(2003.12.10)
〔2〕
遺伝子は、差別の道具にはならない!
遺伝子は個人の所有物ではない!
全生態系で1枚の絵となる、生命の深淵!

参
考 文 献
日経サイエンス 2004/01月号
遺伝子の退化がヒトを生み出した 高畑 尚之 (総合研究大学院大学)
<最新の遺伝子関連データのみを参考にしました/遺伝子・差別問題は、無関係です>
【遺伝子による究極の差別】 
「ええ、高杉・塾長...」響子が言った。「それでは、このページ本来のテーマである
“遺伝子による差別の問題”に移りたいと思います。そもそも、遺伝子による差別な
どが、何故起こって来るのでしょうか。まず、そのあたりから、お話を伺いたいと思い
ます」
「そうですねえ...」高杉は、腕組みをした。「その前に、1つ断わっておきますが、私
は“差別”や“人権問題”の専門家ではありません」
「あ、はい」
「それから、遺伝子による“差別”が実際に起こって来ているのは、“病気の可能性の
ある遺伝子”を持つということで、生命保険などのリスク・マネージメントとして利用さ
れ始めているわけです。しかし、私は、保険について、詳しい知識をもっているわけで
もありません」
「はい。もちろん、分っていますわ」響子は、唇を引き結んだ。「塾長には、遺伝子を扱
う“倫理”や“生命哲学”について、お話を伺いたいと思っています。
あ、それから、塾長は今、“生命保険”のリスク・マネージメントとしての差別を言わ
れました。しかし、それがさらに将来、“仕事”や、“結婚”や、“社会的な身分格差”
等に発展していく可能性があります。これは、どうお考えでしょうか?」
「うーむ...あり得る話ですね...世の中は、真に賢い方向へ動くとは限りません。
大半は、それが悪いと分かっていても、押し流されてしまう...それは、歴史が証明
しているでしょう...また、今でも、あの出口の見えない“パレスチナ問題”を生み出
しているわけです。あれは、いずれにしても、イスラエルの建国の折に、周囲がもう
少し注意すべきだったのです...」
「はい...
この遺伝子の問題でも、最悪のケースでは、“社会的な烙印”を押されるようなこと
にもなりかねません。こうした流れは、社会を混乱させる要因になるのではないでしょ
うか、」
「うーむ...人類の歴史を考えれば、“そんなことは絶対に起こらない”とは、とても
言い切れないねえ...つい数年前の事だが、旧・ユーゴスラビアのコソボ紛争など
でも、“民族浄化”などという言葉が、堂々と新聞紙上に踊っていた。
あのナチスによる、ユダヤ人抹殺のような民族浄化政策が、今でもまだ実際に支
持される土壌があるのには、正直、驚いた...まあ、結局、あのナチスによる“ホロ
コースト”が、今言った“イスラエルの建国”と、“パレスチナ問題”になってくるわけだ
がね...」
「はい、」響子は、コクリとうなづいた。
「まあ...単一民族で、日本列島という島国で暮らしてきた日本人には、理解し難い
ものがあるね。つまり、隣人を、それほど深く憎むということが...数百年にも及ぶ、
深い深い因縁があるのだろうねえ...」
「はい。私たち日本人には理解できなくても、“民族的な遺伝子の特徴”が、病気など
のリスク・マネージメントにひっかかるようだと、これはこれで大問題になると思いま
すけど...
遺伝子は、ごく表面的な、“可能性の一部を指摘”するだけではないでしょうか。で
も、それだけのことで、病気が発現しなくても、差別はスタートするわけです。こんな
ことが、いったい、許されるのでしょうか?
あなたは、“お腹がすいている”し、“お金も持っていない”...だから、“そのパン
を盗む可能性は、70%”...したがって“処罰します”...というようなものじゃない
かしら?」
「その通りですね、」外山が指を立てた。「遺伝子というのは、響子さんの言うように、
“可能性”を示すだけです。つまり、“病気そのもの”ではないのです。
病気が発現するには、その他の膨大な要素や環境圧力が、オーケストラのように
関連しあい、その結果として出てくるものだと思います。その可能性にひっかかる遺
伝子があるというだけで、差別するのは、大きな間違いだと思います。
それでは、遺伝子というものが、真に理解されていないですね...」
「はい...」
「ヒトゲノムには、10万以上の遺伝子があると考えられていた頃は、遺伝子は1対1
で、遺伝情報の発現と対応していると考えられていました。基本的には。ところが、実
際のヒトの遺伝子は、約3万とも、3万4000程度とも言われるようになり、格段に数
が少ないことが分かってきました。
ところが、体長約2センチほどのプラナリアで、1万7000個ほどの遺伝子がありま
す。それから、体長が1ミリ以下で、約1000個の細胞の線虫でさえも、1万5000個
もの遺伝子を持っているのです。60億の細胞で構成されるヒトの遺伝子が、約3万
で、1000個の細胞の線虫が15000とは、どこかがおかしいですね。根本的な所
で、おかしいと思います...」
「ふーむ...」
「また、こういう事実もあるわけです...
例えば、ヒトとマウスでは、ゲノムにある遺伝子の99%が“相同”であることです。
こうなってくると、遺伝子というものの概念を、劇的に変えなくてはならないと思うので
す。まあ、ともかく、ヒトの遺伝子が、線虫の2倍しかないというのでは、考えを変えざ
るを得ないでしょう...」
「なるほどねえ、」
「遺伝子はともかく、そこに載っている“遺伝情報”という“ソフトの方”は、ホログラム
的な情報なのではないでしょうか。これは、一卵性双生児の、卵割からの発生過程
などを見ていても感じることですが...1つの受精卵が2つに分割されたからと言っ
て、上下半分、あるいは左右半分の赤ん坊が生まれてくるわけではありません。こん
なことは、絶対に無いのです。しっかりと、完全な赤ん坊が二人生まれてくるわけで
す...
これは最初の卵割で、情報がホログラムのように均等に反映しているからではな
いでしょうか。ホログラムは、その分、薄くなってしまうわけですが、それでも強力な
発生全体の流れの中では、ものともしないということでしょう...ウォディントンの“後
成学的風景”によれば、発生の道すじというものは、非常に強力で安定なものだとい
いますから、」
「うーん...パソコンで、“Windows”を起動する時のようなものかしら?」響子が、
言った。
「さあ、私は、その方面のことは、詳しくは知りませんがね」
「はい、」響子が、唇にコブシを当てた。「確かに、上下半分の赤ん坊なんて、生まれ
て来ませんよね...そう言えば、何時だったか、ボスも、“情報の本質は、ホログラ
ム的だ”と言っていましたわ」
「うーむ、外山さん、」高杉が、言った。「ヒトとマウスでは、ゲノムにある遺伝子の
99%が“相同”であるというのは、どういう意味なんでしょうか?」
「ああ、はい...
“相同”というのは、例えば...ヒトのインスリン遺伝子と、マウスのインスリン遺伝
子では、塩基配列が少し違うだけで、インスリン遺伝子であることに変りはないわけ
です。つまり、ほとんど同じだということです。こうした関係を、“相同”というのです。つ
まり、これらは、共通の先祖から受け継遺伝子なのです」
「うーむ、なるほど...」
「まあ、ゲノムが異なるということは、ヒトとマウスのタンパク質は、異なるということで
す。しかし、遺伝子の99%が“相同”だという様に、進化の系統樹では、同じ哺乳類
として、ほとんど同じだということです。だから、マウスはヒトに近い実験動物として、
広く使われているわけです」
「なるほど...」高杉は、うなづいた。「色々と分って来ているんだねえ、」
「ま、そうですね...爆発的な解明が、進行中、といった所でしょうか...その全貌
が、全く見えないほどです」
「“ゲノムの違い”が、“タンパク質の違い”になり、」響子が言った。「“感染症”などで
は、家畜には感染するけれども、人には感染しないというような、“種の壁”になって
いるわけでしょうか?」
「そうですね...
ところが、SARS(新型肺炎)のように、その“種の壁”を越える“異変”が起こると、大
きな騒ぎになるわけです...自然界で、何故そうした“異変”が起こるのかは、非常
に深遠な、難しい問題になります」
「はい、」
「さて、話を戻しますが、」外山は、椅子の背に体を引いた。「私たちは、“心の中”で
思うだけでは、罪になりません。しかし、“遺伝子による差別”は、それだけで罪にな
るようなものです。
私たちの社会では、実際に悪いことをしなければ罪にはなりませんが、遺伝子は
その統計的な可能性だけで、生命保険などのリスク・マネージメントで、差別を受け
るようです。私は、そうした業界の実態はほとんど把握していないのですが、海外で
はすでに被害者が声を上げているようです。これを、どう思いますか、塾長...」
「うーむ、」高杉は、静かにうなづいた。「ともかく、“遺伝子発現の全体風景”が分らな
い中で、“差別が先行”するというのは非常に問題だろうね...リスク・マネージメン
トから言えば、そこにリスクが存在すること自体が問題だと言うかも知れません。し
かし、統計的な数字だけで“差別化”をしていいものかどうか...」
「はい、」響子は、首をかしげ、高杉の次の言葉を待った。
「そうした、“ゆとり”や“間違い”や“つまづき”が、この膨大な生態系の流れを、豊
で緩やかなものにしているのではないでしょうか...そうした“誤謬を吸収しつつ”、
それを糧(かて)として、全体的な“構造化と進化のベクトル”を保持しているのではな
いだろうか...」
「はい、」外山が、うなづいた。
「そうだとしたら、劣っているとして差別すること自体が、成立し得ないだろう。何故な
ら、長い時間軸を考えれば、そもそも、劣っているものなど、この世には存在していな
いからです...」
「はい...」響子は、やや間を置いて、コクリとうなづいた。
【DNA遺伝子は、全生態系で1つの大河!】
「どうなのでしょうか、高杉さん...」外山が、コーヒーカップを片手で取り上げながら
言った。「そもそも、“問題になる遺伝子”の在る無しや、SNP(スニップ/単一塩基変異多型)
の違いで、その個体をランク付け出来るものなのでしょうか。
あ...SNPというのは、遺伝子の延々と続く塩基鎖のうちのある部分が、普通の
人はC(シトシン)なのに、その人はT(チミン)になっているような場合を、いいます。つま
り、塩基が1つ入れ替わっていても違ってくる...そういう違いですが...」
「私は...」高杉は、コーヒーカップを口に当て、一口飲んだ。「そもそも遺伝子という
ものは...1つの生物体の個体に、ガッチリと固定されているものとは思っていませ
ん。遺伝子は、DNA型生命圏の深層を、かなり自由に流れていると考えています。自
由遺伝子や、ウイルスのような狡猾な機動性遺伝子も含めて、非常に大量に、立体
的に、ダイナミックに流動していると考えています。むろん、私たち人類文明など、ま
だはるかに到達し得ない、“神の御手”の中で...
いや、つまり、それほど深淵で、真に神の領域に近く、解明不能な複雑系だという
ことですが...
たとえ、単細胞の細菌にしても、生命体と無機物では、天と地ほどの違いがありま
す。遺伝子は、その“生命体の本質を構成する要素”です。ともかく、我々人間の浅知
恵で、個体の差別や、保険のリスク・マネージメントになど利用できるものではないで
しょう...そもそも、個体を差別することそのものが、間違っているのです...」
「確かに...
遺伝子が、遺伝情報の発現と1対1で対応しているのではなく、“ホログラム”のよ
うに多重的に輻輳(ふくそう/方々から集まること)しているというのは、遺伝子の新しい姿なの
かも知れません...」外山は、コーヒーを飲み干した。「ヒトと類人猿では、同じ霊長
類でも、外見上でもずいぶんと違います...
例えば、ヒトとチンパンジーでは、体格が違いますし、顔が違いますし、体毛もまる
で違います。それから、言語能力が違いますねえ...しかし、これほどの違いがあり
ながら、ゲノムでは、せいぜい1%程度の違いしかないのです...これほどの目に
見える違いがありながら、ゲノムではわずか、1%ほどの違いです...」
「ふーむ、そんなものですか...」高杉は、コーヒーを飲み干した。
「そうなんです。しかし、種として、これほどの違いが出てくるのは、“異時性(ヘテロクロ
ーニ)”によると考えられています。この“異時性”というのは、“同じ個体の中で、各器
官の発育する速度が著しく異なる現象”を、さしています。
まあ、このあたりは最先端の学説なので、私には判断できませんが...ヒトの場
合は、他の霊長類に比べて、発育速度が非常に遅いわけです。これが、種の著しい
差異になって発現してくることもあるのでしょうか。それで、骨格が、グンと違ってくる
わけですねえ...」
「なるほど...遺伝子の本質というものを考える上で、面白い話ですね。“異時性”で
すか...
かって、ボスが書いた小説(このホームページと同じ題名の『人間原理空間』)の中に、“共時性”
という言葉がありました。これは、この世界の、“意味ある偶然の一致”ということでし
た。これはこれで、現在でも非常に奥の深い、面白いテーマなのですが...」
「ええ。それは、私も知っています」
「うーむ...今度は、“異時性”ですか...これによって、膨大な発現の多様性が出
てくるわけですか...
うーむ...私は想像力が豊な方ですから、つい、とんでもない所まで創造してしま
いそうです...はっはっはっ、」
「私としては、遺伝子というものの1つの側面を、お話したわけです。そして、高杉さ
んも言われたように、これほどダイナミックに変動するホログラム的な情報を、“保険
のリスク・マネージメント”や“社会的差別”に使っていいものかどうかということです。
遺伝子の本質は、もっとはるか別の所にあるように思うのです」
「私も、まさに外山さんと、思う所は一緒なのでしょう...
私に言わせれば、遺伝子というのは、そもそも“個体の所有物ではない”というこ
とです。細胞の自己組織化と、生命進化の源泉に存在するもので、広く言えば、“36
億年の彼”に所属しています。何故なら、DNA型生命圏は、それ全体が、“全生態
系”として進化拡大しているからです。下層では、食物連鎖や環境圧力の中で戦って
いても、生態系レベルや全生態系レベル(/地球生命圏レベル)では、バランスの中
で進化しているのわけです...」
「まさに、その通りだと思いますね、」
「こうした中では、ヒトと、ネコの違いはあっても、どちらかが優れていて、どちらかが
劣っているということはないのです。ヒト、ネコ、花、山、川
、空...一体、何を持って
劣っているなどと言えるのでしょうか...全ては、過不足の無い、この世の風景なの
です...」
「それが、持論ですね」
「そうです...まあ、この世の“リアリティーの風景”ですね...
最初に、言語能力を持ち始めた人間が、一部をリアリティーから分断し、名前(名詞)
を付け始めたわけです。そして、やがて膨大な名詞を駆使し、リアリティーをどんどん
細分して、言語空間を構成し、形容詞で修飾し、動詞によってその世界を動かし始め
たわけです...
したがって、ヒトの子供は、この“言語的亜空世界”で生きるために、言葉を学習
し、人類文明を構成する基礎を学習しなければならなくなったわけです。また、そこ
で、芸術や科学の本質を学んでいくわけです。しかし、忘れていけないのは、ここは
あくまでも、“言語的亜空世界”だということです...
最後に私たちは、この人類文明の“言語的亜空世界”以前の、リアリティーの風
景を自覚しなければいけないのです...この元々の土台を自覚することが、“覚醒”
なのです。まあ、これは少し宗教的な話になってしまいますが、仏教で言う“悟り”と
は、これに非常に近いものです。仏教が、“知恵の道”と言われたり、現代物理学と
非常によく似ているというのは、この本質的な所にあるわけです...」
「なるほど、」
「現代物理学は、まずリアリティーを“時間”と“空間”に分断することから始め、全て
を際限なく分断していくわけです。しかし、それは方便であって、本来、この世界は、
不可分のリアリティーなのです。部分も個人も、存在しないのです...第一、“私”と
いうのは、これほど難解で説明の難しい概念も無いわけです。どのような“境界”をも
って、私を規定できるのでしょうか...
360度ぐるりと見回して、切れ目が何処にもないのが分るでしょう。それが、何より
の証拠です。つまり、この世界は、“全体が1つ...1つが、全体の世界”なのです。
まあ、簡単にわかれと言っても、難しいかも知れませんが、そういうことなのです」
「それには、修行が必要だと言うことですか?」外山が言った。
「そうですね...話を戻しましょう...
ともかく、物に名前をつけ、リアリティーを限りなく細分化したのは、ヒトの言語能力
です。まあ、そうした“言語的亜空世界”を、リアリティーに重ね、そこに人類文明を築
き上げてきたわけですね...
つまり、“唯一絶対的全体”しか存在しない世界に、“部分に対する差別”などは論
外なのです。部分が存在しないのですから、“差別”などは存在しようはずもないので
す...」
「うーむ...」外山が、首をかしげた。「そこを分ってもらえれば、社会はもっとずっと
単純になりそうですね」
「まあ、そうですねえ、」
〔3〕
人類文明的課題に、合意形成を!

「ええ、色々と話してきたわけですが...」響子が言った。「最後に、話をまとめたい
と思います...
“遺伝子によって、将来、深刻な差別問題が起こるかも知れない!
”
と、いうことは、私たちもしばしば耳にしていました。しかも、外国ではすでに、保険
などの加入で、実際に差別が始まっているとも聞きます。
そこで今回、企画・担当の私が、高杉・塾長と、生物情報科学・担当の外山さんに
声をかけ、ともかくこの問題で、お二人の意見を聞いてみることにしました。中には、
的外れな問題提起もあったかもしれません。が、とりあえず1つの“叩き台”になれ
ば、私としては目的達成です。また、今後、最大限に広い視野からの、真摯な討論
の展開を期待しています...
ええ、そんなわけで、高杉・塾長...最後に一言、明快な結論のようなものを、お
願い出来るでしょうか、」
「うーむ、そうですねえ...そもそも遺伝子は、個体の中のSNP(スニップ/単一塩基変異多
型)を1つ取り出して...
これは“○○の病気”が発現する可能性が、△△%ある。だから、あん
たの個体は、これだけ劣っている。したがって、仕事でも結婚でも××%不
利になる。また、寿命もそれ相応に短いだろう...
こんな個体は、仕事の仲間に加えない方がいいし、結婚もしない方がい
い。また、保険契約も結ばない方が、リスク回避ができる。さらに、一歩踏
み込んで言えば、この遺伝因子を持つ者は、人間社会で1ランク下の人間
である...
と、まあ...こんな“社会的差別”が、本当に進行して行っていいものでしょうか。
むしろ、私たち文明社会はこれまで、“あらゆる差別を無くすこと”に、長い間腐心し
て来たのではなかったでしょうか...こうした“遺伝子差別”は、まさにそうした“社
会的弱者に対する優しさ”に逆行していますね」
「はい、」
「それから、この“遺伝子による差別”は、そもそも土台の部分、基礎の部分からお
かしいのです...
我々は、DNA型生命体の全貌や、遺伝子発現と生命進化のダイナミックなプロセ
ス性の風景や、自らを認識する座標系というものを、もっと詳しく認知する必要があり
ます...
また、“生態系や地球生命圏とは何か”、“命とは何か”、“進化とは何か”、“意識
とは何か”、“何故、私は私であり続けているのか”...こうしたことがまるで分らな
いまま、“遺伝子による差別”などは、できようはずもないと思うのですが...」
「はい、」
「それから、もう1つ!これは言っておきたい!」
「はい!」
「1つの“病気の引き金になる遺伝子”が、もう一つの機能として、“より大きな重要な
機能を持っているかも知れない”ということです。あの、ジャンクDNAに、非常に重要
な働きが隠されていた事例もあるわけですね。ともかく、“遺伝子による差別”は時期
尚早というよりも、“本質的に間違い”だと、私は考えています。
まあ、これは繰り返しになりますが、遺伝子は地球生命圏全体の所有であって、
個体が所有しているわけではないということです。したがって、それによって、差別を
受けるようなものではないということです。
また、ガンに関連するような遺伝子でも、長い時間軸を取ってみれば、過去、ある
いは遠い将来に、決定的に重要な働きをしているのかも知れないのです。それを、
10年程度のスパンで区切り、この遺伝子は保険のリスク・マネージメントとしては“マ
イナス要因”だ、“差別化”を計るべきだなどと言えるものでしょうか...
まあ...私が、あえて言っておきたいのは、ここらあたりかな...」
「はい...ええ、それでは、外山さんも、一言お願いします」
「そうですねえ...
“遺伝子による差別”を、具体的に動かしていくとなると、それそのものが、巨大な
遺伝子の実験場になります。誰が、主体的にこの壮大な実験場を取り仕切っていくか
も、大問題でしょう...
かって、“優生学”というのがありました。悪質な遺伝形質を淘汰していくというもの
でした。まあ、今でも、こうした研究は、やっているんでしょうか...
しかし、コトはそれほど単純ではなかったわけです。そして、この生態系は、我々
の想像を絶して複雑であり、巧妙であり、奥の深いものだと分ってきたわけです。
先ほど、高杉・塾長も言いましたが、ヒトもマウスも、昆虫もウイルスも、ある意味
では、“本質的に平等”なのだと思います。非常に深く思いを沈めて行くと、それが分
かってきます。結局、塾長は、それを同じ根をもつ“36億年の彼”という風に、具体的
に言っているのでしょうか?」
「そういうことです!」高杉は言った。「そして、“36億年の彼”という、“人格”を与えた
わけですね。ともかく、この“36億年の彼”の中に、無駄なものは何もないということ
です。たとえ、“進化の袋小路”でさえも、それはそれなりの意味があり、過不足のな
い、“全体で1つの世界”だということです...」
「なるほど。全ては、膨大な時間の流れの中にあるということですね」
「時間の流れもまた、“36億年の彼”の人格に重なるとも言えるわけです。過不足なく
重なる所が、非常にいいわけですね...」
「ええ、よろしいでしょうか...」響子が言った。「それでは、繰り返しになりますが、私
の方で、さらに要約してみたいと思います...
**********************************************************************************
@
遺伝子は、全生態系の所有であって、その中でダイナミックに動いてい
るということですね。単純に、“種のレベル”や“個体のレベル”に押し込め
ることの出来ない、“解放系システムの流れ”だということでしょうか...
A “36億年の彼”という、地球・人格の中では、時間と空間の座標軸が
広大になり、本質的に、“遺伝子的差別”などは意味をなさないということ
でしょうか...
B
保険の“遺伝子的差別”による統計的リスク・マネージメントというの
は、占いによる“運命の統計鑑定”のようなもので、その根拠が科学的な
信頼性の裏付けが薄弱、ということでしょうか...
何故なら、遺伝子システムの原理がまだ不透明であり、“遺伝子的差
別”と言っても、“1対1の対応ではない”ということですね。そもそも、60億
の細胞で形成されるヒトの遺伝子数は、約3万しかありません。しかし、線
虫(約1000の細胞からなり、体長は1ミリ以下)でさえ、1万5000個の遺伝子を持って
います。この状況は、何を意味しているのでしょうか...
C
そもそも、遺伝子という非常にダイナミックでとらえどころのないものを、
“差別”に使い、これを社会に導入するというのは、妥当性があるのでしょ
うか...
***********************************************************************************
ええ...私たちの意見はこれぐらいにして、“遺伝子差別”の問題が、本格的な議
論の俎上に上がるのを待ちたいと思います...
あ、それから、高杉・塾長...先ほど、“優しさ”について触れていましたね。それ
について、もう少し、説明していただけるでしょうか、」
「うむ!そうですねえ...
私たち文明社会は、これまで体の不自由な人、病気にかかった人、怪我をした
人、あるいは老人や子供などの身体的な弱者は、文明の力によって、可能な限り手
厚く保護してきたわけです。むろん、ごく当然の事としてやってきたわけですね。そして
それが、人間の“優しさ”だと思ってきました。
むろん、こうした“優しさ”は、文明の歴史と共に、また、文化や芸術と共に、営々
と積み上げられ、築き上げられてきたものです。また、社会的にも“優しさ”は、“勇
気”や“正義”や“努力”などと共に、“慣習法的”にも“最も大切なもの”とされてきた
わけです。
ところが今、この普遍的な“優しさ”が、“遺伝子差別”によって危機に瀕している
わけです。この問題で、今後どのような“社会的なコンセンサス”が形成されて行くの
でしょうか。これは、21世紀型の新・民主主義社会を建設して行く上で、1つの試金
石となるのではないでしょうか...
男女差別、人種差別などの、古くて新しい基本的な差別を始め、あらゆる差別をな
くすのが、私たちの最も基本的な姿勢だったのではないでしょうか?ここで、あえて、
新たに“遺伝子差別”などを立ち上げる必要があるのでしょうか。
これは、人類文明全体の合意として、断乎、排除すべきものだと思います!」
「はい!」
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