危機管理センターバイオハザード/(生命科学インフルエンザ感染拡大モデル

 wpe89.jpg (15483 バイト)    感染拡大  wpe8B.jpg (16795 バイト)   

       多様な シミュレーション・モデル を準備   

 
     
            

                         <夏川 清一>    < 折原  マチコ>                      < 里中  響子>

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 INDEX                                wpe89.jpg (15483 バイト) 

プロローグ   2005. 6. 1
No.1 〔1〕 感染拡大 最良の対策 2005. 6. 1
No.2 〔2〕 新型インフルエンザ対策の現状 2005. 6.20
No.3           <時間稼ぎ=監視強化抗ウイルス薬を集中投与・・・> 2005. 6.20
No.4     【感染症・病原体研究モデル】 2005. 6.20
No.5     <シミュレーション・モデルの開発> 2005. 6.20
No.6 〔3〕 社会ネットワーク接触のネットワーク 2005. 7.24
No.7     <シュミレーションの風景> 2005. 7.24
No.8     <分離度グラフ距離社会構造としての、人と人の距離は... 2005. 7.24
No.9     <スケールフリー・ネットワーク> 2005. 7.24
No.10     <感染拡大阻止/最大要因は、“対策のスピード 2005. 7.24
No.11 〔4〕 バイオ・テロ/天然痘=感染拡大シミュレーション 2005. 8.21
No.12     <天然痘ウイルスとは、> 2005. 8.21
No.13     <感染拡大のシミュレーション> 2005. 9.16

                                                         

参考文献

日経サイエンス      (2005・06)

          感染症を抑え込め/大規模予測モデルの実力 

                          C.L..バレット (バージニア・シミュレーション研究所)

                             S.G.ユーバンク (米国立ロスアラモス研究所)

                             J.P.スミス (米国立ロスアラモス研究所)

             <TOPICS> 

                     鳥インフルエンザを封じ込めろ        

  プロローグ                index292.jpg (1590 バイト)   

 

「ええ...“危機管理センター”の、響子です...

  ここでは、多様なシュミレーション・モデルにより、最良の感染症対策をどのように

準備するか、その最前線の研究は、どのようになっているかを考察して行きます。実

際に、感染症の流行拡大を防ぐには、新薬の活用か、隔離措置か、タイムラグ(時間的

なズレ)のあるワクチン接種か...そして、これらを、どのように組み立てるのが、最も

効果的なのでしょうか...

  また、私たち個人としては、感染拡大に対し、日常生活の中で、どのように対応す

ればよいのでしょうか...感染初期の段階から、“自宅待機”が良いのか、社会生

活はどうなるのか。厚生当局の、機敏で的確な戦略的判断が、被害を最小限に止め

ることになります。

  これには、“社会ネットワーク”における、“疫学シュミレーション”の研究が不可欠

です...今、人類文明は、大艱難(だいかんなん)の時代をむかえ、ようやく大規模な“社

会ネットワーク”のシミュレーション・モデルを構築しつつあります。でも、研究は、まだ

始まったばかりです...」

 

「ええ...今回も、バイオハザード担当の、夏川清一さんに来ていただきました。そ

れから、マチコが、遊びに来ていたので、参加してもらうことにしました。マチコ、最

近、“旅シリーズ”の企画はないのかしら?」

「うーん...そうなのよね、」マチコが、ミミちゃんの耳をつまみながら言った。「夏山へ

行こうと思っているんだけど、難しいのよね、」

「そう...ええ、ミミちゃんたちも、よろしくお願いします」

「うん!」ミミちゃんが言った。

  〔1〕 感染拡大 /最良の対策 wpe89.jpg (15483 バイト) 

             多様な“シミュレーション・モデル”を構築

                          

 

「それでは、と...」響子が、椅子を半分回転させた。「ええ...夏川さん、お願いし

ます」

「はい...」夏川が、アゴを撫でた。「マチコさん、よろしくお願いします。仕事で一緒

になるのは、初めてですかね、」

「うーん、そうかしら...そういえば、感染症の話なんか、したことがないわねえ...

最近、響子が力を入れてるのは知ってたけど、」

「ま、ひとつ、今回は、付き合ってもらいましょうか、」

「はい!」

「ええ...この分野の、シミュレーション・モデルの研究は、今まさに、始まったばかり

です...

  というのは...都市のような“社会ネットワーク”の、“シミュレション・モデル”

いうのは、これまで構築されていなかったからです。ともかく、“大規模な社会ネットワ

ーク”というのは、まさに迷路です。1つ1つは単純でも、全体となると、フェルト(羊など

の獣毛繊維を圧縮密着させた厚い布地)を圧縮するようなもので、数学的解明は不可能です。

  その、空間的な複雑さに加え、さらに時間的な蓄積が、社会性を構築しています。

そうした“個人が相互作用する社会ネットワーク”の中での、疫学シミュレーション”

もまた、極めて複雑にならざるをえません...

  ま、私は、シミュレーション・モデルを研究しているわけではないので、その方面の

詳しい話は、他へ譲ることにします。ここでは、“感染拡大”の“疫学シミュレーション”

についてのみ、考察します...」

「うーん...」マチコが、頭をかしげた。

「はい、」響子が言った。「お願いします」

「ええ...

  都市における、全ての物流のパターン...数十万人にものぼる、個人の行動の

流れ、人と人の相互接触パターン...そして、最近の“情報革命”による、爆発的な

“情報の流れ”...

  この新しい大量の“情報の流れ”も、感染症対策では非常に重要な要素になって

きます。特にインターネット情報と、携帯電話による情報が、洪水のように溢れていま

す。こうした“情報”そのものが、現代人の行動に、極めて強い影響を与えています。

  “感染症”というのは、実際に、こうした“社会ネットワーク”に乗って拡大して行くと

考えられています。集団の中で、“個人と個人”が、どのように相互作用しているか。

“ハブ(他者との接触が、際立って集中している、場所、人物、あるいは分子など、)はどのように創出され、

どのように影響し...それに対して、どのように対策を立てて行くか...こうした“個

人の相互作用”を、感染拡大でシミュレーションするのは、不可能に近いのかも知れ

ません...」

「どう、“モデル化”するか...それが大事ですね、」響子が言った。

「まさに、その通りです...

  ともかく、“疫学シミュレーション”では、感染症の種類特性によって、感染拡大の

様相は、全く異なって来るわけです。アメリカでの、“バイオ・テロ”の場合“西ナイル

熱”の場合...あるいは、アジア地域での、“新型インフルエンザ”発生の場合...

いずれも、膨大な人々の命を扱う、人類史上で始めてのシミュレーションになります」

「ふーん...これは、複雑そうですねえ、」響子が言った。

「そうですね...まさに、複雑です...

  それゆえに、学術的には、ほとんど手がつけられなかった領域です。“社会ネット

ワーク”の中での、“個人の相互作用”などというものは、数学的に扱えるようなもの

ではなかったのです...

  ところが、実際に“感染症”は、その“社会ネットワークに乗って感染拡大するわけ

です。およそ人類文明と人間社会のあらゆるものが、その“社会ネットワーク”の上で

動いているのです。パソコンで言えば、基本OSの“Windows”のようなものですね」

「うーん...それなら、分るわよね」マチコが言った。

そして、その人類文明は...

  文明の曙となった“農耕の開始”と、18世紀の“産業革命”と、それに続く第3の

波...現在、まさに21世紀初頭の“情報革命”の起点、その爆発の中にあります。

その中で、人類文明の“第3のステージ”/“第3のスタイル”/“第3の原型”が、育

ちつつあります...ま、これは、高杉・塾長が言っていたことですがね」

「ええ、」響子が、アゴを引いた。

「その“情報革命”の意味からも、“社会ネットワーク”の“数値化”“モデル化”は、

必要なのかも知れません...

  響子さんは、“危機管理・担当”だから分ると思いますが、21世紀の大艱難を乗

り切るカギは、まさにこの“社会ネットワーク”、に隠されているのです...人口問題

も、食糧問題も、感染症の問題も...」

「それは、よく分ります...」響子は、コクリとうなづいた。「でも、そのようなものが、

モデル化できるのでしょうか?一本の電車に乗った、全ての人間の、気まぐれな行動

が...その相互作用が、数値化できるものでしょうか?」

「行動の、“パターン化”は可能です...“1人1人の行動パターン”は、比較的単純

です。ほとんどの平均的な人は、日常生活でも、行く所は大体決まってますからね。

ただ、そうした中で、“ハブ”の存在や、極めて“特殊な動きをする存在”が、現れてく

るわけです。

  例えば、人を大勢集めてコンサートをする音楽家や、集団から集団へ飛び回る

治家...こうした人たちは、いわゆる、“ハブ”になるわけです。それから、犯罪者も、

平均的なパターンからは、明らかに外れているわけです...」

「はい、」

「まあ...これまで、学問としては、“個人の相互作用”などは、本格的には、扱わな

かったわけです。私は、専門家ではないので、詳しくは分りませんが、関心がなかっ

たわけではないのです。

  “マーケティングの調査”“保健関係の対策”“大規模災害予測”などでも、喉

から手の出るほど欲しかったものかも知れません。しかし、文学的には処理出来て

も、数値としては処理しきれなかったわけです。しかし、こうした研究が、いよいよ、必

要になってきたわけです」

「うーん、そうですか...」

「そこで...米国立ロスアラモス研究所のグループが、疫学シミュレーション・モデル

“EpiSims”の開発に取り組んできたわけです。これは、個人をベースにした、過去

最大のモデルです。彼等はこれで、まずバイオ・テロによる天然(てんねんとう)の感染

拡大をシミュレーションしました」

「でも、さあ...」マチコが言った。「なぜ、そんなものが必要なのかしら?なぜ、そん

なものを、数値化しなければいけないのかしら?」

2001年9月11日の、アメリカにおける“同時多発テロ”以降...炭疽菌(たんそきん)

天然などによるバイオ・テロが...アメリカなどでは、現実味を帯びてきたからで

す。

  それに、WHO(世界保健機関)は、H5N1・鳥インフルエンザウイルスヒトの新型イン

フルエンザウイルスに変異するのは、もはや時間の問題だと警告しています。これが

世界的大流行/パンデミックとなった場合、数千万人から、億単位の死者が出る可

能性があります...」

「はい、」

「したがって、シミュレーション・モデルによって多様な感染拡大モデルを作ることは、

緊急の課題となっているのです。それによって、様々な総合戦略的な対策を検討し、

準備しておかなければなりません」

「小惑星の衝突も大変だけど...」響子が、口に手を当てた。「感染症でも、膨大な

犠牲者が出ますわ...実際に、第1次世界大戦中のスペイン風邪では、推定4000

万人も死亡しています。日本でも、推定50万人が死亡しています...

  今度は、文明の力で、何処まで押さえ込めるかですわ。それが、この疫学シミュレ

ーション・モデルにかかっているわけですね?」

「そうです...そういう側面は、確かにあります...

  パンデミックに対して、どういう“戦略”をとるか...これは、決定的に重要です。

“戦略的判断”は、きめ細かな“戦術的対応”では、とうてい補えない、大きな運命の

分かれ目になります」

「うーん...そうかあ...」マチコが、天井を見た。

「WHOは...」夏川が言った。「新型インフルエンザにも有効と考えられる、ノイラミニ

ーゼ阻害薬“タミフル”を、アジア地域で備蓄を開始しています。

  さて、これを、どの時点で、どのように運用したら、最も有効なのか...それを決め

るのが、感染拡大のシミュレーションです。

  あるいは、日本の厚生当局は...日本が独自に備蓄している“タミフル”を、新型

インフルエンザ発生の“初期”に、どのように運用したら、日本は最大限にリスクを回

避できるのか...これも、様々にシミュレーションし、その時に備えておきたいもので

すね...しかし、まさに、そうした研究は始まったばかりです...」

「それは、実際には、どのようなものなのでしょうか?」

「そうですねえ...

  信頼性を高めた、様々なシミュレーション・モデルを重ね、可能な限りの予測値を割

り出して行くしかないのです。例えば、中国南部で、新型インフルエンザが流行し始め

たとしましょう...

  そこで、具体的に“タミフル”を、どのように投与するのかです...どの時点で、

のぐらいの範囲で、どのような年齢層に投与するのか...まさに、分らないことや、

判断に迷うことは山積しているわけです...

  また、その感染の初動期で、“日本のタミフル”は、どのぐらいの量を、どのように

運用したら、最大限に国内への感染リスクを下げられるのか...中国南部に集中的

に使用するのが、結果的に日本への感染を防ぐことになるのだとしたら、当然そうす

べきでしょう...

  しかし、感染が抑え込めず、数日後に日本に感染者が複数出現したら、その場合

は、“タミフル”をどう運用したらいいのか...まさに、予測準備ということでは、事

前に研究する、“信頼性の高いシミュレーションの積み上げ”だけが、判断基準にりに

なります。

  また、感染が世界的な大流行となった場合、“新薬の状況/隔離の状況/ワクチ

ンの開発・製造の状況/個人レベルの感染予防と自宅待機の状況/厚生当局の指

示”はのように推移するのか...全てにおいて、様々なシミュレーション・モデルが頼

りになるわけです」

「それにしても、」響子が、首をかしげた。「これまでは、全く準備がなかったのでしょう

か?」

「そうですねえ...

  “感染症・拡大モデル”の構築は、つい最近まで、100〜1000人規模の集団を想

定したものが限界でした。例えば、病院における、入院患者、医療スタッフ、事務スタ

ッフ、物流、見舞い等の訪問者といったものですね。

  わずか、1000人程度でも、個人的な詳細なデータが必要です。また、数日から数

週間にわたる、全ての人との接触データが必要です。その個人の相互作用を計算す

るとなると、1000人程度でも膨大なものになります。技術的にも非常に難しく、その

あたりが、限界になるのです」

「うーん...」マチコが、首をかしげた。「コンピューターを使ってもかしら?」

「もちろんです...だから、数十万人規模の都市レベルになると、もう手がつけられ

なかったわけです」

「でも、必要に、迫られたということですね?」響子が言った。

「そう言うことです。それに、周辺の技術環境が、上昇してきたということもあります。

当然、新しいシミュレーション・モデルも必要になります」

「はい、」響子がうなづいた。

 

  〔2〕 新型インフルエンザ/対策の現状   

                    index292.jpg (1590 バイト)

 

「ええ...さて、夏川さん、」響子が言った。「新型インフルエンザ対策の現状は、どの

ようになっているのでしょうか?WHO(世界保健機関)にとっても、大きな課題だと思いま

すが、」

「それは、もちろんです」

「ちなみに、最新のニュースでは...【2005年6月18日現在】、ベトナムではH5N

1型・鳥インフルエンザウイルス59人が感染し、18人が死亡しています...治療

法は改善されてきているはずですが、依然として高い死亡率ですわ、」

「しかし、それが現実でしょう...それに、これまでの合計ということですね...

  最前線では、人類文明の叡智をかけ、対策が大車輪で動きだしています...ノイ

ラミニダーゼ阻害薬と呼ばれる、一連の抗インフルエンザウイルス薬という武器を手

に入れ、もう一方では、多様なシミュレーションが、ようやく動き始めたといった所で

す。

  まさに、対策と研究は、これから本格化するでしょう。しかし、それが、今回の未曾

有の強毒性H5N1型・鳥インフルエンザウイルスの変異に、間に合うかどうか、」

「はい...きわどい状況なのですね?」

「まさに、きわどい状況です...

  各方面の研究と同時に、WHO(世界保健機関)各国の政府機関などでは、“タミフル

(抗インフルエンザ薬の商品名の1つ)の備蓄も始まっています。しかし、高価なものですから、

アジアの発展途上国などでは、備蓄は難しいのが現状です...それから、こうした

新薬では、使い過ぎると“耐性菌”が出現します。したがって、戦略的運用が重要に

なって来るでしょう...」

「大丈夫なのかしら?」マチコが、手を伸ばし、脚に絡み付いてくるチャッピーの頭を撫

でた。

「うーむ...そこが一番肝心な所です...」夏川は、両腕を組んだ。「近代になって、

インフルエンザの世界的大流行であるパンデミックは、何度か発生しています。そし

て、毎年小規模に発生するエピデミックは、季節の風物のようになっています。

  このことから考えても、新型ウイルスの出現と、パンデミックは、確実にやって来る

と考えて下さい。そして、これまでの経緯から、H5N1型・鳥インフルエンザウイルス

の可能性が最も高いわけですが、他の型の可能性も捨てきれません。

  “高病原性/強毒性”は、“H5”型だけでなく、“H7”型もそうなのです。これに対し、

“スペイン風邪”は、“H1”型なわけです。それに、だいたい、こうした予想で的中する

ことは、ほとんどないですからねえ...まあ、ストレートに、H5N1型が来れば、直球

勝負できるわけですがね...」

「ふーん...」響子は、宙を見つめた。

「そもそも、SARS(新型肺炎)の出現だって、予測できなかったわけでしょう。中国南部

で、新型インフルエンザに網を張っていたら、SARSがかかってきたわけです。そし

て、そのSARS・コロナウイルスの解明には、ずいぶん手間取ったわけです。

  インターフェロンが効果があるようですが、ワクチンは未だに開発中です」

「はい...

  SARS・コロナウイルスに対しては、“持続型インターフェロン(アルファ型)を投与

し、ウイルスの増殖と肺炎症状を押さえることに成功しました。これは、“掲示板”

載せてあります

「しかし、科学的根拠から行くと...

  新型インフルエンザウイルスは、H5N1型・鳥インフルエンザウイルスになる可能

性は極めて濃厚なのです。すでにヒトへの感染も起こっています。

  これが、ヒトからヒトへ感染しやすく変異すると、誰も免疫を持っていないわけです

から、パンデミックになってしまうわけです。これはもはや、時間の問題と言っていい

でしょう」

「うーん...」マチコが、腕組みをした。「大変よね...」

「問題は、H5N1型・鳥インフルエンザウイルスの、強烈な毒性ね...」響子が、マチ

の方を見て、口に手を当てた。「ニワトリでは、ほぼ100%の致死率...ヒトでも、

感染例は少ないわけだけど、70%以上...ヒトの場合は、病院に隔離し、あらゆる

治療を施したけど、効果がないということでしょう...

  もちろん、これは初期のデータで、数字が固定されているわけではありません。そ

れにしても、ニワトリでほぼ100%の致死率というのは、インフルエンザとしては異常

な毒性です。これがもし、現代科学による徹底した殺菌消毒処理が実施されていな

かった場合は、どういうことになっていたでしょうか...

  その場合は、おそらく、ニワトリだけではすまなかったのではないでしょうか...」

「そうよね、」

「ともかく、一難は、去ったということでしょう...」夏川が言った。「しかし、H5N1型・

鳥インフルエンザウイルスの、ヒト・インフルエンザウイルスへの変異は、避けられま

せん...時間の問題です。

  今、なすべきことは、変異を出来るだけ遅らせることです。頭を叩き、消毒を徹底

し、時間稼ぎをすることです。その間に、抗ウイルス薬の備蓄最新のウイルス株か

ら作るワクチンを、しっかりと準備することです。

  そして、それらの運用や、感染拡大のシミュレーションを重ねて行き、最強の戦略

を作り上げるて置くことです...これが、何とか、間に合えばいいんですが...」

「うーん、間に合わなかったら、どうなるのかしら?」マチコが聞いた。

「うわさの段階から...その地域への旅行の自粛...航空機の乗り入れに際し、

毒の徹底...などが実施されると思います...

  “タミフル”ワクチンを、予防的に投与できればいいのですが...でも、それを無

駄に使うわけにも行きません。いざというときの、備えが無くなります...したがって、

シミュレーションを重ね、戦略的運用を準備することです...」

「最悪の場合、」夏川が言った。「相当の犠牲者が出るということです...何千万人も

の...」

「後は、“個人で身を守る対策”ができます...」響子が言った。「手洗や、うがい

抗菌マスク...これらも有効なのです。そして、いよいよとなったら、栄養を十分に取

り、家に引きこもるのも強力な自己防衛対策です。結局は、単なるインフルエンザなの

ですから...

  こうした現実の対策も、どのようなものが有効か、何が最良なのか...シミュレー

ションを重ね、厚生当局が事前に周知徹底して欲しいと思います。そして、その時が

来たら、どの時点で学校を休校にするか、交通機関消毒体制をどう準備するかな

ども、シミュレーションしておくべきです...

  特に、社会ネットワークを遮断するという意味において、航空機ネットワーク

船舶ネットワーク、ハイウェイネットワークなどを、どう遮断するかです...こうし

たことも、シミュレーションを重ねておいて欲しいものです。

  その時に備えて、最高の戦略を準備しておいて欲しいと思います。これは全ての感

染症、全ての災害、全ての危機管理に応用できるものです...

  将来的には、“地球モデルの立体ホログラム”の様なもので、コンピューター内空

間で、“複合的に統一されたもの”として管理される方向へ向かうのでしょうか...こ

れは、“地球生命圏の管理”であり、“危機管理センター”の描く、将来的な展望で

あり、かつ夢なわけですが...

  おそらく、“地球政府”ができた時に、そうした機能が強力に推進されて行くものと

思います...危機に陥った人類文明救済の、最大の武器になると期待しています」

「うーむ...響子さんは、そこまで考えているわけですか、」

「夢ですわ...将来的に、どのようなコンピューターが実現するのでしょうか...バイ

オ・コンピューター、量子コンピューター、光コンピューター...でも、結局は、人間性

の問題に回帰すると思います。豊かさは、“人間性”の中にあるのですから...これ

も、高杉・塾長が言っていたことですけど、」

「うーん...」マチコが言った。「もう、そんな時代が来ているのね...」

「人口が激減しても、人類文明が衰退していかない限り、そうした未来は、必ずやっ

て来ます...」

「うん、」

 

<時間稼ぎ監視強化抗ウイルス薬を集中投与・・・> 

                 wpe8.jpg (3670 バイト) house5.114.2.jpg (1340 バイト)  

「具体的に、現時点で、どのような対策が動いているのでしょうか?」響子が、夏川に

聞いた。

「はい。付和雷同的に、大変だ、と騒いでいるだけでは、対策になりません。そこで、

専門家の間で、1つの大胆な構想が浮上しているようです...これは、現実の問題

として、です」

「はい、」響子がうなづいた。「実際に、現場はどのようになっているのでしょうか?」

「ともかく...

  感染集団をいち早く検出すること...新型インフルエンザ“流行の起点”を抑え

ること...これが非常に重要なポイントになります。これに失敗すると、空気感染と、

グローバル世界の相乗効果で、たちまち世界的な大流行/パンデミックになってしま

います」

「はい」

「変異した新型ウイルスを、“いち早く発見すること”が、最も重要です。そこからワク

チンの製造も始まるわけです。交通網を遮断し、ウイルスを運ぶ野鳥なども抑え、

染地域を出来るだけ小さな地域に封鎖することです。

  いわば“隔離”です。それから、この“封鎖地域”に、抗ウイルス薬の“タミフル”

中的に投与し、鎮圧するのです...」

「こうした考えは、今まではなかったわけですか?」

「今までは、考えもしなかったことです。

  ノイラミニダーゼ阻害薬と呼ばれる、“一連の抗インフルエンザ薬”という武器が手

に入ったことによって、可能になりました。生物統計学者のロンジーニ(エモリー大学)が、

大規模予測モデルでのシミュレーション結果を、今年2月の学会で報告しています

ね...」

「それが、感染拡大のシミュレーションでしょうか?」

「そうしたものの1つです。しかし、こうした研究は、まさに始まったばかりなのです」

「はい、」

 

【感染症・病原体研究モデル】     

 

「シミュレーションは...

  【東南アジアの地方都市/人口約50万】で、【人口密度/人々の移動パターン/

世帯規模/職場や学校の分布/等...】は、タイ政府のデータに基づいたもので

す。これは、近隣諸国にも、ほぼそのまま適用できると言います...

  ええ...これは...各個人について、移動パターン感染率や、毎日何人と接

するかを計算することによって、変異したインフルエンザウイルスが、どのように感

染拡大するかを予測したものです...」

「はい、」

“疫学”上、最も重要なのは、“伝染可能数”です。これは、“1人の感染者が、平均

で何人に病気をうつすか”、という指標で、“Rで表わします。

  インフルエンザの場合、一般的に低いです...1918年に大流行し、アラスカや

太平洋の島々にまで感染し、全地球にが広がった“スペイン風邪”ですが...その

“1918年ウイルス”でさえ...“伝染可能数/は、およそ“2”だったと推定され

ています」

「あの、“スペイン風邪”で...“伝染可能数/R=2”ですか?」

「そうです...ただ、一方で、インフルエンザは“空気感染”ですから、非常に早く感

染拡大していくという特徴をもっています」

「はい...」

「このシミュレーションは、複数のシナリオについて、それぞれ100回の計算をしたよ

うです...どのような確率で、どのような結果が生じるかを、導き出したわけです。

  例えば、1人の感染をきっかけに、感染可能数/R=1.4”新型インフルエン

が広がって行くケースをシミュレーションしています...

 

      行政機関の厚生当局が...14日後に...

【流行の発生を察知感染者及び感染者に接触したヒトを確認抗ウ

イルス薬のタミフル”で治療と予防措置を開始...

 

  シミュレーションによると、このケースでは、98%“流行を抑え込める”と出まし

た。残りの2%は、500人以上が感染してしまうが、“流行が他の地域に飛び火する

ケースはまれ”と出ました...まあ、これは、変数によって大きく揺らぎますが、何が

起こっているかの見当はつくと思います...」

「はい、」

「ともかく、“可能な限り早い段階で察知し/即、関係者全員に予防的にタミフルを投

与”すれば、新型インフルエンザを封じ込める確率は、非常に高まるということです。

また、“徹底的な隔離措置”も、非常に有効というシミュレーション結果も出ています」

「うーん...」マチコが、感心してうなづいた。「抑え込めるのね、」

「いや、安心するのは、まだ早いです...

  “感染可能数”が高くなると、封じ込めは難しくなるからです。感染可能数/R

2.4”のケースでは、75%で感染の急拡大があり、抑え込められなかったようです」

「うーん...“感染可能数/が問題なわけね、」マチコが言った。

「その他にも...

  事前に予防接種を受けていた場合...ワクチンが、変異した新型ウイルスに完全

に適合していなくても、感染抑制効果が、期待できるのです...つまり、最新株のH5

N1型ワクチンを予防接種しておけば...感染可能数が大きくても、タミフルとの併

用で、感染は抑え込めると言います...

「はい」

「ただ、これは、希望的観測を重ねたわけで、安心できるものではないですね」

「あ、はい...」響子が言った。「だから...

  ワクチンの準備も急ぐわけですね。新型インフルエンザウイルスが出現し、それか

弱毒生ワクチンを開発する前に...つまり、“それに近いウイルス株”のワクチン

を、予防接種して置くわけですね...それでも、効果が期待できると、」

「そうです...少しでも、予防の可能性のあるものは、全て準備しておきたいですね。

ともかくH5N1型ウイルスの変異と、人類の対応との、時間の勝負になって来た観

があります。

  つまり、人類の対応が間に合えば、最悪の事態は回避できるわけです。ただ、

化球がきた場合も、対応できればいいんですがね...」

「変化球というと、何かしら?」マチコが聞いた。

“モグラたたき”のように...H5N1型ウイルスを何度も叩いていたら、他の型が

ンデミック・ウイルスになってしまう場合です。あるいは、SARS(新型肺炎)再来の

合もあります。

  SARS新型インフルエンザが、複合的に人類に襲い掛かるケースも考えられる

わけです。自然界が相手ですから、もっと別なケースだって、山ほどあるわけです」

「そうですわ...」響子がうなづいた。

「厄介なのは、この危機的状況が、地球生態系のホメオスタシス(恒常性)から発動して

いる場合です」

「ええ...高杉・塾長が言っていましたわ...

  “この世界”は、“単純な物理空間”ではないのだと...現代の科学技術文明は、

現代物理学を基礎にして成立していますが、デカルトの言う所の、“思惟するもの/

意識・心・精神”の残り半分が欠けていると...だから、物理学的確率論では割り切

れないのだと...

  つまり、高杉・塾長は、現代物理学では割り切れない、地球生態系のホメオスタシ

(恒常性)が発動しているという意見です...私も、塾長に賛成ですわ...」

「うーん、」マチコが言った。「そうよね、塾長はさあ...そういうことを言うわよね」

「私は、科学者として...中立的な立場です...」夏川が、微笑して言った。「現状

を、じっくりと観察します。しかし、ここは“人間原理空間”のホームページですから、

科学を越えた領域にまで、座標系が拡大しているのでしょう。高杉・塾長のスタンス

は、よく理解できます...」

「はい、」

               

「さて、その生態系としての、ホメオスタシスが発動していた場合ですが...」夏川

が言った。「ホモ・サピエンスが、地球環境にとって適正な数量に激減するまで、波状

攻撃がかかって来るだろう、ということです。

  ともかく、総人口を抑制し、地球生態系を復元することです...経済の持続的発

展や、社会保障制度の維持の次元の話ではないのです...」

「政治家や行政は、」マチコが、言った。「“少子化対策”などと言っているけど、それ

は、基本的に間違っているのかしら?」

「ええ...」響子が、ため息と共に、うなづいた。「今の、政治家官僚の言っている

ことは、日本人はもう半分も信用していないでしょう...その視点は、まさに、正しい

と思います。

  社会保証政策を維持するために、“少子化対策”を推進するなどは、本末転倒で

す。単純に、北欧の少子化対策と比較するのも、間違っています。食糧自給率と、人口

密度が違います...もう、大国である必要はないのです...肝心なのは、豊な社会

です...

  小泉・政権は、反動的といわれますが、その“時代的な流れ”を読み間違えていま

す。政治は、本来、こうした難しい課題を大局的に判断し、国家や人類社会を主導し

て行くのが仕事です。ところが、今の政治は、だひたすら“安易な方向”に流れて行き

ます。だから、国民から見放されるのです...」

「まあ、しかし...」夏川が、笑って片手を上げた。「日本の人口は、そうした掛け声と

は裏腹に、急激な減少に向かっているわけです。現実には、“正しい方向”に流れて

いるのです...日本の人口は、半減してもいいですね...そうすべきでしょう...」

「はい...」響子は、首を斜めにした。「何度も言うことですが...

  まず、確実にやって来る危機は、“飢餓”です。大発生したイナゴバッタ、あるい

は哺乳類のネズミでさえ...やがて餌が不足し、生態系の許容数量へ戻って行くの

です...

  あるいは、淘汰圧力に屈し、“絶滅して行く種”も、あるわけです...それもまた、

生態系における、“種の新陳代謝”に寄与しているわけですわ...そうした“ダイナミ

ックな生命の全体”が...いわゆる高杉・塾長の主張する、“ニュー・パラダイム仮

説/36億年の彼”になるわけです...」

「うーん...」マチコが、膝の上に抱いているチャッピーの頭を撫でた。「塾長もさあ、

そんなことを言うわよね...その“ニュー・パラダイム仮説”を、もう少しまとめなけ

ればならないと、言ってたけど、」

「そうですね。そろそろ、もう少しまとめた方がいいと思います」響子が、賛成した。

「ともかく...」夏川が、白いガウンのポケットに、右手を突っ込んだ。「感染症を担当

するとしては、感染症対策に全力でぶつかるのみです!」

「はい!もちろんですわ!」響子は、クルリと椅子を回した。そして、自分の持ち場で

ある、“危機管理センター”の、一連の監視モニターに目を投げた。

 

<シミュレーション・モデルの開発>     wpe8B.jpg (16795 バイト)

                                 wpe8.jpg (3670 バイト) 

「ええ...新型インフルエンザの対策は...」響子が言った。「世界的な大流行にな

るのを、“封じ込める!”のが、肝心なわけですね...そのためには、“タミフル”

期段階で、集中的に投与するのが有効だと...」

「そうです...」夏川が、言った。「シミュレーションの結果、そういう戦略が有効と分っ

たわけです。

  “タミフル”は、何度も言いますが、ノイラミニダーゼ阻害薬と呼ばれる、一連の抗イ

ンフルエンザウイルス薬のうちの1つです“オセルタミビル”というのが正式な薬の名

前で、“タミフル”は、商品名です。

  この“タミフル”は、H5N1型・鳥インフルエンザウイルスにも有効です。ウイルス

が、宿主の体内に広がるのを防ぎます感染後、48時間以内に服用すれば、症状が

軽くすみ、他の人に移す可能性も、低くなります。したがって、感染予防効果の方も、

期待が持てるわけです」

「はい...」

「ただし...予防効果を、地域的に試した例は、まだありません...

  また、変異した“新規ウイルス株”に対して、予防効果があるかどうかも不明です。

現実には、新型ウイルスは、まだ発現していないわけですから。全ては、予測の域を

出ていません」

「はい、」

「したがって、対策の有効性を評価するには、シミュレーションに頼るしかないわけで

す。しかし、不確実な要素変数が、非常に多いわけです...

  したがって、シミュレーションの精度を上げていくことが必要です。それには、精度

の高いデータが必要です。また、大量のデータが必要です。そしてまた、多様なシミュ

レーション・モデルの開発が必要になってきます...

  まあ...シミュレーションの開発、インフルエンザ・ウイルスの実態把握、様々な新

薬やワクチンの開発状況・現場の医療情報の蓄積...等々...そうしたものが、谷

川に集まり始めたということです。

  それが、“総合対策システム”として、効果的に機能するかどうか...谷川は、や

がて渓谷で川筋を合流し、大きな流れになって行きますが...まだ緒(ちょ)についた

ばかりです...」

「でも、対策は、動き出しましたよね、」マチコが言った。

「そうですね...

  こうしたシミュレーション・モデルは、抗ウイルス薬の必要量の掌握と、それをどの

ように運用するかの手がかりになります。難しいのは、何度も言いますが、予測不能

変数です...

  これは、新型ウイルスが、大都市に持ち込まれるといった要因です。大都市の人込

みの中に入ると、接触者を追跡するのが、非常に困難になります。特に空気感染の、

インフルエンザ・ウイルスの場合、そういうことが言えます。

  それから、厚生当局が、感染者やその接触者を察知する以前に、飛行機が使わ

れた場合もそうです。飛行機の乗客は、さらに飛行機を乗り継ぎ、空港から大都市

入っていく場合が多いからです。現在のようなグローバル化した社会の中では、空港

を押えることが、1つのキーポイントになるかも知れません」

「はたして...」響子が考え込んだ。「感染拡大は、抑え込めるものなのでしょうか。

疑問になってきましたわ...

  先ほどのシミュレーションだと、厚生当局が、“14日後に流行の発生を察知/感染

者及び感染者に接触したヒトを確認/抗インフルエンザ薬のタミフルで治療と予防措

置を開始・・・”と言いましたね。“14日後に察知”では...ギリギリの日数かも知れ

ませんが...接触者が増え、その何人かが、飛行機を利用している可能性が非常

に高いのではないでしょうか?」

「その通りです...だから、大規模な対策が必要なのです。

  様々なシミュレーション・モデルを構築し、シミュレーションを重ね、感染拡大の実態

を知ろうというわけです。1918年の“スペイン風邪”当時ように、インフルエンザが、

“ろ過細菌”ウイルスであるとは知らなかった時代とは、実力が違うわけです...

  現代文明は、抗インフルエンザウイルス薬という有力な武器もあるし、ワクチンの

技術だってあります。そして、感染拡大や、その対策の有効性を、シミュレーションす

ることも出来るわけです」

「はい」

高病原性の鳥インフルエンザという、極めて毒性の強いインフルエンザが、80億の

人類社会に忍び寄っています。このインフルエンザの背後に、どのような智慧と戦略

が潜んでいるかは、人智の超えた所です。しかし、人類の科学技術文明も、今まさに

大車輪で、その戦略を構築しつつあるわけです...」

 

      wpe89.jpg (15483 バイト)         

「はい...」響子が言った。「原爆を製造した“マンハッタン計画”、月へ人間を送り込

んだ“アポロ計画”、人間のDNAを読み解く“ヒトゲノム解読計画”...様々な巨大科

学のプロジェクトがありました。現在も、“核融合発電”“木星圏の大探査計画”など

が進行しています。

  ですが、これまで、危機に直面した、“人類社会を守るためのプロジェクト”は、あり

ませんでした。もし、出来るとすれば、今回が初めてではないでしょうか。それは、ど

のぐらいの規模で進んでいるのでしょうか?」

「まあ、予算的にも...現在は、そうした巨大科学と呼べるものではありません。しか

し、ようやく、コトの重大性に気付いてきたわけです。これは、人類社会のグローバル

化にも、疑問を投げかけるものです」

「はい...」響子は、夏川を眺め、コクリとうなづいた。「そうした、人類文明に対する

危機回避の巨大科学は、今後続々と登場してきます...“地球環境の復元”があり

ますし、“地球直撃天体の監視と対策”があります...“人類文明の管理と人口の抑

制”もありますね...ともかく、難しい時代になってきました...」

「これまで、見えなかった危機というものが、“見えてきた”ということでしょう。危機

は、今までもあったし、そうした生態系の中で、我々は生を享受してきたわけです。

肉強食や、淘汰圧力環境圧力というものは、常に過酷なものです...しかし、これ

が、生態系の実態なのです...」

「そうですね...“見えてきた”ということでは、確かにその通りです。でも、創りでして

来たものも、あるのです...

  “危機管理センター”では、“地球直撃天体への対策”などもウオッチしています

が、こうした巨大ミッションが動き出すのは、これからです...今までは、こうしたこと

は、心配外のことでした...」

  マチコは、チャッピーの喉もとを撫でた。

「ともかく...響子さんが、先ほど言ったように...

  “高病原性”H5N1型・鳥インフルエンザウイルスという、驚異的な毒性のインフ

ルエンザが、人類社会に忍び寄り、牙を磨いています。

  ニワトリでは、100%近い致死率を示します。これが、“低病原性”に変異しない限

り、相当の犠牲は覚悟しなければなりません。この“高病原性”H5N1型に比べれ

ば、あの“スペイン風邪”の“1918年ウイルス”でさえ、致死率は3%ほどで、“低病

原性”なのだということです...それでも、20世紀初頭の世界人口の中で、推定

4000万人/日本でも50万人という犠牲者を出しているわけです」

「はい、そうですね」響子が言った。

「ええ...もう一度言いますが...

  新型インフルエンザウイルスが出現しても、“伝染可能数/=1.4”以下な

ら...そして、流行発生後2〜3週間以内に、関係者全員に“タミフル”を投与してい

れば、感染の拡大は防がれるだろうということです...

  しかし、中国南部、東南アジア地域は、モータリゼーションが進み、個人の行動が

広域化しています。抗ウイルス薬やワクチンは、どのぐらいの量が必要になるのでし

ょうか...ともかく、パニックを防ぐためにも、大量の備蓄が必要になると思います」

 

                  

「はい...」響子が言った。「色々バリエーションはあるのでしょうが...このままの

状態では、封じ込めるのは非常に難しいのではないでしょうか...最新株のワクチ

を準備し、大量の“タミフル”備蓄し、薬剤耐性の株にも対処し...

  その上で、“人類社会の根本的な見直し”が必要かも知れません...もともと、

当ホームページで主張していることですが...強力な“グローバル化の抑制”や、

“航空輸送網の制限”などです。むろん、生態系の中での健全な地位を確立するため

に、“人口抑制”も急務です...

  つまり、この問題は、“My weekly Journal”の津田・編集長たちが主張してい

るように...“地球政府”の創設と、“第3の波・情報革命/ポスト資本主義/人

類文明の新しいステージへ移行”...の課題と、密接に連動している様にと思わ

れます...」

「うーん...」マチコが、首をかしげた。「それに失敗したら...インフルエンザが、

“人口を減少”させてくれる訳かあ...それも、仕方ないのかしら...」

「でも、マチコ...

  それは、人類文明が、屈服することではないかしら...何のために、“文明の曙”

があり、生命潮流の進化の頂点に、“ホモ・サピエンスの文明”が築き上げられたの

か...

  結局、バベルの塔の伝説(旧約聖書で、ノアの洪水の後に起こった奇跡)のように、人類は自らの

“文明の暴走”を制御できず、“神による制裁”を受けるという、汚名を刻むことになる

のかしら...

  地球上に...次ぎに、どのような知的生命体による、“新文明”が築かれるのか

は、分りません...でも、その時は、必ず来ます...私たちの人類文明が急速に後

退するようだと、その“空きニッチ(空いている、生態系的地位)に、“新文明”が入り込んでく

る時期は早まります...」

「うーむ、」夏川が、感心した。「そういうものですか...」

「私の考えではありませんわ。高杉・塾長の言っていることです...」

 

  〔3〕 社会ネットワーク接触のネットワーク wpe8B.jpg (16795 バイト) 

                    wpe8.jpg (3670 バイト)

 

「え、さて...」響子は、オレンジジュースを半分飲んだ。そして、手をマウスに持ちか

えた。「ええ...感染症拡大のシミュレーション・モデルとして使う、“社ネットワーク”

とは...実際にどのようなものなのでしょうか?緊急の課題である鳥インフルエンザ

を離れ、ここでは感染症拡大のシミュレーションについて、考察します。

  ええ、いよいよ、本格的な夏がやってきましたが...夏川さん、よろしくお願いしま

す、」

「はっはっは、」夏川が、口に掌を当てた。「うーむ...夏が来ましたね」

「夏川さんは、夏向きの名前よね、」マチコが、氷の入ったジュースを、両手で包んで言

った。「夏美も、夏向きの名前だけど、」

「ボスも、8月生まれだから、夏が好きだって言ってたわね」

「あ、そうなんだ、」

「ええ、さて...私は、シミュレーションの専門家ではありません...

  したがって、“社会ネットワーク”が、どのように“疫学”に利用できるのか...その

1つである人と人が接触する“接触のネットワーク”について、感染症の立場から考

察してみましょう。感染症は、この“接触のネットワーク”によって、感染が拡大して行

くと考えられるのです」

「はい、」響子が、小さく頭を下げた。

「実際に...感染症が拡大する情況というのは...

  その社会の、“教育文化/衛生環境/栄養と健康状態”といった細かな点が、実

は非常に重要な要素になってきます。また、病原体への“感染率”は、その人の“健康

状態/感染者と接触した期間や状態/病原体の性質”によって微妙に決まって来る

のです。

  より現実に近いシミュレーション・モデルを作り上げるには、的確な感染確率を捉え

る必要があります...それから、個人の属する集団や、“社会ネットワーク”の中で

の、“人と人との接触”をシミュレーションする必要があるのです...実は、これが、ま

さに大問題なわけです」

「それが、最初に話していた、疫学シミュレーション・モデルですね、」

「そうです...

  最初に言ったように、つい最近までは、感染症の拡大モデルは、100〜1000人程

の、ごく少人数の集団が限界でした。そこで、米国立ロスアラモス研究所のグルー

プが、疫学シミュレーション・モデル“EpiSims”の開発に取り組んできたわけです。こ

れは、何十万人/何百万人もの、“個人の相互作用をモデル化”しています。このよう

なことは、これまでは、およそ不可能と考えられてきたわけです...

  もともと、米国立ロスアラモス研究所では、10年以上もかけて“TRANSIMS”

いう都市計画のためのモデルを開発していました。道路などの、輸送インフラの新設

や変更によって、どのような影響が出るかを探るプロジェクトでした。ここで、都市環境

の中で、大勢の人々がどのように移動するかを、ある程度予測できるようになったわけ

です」

「うーん...そんな研究が、基礎になっているわけですか、」響子が、うなづいた。

「そうです...

  そこで、“TRANSIMS”を下地として、何百万人もの、“個人の相互作用をモデル

化”して開発したのが、“EpiSims”です。現在は、“EpiSims”は色々な都市に応用で

きますが、土台となっている“TRANSIMS”は、アメリカのオレゴン州/ポートランド

市を青写真にしているようです...」

「はい、」

<シュミレーションの風景>     wpe8B.jpg (16795 バイト)     

               

 

  夏川は、パソコンのモニターをのぞきながら、マウスをクリックし、響子とマチコの方

へ顔を向けた。

「ええ...さて...

  “TRANSIMS”仮想ポートランド市には、この街の詳細なデジタル地図が組み

込まれています。実在する、鉄道路線、道路、標識、信号などの、輸送インフラが含ま

れています。これで、交通パターンと、移動時間の情報が得られるわけです...もと

もと、このシミュレーション・モデルは、都市における交通渋滞などの動静をさぐるため

に創られたわけです...

  したがつて、“TRANSIMS”が下地になっている“EpiSims”も、最初のモデルは

ポートランド市がベースになっています。ええ...しかし、人口160万人の市民の、

詳細情報行動情報を、実際に集めるのは、非常に困難です。それに、プライバシー

の侵害がからんで来るわけです...」

「うん、」マチコが言った。「プライバシーが問題よね、」

「まあ、そこで...仮想都市を構築することになるわけです。本物と統計学的に同じ

都市を、人工的に合成するわけです...公的に利用可能なデータを用い、現実に即

した日常生活を再現します...公的に利用可能なデータの範囲で、」

「でも、」響子が言った。「あまり似ていると...やはり、プライバシーに触れるのでは

ないかしら?」

「そうですねえ...

  先ほども言ったように、私は、シミュレーションが専門ではありません。しかし、どうな

のでしょうか...シミュレーション・モデルとして一般化できる部分と、都市の地理的

特徴や、ハブ(他者との接触が、際立って集中している、場所、人物、あるいは分子など、)となる施設や人

ど、地域の特性をきるだけ詳細にインプットすることは、矛盾するわけです。しかし、そ

れは克服できる課題です」

「うーん...一般化と、特殊化ですか...シミュレーション・モデルの質が問われます

ね、」

「ま、結局は、データがどんどん増えて行くわけで...シミュレーションとしても、そうな

るでしょう。その結果として、プライバシーの部分も、各レベルで、段階的にコントロール

されるようになるでしょう...」

「やはり、そうなるのでしょうか?」

「ともかく...

  米国勢調査局では、都市人口の年齢、家族構成、収入といった人口統計の情報を

提供しています。これは、都市全域のデータの他に、数街区の小さな調査範囲ごとの

ータも、一部公開しているようです。

  これらの2種類の公開データを使い、“反復型比例当てはめ法”という統計技術を

用い...“現実の人口統計と地理的分布”をもった、世帯と個人に関する仮想都市

が構築できるわけです...」

現実都市のデータによる仮想都市に、仮想の世帯と個人が入るわけですね、」

「そういうことになります...

  ま、詳しいことについては、私は専門外の事ですので、コメントはできません。しか

し、実際に、都市の運営を任されている行政当局は、様々なレベルのプライバシー

ついても、最深度情報まで使えるわけです。緊急事態となり、“許可”が下りれば、これ

らのデータがシミュレーション・モデルに投入され、再計算されるでしょう。

  ただし、それらのデータが、シミュレーションに投入できるようにデジタル加工されて

いればの話です。将来的には問題がないでしょうが、まだ過渡期ですからね。それら

のデータが順次入れば、感染拡大のシミュレーションも、その分だけ精度が上がりま

す...」

「うーん...」響子が言った。「“危機管理センター”では、将来的には“地球生命圏

モデル”の構想を持っています。地球全体の姿を、仮想空間の中にリアルタイムで再

するものです。そこでは自動的に、高度なシミュレーションが行われます。もちろん、

これには新しい発想の、地球最大のコンピューターが必要になりますが...

  “仮想都市シミュレーション・モデル”というのは、それに近いものに進化するので

しょうか、都市のレベルで?」

「おそらく、そうなってくると思いますね...」

「ふーん...」響子は、うなづいた。「高杉・塾長が言っていました...良くも悪くも、情

報が集中して行くと...一般・都市行政ばかりでなく、感染症拡大のシミュレーション

にも、また危機管理犯罪捜査にも、応用できるわけですね...

  “インターネット空間と仮想都市空間が融合”し、それがリアリティーである現実世

界と表裏一体になり、人類はもう1つの“情報空間”というものを持つようになるかも知

れないと、塾長は言っていました...そして、“情報空間”は、現在の人類が想像も

していない、“独自の進化/構造化”が進むかもしれないと...」

「それが、“人類文明の第3ステージ”ですか...そりゃ、大変な世界だ...」

“第3ステージ”ですから、当然かも知れませんわ、」

「そっかあ...」マチコが言った。「茜が言っていたけど、“人類文明の第3ステージ/

情報革命”というのは、そういう時代になるわけね」

「1つの、可能性です...」響子が、マチコに言った。「私たちは、必ずしもそうした世

界を支持しているわけではありません...

  まず、“グローロバル化”には、反対の立場です。それから...19世紀か20世紀の

初頭“文明段階”を、1つの理想としていますから、」

「何故、その時代なのかしら?」

「私は、詳しいことは知りませんが...“人類が最も幸福だった時代”だからかも知

れません...そして、現在の膨れあがった人口を、“受け入れ可能な社会形態の器”

ということも、あるかも知れません。

  それを、“第3ステージ/情報革命”と、どのように融合させて行くかです...ともか

く、強力な実行力を持つ、“地球政府”が必要でしょう。そして、“新しい文明形態”

しては、半地下に展開する高機能空間に縮小し、地上は大自然の原野に返すことを

考えているようです。

  茜さんたちは今、“ポスト・資本主義”の模索の中で、“文明の第3ステージ”という

課題にも直面していますが...私が聞いているのは、その辺りまでです...」

「うーむ...」夏川が言った。「すでに、そうした動きは、確かに始まっていますね...

私たちは、まさに、情報革命の真只中にいるわけですねえ...」

「はい...現在いる私たちのスタンスを、再確認しておくことが、重要になってきます」

「ま...とにかく、話を進めましょうか...」

「はい」

                        index292.jpg (1590 バイト)

 

「ええ...話を戻しますが...現実には、まだ仮想都市のシミュレーションは開始さ

れたばかりです...分水嶺の雨水が、最初の道筋を削って行くわけです」

「そうですわ!”ここから、その“第3ステージ/情報革命”“原型”が削られて行く

わけですね。その“原型”の彫刻は、変更が効かないものになると言いますね、」

「...」

「うーん、」マチコが言った。「そういう時代が来るのね」

「さて...都市計画の各担当局では...ええ...

  数千人の、小さな人口サンプルの、詳細な移動活動調査を行っています。データ

は、各世帯の個人の行動を、1日〜数日間追跡し、それぞれの活動にかかる時間に

注目します...

「はい、」

調査回答者による人口統計を...仮想都市全体に反映すれば、各世帯と個人の、

膨大な日常生活がシミュレーションできるわけです」

「はい...」

「具体的には...

  “人々の移動をシミュレーション”するには、全世帯に“活動の場”を割り当てなけれ

ばなりません。“土地利用データ”を、モデルの中の18万ヵ所の地点と関連づけ、その

場所で様々な活動をする人数を見積もるわけです。

  活動内容は、職場学校などによってだいたい決まりますが、そこから移動するこ

ともあるわけです。買い物とか、レクリエーションとか...シミュレーションでは、そこま

での距離魅力といった尺度も、考慮されます...」

「そこまで、やるのでしょうか?」

「そうです。可能な限り数値化し、精度を上げることが、必然的に要求されて来ます」

「はい...」

仮想都市ではありますが、できるだけ実社会の構造に即してシュミレーションするの

がいいのです。そこに入れる人間も、当然そうなります...プライバシー等、難しい問

題はありますが、高い精度を求めると、そうした細かい所が、非常に重要になってきま

す。

  行政当局が持つ、“各レベルの情報”“各種の最深度データ”“極秘データ”を重

ねるかどうかは、その時の状況によります」

「はい...やはりこれからは、“情報”がネックになるのでしょうか?」

「それは、私の専門外です...他のところで、検討してもらえますかね」

「あ、はい、」

「特に、疫学調査では...

  エイズなどでもそうですが、人間の“最も深いプライバシーの領域”に入り込みます。

誰と性行為をしたか...それが暴力的にものであったかなど...絶対に他人に明

かしたくないことなども、追跡データとしては、必要になるのです...」

「そうですね...

  でも、プライバシーも大事ですが、感染症が拡大し、“社会が危機に陥る”方が、より

重大事ですわ」

「その通りです」

 

分離度グラフ距離

         社会構造としての、“人と人の距離”は・・・

             

 

「 さて、“接触のネットワーク”とは、どのようなものかを、少し説明しておきましょう。

  まず、仮想都市に、ごく普通の若い女性が居たとします...彼女の名前を、花子さ

としましょうか...そして、具体的に彼女の“接触”を、追って見ることにします。

  ええと、何故、“接触”なのかというと...先ほども言ったように、感染症の拡大は、

この“接触のネットワーク”によって、拡大して行くからです。

  

  さて...花子さんの1日は、朝食の時に、両親と弟という家族の接触から始まりま

す。それから、仕事に出かけます。バスに乗り、電車に乗ります。そして、職場でも、様々

な人や客との接触があります。それから、昼食の時は、いつもの食堂で、仲間とうわさ

話に花を咲かせます。そして、仕事が終ると、ボーイフレンドの太郎君と駅前で待ち合

わせ...

  さて...“接触”といっても、会っている時間や、相手との関係目的などで、様々で

す。バスや電車では、全く見ず知らずの他人と、単に“同じ空間を共有”するだけです。

これも、確かに“接触”なのです。何故なら、空気感染のインフルエンザ・ウイルスなど

は、それだけで十分に感染拡大するからです。

  それから、スポーツなどにおける皮膚の接触、キスや性交などの生物的な濃厚な接

もあります。さらに、輸血なども、感染症拡大の大きな要因の1つになります...

 

  しかし、最大の課題は、バスや電車や図書館など、公共のスペースで、“同じ空間

を共有”しているだけで、感染が拡大する場合です」

「うーん、そうよね、」マチコが言った。「それで、実際に、感染拡大が起こることが、問

題よね、」

「マチコさんの、言う通りです...それで、流行が、実際に起こってしまうわけです。

  したがって、疫学のシミュレーションでは、実際に即して、モデルを構築して行く必要

があります。だから、このような仮想都市を作り上げ、“都市空間における感染症拡大

の実態”を知ろうというわけです」

「うん、」マチコがうなづいた。

数十万 〜 数百万人というような規模な都市は、かなり昔から存在しています。しか

し、その都市における“社会ネットワーク”の実態というのは、数学的には解明されて

こなかったのです。ただ、文明としての人間社会が、営々と脈動していました。戦争、

疫病、様々な環境圧力の中で...

  しかし、“情報革命”というのですか...そういう、文明の新しいステージがやって

きたわけです。その中で、100万人規模の、“仮想都市のシミュレーション・モデル”

創り始めたわけです...“社会ネットワーク”“接触のネットワーク”で、100万人規

模の“個人的相互作用”が、実際に数学的に解析されるようになって来たということ

です」

「そうですね、」響子がうなづいた。「そうした文明の進展のおかげで...“小惑星や

星の地球への衝突”まで...心配しなくては、ならなくなりました。文明が進んで、

この生命圏や生態系の実態が分るにつれて...様々な心配事が、益々、増えて行

きます...」

「しかし、その分、危機は回避されます」

「いえ...私が言いたいのは...

  人類文明は、はたしてこのままでいいのかということです。“便利で、豊で、安定して

いること...”が、必ずしも“人間の幸福”ではありません。そこには、“ロマン・夢・行

動”というものがありません...人は、そういうロマンを求め、渇望するという...もう

1つの“人間的価値の側面”...を求めるわけです...

  茜さんや、“未来工学”の堀内秀雄さんが、“ポスト資本主義”の考察を開始して

います。“文明の全体のデザイン”というものが、不可欠な時代になってきたと言って

います」

「まさに...そうですね、」夏川が言った。「その通りだと思います」

「うん、」マチコも、うなづいた。

          index292.jpg (1590 バイト)         


「また、話を花子さんに、戻しましょう」

「はい、」

花子さんを中心に、接触した人を線で結ぶと...花子さんの“接触者のネットワー

ク”を、仮想空間の中に見ることが出来ます。一方、花子さんが接触した人も、彼女と同

様に、様々な人と接触しているわけです。したがって、これも、線で結んでいきます。

  さて、花子さんが接触した、ボーイフレンドの太郎君の方の“接触者のネットワー

ク”を見てみます...いいですか...ここで、花子さんと太郎君の、両方に接触して

いる第3者を除くとすると...太郎君が接触した人というのは、花子さんから“2段

階”離れていることになります...

  この様に、人と人が、“最短で何段階離れているか”を、“分離度”とか“グラフ距

離”といいます...」

「うーん、それが、“分離度”かあ...」マチコが言った。「どこかで聞いたことがあるの

よね、」

「一般に、地球上では、“分離度が6以下”で、全人類がつながっていると言われます。

“接触者のネットワーク”を、地球上の全ての人間に広げて行くと、“6段階”よりも離

れた人は居ないという事です。マチコさんが聞いたのは、おそらく、この話でしょう?」

「うーん...そう...それは、ほんとかしら?」

「厳密に言えば、例外はあります...

  未開地で、生まれたばかりの赤ん坊とか...人とほとんど接触しない、極端な引

きこもりの人間とか...しかし、一般論として、人間社会の“関係性のネットワーク”

しては、非常に面白いものがあります」

「うーん...そうかしら、」

「こういう話があります...

  アメリカに、ケビン・ベーコンと映画で共演した俳優たちとのつながりを、ゲームにし

たものがあります...これは、映画俳優を1人挙げて、出演映画を1つ挙げるわけで

す。そして、その共演者を1人挙げ、別の出演作品を1つ挙げる。これを繰り返して行く

と、4回目までに、必ずケビン・ベーコンが共演者に挙がってくるという法則があるとい

います。つまり、“分離度が4以下”ということですね...

  まあ、私は詳しいことは知りませんが...ゲームは、4回目までに、ケビン・ベーコ

ンが共演者に挙がらない経路を考えるのだそうです...」

「うん...面白そうね」マチコが、うなづいた。

「学問の世界でも、数学者の共著関係を追跡するネットワークが、よく知られていま

す。ある学者の“エルデシュ数”といえば...多数の論文を著した、天才的な数学者

エルデシュとの、“分離度”を示しているのです...」

「あ...私はさあ、そこで“分離度”という話を聞いたのよね、」

「そうですか...

  科学論文の引用関係や、細胞中のタンパク質の相互作用...それから社会ネット

ワーク、あるいはインターネットの中などでも、“ハブ(他者との接触が、際立って集中している、場所、

人物、あるいは分子など、)をもつ傾向が見られると言います...

  ネットワークにある中継点や分岐点を“ノード”と言いますが、“2つのノードをつな

ぐ最短コース”は、通常こうした“ハブ”の1つを通るのだそうです。これは、旅客機の航

路網などとよく似ているそうですね...こうしたネットワークのことを、“スケールフリ

ー・ネットワーク”と言うのだそうです」

「はい、」響子が言った。

 

    <スケールフリー・ネットワーク> wpe89.jpg (15483 バイト)wpe8B.jpg (16795 バイト)  

           

 

「さて、肝心の感染症の話に戻りましょう...

  こうした“スケールフリー・ネットワーク”においては、“ハブ”の1つ、もしくは幾つか

“ハブ”が働かなくなると、激しいダメージを受けるのです。そして、この性質は、病気

の感染経路にも当てはまる...と、考えられるのです。

  集団内には、“ハブ”となるような接触の多い人物がいます。特に職業として、人を集

めてコンサートを開く音楽家、集団から集団へ渡り歩いて政策を訴える政治家などが

そうです。また、開業医や、スーパーの店員なども、常時、多くの人と接します。

  このような“ハブになりそうな人”が、病気に感染していると分った場合、この人を取

り除けば...地域全体を隔離したり、全体を予防接種をしなくても、感染拡大は防げ

るはずです。

  つまり、“ハブになりそうな人”を治療したり、隔離したり、予防的に活動を停止させた

り...あるいは、感染の監視を強化すれば、流行を抑えられるだろうという考え方で

す...どう思いますか、響子さん?」

「そうですね...当然、“ハブ”は、要チェックだと思います」

「そうですね、」夏川は、微笑してうなづいた。「むろん、対策としては、重要なチェック

ポイントです。シミュレーションをしてみるまでもないことです。

  ところが、です...“EpiSims”“社会ネットワーク”シミュレーション解析したと

ころ...“ハブ”を取り除くだけでは、感染拡大は、簡単には機能不全に陥らないこと

が分ったのです。ここが、物理的インフラの解析と、生命現象である感染拡大の解析

の違いでしょうか...いわゆる“生命活動”は、そう簡単には根絶やしには出来ない

と言うことです...“生命活動”は、まさに柔軟で頑丈なシステムです...」

「一筋縄では行かないわけですね...」響子は、腕組みをした。「うーん...そうです

か、分る気がします...良くも悪くも、“頑丈なシステム”というわけですね、」

「うん!」マチコがうなづいた。

「それは、状況にもよるわけです...

  前にも言いましたが、都市には公共交通機関も無数に走っていますし、大型のショ

ッピングモールなど、予測不能変数が多すぎるのです...しかし、だからこそ

100万人単位の都市空間での、多様なシミュレーションが必要になってくるのです。

複雑だからこそ、その問題解決の“解/指針”が欲しいわけです」

「そうですね」

「いずれにしても...“物理的なハブ”となる学校やショッピングモールは、“感染症の

監視”“病原体の検知センサー”を置くには、ふさわしい場所と言えます。

  ところが、シミュレーションでは、意外なことも分ってきたのです。“社会ネットワー

ク”には、“ハブを通過しない近道”が、多数存在することが分かってきたのです。こう

なって来ると、“ハブ”を抑えるだけでは、対策としては十分とはいえないわけです」

「ええ、」響子は、口にコブシを当て、うなづいた。

「それに加え...仮想都市の“社会ネットワーク”を研究しているうちに、予期せぬ特

長が見えてきたと言います。それは、“全ての人”が、事実上の“小さなハブ”になって

いたということです。まあ、よほど“引きこもり”の人を除いては、ですが、」

「うーん...それは、どこかで聞いたことがありますね」

「そうでしょう...この研究から、分ってきたことだと思います」

   <感染拡大阻止最大要因は、“対策のスピード  

            

 

「こうした都市空間で、どのようにして感染拡大を阻止するのか、」夏川が言った。「実

際上、難しいものがあります...非常に、難しい...しかも、都市というのは、グロー

バル化の中で、“世界ネットワーク”“ハブ”にもなっているわけです」

「仮想都市のシミュレーションの中で、」響子が、首を傾けながら言った。「幾つもの

ートや、ファイアー・ウォールをセットしてみてはどうでしょうか?」

「はい...

  感染症を阻止するためには、そういう“都市単位での防御壁”も必要になって来る

かもしれません。“世界ネットワーク”の“ハブ”となる空港...それに都市内部の

共交通機関公共施設は、何らかの形でファイアー・ウォール検知センサーを、あら

かじめ組み込んで置く必要があります。

  そうでないと、“新型インフルエンザの世界的大流行”は、とても抑えこめないと思い

ます...グローバル化のツケがまわってきたわけです。具体的なことは、響子さんの

言うように、シミュレーションを重ねて行く過程で、しだいに明らかになって来ると思いま

す...」

「あの、夏川さん...都市空間での、感染拡大を阻止するポイントは、何なのでしょう

か?」

「それは、もちろん、“スピード”です!

  “迅速な対策”がカギになります!厚生当局が、感染拡大阻止に、どんな対策を取

るにせよ、カギを握る最大要因は、その“速さ”にあります!

  したがって、多様なシミュレーションを重ね、“最良の対応策”“あらかじめ準備”

ておくことです。そして、対策を、“迅速に発動”することです。

  感染症の、最も重要な疫学的意味は、感染が指数関数的に拡大して行く...恐れ

が、あるということです。感染症によって、様々ですが、常に“最悪の事態”を想定して

おく必要があります」

「はい、」

“爆発的流行”を阻止するには、“的確な対策”と、“迅速な発動”です。これは、あら

かじめ“準備”し、“訓練”をしておかなければ、出来ないことです。“シミュレーション・

モデルによる研究”...そして“図上訓練”...それから、“実地訓練”です...ま

あ、これらは、防災訓練の中に組み込んでもいいわけですね、」

「はい...そもかく、“スピード”が勝負ですね!」

「そうです!それには、“いち早く察知”“病原菌を検出”という、前段階における体

も、しっかり整えておかなければなりません!」

「はい。それは、結局、危機管理に対する日頃の心構えと、総合力ということですね

「そうだと思います!」

 

 

                                                        輸入家具と雑貨のモーム  防災なまず

  〔4〕 バイオ・テロ            

      天然痘 (てんねんとう= 感染拡大シミュレーション 

       wpeD.jpg (8229 バイト)            

 

「さて...

  米国立ロスアラモス研究所のグループが、疫学シミュレーション・モデル“EpiSim

s”の開発で、最初に使った感染症の1つが、“天然痘”だったということです。政府の

生物テロ対策の担当が、“天然痘ウイルス”テロ問題に直面していたからです」

「はい...」響子が言った。「“天然痘ウイルス”のテロは、“危機管理センター”でも

(うわさ)を耳にしています...大被害が出ると、」

「そうですね。日本ではそれほど深刻な問題になっていませんが、アメリカでは真剣に

取り組んでいます。特に、“2001.9.11/同時多発テロ”以降は、現実の問題となっ

ているのです。

  “9.11/同時多発テロ”テロの後、“炭疽菌(たんそきん)がバラ撒かれ、アメリカは

予想外の大混乱を呈しました。いったいあの“炭疽菌”が、何処から出てきたのかも、

問題になりました...そして、あの時は、次ぎに“天然痘ウイルス”が心配されていた

わけです」

「はい...

  日本は、“地下鉄サリン事件”で、大規模な“サリンによるテロ”を経験しています。

しかし、日本では、根本的なテロ対策は、ほとんど改善されていないとも聞きます。ま

た、膨大な被害実態の調査も、被害患者のケアも、ほとんど実施されていないと聞い

ています。

  まさに、何故なのでしょうか?国家とは、何なのでしょうか?それにしても、日本で

は、犯罪被害者は、悲惨な状況に置かれています。国家テロで被害を受けた人々が、

国家によるケアが為されていません。これは、“愛国心”に直結する大問題です。

  この国は、はたして愛すべき国なのでしょうか...この国に、この社会に...生ま

れてきて本当に良かったと、実感できる国家体制なのでしょうか...My weekly

 Journal津田・編集長などは、さかんに“NHKを解体再編成”し、“シビリアンコ

ントロールの確立”を急ぐべきだと主張しています...」

「はい、」

「日本には、真の意味での、“シビリアンコントロールは、確立されていなかったので

はないでしょうか...これまで、“公共放送”が十分に成熟せず、その役割を果す部分

が、スッポリと抜け落ちていたということでしょう。

  それが、今日の“未曾有の国家危機”を招いたのだと思います...戦後、非情に苦

労して、政治からも、行政からも、経済からも独立し、“国民の浄財”で支えるというシス

テムを作り出したにもかかわらず、その中身は糸瓜のようにカラッポになっていたから

です。

  しかも、NHKは、“公共放送”で最も肝心の、“シビリアンコントロールで、真の民主

主義社会を支える”というという、本来の使命さえ忘れてしまっています...」

「まさに、そうだと思います...

  私は、科学者なので、政治面のコメントは差し控えたいと思いますが...中国の

残留孤児の問題でも、国は何故もっと手厚く苦労をねぎらうことが出来ないのか...

国家に対する不信感がつのります」

「それも、厚生労働省の管轄ですね?」

「そうです...

  地下鉄サリン事件の被害患者の救済も、厚生労働省の管轄です。いずれも、どれ

ほどの予算がかかるというのでしょうか...薬事行政もそうです。今の医療は、日本

の国民を、“薬漬け”にしてしまっています」

「うーん...厚生労働省といえば、私たちの年金資金を、ずいぶんとムダ使いした所

ですよね。失業保険金も、他の事に流用していたし...

  それに、デタラメで代表格社会保険庁も、厚生労働省の下部組織ですよね。こん

官僚の独善支配の状況を、私たちは、許しておいていいのでしょうか?」

「まあ...私の専門外のことですが、その管轄下にいるものとして、何とか正常化し

て欲しいですね。信頼関係のない所に、“感染症対策”“保健医療行政”の戦略は

描けません。

  これは、むろん、政治の責任において、改善すべきです。そして、全ての問題にお

いて、“シビリアンコントロールの確立”というのは、絶対条件でしょう」

「やはりカギになるのは、“公共放送の解体・再編成”ということですね?」

「おそらく、そういうことでしょう...津田・編集長や、秋月茜さんの指摘は、正しいと

思いますね...総選挙と並んで、国民が“シビリアンコントロールを確立すること

が、大きなカギになると思いますねえ...」

「はい...ええと...

  あの、“サリン”には、“硫酸アトロピン”が効くのでしょうか?」

「さて...私は感染症以外のことでは、確かなことは言えません」

「あ、はい...私の方で調べておきます。

  それにしても、日本のテロ対策は、まだまだ身が入っていない感じがしますね...

感染症対策でも、非常時における戦略的対策が、非情に生ぬるい感じがします。“権

限”と、“対策”、そして“責任”を、明確にしておくことが必要ですわ。

  そして、日頃から、国民・市民に、そのことを明確に示しておくことが必要ですね。そ

こから、“使命感”“責任感”が育ち...国民・市民の側からは、“信頼感”が生まれ

るのだと思います」

「うーむ...その通りですね...

  情報化時代ですから、それは容易だと思います。ただ、ソレを“やる気”があればの

話です」

“身を入れる”ために、するのですわ!」響子が、強い口調で言った。「それには、自ら

明示するだけでなく、様々な外部との情報交換でも、頻繁に取り上げ、逐次評価して行

くべきです」

「そうですね...

  さて...“天然痘ウイルス”バイオ・テロの問題に入りましょうか。“天然痘ウイル

ス”が、アメリカにバラ撒かれたら、どうなるかというシミュレーションです」

「はい」

  <天然痘ウイルスとは・・・>  wpe8B.jpg (16795 バイト)    

                 

「まず、問題点を挙げてみます...

  “天然痘ウイルス”がアメリカにバラ撒かれたとして、流行を阻止するには、どうした

らいいかということです。

  集団ワクチン接種は必要か?病原体に接触した人と、その関係した周囲の人たち

にワクチン接種すれば十分なのか?それから、大規模な隔離には、どれほどの効果

があるのか?また、それを実施するにあたり、施設、医療関係者の集中、輸送手段、

治安面の人数など...その的確な情報を蓄積しておく必要があります」

「そのために、様々なケースについて、シミュレーションを重ねておくことが必要だとい

うことですね、」マチコが言った。

「そうです...

  さて、実は...この“天然痘ウイルス”感染拡大のモデル化は、非常に難しかっ

たようです。というのは、このウイルスは、1970年代までに、すでに“撲滅(1980年にWHO

が撲滅宣言)されていたからです。したがって、それ以来、感染した人は、皆無なのです」

「はい、その“撲滅宣言”のニュースは、覚えていますわ」響子が、言った。「懐かしいで

すね...」

「うん、」マチコが、歩いてきながらうなづいた。作業テーブルの椅子を引いた。「そん

なことを言っていたわよね、」

「ウイルスについて、説明しましょう...

  天然痘ウイルスの場合...通常感染するのは、“感染者”または“病原体に汚染さ

れたもの”と、かなり密接に物理的に接触した場合です。

  このウイルスの潜伏期間は、平均で約10日...その後、インフルエンザに似た症

が現れ、やがて皮膚に独特の湿疹ができます」

「天然痘は、いわゆる“疱瘡(ほうそう)のことですよね?」響子が聞いた。

「そうです」

“疱瘡”は、“水疱瘡”とは違うのでしょうか?」

「違いますね。“水疱瘡”は、“水痘”とも言って、10歳以下の子供がかかるものです」

「あ...はい...」

「ちなみに...天然痘の感染者が、感染力を持つのは、“いったん症状が出てから”

と、おそらく...“発熱が生じる直前の短い間”です」

「うーん...致死率は、どれぐらいなのでしょうか?」

「治療しない場合は、感染者の30%ぐらいは、死亡すると推定されます。残りは、回

復し、免疫力を持ちます。

  したがって、一度かかった人は、再感染しても免疫系が機能し、発病することはあり

ません。“疱瘡の予防接種”を受けた年代の人は、心配する必要はないわけです」

「はい」響子は、うなづいた。

「それから、感染後でも、“4日以内にワクチンを接種”すれば、発症を防ぐことができま

す。もちろん、対策にあたる関係者は、事前にワクチンを接種しておけば大丈夫なわ

けです」

「うーん、」マチコが、首をかしげた。「それでは、何故そんなに問題なのかしら?」

「すでに、撲滅した病原体だということです。したがって、予防接種の必要もなくなって

いるのです。つまり、若い年代の人は、免疫がないのです。そこで、バイオ・テロが脅威

になって来るというわけです」

「うーん...」

「テロは、私の専門外ですが、テロの脅威は増しているわけでしょう?」

「はい」響子が、コクリとうなづいた。「アメリカで、大問題になっているわけですから、相

当の脅威があるのだと思います」

「そうですね...」

「日本は、オウム真理教による、地下鉄のサリン・テロがあった国です。もし彼等が、

天然痘ウイルスを持っていたら、当然、それも実行していたと思います。事実、そうした

生物兵器を開発していたフシもあるわけですから、」

「うーむ...そうですね。優秀な科学者が、何人もいたようですからねえ...」

「はい...日本も、アメリカ並に、具体的な対策をとっておく必要があります。アメリカ

とは別の、テロの可能性もあります。小泉・首相の“靖国神社参拝”が、周辺諸国の

反発を買っているという事情もありますね...」

「そうですね、」

 

  <感染拡大のシミュレーション・・・>    


「ええ、さて...」夏川が、パソコンのキーボードを叩いた。「シミュレーションの話に移

りましょう」

「はい!テロによる、天然痘ウイルスの、“感染拡大のシミュレーション”ですね、」

「そうです...

  シミュレーションは、仮想都市“ハブ地点”に、故意に天然痘ウイルスをバラ撒くと

いうものです。“ハブ地点” は、大学のキャンパスや、ショッピングセンターなど、人

が多く集まる地点です。テロは、最も効果的なところが狙われます」

「はい」

「まず、参考文献では、≪1200人が、知らないうちに感染≫したとしています。その

1200人は、≪数時間以内に仮想都市のいたるところに移動≫し、いつものように日

常生活を続けているという想定です」

「はい。感染の初動段階ですね」

「そうです。

  さて、そうした前提の下に、厚生当局の基本的対応が、何種類かシミュレーションさ

れました。

 

@ 都市の住民全体に、ワクチン接種する(都市の外へ出て行った人については、ここで

は考えないことにします。)

A 感染した人々と、その人に接触した人の接触状況を追跡。関係者だけ

にワクチン接種、隔離を実施する

B 何も対策をとらない場合

 

  また、それぞれの状況において、感染者の判明が遅れ、対策の実施までに、

4日、7日、10日のケースもシミュレーションしました。なお、追跡日数は100日間

に設定しました」

「はい。100日間で、どのように感染拡大が、推移するかということですね。犠牲者も、

相当違ってくると思いますが、」

「重要なのは、“各シナリオの死亡者数”ではなく、異なる対策によって、“死亡者数を

如何に減らせるか”、その効果の方です。その実態を、把握することです」

「はい...」

「結果としては...“社会ネットワークの拡張グラフ構造”にもとづいた、理論予測を

裏付けるものでした。強調したいことは、死亡者数を抑える“最も重要な因子”は、時

間であり、“スピード”だったということです。

  つまり、感染者が自ら自宅待機をするか...厚生当局が隔離するまでの“スピー

ド”が、感染拡大に最も大きく影響するということです。これはつまり、如何に早く異変

をキャッチし、“素早い対策”を取るかということです。

  その次ぎに“影響力が強い要因”も、厚生当局の対応が、“どの程度遅れるか”とい

うことでした...つまり、“どんな対策”をしたかということは、“時間的な要因”と比べ

ると、それほど重要ではないということです」

「うーん...流行を阻止するには、“スピード対応”ということですね。これは、感染力

の高い感染症に共通していると思います」

                                

「シミュレーションの結果によれば...“天然痘が発生した場合”...全住民のワク

チン接種は、必ずしも必要ではないということです。素早く発見し、隔離を実行すれば、

ターゲットを絞ったワクチン接種で十分、ということです。それに、弱毒性のワクチン接

も、それ自体、多少のリスクを伴うものです...まあ、それは、承知の上でしょう

が...」

「うーん...重要な戦略的判断が求められますね...」響子は、首をかしげて、夏川

を見つめた。「その決断は、非常に難しいのではないでしょうか?いざ現場で、どのよう

な対応を取るかとなると、」

「まさに、その通りです。“戦略眼”と、“的確な判断”が求められます...が、まず、や

るべきことは、十分な準備をしておくことです。その準備を、誰でも使えるように、一般化

しておくことです。

  “第1段階の対応...”“第2段階の対応...”というように、シミュレーションで検

討を重ね、しっかりと万全の準備しておくことが求められます。いざというときに慌てな

いように、事前にシミュレーションを重ね、データを蓄積し、検索しやすいように整理し、

その上で、“戦略眼”を磨いておくことです...」

「はい...」響子はうなづいた。「そういうことですね、」

「ともかく、重ねて言いますが...このような高い感染力を持つ感染症が発生してい

る間は、厚生当局“適切な優先順位”をつけ、全般的な対策を実施することが重要

です」

「はい」

 

「1つ、ここに興味深いシミュレーションの例があります。これは、空気感染の病原体

を、意図的に、大都市のシカゴにバラ撒かれたというものです。ここで、“異なる対応”

した時の、“費用”“効果”について、評価が行われています。

  ええ...“接触者の追跡”“学校閉鎖”“都市閉鎖”などの、甚大な影響、莫大な

経済的損失が伴う対策が、必ずしも最良の結果を得るとは限らないということです。

それよりも、“迅速”に入手できる“抗生物質”を、大量に投与する方が、健康への恩

恵も大きく、経済的支出も大幅に少ないことが分ったといいます...」

 

「はい、」響子は、コクリとうなづいた。「非常に、興味深いシミュレーションですね」

「これは、感染症対策を、如何に戦略的に扱うかということです。まあ、それには、そ

れぞれの感染症についで、その特性を詳しく知るということですね」

「はい...ええと、マチコ...これで終わりにしましょうか、」

「あ、はい...

  ええ、今回のシミュレーションの考察については、ここで終ります。どうもありがとうご

ざいました」

                                      

 

                                                        

 

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