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 “幹細胞”ガン化                  


  
                                  

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プロローグ   2006.10.30
No.1 〔1〕 ガン幹細胞とは 2006.10.30
No.2 〔2〕 造血性細胞の階層性 2006.10.30
No.3 〔3〕 ガン発生の経路 2006.11.20
No.4 〔4〕 ガン幹細胞・モデル/登場の道筋・・・ 2006.12. 7
No.5 〔5〕 ニッチが、ガン発生と維持に大きく影響・・・ 2006.12.20
No.6 〔6〕 治療の前に“ガン幹細胞”特定を 2006.12.20

             

    参考文献    日経サイエンス/2006 - 10   

                         幹細胞の暴走がガンを招く

                         M.F.クラーク  (スタンフォード大学)   M.W.ベッカー(ロチェスター大学)

   プロローグ            

 

think tank赤い彗星の事務担当/二宮江里香です。

  秋がしだいに深まってきましたね。 think tank赤い彗星の仕事も、よう

やく本格化します。今回は、スクリーンボードを用意しました。私が担当します。

  それから、ポンちゃんが、私の補佐についてくれました。ベテランですから、頼りに

しています。ポンちゃん、よろしくお願いします!」

「オウ、しっかりやれよな!操作は、見ていれば、覚えるぞ!」

「はい!」

「オレはよう、“ポン助のワンポイント解説”も担当しているぞ!」

「すごいですね、」

「そのうちに、江里香にも、いろいろ仕事が回ってくるよな、」

「はい!頑張ります!」

〔1〕 ガン幹細胞とは       

          

 

「ええ...」響子が、スッとコーヒーカップを脇へ押しやった。「10月も末になりました。

2006年秋も、いよいよ深まってきました...ガンの考察の方も、いよいよ本格的に

始動します...

  まず...“ガン幹細胞”とは、どのようなものでしょうか...これは、“ガンの基礎

知識ガン細胞とはの所でも触れていますが...片倉さん、“ガン幹細胞”につい

て、あらためてお聞きします」

「そうですね...」片倉正蔵が、モニターをのぞきながら、深くうなずいた。「前にも言い

ましたが...

  慢性骨髄性白血病などでは...“新たなガン組織を作る能力”を持つ細胞は...

ガン組織の中の、ほんの数%しかないことが分って来ています。その特殊な数%

取り除けば、より効果的ガンを根絶できる事も分って来ています」

「うーん...そうですか...」

「こうした特殊な細胞は、新たなガン細胞供給源であり、かつ、腫瘍の悪性化の

原因とも考えられます。したがって、“ガン幹細胞”と呼ばれているわけです」

「はい...それは、慢性骨髄性白血病などの、ごく限られたガンについてなのでしょ

うか?」

ガン研究最先端の話ですから、」片倉が、作業テーブルに肘を置いた。「状況とし

ては、確定的ではなく、流動的だということを、まず断っておきます。

  その上での話ですが、どうもほとんどのガンでは、“ガン幹細胞”と言うものがある

らしいのです。それは、つまり、腫瘍細胞にも階層性が見られると言うことです...ち

なみに、“ガン幹細胞”同定(生物分類上の所属を決定)されたものには、次のような種類の

ガンがあります。

急性骨髄性白血病 (1994年に同定)

急性リンパ性白血病(1997年に同定)

慢性骨髄性白血病 (1999年に同定)

乳がん         (2003年に同定)

多発性骨髄腫    (2003年に同定)

脳腫瘍         (2004年に同定)

前立腺ガン       (2005年に同定)

食道ガン        (2005年に同定)

 

  ...生きているガン細胞を分類し、ガン細胞の集団の中から、“ガン幹細胞”確実

に見つけ出す事が、可能になってきました。腫瘍が完治しても、“ガン幹細胞”1個

でも残っていたら、ガン再発します。“ガン幹細胞”は、全ての階層のガン細胞に分

化できる、万能ガン細胞だからです。

  “ガン幹細胞”マーカーとなるタンパク質を見つけることができれば、これに結合

する抗体を使い、“ガン幹細胞”だけを攻撃する事が可能になります」

「それは...モノクローナル抗体(単一クローン抗体)の様にですか?」

「詳しいことは分りませんが、そういうことだと思います...」

「うーん...」

「これまで、」アンが、ボールペンを指先でクルリと回した。「一般的には...ガン細胞

はどれも同じように増殖し、全身に“浸潤(しんじゅん)“転移”していくものと思われて

いました。ところが、ガンという“腫瘍細胞”にも、階層性がある事が分って来たのです

わ...

  そして、新たなガン細胞供給源になる能力をもつのは、ほんの一部の“腫瘍細

胞”だけだという事も、分って来たのです。そうしたガン細胞は、まさに幹細胞と共通

する、重要な特徴が幾つもあります。それで、そうした細胞は、“ガン幹細胞”だと考

えられているわけです...」

「うーん...分りました、」響子が、頭をかしげた。

「それから...」アンが言った。「まさに、文字どうり...

  普通の幹細胞ガン化して、“ガン幹細胞”になるとも考えられています...かっ

ては正常だった幹細胞が、その“子孫細胞”で、未分化な段階にある細胞悪性化

したものだと考えられています」

「そういうことも、あるわけですね...」

「当然、ありうるわけですわ」アンが、うなづいた。

幹細胞や、」片倉が言った。「そこから生じた、まだ分化の進んでいない“子孫細胞”

がダメージを受け、調節機能がうまく働かなくなると、悪性“前駆細胞”になるようで

す...それから、“分化”とは逆の流れ.../“脱分化”が起こり...分化以前の

細胞能力を獲得するようですねえ...後で、もう少し詳しく説明しますが、」

「はい。そうやって、“前駆細胞”“脱分化”し...“ガン幹細胞”が誕生するわけで

すね」

「そうです」

 

〔2〕 造血系細胞の階層性      

           

  ミケが、ミャッ、と言い、ヒョイと作業テーブルの上に跳び上がった。また、ミャッ、と

小さく声を出し、まわりを見回し、のっそりと作業テーブルの上を歩いた。ノートパソコ

ンをのぞいているアンの所で、彼女の手をペロリとなめた。アンが何もしないでいる

と、丁寧になめ始めた。アンが、その手をミケの頭に載せると、ミケは首を縮めた。

「ええと...」響子が言った。「内容的に、重複するわけですが...細胞には階層性

があるわけですね。そして、ガン細胞にも、階層性があり...“ガン幹細胞”がいろい

ろな種類のガンで、同定されてきたと...」

「そうです、」アンが、小さくうなづいた。「そこで、細胞の階層性というものを、“造血系

細胞の階層性”で説明しましょう...江里香、スクリーン・ボードをお願いします」

「はい!」

「その、スタートのボタンを押せばいいよな!」ポン助が言った。

「はい!アン...これでいいでしょうか?」

「そうね、」アンが、眼鏡を押し上げた。

  スクリーン・ボードに、“造血系細胞の階層性”のタイトルが出て、画像が動き出し

た。

「ケガなどをして...」響子も、その画像を眺めながら言った。「大量に出血したとし

て...造血系の細胞増殖し始めるわけですね...“数が一定”に保たれている

細胞で、どの様にして増殖に対処するわけでしょうか?」

「その場合...

  血液細胞免疫細胞などの数量は、必要に応じて...中間段階“前駆細胞”

増殖することで、すぐに増やすことが可能です。分化が進むにつれて、幹細胞のような

万能性制限されて行きますが、それぞれに特殊化した“前駆細胞”が、増殖するわ

けです...

  こうした造血細胞の階層性については、すでに30年以上も前から、かなり分ってい

ました。そして、ようやく最近になって、これとよく似た細胞の階層性が、ヒトの

、それから前立腺や、大腸小腸皮膚などの組織で確認されてきました...

  幹細胞制御するメカニズムについては、これらの細胞組織でも同じだったわけで

す。幹細胞数をコントロールし、細胞がたどる運命を決定するメカニズムに、共通性

があったのです」 

「うーん...その、共通性は、何によってコントロールされているのでしょうか?」

幹細胞運命機能を決定する上で、重要な役割を果たしているのは、遺伝子です

わ...遺伝子や、その発現によって起こる一連の反応“遺伝子経路”と呼ばれて

います...どうやら、この“遺伝子経路”が、悪性腫瘍の発達にも関わっているようで

すね、」

「ガンは...」響子が、肩をかしげた。「一部の例外を除いては、遺伝する病気ではな

と聞きましたが...」

「そうですね...」アンがうなづいた。「その通りです...でも、参考文献からは、“遺

伝子経路”について、それ以上の深い内容は分りません...

  ともかく、ガン細胞では...普通の細胞が持っている“それぞれの特徴”というもの

や、“増殖を制御している機構”などが、どうも失われているようなのです...」

「それが...ガン細胞ということなのですね?」

「そうですね...そういう側面があると言うことです...

  ええと...“造血系細胞の階層性”の説明の方に移りましょうか。江里香が待って

いますわ」

「あ、私の方はかまいませんよ」江里香が言った。

  アンが、江里香にうなづいた。

「ええ、スクリーン・ボードに概略を表示してありますが...」アンが、スクリーン・ボー

ドの方を見ながら言った。「“造血・幹細胞”を調べることで...他の組織の幹細胞を

制御しているメカニズムも、しだいに明らかになってきました。

  “ガンの基礎知識”でも触れましたが、ヒトの体内を循環しているほとんどの血球

細胞免疫細胞は、骨髄にあるごくわずかな、“造血・幹細胞”によって作られていま

す。骨髄というのは、この図に表示してあるように、いわゆる骨の内部です。

  もう少し詳しく言うと、この図にはありませんが...の中の腔所(くうしょ/体内の中空に

なった部分)を満たしている柔軟組織のことです。この腔所柔軟組織のことを、いわゆ

骨髄と言うわけです...」

骨髄移植というのは、」響子が言った。「その骨髄を、移植するわけですね」

「そうです...

  もう少し詳しく言うと...骨髄から採取した、骨髄血注入移植して、“造血機能の

復をはかる治療法”のことですわ...再生不良性貧血白血病先天性免疫不全

放射線障害などに用いられます」

「はい、」

「ええと、“造血・幹細胞”の話に戻りましょうか...

  “造血・幹細胞”は、この図に示すように、骨髄の中の“ニッチ”という微小環境の中

に存在しています...」

“ニッチ”ですか...」響子が、口に手を当てた。「私たちは、“空きニッチ”という言葉

をしばしば使ってきましたが、“ニッチ”というのは、もともとは生態的地位のことです

ね...同じ意味かしら?」

「多分、そうだと思います...

  ともかく...“造血・幹細胞”は、その骨髄の中の“ニッチ”という微小環境の中に

あり、周りを取り囲む“間質細胞”から、重要な制御シグナルを受けているわけです」

「うーん...」響子が、肩を引いた。「“間質細胞”というのは...安倍・政権の、首相・

補佐官のような感じかしら?周りにいて、大事なことを報告する、」

「そうです!」関三郎が、笑いをこぼし、テーブルを叩いた。そして、驚いたシャム猫の

チャッピーを、笑いながら両手で抱き上げた。

「ええ、つまり...」アンが、笑いをこぼし、スクリーン・ボードを眺めた。「先ほどの話に

戻りますけど...

  “間質細胞”から、血球細胞の○○、あるいは、免疫細胞の××が必要です!

とのシグナルを受けると...“造血・幹細胞”は、まず2つ細胞分裂します...

  そして、そのうち1つは、“造血・幹細胞”の性質を保持したまま、“ニッチ”に留まりま

す。そして、もう1つの方は、寿命の短い“多分化性・前駆細胞”と呼ばれる細胞になり

ます。この細胞が、さらに細胞分裂した“前駆細胞”は、“骨髄系・前駆細胞(/血液

系)“リンパ系・前駆細胞(/免疫系)系列が分かれて行きます...」

「はい、」響子がうなづいた。

          wpe18.jpg (12931 バイト)

「ええと...」関が、奥の壁面スクリーンを見やって言った。「参考までに、一応、この

図を説明しておきましょう...

  “骨髄系・前駆細胞(/血液系)の方は...さらに、顆粒球/単球・前駆細胞

と、巨核球/赤血球・前駆細胞にそれぞれ系列が分かれていきます。そして、

粒球/単球・前駆細胞の系列からは、マクロファージ好中球好塩基球好酸球

ができてきます。

  巨核球/赤血球・前駆細胞系列では、“巨核球”から血小板ができ...“赤

芽球”からは赤血球ができます...」

「はい...」響子が言った。「図の通りですね...」

「そうです」関が言った。「“リンパ系・前駆細胞(/免疫系)の方では...

  B細胞・前駆細胞系列から、形質細胞(プラズマ細胞)が生まれます。それか

ら、T細胞・前駆細胞系列からは、T細胞ナチュラルキラー細胞が生まれます。

  口で言えば簡単ですが...この“リンパ系・前駆細胞から、人体の膨大な免疫機

が進発しているわけです。サイトカイン(/シグナル・タンパク質の総称)などの膨大な体系も、

こんな単純な細胞分裂を水口として、始まっているわけです...階層性の無限の奥

深さを感じます...

「うーん...」響子が、うなった。「こうしたシステムが全部...“造血・幹細胞”から作

り出されるわけですね...サイトカインシグナルタンパク質にしても、それぞれが計

り知れないほどの、神秘の能力を宿しているわけですね...」

「そうです...」関が、腕組みをした。

「ええ...」アンが言った。「“前駆細胞”から作られた“子孫細胞”は...分化が進む

と...しだいに“増殖能が低下”して行きます。最後に、細胞分裂をしなくなったもの

は、“最終分化細胞”と呼ばれます」

「はい、」

「一方...

  “ニッチ”という微小環境の中に残った“造血・幹細胞”は...自己再生を繰り返す

という手段で、“永遠の寿命”“無限の増殖能力”を持つわけですね。マンガに登場

してくる、怪物スーパー・パワーなどは、こうした所に発想の原点があるわけです。

  そして、実際身近な所に...私たちの体の中にも...そうした、得体の知れな

神秘のパワーが存在しているということですわ...」

「うーん...“永遠の寿命”と、“無限の増殖能力”...そんなものが、私たちの体の

中にもあったわけですね...空想などではなく...」

「そうですねえ...」片倉が、自分のパソコンのモニターから顔を上げ、響子にうなづ

いた。

「響子さんは...」アンが言った。「永遠の命を持ちたいと思いますかしら?」

「私は...」響子が、やや恥ずかしそうに言った。「高杉・塾長のもとで...禅の修業

をしていますの、」

「ほう!」片倉が言った。「そうですか...禅ですか、」

「ですから...」響子が言った。「やはり、人の命は、“終わり”があるから、いいのだと

思っています...

  人はそれぞれ、“過不足のない生涯”を送るのですわ...そのことを悟り、素直に

それを受け入れるようになる事が、“禅の修業”だと、塾長は言います...」

「なるほど...」片倉が、深くうなづいた。

「私は...」アンが、窓の外の秋空を眺めた。「永遠の命は欲しくはないけれど...

  200年か、300年の、寿命があったらいいと思うわね...ちょっと欲張って...そ

したら、いろんなことができるんじゃないかしら、」

「はははっ、」片倉が笑った。「アンは、意外と単純なんだねえ、」

「あら...」アンが口元を崩した。「そうかしら?」

「そう思いますね」関が、満面の笑顔で言った。

「でも、そうかも知れませんね...」響子も、顔を崩して言った。「そのぐらいに思うの

が、当然なのかも知れません...健全な欲望ですわ...

  人間の意識は、もともと“生きる!”という方向へ、“強烈な動因”がかけられていま

すわ。そのぐらいの“突き抜ける意識”が必要なの知れません...」

「ふーむ...」片倉がうなった。

「でも、」関が言った。「実際に、そんな人間がいたら、化け物ですね」

「うーん...」響子が笑い、首をかしげた。

〔3〕 ガン発生の経路     

                  

「アン...」響子が言った。「“ガン発生の経路”とは、そもそも、どのようなものなの

かしら。あらためて説明していただけないでしょうか?」

「そうですね...」アンが、アゴに手をやった。「ガンが、どのようにして発生/発病

るのかということは、ガンという疾病根源そのもそです。一言で説明するのは難しい

ですが...幾つか要点を上げて説明してみましょう...」

「お願いします...」響子が、指を組んで、膝の上に置いた。

「そもそも、“悪性腫瘍/ガン”は...細胞内の重要な遺伝子に、“発ガン性”突然

変異蓄積し...異常増殖や、形質転換を引き起こした時...発生すると考えられ

ています...

  遺伝子の突然変異は、放射線化学物質によるダメージが原因となることもあれ

ば、細胞増殖時DNA複製エラーで生じることもあります...いずれにしても、変異

が蓄積しなければ、ガン細胞にはならないようです...」

年齢を重ねると...」響子が言った。「免疫機構弱体化してしまうことも、あるわけ

ですね、」

「そういう要素もありますわ...

  ここは肝心な所ですが...ガンは様々な器官で生じうるわけです。ところが、実

は、それらの器官を構成する細胞は、ほとんど寿命が短いのです。つまり、変異が蓄

し、ガン化するほどには、ほとんどの細胞長生きではいないのです...」

「あ...そうですね、」響子は、口に手をやった。「アポトーシス(プログラム細胞死)で、全身

が猛烈な速度で、新陳代謝していますね」

「そうですわ...

  確かに、神経細胞心筋細胞のように、非常に寿命の長い細胞もあります。です

が、こうした細胞では、細胞分裂の回数が少ないのです。つまり、分裂回数が少なけ

れば、遺伝子の複製エラー蓄積することも...それだけ、少なくなるわけですわ」

「はい...」

「ところがです...

  そうした中で、幹細胞非常に寿命が長い上に、分裂する回数も多いわけです。

つまり、遺伝子の損傷/変異が蓄積する危険性が、非常に高い細胞と言えるわけで

す...」

「うーん...幹細胞ガン化したものなら...無限の増殖性を持っているのも、納得

できますね」

放射線を浴びた後...」関三郎が言った。「何十年もたって、ガンができてしまうこと

が多いわけですね...これは実は、幹細胞寿命が長いためだと考えられていま

す。最初に受けたダメージは、その第1歩に過ぎないのです。したがって、正常な細胞

悪性化するには、幾つかの変異が、積み重なって行く必要があるようです...

  まあ、放射線被曝というのは、色々複雑な要素もあるのでしょうが、そういう側面

あると言うことです」

「ふーん...」響子がうなづいた。

幹細胞は...」アンが、指を立てた。「無限に近い増殖能を持つわけですから...

ガン化に至るダメージを蓄積し...それを保存するという点からも、細胞の悪性化

は、“理想的なターゲット”になるわけですわ...」

「その点は...」片倉が、肩を引き、口を開いた。「幹細胞自己複製能を持ってい

て...本来、自分の原複製する能力があるわけす。しかし、当然その能力は、

厳しいコントロール下に置かれています。

  したがって、幹細胞は他の細胞に比べて...数少ない回数突然変異が生じた

だけで、簡単に悪性化してしまう所があるようです...まあ、ガードが固いほど、そこ

をくぐってしまうと、無防備ということでしょうか...

  専門ではないので、実際のニュアンスは分らないのですが...どうも、そういう所が

あるのでしょう...」

「はい...」響子がうなづいた。「幹細胞は、ガン化する確率が高いということでしょう

か?」

「うーむ...そうかもも知れません」

 

「ええと、こうしたことを考えると...」アンが、キーボードを叩き、モニターを眺めながら

言った。「“悪性腫瘍/ガン”が生じるのには...とりあえず、“2つのルート”が考え

られています...

  まず、1つ目は、“幹細胞自身のガン化”というケースです...これは、幹細胞

のものに異変が起き、“自己複製がコントロール不能”になり...“悪性化しやすい

幹細胞の集団”が...できてしまうというモデルです...

  この時点では、まだガンとは言えないのでしょう...ともかく、その後さらに、幹細

子孫細胞/前駆細胞に、発ガン性のダメージが重なると、悪性化が起こ

り、ガンとなるようですわ...これが、2つ目です」

「うーん...」響子は、口に手を当てた。「2つ目も...同じような所から、始まるわけ

ですか?」

「そうですね...

  2つ目のケースは...いわゆる“前駆細胞が悪性化し、脱分化”するモデル

す。“脱分化”というのは、前にも説明しましたが、分化が逆流する、“先祖がえり”の流

れです。つまり、“前駆細胞”悪性化した上に...“脱分化”して逆流し...幹細胞

能力を獲得してしまうのです...無限の増殖能力を獲得し、ガン化してしまうわけ

です...」

「はい...」

「この“脱分化”するモデルも...最初に発ガン性変異が起こるのは、幹細胞なので

す。でも、最終的にガンに変わるのは、それぞれの系列に分化した“前駆細胞”のよう

ですわ...つまり、この“前駆細胞”が、“脱分化”し、幹細胞の能力を獲得するので

す...」

「うーん...何故、そんな“面倒なこと”が起こるのでしょうか?」

「それは、難しい質問ですわ...」アンが、頬を手で押えた。

「はっはっはっ...」関が笑って、つるりと顔を撫でた。「何故かは...ガンに聞いて

みないと分りませんね」

「あら、そうかしら、三郎さん...」響子が、首を斜めにした。「ガンに聞いても、知らな

いと思いますわ...私たちだって、自分の体のことを聞かれても、ほとんど答えられま

せんわ。現在考えてする、自分の脳のことを聞かれても、何も知りませんわ...」

「うーむ...」関が、笑いながら、うなづいた。「なるほど、そうです...」

「ええ、ともかく...」アンが、スクリーンボードを見やっていった。「現在...この2つ

の、どちらかのモデルに当てはまる例が、様々なガンで見つかっています...

  また、両方のモデルが、異なる発ガン過程で...それぞれ重要な役割を果たして

いるガンが...少なくとも1つあります...それは、慢性骨髄性白血病です。

  このガンは、2つの遺伝子が、異常な形で融合して起きる、白血球のガンです。こ

異常な遺伝子が、正常な“造血・幹細胞”にできてしまうと...“白血病の幹細胞”

へと変化してしまうのです...これを“形質転換”といいます。

  慢性骨髄性白血病は、治療せずに放置すると、“慢性骨髄性白血病の急性転化”

として知られる所、の急性型必ず変化します...この、急性骨髄性白血病という

のは...あの、歌手本田美奈子さんがかかった病気ですわ...2005年11月

に、お亡くなりになられた、」

「あ、そうなんですの?」響子が言った。

「ええ、」アンがうなづいた。「ご冥福をお祈りしますわ」

「はい...」響子も、そっと目を閉じ、手を合わせた。

 

〔4〕 ガン幹細胞・モデル登場の道筋・・・

           

「ええ、ここで...」アンが言った。“ガン幹細胞・モデル”が登場してきた、道筋の概

を話しておきましょう...ガンというものを理解するには、ガン研究の歴史をたどる

のもいいことです」

「はい...」響子が言い、膝の上で手を組んだ。「歴史的な経緯ということですね?」

「そうです...

  でも、“ガン幹細胞・モデル”が登場してきたのは、ここ10年ほどのことのようです。

“幹細胞が悪性化”すること...また、“ある種のガン細胞”だけが、“幹細胞と共通

する様々な形質”を持っていること...これらが確認されたのは、最近のことなので

す」

「そんなに新しいことなんですの?」

「そうです...

  こうした概念そのものは、確かに、昔からあったようですわ...でも、それ以前に

は、幹細胞分別する技術がなかったのです。推理は出来ても、同定が出来ず、証

明できなかったようです」

「うーん...そうですか、」

「したがって...

  “腫瘍を成長させる原動力”は...ガン細胞のうち、“幹細胞に似た性質の細胞”

という概念が広まるには、それに伴う技術的開発が必要だったのです。こういう例

は、よくあることですわ...

  例えば...メンデルの法則(遺伝の法則)1865年に発表されましたが...その意

味が理解されたのは、染色体の中にあるDNA二重螺旋構造が解明され...さら

に、ゲノムが解読されてからということになります。もっとも、これでもまだ、遺伝子の

全景が理解されたとはいえません。メンデルの時代から、百数十年生物学の発達

があり、分子生物学の創設があり、生物情報科学(バイオインフォマティックス)の創設に至っ

ているわけです...

  メンデル神父(/僧侶であり、植物学者でしたが、神父は敬称をこめて...)は、生前はその偉大な業

が評価されることはありませんでした...1900年に、ド・フリーズ(突然変異説を提唱)

等が、“メンデルの遺伝法則”再発見するまでに、実に35年もの時間を要している

のです。そして、今では生物情報科学が創設され...その真の内容の解明に、私な

ども参加しているわけです...」

「うーん...何処まで、科学は進んでいくのでしょうか、」

「それは、何とも言えませんが...

  それよりも驚くのは、生命生態系“奥深さ”です...一体、“何処まで奥深い”

のでしょうか...何故誰がどのようにして、こんな膨大なシステムを作り上げたの

でしょうか...また、“生命潮流”ベクトルだけでも、壮大エネルギーです...」

「はい...まさに、“神の為せる業”なのでしょうか...」

「そうですね...」

            wpe75.jpg (13885 バイト)house5.114.2.jpg (1340 バイト)

「ええと...」アンが、モニターをのぞいた。「話を進めましょう...

  1960年代までには...数人の科学者が...同じ腫瘍組織に含まれるガン細胞

でも、新たに腫瘍を作り出す能力に、“違いがある”ことに、気付いていました...

  それから...1971年に、カナダ/トロント大学パークらが...骨髄腫でこのこ

とを指摘しています。骨髄腫というのは...骨髄にあるプラズマ細胞(形質細胞)ガン

ですわ...

  この時、パークらは...“原発巣(ガンが最初に発生した場所)から採取して、培養系に移

した細胞集団でも...個々の細胞の増殖能力が、“大きく異なる”ことを明らかにし

ています」

「はい...細胞の増殖に、“大きな違い”が出てきたわけですね、」

「そうです...

  当時...この現象について、2通りの解釈が可能でした。ところが、当時はそのど

ちらが正しいかを決定することは、技術的に不可能だったのです...」

「うーん...メンデルの法則が、35年間もすっぽかされていた様にですか、」

「いえ、それ程ではないでしょうが...腫瘍組織の細胞を、正確に分別する技術が、

1970年代初頭には、なかったのです...」

「うーん...2つの解釈とは、どのようなものでしょうか?」

「はい...

  解釈の@は...全ての細胞が、培養液中で増殖する能力を持っているが、“た

たま、1部だけが増殖を開始”したというものです...これは、ごくありふれた、当

然の解釈です...

  そして、解釈のAつ目は...腫瘍組織中には、細胞の階層性があり...“ガン幹

胞”が、“増殖能力を持たない細胞を作り出している”という解釈です...細胞の

階層性というのも、生物体ではごく普通に見られることです...

  人体は、もともと、最初は1個の受精卵だったわけです。そこから、60兆個もの細

胞の階層性が流れ出すわけです。まさに、生物体の発生は、階層性の爆発とも言え

るわけです...」

「うーん...そうですね...

  でも...その“ガン幹細胞”らしきものが分っていても...分別する技術がなかっ

たわけですね?」

「そうです...

  この当時、1つの腫瘍内にある様々な細胞集団を、単離して調べることは、技術的

に不可能だったのです」

「はい、」

「これに先立つ、1967年には...

  アメリカ/ワシントン州/シアトルにある...ワシンン大学フィアルコが...

“幹細胞モデル”が、白血病の病態モデルとして、“正しいと見られる”ことを示してい

ました...」

「はい...」

「彼は...細胞表面にある“G−6-PD”というタンパク質を手がかりに、細胞の系列

を調べました。

  すると...何人かの女性の白血病患者では...“造腫瘍性細胞(/ガン幹細胞)も、

“造腫瘍性のない分化が進んだ子孫細胞(/最終分化細胞)も...全て、同じ親細胞

ら作られていることが分ったのです...」

「はい...」響子がうなづいた。「そこまで分っていても、“原発巣”から採取した細胞

集団を、単離して調べることが出来ないために...2通りの解釈から、正しい答え

選択できなかったわけですね、」

「私は、部外者ですから...現場での詳しい状況は知りません...でも、そういうこ

とだと解釈しています...」

「うーん...」響子は、うなづいた。

「ええ...さて...

  1970年代初頭...“幹細胞・生物学”にとって、1つ目重要な進展がありました。

それは、《フローサイトメーター》という装置が、発売されたことです...この装置

は、様々な種類の“生細胞集団”を、細胞表面のタンパク質目印にして、種類別

自動的にふるい分けるものです...

  先ほど、1967年ワシントン大学フィアルコが、細胞表面にある“G−6-PD”

というパク質を手がかりに、細胞の系列を調べたと言いましたがましたが...そ

れを自動化したようなシステムが開発されたのでしょう...詳しいことは分りません

が、そうした装置が、一般に発売されたのです。

  これは、白血病の病態が、“幹細胞モデル”だということを示した分けであり、画期

的な装置だったようです...」

「はい...」

「それから、1990年代に入り...

  2つ目の重要な進展がありました。それは、確実な、《自己複製を分析する方法》

が登場したことです」

自己複製とは...幹細胞自己複製のことですね?」響子が聞いた。

「そうです...

  それまでは、ヒト細胞“自己複製を分析する方法”は、確立されていなかったの

です。ところが、スタンフォード大学ワイスマンと、トロント大学ディックが、“ヒトの

正常な幹細胞を...マウスで成長させる方法”...を開発しました...」

「はい...“ヒトの正常な幹細胞を...“マウスの中で成長させる方法”ですね?」

「そうです...詳しいことは分りませんが、これが“幹細胞・生物学”に新しい飛躍を

もたらしたようです...

  ディックは、《フローサイトメーター》と、この《自己複製を分析する方法》を用い、

白血病のガン幹細胞同定に関する論文を、次々に発表しています...

  それから、2003年に入り...ジョンズホプキンズ大学ジョーンズが、“多発性

骨髄腫”“ガン幹細胞”を同定しています」

「うーん...」

「それから、まさに、同じその2003年...

  ミシガン大学アナーバー校(/参考文献の筆者たち)では...初めて、“固形腫瘍”の中

“ガン幹細胞”が存在する証拠を発表しています...これは、ヒトの乳ガン組織

から採取したガン細胞を...種類ごとの集団に分け、それぞれを別々に、マウスに

移植した実験です。

  この実験で...移植した細胞の種類によって、“新たに腫瘍組織を作る能力”が、

それぞれ異なっていることが分ったのです...マウスの体という新しい環境の中で、

“ヒトの乳ガンと同じ腫瘍”を、再び作ることの出来る細胞は、ほんの1部だったわけ

です...」

「それが...“ガン幹細胞”だったわけですね...乳ガンにおいても、“ガン幹細胞”

が同定されたわけですね、」

「そうです...“固形腫瘍”において、初めて“ガン幹細胞”が存在する証拠となりま

した...

  この実験では...細胞の“形態的・生理的な特徴”に関し...元の乳ガン患者の

腫瘍と、マウスに新たに出来た腫瘍を比較したところ、両方の腫瘍は同じ特性をもっ

ていることが確認されました...」

  アンは、ゆっくりと子猫のミケに手を伸ばし、指先で頭をを撫でた。

               

「この実験で、発見されたことは...」関三郎が、2人の話に割って入った。「重要な

意味を持っています。

  つまり...マウスに移植された“造腫瘍性細胞(/ガン幹細胞)は、自己複製をしただ

けではなかったのです...元の腫瘍に含まれていた、“造腫瘍性のない細胞(/最終

分化細胞)など...他の様々な種類の細胞も、全て作り出せる”ことが分ったのです」

「はい、」響子が言った。

「...つまり、」関が言った。「このことによって...“ガン幹細胞”が明らかになった

のです...血液系のガンで見つかったのと同様の、細胞の階層性が、“乳ガン”

おいても、存在することが分ったのです...」

「これ以後...」アンが、逃げようとするミケを、両手で押えながら言った。「“ガン幹細

胞・生物学”の研究は、爆発的に広がったようですわ...現在、まさにその真只中に

あるのでしょう...」

「うーん...注目の研究分野というわけですね、」響子が言った。

「そうですね...」アンが、ミケをそっと床に下ろした。「その状況は、最初に報告して

あります」

「はい、」

  〔5〕 ニッチ(特殊な微小環境)が、               

       ガン発生維持に大きく影響・・・

               wpe75.jpg (13885 バイト)

「ええ...」片倉正蔵が、キーボードを叩き終え、顔を上げた。「“ニッチ”というのは、

前にも説明していますが...特殊な微小環境のことです...

  幹細胞“ガン幹細胞”は、この“ニッチ”の中に存在し、“ニッチ”を形成する“間質

細胞”などから、重要な制御シグナルを受けているわけです。これは、最近研究の盛

んな分野ですが...こうした方面からも、“ガン幹細胞モデル”を裏付ける証拠という

ものが、見つかっています...」

“ガン幹細胞モデル”というのは...」響子が言った。「まだ、決定的病態モデル

言うわけではないのですね?」

「そうですね...

  先ほど、アンが言ったように...登場してきたのは、ここ10年ほどのことらしいで

すねえ...まあ、様々な研究成果が出て来ていますら、今さら否定されることはない

と思います。しかし、私たちは現場にいる人間ではないので、それがどれ程のものか

は判断できません...」

「はい...」

「さて...

  この“ニッチ”では、様々なシグナル伝達が行われているわけですが...ここが、

どうも“ガン発生”“維持”にも、大きな影響を与えているようなのです」

“ニッチ”の、“間質細胞”が、ということでしょうか?」響子が聞いた。

“間質細胞(骨髄を埋めている、結合組織を作っている細胞ばかりではなく、細胞外マトリックス(細

胞と細胞の間を埋めている基質)からも、シグナルが出ているようです...

  こうしたものは、細胞“特性を維持”したり、“行動を指示”したりする上で、非常

重要な役割を果たしているのです...幹細胞ばかりでなく、普通の細胞でもそうだ

ということが、分ってきているようです」

「うーん...」響子が、唇をつまんだ。「つまり...

  幹細胞“ガン幹細胞”というのは...“ニッチ”という特殊な微小環境に取り囲ま

れていて...その“ニッチ”が構成する、“間質細胞”細胞外マトリックスが発する

グナル伝達が...つまり、“ガン発生”“維持”に、大きな影響を与えている...

と、こういうことですね?」

「そうらしい...と、いうことです。まさに、最先端の研究分野ですから、決定ではあ

りません...流動的です」

「はい」

「これは...例えば、こういうことです...

  正常な細胞を、身体から取り出して培養系に移すと...“分化によって得た機能

1部”を失ってしまいます...いわゆる“脱分化(分化とは逆の流れ)とは違うのでしょう

が、“分化によって得た機能の1部”を、失います...」

培養系に移すと...」響子は、確認するように言った。「“分化によって得た機能

部”を、失うわけですね?」

「そうです!

  ところが、幹細胞の場合ですと、これとは対照的に、すぐに分化増殖が始まって

しまうのです。したがって、幹細胞の場合は、分化を抑制するシグナル因子を含む培

が必要になるのです」

「うーん...それは、幹細胞の場合だと、逆に、活発化してしまうということでしょう

か?」

「そうです!」片倉は、大きくうなづいた。「幹細胞というのは、まるで暴れ馬ですね

え...この状況というのは...まるで、最初からプログラムされていたかのように、

分化増殖が始まってしまうのです。

  したがって、“ニッチ”が発するシグナル伝達だけが、幹細胞“制御”できるような

のです」

「うーん...“制御”できなければ...分化増殖が進むわけですか...そうする

と、ガンになるわけですか?」

「もし、“制御”がきかないということであれば...それは悪性であり、コントロール不

であり...ガンと言うことでしょう...定義上は、」

「はい...」

「体内における“幹細胞ニッチ”というのは...まさに“孤立した飛び地”のようなもの

です。“間質細胞”などの、特定の種類の細胞で取り囲まれ、微小環境を形成してい

ます。

  したがって、幹細胞は、少数の例外を除いては、常に“ニッチ”の中に留まっていて

います。実際に、接着分子によって、“ニッチ”にくっついていることもあります...」

「うーん...」

「さて...話の続きですが...

  幹細胞分裂した時...“自己複製細胞”と、“前駆細胞”の2つができるわけで

すね...そして、“自己複製細胞”“ニッチ”に留まり、“前駆細胞”の方は、分化

進むと“ニッチ”を離れていきます...仕事をするためには、“ニッチ”という特殊な微

小環境から外に出て行く必要があります」

「はい」

「つまり...

  幹細胞というのは、“未分化な状態を維持”し、それが必要になるまでは“増殖を抑

えておく”...という必要があるわけです。そのために、“ニッチ”における“環境シグ

ナル”は、きわめて重要な働きをしているというわけです...」

「うーん... 幹細胞“ニッチ”とは、そういう関係にあるわけですか...“放射性物

質を、鉛の箱に入れておく”...ようなものですね?」

「まあ...」片倉は、顔をなごませた。「その例えが、適切かどうか分りませんが、そう

いうことです...

  さて、これが本題になるわけですが...“ガン幹細胞”についても...同様の局

所的な“環境シグナル”が、“ガンの増殖を制御”している可能性があるのです...」

「ええと...」響子が、顎に手を当てた。「どういうことでしょうか?」

「こういう実験がありました...」片倉が、用意しておいたスクリーン・ボードの方を振

り返った。「ええ...図に簡単に示してあるように...

  突然変異を起こして...“ガン化しやすくなった幹細胞を...新しいニッチ”

移植しました...すると、予想に反し、腫瘍は発生しなかったといいます...

  次に、正常な幹細胞を...“放射線でダメージを与えた組織環境/ニッチ”に移

植しました...すると、今度は、腫瘍が発生したといいます...」

「はい...」響子がうなづいた。「つまり...この場合は...

  “ガン化しやすくなった幹細胞腫瘍を発生させたのではなく...“放射線でダメ

ージを与えた組織環境/ニッチ”の方が、腫瘍を発生させたということですね?」

「そういうことです...

  最終的に、“幹細胞が悪性化”...つまりガン化する時には...“ニッチが何らか

の役割を果たしている”...と考えられるということです...」

重要なポイントですね!」

「うーむ...」片倉が、コブシを握り締めた。「ともかく、そういうことのようです...

  したがって...幹細胞“ニッチ”の間の...シグナル伝達経路に関与する遺伝

子の多くは...“ガンとも関係している”...らしい、ということです」

「うーん...」響子が、上を見た。「“ニッチ”の...シグナル伝達経路の遺伝子が、

ン化に関係していると言うわけですか...難しい話ですね...」

「しかし、肝心な所です。まさに、ここの所を言いたいわけです。ちょっと専門的になり

ますが、一応、聞き流して置いてください...」

「はい...」

          wpe18.jpg (12931 バイト)

    アンが、江里香にスクリーン・ボードの画像を指示していた。

「いえ...違うわねえ...」アンが、赤毛を耳の後ろに撫で上げた。「もう少しスクロー

ルしてみて...」

「...このぐらいでしょうか?」江里香が聞いた。

「もう少し...」片倉が言った。「ああ、そのあたりだ...それでいい」

「はい...では、<No.24>から、」

「うむ...」片倉は、ゆっくりとスクリーン・ボード全体を眺めた。「ええ...“ガン幹細

胞”“ニッチ”の関係では...3つのが可能性が考えられています...

  @つ目の可能性として...“ガン幹細胞”拡散を、ニッチが食い止めている

のだとすると...何らかの変化が“ニッチ”に生じて、“ニッチ”が広がりはじめると、

“ガン幹細胞”も増殖し、腫瘍が拡大する、というものです...

  Aつ目の可能性として...ある種の、“発ガン性突然変異”によって、“ガン幹細

胞”が別の“ニッチ”にも“適応”できるようになる、ことが考えられます。この場合も“ガ

ン幹細胞”の数が増え、“原発巣”を越えて転移して広がることになります...

  Bつ目の可能性として...“ガン幹細胞”突然変異によって、“ニッチ”のシグ

ナルを完全に無視するようになり、“ニッチ”での制御が効かなくなる、ことが考えられ

ます...」

「うーん...この3つの可能性のうち、どれかが正しいと言うことでしょうか?」

「いや...3つとも可能性があるということです!それぞれの、可能性を裏付ける

証拠も、様々なガンで見つかっているようですね」

「うーん...やはり、難しいですわ...“ニッチ/特殊な微小環境”ですか...」

「生命は...」アンが言った。「まさに、多様性の世界ですわ...可能性は無限で

す...でも、その中に、“秩序”“意味”があるという事ですわ...ただ、それが、ど

の座標系からみた“意味”かということです...

  その生命潮流の真っ只中にいる生命体が、それを認識するには、無理があり、矛

盾があって、色々工夫が必要だということです...」

「はい...」

正常幹細胞の活動は...」片倉が言った。「“ニッチ”から出たシグナルが、幹細

胞の遺伝的プログラム”に働きかけることによって...非常に“厳密に制御”されて

いるということです...」

「うーん...だから、数少ない突然変異でも、簡単にガン化しやすいと言うことかし

ら?」

「そうだと思います...」アンが、優しくまばたきした。「ただ、そのあたりの感性は、

現場の人間ではないので、分りませんわ...」

最終的に...」片倉が言った。幹細胞悪性のものへ、“形質転換”する時に、こ

“ニッチ”からのシグナル伝達が、重要な役割を果たしている可能性が、濃厚だと

いうことです...」

「はい!」響子がうなづいた。

 

  〔6〕 治療の前に“ガン幹細胞”の特定を

                

「ええ...」アンが言った。「“ガン幹細胞モデル”は、今後、悪性腫瘍の治療に、非常

に大きな影響を与えると考えられます。

  現在の治療法は、“全てのガン細胞を標的”としています...したがって、治療

の効果が上がって、腫瘍が小さくなったとしても、“ガン幹細胞”が残っていれば、

の恐れがあります。

  ところが、“ガン幹細胞だけを標的とする治療法”が確立されれば...ガンの原

断てるかも知れません...“造腫瘍性を持たないガン細胞”は、治療の標的

しなくても、そのまま自然に死に絶えてしまいます...」

「うーん...」響子が、うなづいた。

標的が絞られれば...抗体による薬剤のミサイル攻撃にしても...放射線による

細胞破壊にしても...司令部機構を直接叩き、腫瘍組織無力化することができる

わけです。治療における患者負担が、大幅に改善されることが期待されます...」

「アンは、」響子が言った。「軍事用語を多用するんですね」

「そうね...」アンが苦笑した。「それは多分、アメリカで軍関係の感染症の仕事をし

ていたからでしょう。2年ほどですが...」

「ああ...」響子が、体を引いた。「その時に、スペイン風邪“1918年ウイルス”

調査したのですね?」

「そうです、」アンが、うなづいた。「それも調査しました...あまり詳しいことは言え

ませんが、」

「そうですね...

  ところで、アン...具体的に、どうやって“ガン幹細胞”だけを標的にするのでしょう

か?」

「そう...まず、最初にすることは...

  “ガン幹細胞”を、“識別できる特徴”を見つけ出すことですわ...特徴的なタンパ

ク質を見つけなければなりません」

「それは...ガンの種類によっても、違うわけですね?」

「そうです...

  マーカーとなるタンパク質が見つかれば、これらに結合する抗体を使うことによっ

て、“ガン幹細胞”分化の程度も、簡単に定量化できるようになります...“ガン幹

細胞”正常細胞とを、分けることも可能になるでしょう...」

“ガン幹細胞”だけに作用する、治療薬も...作ることが可能になるわけですか?」

「そうです!まさに、そうした治療薬や、放射線増感剤の開発も、可能になります」

「すると...まだ、そうした製剤(/製品)はないのでしょうか?」

「そうですねえ...」関三郎が、掌を口に当てた。「開発は、まさに、進行中です...

  2002年に...ロチェスター大学ジョーダングスマンは...急性骨髄性白血

原因と考えられている“ガン幹細胞”で...“特有な分子レベルの特徴”を、見

つけ出しています。したがって、この“ガン幹細胞”主要な標的とする特効薬が、遠

からず、作られる可能性があります。そうした開発の道が、開けたと言うことでしょう。

  関連したことですが...同じ彼らが、昨年(2005年)にも、“ナツシロギク”という

植物から抽出した化合物が、この急性骨髄性白血病の幹細胞に、アポトーシス(細胞

の自殺)を促すことを報告しているようですねえ...ええと...正常な幹細胞には、

響を与えな、ということのようです。まあ、詳しいことは分りませんが、」

「ともかく...いろいろ、研究は進んでいるんですね、」

「そうです...」関が、マウスでモニターをクリックした。「他に...“ガン幹細胞”

識・攻撃するような、“免疫細胞”を作ろうと考えているグループもあります...

  それから...“既存の薬物”を使って、“ニッチのシグナル伝達を変化”させ、“ガン

細胞”環境要因の方を破壊しようと試みている、研究者もいます...

  ええ、それから...“ガン幹細胞を強制的に分化させ、“自己複製能力”を失わ

せるような薬のも...現在進行中のようです...まあ、詳しいことは分りません

が、そうした研究が進んでいるようです」

「はい...」響子が、うなづいた。「私たちは、ガンという疾病を、いよいよ“追い詰め

る”ことができるのでしょうか?」

ガン完全に克服することは、不可能ですわ」アンが言った。「加齢により、免疫機

能が低下し、ガンが発病 してしまうということもあるわけです...

  でも、様々な要因から、年齢に関係なくガンが発病してまうことも、非常に多いわ

けです。そうしたガン克服していくということですね...“ガン幹細胞だけを標的と

する治療法”が確立されれば、画期的なことは確かですわ」

「はい!患者負担が、大幅に改善されるということですね。大いに、期待しています」

 

                              

「ええ...響子です...

  ガンとの戦いの最前線というものを、少しは理解していただけたでしょうか。今回

はこれで終ります...どうぞ、今後の展開に、ご期待ください!」

 

 

 

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