
「ちとせ、なんか書いてあるよ」
 ちとせはカードをめくって見る。
「これは……!?」

 ――今夜、神代家の秘宝を頂きに参ります。怪盗マジカルキャット。

「怪盗マジカルキャット!?」
「それって……最近、猫ヶ崎市内を賑わしている大泥棒だよね」
「姉さん、警察には連絡したの?」
「ええ。でも『今夜泥棒さんが来ます』って言っても信じてくれませんでしたわ」
「姉さん……その言い方じゃ……」
「どうしましょう? 今日は鈴音さんもロックさんも帰ってきませんし……」
「う〜ん、ボク達でなんとかするしかないね」
「そうだね。けど葵さん、この『神代家の秘宝』って何ですか?」
「それが何かわからないんですわ」
「あれじゃない? 裏の物置になんか古いものがいっぱいあるじゃん」
「確かに中には歴史的に価値のあるものもあるとお父さまから聞いたこともありますわ」
「それだよ。よ〜し、今日は徹夜で警備だ!」
「……ちとせ、何か楽しそうにしてるのは気のせい?」
「にゃっはっは。だって、そのマジカルキャットを捕まえれば警察から感謝状が貰えるかもしれないじゃん」
「あら、だったら美容院に行ってこなければなりませんわね」
「葵さん……」
「よ〜し、来るなら来い! マジカルキャット!」

 ―――奇術部部室
 再び奇術部部室
 外はもう暗いが、中では 「化学室大爆破&手錠有刺鉄線拘束脱出マジック」の会議が続いていた。  
「じゃあ、今日はここまでにしましょう」
「はい」
「あ、瑠香ちゃん。私、もう少し残っていくから鍵置いてってね」
「わかりました」
「では、お先に失礼します」
「お疲れさまでした」
「お疲れさま。気をつけて帰るのよ」
 啓一と瑠香が帰ったのを確認すると左京ポケットからリモコンを取り出す。
 そのスイッチを押すと床が開き、中には地下へと続く階段があった。
 そして左京はその階段を降りていく。
 階段を降りるとそこには小さな部屋。
「さてと、お仕事お仕事」

 ポンッ。
  
 突如部屋に煙が湧き上がる。
 誰か見ているわけではないので全く無意味な演出である。
「準備完了」
 煙の中から現れた者。
 黒いスーツに蝶ネクタイ。
 頭には黒いシルクハット。
 手にはステッキ。
 そして顔の右半分は仮面で覆われていた。
「怪盗マジカルキャット見参!」
 無論、誰も見ていない。
「今日のターゲットは神代神社……少しは楽しめるかしら?」


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