企画/総合管理センター/危機管理センター/バイオハザード/(生命科学)/エボラ出血熱/エボラ戦線 |
決 死 の 総 力 戦 ! |
トップページ/NewPageWave/Hot Spot/Menu/最新のアップロード 担当 : 厨川 アン |
プロローグ | ・・・・・ 響子さんが、多忙なので・・・・・ | 2015. 3.24 |
No.1 | 〔1〕 エボラ・ウイルスと、文明との衝突! | 2015. 3.24 |
No.2 | <エボラも・・・狡猾な殺人ウイルス!> | 2015. 4.15 |
No.3 | <エボラの 狡猾性/智慧 は、何所から来るのか?> | 2015. 4.15 |
No.4 | 〔2〕 新たな治療法に向かって! | 2015. 5. 6 |
No.5 | <ZMapp/抗エボラ・ウイルス薬・・・とは?> | 2015. 5. 6 |
No.6 ★ | ★ 緊急・・・ <リベリアで終息宣言!> | 2015. 6. 6 |
No.7 | <ワクチンの・・・開発状況は?> | 2015. 6. 6 |
No.8 | <2つのワクチン・・・“cAd3-EBO” 、“rVSV-ZEBOV”、とは?> | 2015. 7.12 |
No.9 | <臨床試験の・・・困難/ジレンマ> | 2015. 7.12 |
No.10 | 〔3〕 その他の状況 | 2015. 7.12 |
<参考文献>
日経サイエンス/2015 - 04
|
「ええ...」厨川アンが、深く頭を下げた。「お久しぶりです!厨川アンです! ≪危機管理センター≫ から...“エボラ・ウイルス・・・過去最大のアウトブレイク”の状況を考察します。 ここの、主/響子さんが...ええと、Twitterの 《響子の・・・小倉百人一首》 ですか...その考察で多 忙なので、留守居役の私が、“専門分野”ということもあり、バイオハザード担当/夏川清一さんと一緒に、 考察して行きます。どうぞ、ご期待ください!」 〔1〕 エボラ・ウイルスと、文明との衝突!
現場の医師や専門家の解説を、しばしば耳にします。 エボラ・ウイルスが、多くの臓器を破壊する前に...“患者の免疫系が・・・何とかエボラ・ウイルスを打ち 負かした場合” に限り...ヒト/患者の勝ちとなります。こうした人たちが、エボラ・ウイルスに感染しても発症 しなかったり、あるいは病気からの生還者となります。 また、地域社会が...“エボラ・出血熱という疾病が・・・広がらないうちに・・・最初の数人を隔離できた 場合” も...人間社会の勝ちです。 それから...“エボラ・ウイルスが・・・世界の都市に恒久的足がかりを構築する以前に・・・治療法とワ クチンを開発できた場合” も...人類文明の勝ちとなります」
「まあ...」夏川が、マウスに手を置きながら言った。「そうですねえ... この勝負において、長らくエボラ・ウイルス側が優勢を保ってきたのには、それなりの事情があります。これ までは、アウトブレイクの規模が、典型的には患者数が100人規模と小さ過ぎ、持続期間も5カ月足らずと短 かったために、開発中の治療法を試すことができなかったのです。臨床試験を準備している間に、流行が終息 してしまったわけです」 「でも...」アンが言った。「それは、喜ばしいこと、でもあったわけですね?」 「はは、もちろんです...」夏川が、アゴに手を当てた。「しかし、研究者としては、臨床試験ができない... そして、その程度の病気ということにもなり、人も資本も集まらない、ということになります。曲がりなりにも研 究を続けたのは、テロ対策で軍事予算が利用できたアメリカ軍だけでしょう。最強のエボラ・ウイルスですから、 関心は広範囲にありましたが、ワクチン開発となると莫大な資本投下が必要です...」 「はい...」アンが、小さくうなづいた。「今回のアウトブレイク以前の... エボラ・ウイルスによる犠牲者は、40年間で1600人と、比較的少ないですわ。これに比べると、マラリア、 結核、エイズ/HIV感染症による死者は...2013年だけで、300万人超 になります」 「そういうことですね...」夏川が、ガウンのポケットに手を入れた。「今回の、西アフリカのアウトブレイクで状 況は一変しました。 ギニア/シエラレオネ/リベリアで...今年1月中旬までの1年間余りで...2万1000人以上が発病... 8500人以上の死者 ...が出ています」 「はい、」アンが、うなづいた。 「WHO(世界保健機関)は、」夏川が言った。「現在も...大規模な国際協力を呼びかけ続けています! 活動としては...患者と思われる人を特定・隔離し、数十の緊急医療施設を建設し、患者を介護するスタッ フを配置し、また...犠牲者の遺体を安全に処理するための、埋葬チームが組織されています」 「ても、」アンが言った。「全体として... この地域では、総合的な衛生管理の社会インフラが整っていませんわ。今後の経緯や、その先をことを考え ると、さらに抜本的対策が必要です。 まさに、響子さんが主張するような...“万能型・防護力”/〔人間の巣/未来型都市/千年都市〕 の インフラ整備が必要なのかもしれません。今回は、響子さんの代理ですので、一言触れておきますわ...」 「はは、どうぞ...」 「はい、」アンが、ニッと微笑し、モニターに目を落とした。「ええ、ともかく... 〔人間の巣〕 は...基本的には、コンクリートの頑丈な構造物に土を被せるだけです。世界中どこでも建設 が可能ですわ。そして、周りに“自給自足型の・・・農地を展開”します。環境に負荷をかけない、人間のため の高機能空間が整備できます。もちろん、西アフリカ地域でも可能ですし、恒久的な抜本対策となります。 中東やアフガンの紛争地域でもそうですが...このアフリカの “エボラ戦線” においても、抜本的解決策は、 〔人間の巣/未来型都市/千年都市〕 の本格展開だと思われます。 最小の資金援助と技術サポートで、自ら建設・運営が可能ですわ...試みる価値はあります!」 「そうですねえ... 我々の担当分野ではありませんが、究極的には、そういう方向性を模索することになりますかね、」 「そうです!」アンが、コクリとうなづいた。 「さて...」夏川が、脚をくみ上げ、モニターに目を投げた。「いいですか?」 「はい、どうぞ!」
「ともかく...」夏川が言った。「今回は、大規模で長期にわたるエボラ・ウイルスのアウトブレイクです。 治療法の開発に向けた、集中的な臨床試験が実施できますね。まあこの流行も、新薬とワクチンの開発をし なければ、止められないかも知れません」 「そうですね...」アンが、うなづいた。「実験段階の治療法を...現場で試すことが広く認められたのも、今回 のエボラ・ウイルスのアウトブレイクが初めてですわ。それだけ、まさに、緊急事態に陥ったということでしょう」 「うーむ... 日本で条件付きで承認されていた、インフルエンザ薬/・・・“ファビピラビル/商品名:アビガン/アビガ ン錠” も、そうですな」 「ええ、」アンが、うなづいた。 「それだけ...」夏川が、体を起こした。「今回のエボラ・ウイルスの大アウトブレイクは、WHO(世界保健機関)に とっても異例ずくめでした。悲鳴が上がるほど、想定外の事態が多かった様です」 「福島第1原発/レベル7事故もそうですけど...コトが起こるとはそういうものですわ。想定外のことが連続し て惹起します」 「しかし、まあ...今回の、この“先例のない取り組み”が本当に役立つのは、次のアウトブレイクの時かも知 れませんねえ、」 「そうですね...」アンが言った。「今回は闇雲(やみくも)でも...新薬やワクチンの臨床試験がいくらかでも成功 を収めれば...次回のアウトブレイクでは、人類にとっては大きな武器となります...」 「ある意味で...」夏川が、大きく腕組みをした。「これで...人類文明は目が覚めたと思いますねえ」 「そうでしょうか...」アンが、赤毛をサラリと耳の後ろに払った。「この方面では、ある意味で、目覚めたかも知 れませんが、経済的暴走が加速していますわ...」 「うーむ...その通りですねえ、」
アンが、モニターをのぞいた。 「ええと... 響子さんの代わりに言いますが... この、“未曾有の・・・エボラ・ウイルスのアウトブレーク” の傍らで、 “IS・・・イスラム国の紛争”や、“ウクライナでの・・・新たな紛争” に火が付き... 日本国内でも歩調を合わせるように、“安倍政権で右傾化・・・卓袱台返し” (ちゃぶだいがえし/・・・ちゃぶ台は、昭 和初期の家族の食事用座卓で、円形のものが多い。これを、上に乗った食事ごと全部ひっくり返す行為を・・・“ちゃぶだいがえし”・・・といいます。)をし ようとして、ガタガタと揺れていますわ」 「はは...“卓袱台返し” ができるのでしょうかね?」 「安倍政権は...」アンが、顔を上げて言った。「“現在直面している・・・巨大危機” を、本当に感知できてい ないのでしょうか?響子さんが言っていました... “地球温暖化/海洋酸性化・・・気象の激化”で...今年もまた確実に、 “風雨土砂災害で・・・多くの犠 牲者が予測” されるのに、安倍政権はその対策はしないで、八ッ場ダムや、霞ヶ浦導水の大型公共事業を復 活し、“戦争ゴッコ”の軍事予算を増大していると! “世界経済破綻から来る・・・金融恐慌の衝撃!”に対しても、“感染症パンデミック” や、日本独自の、 “巨大地震・巨大津波対策” としても...“万能型・防護力”/〔人間の巣/未来型都市/千年都市〕 の 全国展開を急ぐべきだと言っています。 “巨大地震・巨大津波”に対しては...“人間の巣型・・・災害対策拠点” の展開と、移転先の〔人間の 巣/未来型都市〕 を、今から準備しておくべきだ、と言っていますわ」 「ふーむ...」夏川が、うなづいた。「なるほど... まあ、門外漢の私も、このままでは日本も世界も、クラッシュすると思いますねえ。気候変動、大干ばつ、食 糧危機、環境破壊と経済の暴走...グローバル化による感染症の脅威、世界経済の破綻...、全て連動し ていますねえ、」 「そうです... 〔人間の巣/未来型都市/千年都市〕の全国展開は、いよいよ緊急避難的・対応となって来ています」 「安倍総理は...」夏川が、首をひねった。「呑気なのか、それとも、現下の事態を、本当に理解していないの か...?」 アンが、うなづいた。 「でも、いずれにしても... 今年も、想定外の気候変動や自然災害が、日本を襲います。それでも、“戦争ゴッコ” をやっていられるか、 どうか、ですね...」 「うーむ...」
「ええ、夏川さん...」アンが、赤毛を耳の後ろに流した。「以外...と思われるかも知れませんが、エボラ・ウ イルスには、まだ、未知の部分が多く残っていますね?」 「そうです...」夏川が、口に手を当てた。「まず... 通常どこに潜伏しているのか...そして、何故、時折、人間を襲うのか...また、感染例が出た後に、何故、 感染者があまり増えないのか...こうした基本的なことでも、まだ、十分な知識が得られてはいないのです」 「そうですね...」アンが、うなづいた。「今回のアウトブレイクでも、感染者は平均して、1人から2人にウイル スをうつすに留まっていますわ。感染性の高い麻疹ウイルスなどでは、1人から18人にまで伝染します。あ、こ れは統計的数字ですから、その人数に感染したら、あとは安全だというわけではありません」 「はは...」夏川が笑った。「そうですね... しかし、感染性はそれほど高くないものの、人間などの霊長類に感染した場合は、死亡率はきわめて高くな ります。今回のアウトブレイクでも、“2014年末の時点/・・・約1年間”で、西アフリカでの“感染者の70% が死亡”したと見られています。“通常で・・・感染から・・・数日で死亡” に到ります。 今回のアウトブレイクでは、保険当局の監視の目が届かない所で、死亡する例も多いようですねえ、」 「はい、」アンが言った。「保険当局の管理が行き届いていないのも、今回の大きな特徴ですわ。WHO/世界 保健機関の対策も、後手に回るほどの深刻な事態に陥ったということでしょう。 ともかく...“エボラ出血熱の・・・進行速度と重症度は・・・少なくとも、2つの要因に左右される” 、よう です。“1つは・・・ウイルス量”で...“もう1つは・・・どのように、体内に入ったか”...です。 自然宿主(/おそらくは、オオコウモリ)にいたエボラ・ウイルスが、種の壁を超えて人間に感染すると、後は比較的 簡単に、感染連鎖が維持されます。 そして、犠牲者の多くは...エボラ出血熱で死亡した親族を、“埋葬するために・・・遺体に触れた際”に、 感染しているようですわ。それから、“介護者が・・・患者の吐しゃ物や、下痢を清掃した後に・・・ウイルス のついた手で・・・目・鼻・口・唇などに触れること” も...感染につながるようです、」 「特に...」夏川が言った。「“注射針の・・・針刺し事故”などですな... このように、“多量のウイルスが・・・血流に直接入ると・・・まず、助かる見込みはない” と、アメリカ/テ キサス大学医学部/ガルベストン校/微生物学者のガイスバート(Thomas Geisbert)は、言っていますねえ、」 「はい...」アンが、コクリとうなづいた。「ウイルスが、体内で、どう広がるかを知る上で、有力な手掛かりにな るのは、“死後解剖報告”や“病理報告”です。 でも...“エボラ出血熱の・・・感染遺体の解剖は・・・ごくわずかな実施例” しかない様子です。解剖を 実施する際に、“感染してしまうリスクが・・・極度に高い” からのようです。 ええと...最近のレビュー(/評論、論評・・・科学的研究の過程として、当該研究テーマに関する先行研究について、文献の探索を行うこ とも、レビューと呼ぶ。)によれば...“エボラ・ウイルスが登場して以降・・・40年近い歴史” の中で、“解剖/死 後の生体組織検査は・・・わずか29例に過ぎない”、のだそうです。“エボラ・ウイルスが・・・如何に脅威 的” かを、如実に物語っています」 「うーむ...」夏川が、腕組みをした。「たった29例ですか...まあ、今回でだいぶ増えたでしょうが...」
風景を、簡単に説明しておきましょう... これまでの動物実験と、病理学研究によって...エボラ・ウイルスが感染後にまず、“免疫系に・・・破壊的 な一撃”、を加えることが分かっています。エボラ・ウイルスが、“最初の感染先・・・として狙う細胞”に、免疫 系の“樹状細胞”と“マクロファージ”があります。 樹状細胞は、体内組織をパトロールしている“歩哨兵”であり、マクロファージは傷ついた細胞を食べて処理 する“掃除人”です。エボラ・ウイルスは、これらの“免疫系の第一応答者”を避けようとはせず、積極的に探し 出し、これらの細胞内部で細胞組織を利用し、自己複製を開始するわけですね...」 「HIV(ヒト免疫不全ウイルス/エイズ/AI DS)と...」夏川が言った。「同じ戦略を取るわけですな。HIVは、免疫系の司 令官/ヘルパーT細胞に寄生し、そこで増殖するわけですが...」 「そうですね...」アンが、画像をスクロールした。「ともかく... “エボラ・ウイルスは・・・この大胆な攻撃によって・・・2つのことを達成” しています。通常なら、他の免 疫系を素早く起動させるはずの、“樹状細胞とマクロファージの・・・能力を奪う” こと。そして、“エボラ・ウ イルス自身が・・・これらの細胞に乗って体内をめぐり・・・リンパ節・肝臓・脾臓など他の場所へ・・・容易 に移動してしまう” ことですわ。 ええ...また、こうしたゲリラ戦法に加え、“別のトリックを使って・・・身を隠す” こともします。囮(おとり)を繰 り出して、免疫系の注意をそらしたりもする様です。 もう少し詳しく言うと...エボラ・ウイルスは感染先の細胞に、“ウイルス外皮から突き出ている・・・重要 な分子/糖タンパク質とそっくりな・・・分泌性糖タンパク質/sGP という物質を作らせ・・・これを大量に 血液中に放出” させます...」 「はい、」夏川が、スクリーン・ボードを読みながら、うなづいた。 「 免疫系というのは、」アンが続けた。「通常は... 目印となる糖タンパク質を探し出し、それが結合したウイルスを、殺しているわけですね。ところが、エボラ・ ウイルスは免疫系を欺(あざむ)いて...分泌性糖タンパク質/sGP(/これには、エボラ・ウイルスはくっついていない。) も攻 撃させることで、“ヒトの身体が・・・効果的な防御をするのを・・・重ねて邪魔をしている” というわけです」 「うーむ...」夏川が、スクリーン・ボードから肩をそらし、髪を撫でた。「まさに、 狡猾 ですなあ... HIVもそうですが、こうした 狡猾性/智慧 は、何処からやって来るのですかねえ...?」
・・・巨大な命”だということですわ...つまり、根は1つだということです...」 「“36億年の彼” ねえ...」夏川が、顎を撫でた。 「高杉・塾長によれば...」アンが、椅子を少し回し、脚を組み上げた。「個々の生物体は... “36億年の彼”とハイパーリンクで結ばれていて、そのリンクが切れた時が...生物体と、単なる有機物の 境目、つまり“死”だと言っています。したがって、“死”は全ての終わりではないと言います。リンクが切れて、 “魂の一部”は、“36億年の彼”に吸収されて行くのではないか、とも言います...」 「ふーむ...」 「でも...」アンが、続けた。「私たちがその領域に接触できるのは... “文明の第3ステージ/意識・情報革命”が、本格化してからだろう、とも言っています。私もそうですが、多分 この現在の、“文明の第2ステージ/エネルギー・産業革命”の延長線上で、『映画/ターミネーター』 の様な、 機械ロボット型・未来社会が到来するとは、ないと思います。 “文明の第3ステージ/意識・情報革命”の大河は...機械工学/マシンの延長線上にあるのではなく... “生物体の上位情報系/意識・精神世界”の方向にこそ...広大な荒野が広がっていると思います。 塾長の言葉を借りれば、“生命潮流”は、“原発/核融合/宇宙イノベーションの・・・方向性が回避”されて、 “コンピューター/ヒトゲノム解読/量子情報系の方向・・・意識・情報革命の方向” に、強力なバイアスがかか っている、と言いますわ...」 「ふむ...」夏川が、宙を眺めた。 「“ストーリイの世界軸”とも、“ストーリイの原型回帰”とも言っています。私にも、良くは分からないのですが、」 「塾長自身も、良くは分からないのでしょう...」 「うーん...」アンが笑った。「とりあえずは... HIVやエボラ・ウイルスの、 狡猾性/智慧 というものが、課題になりますが...根は1つですわ」 「まあ...」夏川が言った。「“36億年の彼”なら...確かに、生物体の複雑系の背景は説明できます。しかし “命の本質”が、何所からやって来たかは分からない...」 「そうですね...」アンが、スクリーン・ボードに目をやった。「塾長は、“命の本質は・・・意識/精神性” だろう と言っていましたけど...夏川さんはどう思いますか?」 「ふーむ...」 「塾長とは...」アンが言った。「よく話すのですが... 結局は...<神>か、<太極(たいきょく/中国の思想/太極は万物の根源であり、ここから陰陽の2元が生ずる、とする。)>か、 <宇宙の初期条件>などに...帰着するようですけど、」 「塾長らしいですね...」 「そう...」アンが、うなづいた。「<宇宙の初期条件>とする...【宇宙意識】が... ちょうど、“根源的力のように・・・枝分かれ”(/・・・現在、自然界で観測されている力は大きく分けて、4つ。・・強い相互作用の 核力、弱い相互作用の核力、電磁気力、重力です。今後さらに、細かな所で分裂していく可能性があります。これらの力を統合して行き、ビッグ・バン時 の1つの根源的力に統合して行くのが、統一論や大統一論です。)して行き... 現在は、その分裂した【宇宙意識】の残滓が...“量子もつれ・・・のような・・・非局所性として観測” される、 のではないかと、言っていました。 生物の謎は、この“量子もつれ”(/ 量子多体系において現れる・・・古典確率では説明できない相関や、それに関わる現象・・・)に依 る所が大きい、とも言っていましたわ... 人類文明は、いよいよ広大な宇宙空間に...地球生命圏外・生命体の探査を本格化させています。もし、 【宇宙意識】の残滓が、“量子もつれ”の様な【物理的普遍性】を持ち、“生命潮流の謎に・・・深く関与”して いたら、太陽系外生命体の姿も...別の側面で、大きく展開して来ます。“量子もつれ”は、銀河系の端から端 までも、瞬時に共鳴するのですから...」 「うーむ...」夏川が、ガウンのポケットに両手を突っ込んだ。「確かに... 最近は、生物体の中にも、“量子もつれ”が観測され始めていますねえ。“量子もつれ”の非局所性を、生物 学の中に持ち込まれると...非常に厄介ですなあ...」 「でも、事実です...いよいよ、“文明の第3ステージ/意識・情報革命” が、本格化して行くのでしょうか?」 「まあ...“何かが・・・始まっている”のか...その前に、“文明が・・・大崩壊”していくのか、ですねえ、」 「そうですね... いずれにしても、何らかの形で...“人口爆発が・・・劇的に抑制される・・・過酷な事態・・・” ...が、惹 起(じゃっき/事件や問題などをひきおこすこと。)することになります。私たちは、その衝撃に備えて...〔人間の巣/未来 型都市/千年都市・・・自給自足型農業社会の器〕 の...全国展開に、着手しておくべきですわ! 私は、今回、《危機管理センター》の里中響子さんの代理で言っていますが...本当に、その危機が、迫っ て来たのを感じています!」 「代理が、」夏川が言った。「いよいよ、本物になってきましたか?」 「ええ!」アンが、大きくうなづいた。 〔2〕 新たな治療法に向かって!
負かす、具体的な方法を幾つか学んでいます... エボラ・ウイルスに感染すると、すぐに免疫系が打撃を受けるものの...“十分な時間さえあれば・・・免 疫系が復元・・・エボラ・ウイルスを打倒し得る” ということ...これは、以前から知られていました。 現在の流行においても...“症状が現れてすぐに・・・静脈内輸液を開始すれば・・・このための時間を 稼げる” ということも...確認されています。 一方、WHO/世界保健機関は...“一部患者/回復者の・・・抗体を含んだ血液による・・・治療を許 可”、しています。ただ、この治療が...“有効かどうかは・・・現時点では不明”、としています...」 「この...」アンが言った。「“未検証の治療法を・・・承認する”、という判断は、今回の西アフリカ地域のアウ ト・ブレイクが、“相当に深刻な状況にある”、ことの証明になりますね?」 「その通りです!」夏川が、うなづいた。「しかし... こした方法は、初めての経験ではありません。1920年代~1950年代まで...“回復期にある患者の血 清を・・・輸血する方法”、はポリオ(/一般には小児麻痺と呼ばれることが多いが・・・急性灰白髄炎のことで、ポリオ・ウイルスによって発 症する。5歳以下の小児の罹患率が高い(90%以上)ことから小児麻痺と呼ばれますが、成人も感染しうる。日本では、1980年に野生株によるポリオ 感染は根絶されています。)で実行されています。 それから...これはアンの専門領域になりますが...第1次世界大戦中の、1918年のインフルエンザの パンデミックにおいても、この方法が使われている...わけですね?」 「はい!」アンが、うなづいた。「1918年の、いわゆる“スペイン風邪”ですわ... この時は、まだ歴史的に濾過性病原体ということで、ウイルスという概念は、まだありませんでした。そうした 第1次世界大戦のさなかに、インフルエンザの“1918年・ウイルス/H1N1型”は、全地球に蔓延して、推定 4000万人を殺戮した...とされています。 もちろん、極東の日本も巻き込まれていますわ。当時の日本の人口/5500万人に対して、感染者2500万 人で、40万人死亡というのが、通説になっています。もちろん、多いデータもあります... まだ...複葉の飛行機が戦場に参加し始めた時代で...このパンデミックは、1918年から1919年にわ たり、急速に全地球に蔓延したのです。当時、文明から遠かったアラスカにまで蔓延し、その埋葬された凍結 遺体から、“1918年・ウイルス”が回収されています。」 <★・・・詳しくはこちらへどうぞ → 〔2〕スペイン風邪/“1918年ウイルス”の脅威> 「まあ、」夏川が言った。「それが、“世界的大流行/パンデミック”の典型例ですが... 人類文明は、その再来を恐れているわけですねえ。しかも、グローバル化した人口70億の稠密な世界で、こ うした事態が起これば、人類文明社会に与える打撃は...直接・間接を含め...計り知れませんねえ... もし、今回のエボラ・ウイルスのアウト・ブレイクが...ニューヨーク、パリ、東京などに感染が拡大したら... まず、航空輸送網が断絶し...株価の暴落が始まります。今回のアウトブレイクでも、一部の病院から看護師 などが逃げ出したように...その度合によっては、医療・交通・治安の麻痺が始まりますねえ...」 「そうですね...」アンが言った。「それが、インフルエンザの様な空気感染の場合、事態は急速に拡大します」 「ともかく...」夏川が言った。「パンデミックによって... 流通・経済システムが破綻すれば...日和見感染症(ひよりみ・かんせんしょう/健康な動物では・・・感染症を起こさないような 病原体(弱毒微生物・非病原微生物・平素無害菌)が原因で、発症する感染症。)や飢餓が...文明の渚を侵食し始め、億単位の犠 牲者では収束しない事態も...覚悟しなければならないですねえ、」 「そうですね...」アンが、アゴをひねった。「日本列島のキャパシティー(/収容能力)も... 政府は、<少子化対策>などと言っていますが...人口半減/6500万人でも...生態系のホメオスタシ ス(/恒常性)が...均衡するかは...疑問ですわ、」 「まあ、」夏川が、肩を引いた。「そうですね... それも、“安全神話”であって、何の保証もないわけです。気候変動でもそうですが、こうした大きな流れには 慣性力が働きますから、ギリギリで止まってくれる事は、ないでしょう。一気に、地球表層の、“種の大量絶滅” まで突っ走ることも、十分考えられますな、」 「そうですね、」アンが、サラリと赤毛を振った。 「これは...」夏川が、固く拳を握って言った。「“確実に・・・そこに存在する・・・巨大な危機”です... “人類文明は・・・非常に脆い霜柱(しもばしら)のような・・・壊れやすいバランスの上で・・・辛くも安定”... を保っています。その上で、さらに、“経済成長・・・グローバル化/環境破壊を・・・大車輪で推進”...して います。“結果・・・どうなるかは明白・・・破局点へ落ちて行く・・・”...ということです。 私は、政治的な発言はしませんが...“安倍・政権”が問題にしている“戦争ゴッコ”の危機などは、“幼稚 園児のケンカのレベル”です。話せば分かる...“人間相手の・・・覇権争い/戦争ゴッコ”、なのです」 「この、“バイオハザード”が...」アンが、口をすぼめて微笑した。「夏川さんの、担当というわけですね」 「そうです!」夏川が、頭を下げて見せた。「話を戻しますが ... “ビル&メリンダ・ゲイツ財団”は、ギニアで行われる、“抗・エボラ血清の・・・臨床試験” に向けて、資金援 助を開始したと言います。まあ...現在はもう、臨床試験は終わっているかも知れませんが...」 「はい、そうですね...」
「はい...」夏川が、うなづいた。「“ZMapp”は、今回のアウト・ブレイクが始まった時点では...開発の初期 段階であり...動物実験中の薬剤でした。 もちろん、商業ベースでの生産はしていません。その後、2015年の第1・四半期に...西アフリカで臨床試 験をするための、増産が図られたようです。5月/5日現在・・・臨床試験そのものは、終了しているのかも知れ ません」 「はい...」アンが、うなづいた。「でも、臨床試験で“ZMapp”の有効性が確認できても...全ての患者に投 与できる見込みは...無い、のですね?」 「その様です... もともと、“ZMapp”は、アメリカがエボラ・ウイルスを、“生物兵器として・・・使用された場合” に備え、研 究を進めていたものです」 「はい...スタッフ・9人ほどの、小さな製薬会社のようですね?」 「まあ、そうです...」夏川が言った。「アンは、分かっていると思いますが、最強のエボラ・ウイルスを扱うわけ です。並みの施設では行えません。そして、莫大な資金援助を必要としますが、通常の感染症のような需要が 望めず、儲からない仕事なのです」 「はい...だから、資本投下する企業がなく...アウト・ブレイクも小規模で...臨床試験も難しいということ ですね?」 「そうです...」夏川が、コクリとうなづいた。「そのエボラ・ウイルスが、今回、大規模に動いたわけです... ええと...ここにあるデータでは、アメリカ/カリフォルニア州/サンディエゴにある...スタッフ9人規模の、 “マップ・バイオファーマシューティカル社”で...2012年から開発していた様ですねえ、」 「2012年ですか...」アンが、拳を握った。「それが、1年、2年ズレていたら...今回のアウト・ブレイクには、 間に合わなかったかも知れないわけですね、」 「まあ、そういうことになります... 開発に資金提供をしていたのは、アメリカ国立衛生研究所(/NIH)と国防脅威削減局(/DTRA)だとい われています。このうち、DTRAは、エボラ・ウイルスが生体武器としても使われる恐れがある、と判断したた めに、資金援助していたということです...」 「“ZMapp”の効果は...」アンが、スクリーン・ボードの、モザイク画像の1つを拡大した。「伝説的な評判を、 得たといわれいますね?」 「そうです... 昨年夏/2014年...リベリアで治療活動中に感染したアメリカ人医師/ブラントリー(Kent Brantly)に...人 体としては初めて、“ZMapp” が投与されました。 報道によると、“投与開始時には重体でしたが・・・急速に回復・・・翌日には、シャワーを浴びられるま でに回復・・・” したそうです」 「うーん...」アンが、口をすぼめて微笑した。 「ブラントリーが治療を受けた時点で... “ZMapp”の在庫は、10コースも無かったそうです。“静脈内投与・・・3回で1コース”ですが、ギリギリの 所で、効果が発揮された様です。 “ZMapp”は...アメリカ人/エボラ感染患者/2名に投与され...ブラントリーは投与を受けて1時間後 には、呼吸困難・発疹症状が大幅に改善。もう1人のナンシー・ライトボルも...1人で歩けるほど症状が改善 した...と、報道されています」 「はい...」アンが、眼鏡の真ん中を、そっと押した。「“ZMapp”の確認と増産は、現在進行中ということです ね?」 「そうです... ちなみに、“ZMapp”は...エボラ・ウイルスに対する、“3種類の・・・モノクローナル抗体からなる薬”の 様ですね。カナダ国立微生物学研究所と、アメリカ国立アレルギー・感染症研究所(/NIAID)のチームが開 発した、“複数の抗体が・・・このカクテル剤の元”、になっています。
は、抗原で免疫した動物の血清から調製するために、色々な抗体分子種の混合物となるが・・・モノ・クローナル抗体では、免疫グロブリン分子種自体が 均一。そのために、標的に向かうミサイル療法とも言われます。)
ンタッキー・バイオプロセッシング社”に委託して...“これらの抗体を・・・遺伝子組み換え植物/タバコに ・・・作らせた”、というわけです...」 「はい、そういうことですね...」アンが言った。「増産の、進行状況はどうなのでしょうか?」 「“ケンタッキー・バイオプロセッシング社”は現在...」夏川が、モニターに目を投げた。「ええと...“1バッチ (/束ねる、一括処理)で・・・17~25コース分の抗体を・・・製造可能” なようですねえ。“組み換えタバコ・・・の 栽培に12週間・・・その後の抗体抽出と製剤化に・・・2週間ほどかかる”...ようですな、」 「合計/14週間ですか...」アンが言った。「98日ですから、約100日/3か月ほど、かかるわけですね...」 「“ZMapp”の生産量を上げる試みも...」夏川が言った。「同時・進行中です... アメリカ政府は、生産量を4~5倍にすることを目指しています。それから、霊長類を用いた動物実験で、治 療・1コースの投与回数や投薬量を減らせないかも、調べています...」 「投与回数や投薬量を減らせば...」アンが言った。「より多くの患者に投与できるわけですね。ワクチンの方 は、どうなっているのでしょうか?」 「はい...」夏川が、スクリーン・ボードの方に肩を回した。
★緊急・・・
<リベリアで終息宣言!>
「アン、ご苦労さま!」スクリーンの中の、響子が呼びかけた。「WHO(世界保健機関)は5月9日に、“西アフリカ /リベリアでの・・・エボラ出血熱が終息したと宣言” しましたが...状況はどうでしょうか?」 「そうですね...」アンが、スクリーン・ボードの映像に微笑みかけた。「非常に...重要な時期に入っています わ。終息は、当然の予測です!でも、これで、問題が解決したわけではありません。今回のアウト・ブレイクは、 “次の・・・同規模のアウト・ブレイク”を予測させるものですから、」 「はい、」響子が、スクリーンの中でうなずいた。「西アフリカの状況はどうなのでしょうか?」 「はい...」アンが、モニターに目を落とした。「エボラ出血熱は... 昨年3月以降...西アフリカのリベリア、ギニア、シエラレオネを中心に流行しましたが、リベリアでは4000 人以上が死亡しています。エボラ・ウイルスの潜伏期間は21日とされますが...リベリアではその2倍にあた る42日間、新たな症例が出て来ないことから...WHOが、“流行終息・・・と判断!” した模様です...」 「うーん...“潜伏期間の2倍/42日間・・・新たな感染者が・・・出ていない!”...という事ですね?」 「そうです!」アンが、うなづいた。「ギニアとシエラレオネでは、過去1週間に、それぞれ9人の発症確認があっ たようです。昨年秋には、毎週/数百人ペースで患者が増加していたわけですから、コントロールされた状況 下にはある、という事です」 「でも...」インフォメーション・スクリーンの中で、響子が言った。「別の、アウト・ブレイクが起こることも、あり得 るわけですよね?」 「もちろんです!」アンが、強くうなづいた。「ともかく、今後の対応として... CNN(/Cable News Network/アメリカのケーブル・テレビ向けのニュース専門放送局)によれば、米疾病対策センター(CDC)のト ーマス・フリーデン所長は、この1年間を振り返り...当初は、WHOが単独で対応できるとの姿勢を示したた め、米疾病対策センター(CDC)などが、“十分な支援要員を・・・派遣できなかった”、と指摘しています。初期対 応のまずさです...」 「はい...」 エボラ出血熱へのWHOの対応を巡っては、内部と外部の両方で調査が進められている、ということです。 WHOはさらに、同様の危機に素早く、効果的に対応するための、改革を計画しているという事ですわ... ええ、さらに...アメリカ/ジョージタウン大学の専門家、ラリー・ゴスティン教授はCNNへのコメントで... “世界がもっと早い時期に、決然と行動していれば・・・1万人の命が救われ、人々の苦難や健康面、社会面の 大きな犠牲が避けられたはずだ。今度は、エボラ熱よりさらに悪質な感染症が流行する可能性もあるが、我々 の準備態勢は依然として、整っていない!」...とも警告しています!」 「はい!」響子が、固く唇を結び、うなづいた。 「さあ...」アンが、響子の方に頭を下げ、夏川を見た。「“エボラ・ウイルス・ワクチン”の方ですが、どのよう な状況でしょうか?」 「はい...」夏川が、改めて、スクリーン・ボードを眺めた。「ええ... 今回の、西アフリカのアウト・ブレイクでは...当初、エボラ・ウイルスの広がりを把握するまでに、かなりな 時間がかかっています。そのために、現在では...“流行が・・・数十の小さな感染クラスター”に分かれて、 “それぞれで・・・疫学的な特徴を異にしている”、と言いますねえ、」 「はい...」アンが、うなづいた。「差異が出ている、というわけですね?」 「まあ、ともかく...」夏川が言った。「流行が長引けば長引くほど、現在の西アフリカの様な状況が、世界中に 広がるリスクが高まるわけです。 リベリアで終息しても、根絶したわけではありません。ギニアやシエラレオネでは、まだ感染拡大しています し、別の感染の芽が発現しているかも知れません。グローバル時代ですから、それが日本だとしても、不思議 はないわけです」 「あ、そうそう...」アンが、手を開いた。「つい、先日も... 日本で、西アフリカからの帰省者が、感染疑いでニュースになりました。その件は大丈夫でしたが、“終わっ ていない!”、ということですね?」 「その通りです!」夏川が、語気を強めた。「あれも、さいわい、エボラ・ウイルスではなかった様ですが、可能 性は、十分あるという事です!」 「はい!」アンが、神妙にうなづいた。 「最良の策は...」夏川が言った。「有効なワクチンを早く開発し、配備することです!」 「そうですね...」アンが、頭をかしげた。「そして、根本的解決策は... “反グローバル化・・・文明のターニング・ポイントの自覚” 、そして、 “文明の縮小/文明の第3ステー ジへのシフト”、ということです。 “文明の第2ステージ/エネルギー・産業革命”から脱出し...“文明の第3ステージ/意識・情報革命”へ、 “文明ステージ”を、シフトして行く、とういうことです。 その...〔文明の第3ステージの器〕 が...〔人間の巣のパラダイム〕 である可能性が高いということで しょう...そうですね、響子さん?」 「はい、そうです、」響子が、スクリーンの中でうなづいた。「ただし、そこには構造的な、<21世紀・大艱難ギ ャップ>が横たわる、ということですわ」 「そうですね、」 「それじゃ、アン、よろしくお願いします!」響子が、口元に笑みを作り、小さく手を上げた。 「はい!」 響子が、スッ、とインフォメーション・スクリーンから消え、インターネット・カメラがパンした。
「ええ...」夏川が、髪を撫でつけた。「ともかく... “2つの実験的・ワクチン・・・の安全性試験”が...アメリカ、カナダ、欧州、そして非感染のアフリカ諸国 の数百人の参加者を得て、2014年末まで、実施されていました。 ええ...“cAd3-EBO” と、“rVSV-ZEBOV” の、2つのワクチンです」 「はい、」 「今年/2015年前半には... 数千人が参加する大規模な試験が、リベリアとシエラレオネで予定され...ギニアでの試験がそれに続くは ずでした。こうした状況下で、順調に進んでいるかどうか、リアルタイムの詳しい情報は分かりません」 「はい...」アンが、うなづいた。「まさに...リベリアで、感染の“終息宣言”が出たり、していますね」 「まあ、」夏川が言った。「これほど、急ピッチなワクチン開発や臨床試験というのは、前例がないわけです... 通常なら、ワクチン開発から量産までは5年~10年はかかります。それを、1年足らずでやろうとしているわ けです。しかも、2014年末にかけて、リベリアでの新規・感染率が総じて低下し始め、2015年5月9日には、 WHOから“終息宣言”が出まし...」 「つまり...」アンが、赤毛を揺らした。「“終息宣言”は... “非常に喜ばしいニュース”でも、ワクチン開発にとっては、“不都合な真実”というわけですね?」 「本末転倒ですが、」夏川が笑った。「その通りでしょう」 「エボラ・ウイルス感染が、これで2度と起こらないというのなら...話は別ですけど?」 「そうです... このアウト・ブレイクで、アメリカや欧州にも、一応、足跡を残しました。他の地域も分かりません。根絶してい ない以上は、少なくとも、同規模のアウト・ブレイクは覚悟が必要です。どうにも、“特効薬/ワクチン”が必要 な状況です」 アンが、無言で腕組みをした。 「エボラ感染対応に当たっている人々は... 感染の増加などは望んでいません。しかし、ワクチン開発という点からは...“病原体が、拡散しつつある 状況でないと・・・実験段階ワクチンの・・・有効性を確認できない”、ということです。まあ、エボラ・ウイルス に限ったことではなく、これは薬やワクチン開発の、全般に言えることですがね」 「リベリアでは、難しくなった、のでしょうか?」 「うーむ...」夏川が、膝を開いて手を置いた。「簡単に臨床試験ができなければ... “時間と・・・複雑さ・・・費用が増す” という事になります。最初に言ったように、小さなアウト・ブレイクでは、 ワクチン開発は難しいということです」 「でも...」アンが言った。「今回の蓄積もありますし... シエラレオネやギニアでは、まだ新たな感染が続いています。これも、地元の人々には、“不都合な真実”、 という事ですが...」 「そうですな...」 「夏川さん、2つのワクチンの、説明をお願いします」 「ああ、はい...」夏川が、手の下に置いていたマウスを、クリックした。
<ワクチン・・・ “cAd3-EBO”
、“rVSV-ZEBOV”、とは?> もともとは、米国立アレルギー・感染症研究所の科学者たちが開発しました。そして、グラクソ・スミスクライン (/イギリスに本社を置く・・・世界第6位の売上と規模を誇るグローバル製薬企業)が...2013年に、スイスのワクチン開発企業/ オカイロスを買収し、このワクチンの権利を取得した経緯があるようです。 このワクチンは、“サルに感染する・・・アデノ・ウイルスを・・・遺伝子改変し・・・不活化したワクチン” で す。機能的には、“エボラ・ウイルスの表面タンパク質を・・・免疫系に提示する”、というものですね」 「はい!」アンが、しっかりとうなづき、指を立てた。「まず、このアデノ・ウイルスというのは... 直径75~80nm(ナノ・メートル)の球形・粒子状のウイルスです。DNA遺伝子をもち、正確にはカプシド(正20面 体)構造体です。このアデノ・ウイルスは、ライノ・ウイルスなどと共に、“風邪・症候群” を引き起こすと見られる、 いわゆる風邪の原因・ウイルスですね。人に感染するアデノ・ウイルスは、現在49種類ほどが知られています」 「これは...」夏川が、アゴに手を当てた。「サルに感染するアデノ・ウイルスを、遺伝子改変し... “不活化(化学処理・加温処理・紫外線照射などによって・・・抗体を生成させる働きを失うことなく・・・体内で増殖しないように加工)した・・・ワ クチン”です。これが、“エボラ・ウイルス表面タンパク質を・・・免疫系に提示・・・キラーT細胞/殺し屋が ・・・差し向けられる”...というわけです」 「はい...」アンが、微笑した。「正義の殺し屋ですね... あ、これも、ついでに言っておきますと...ウイルス・感染細胞などを殺すのは“キラーT細胞”で...腫瘍 (しゅよう/・・・良性腫瘍と悪性腫瘍のガンがある)細胞を破壊するのは、“ナチュラル・キラー細胞/NK細胞”ですね」 「そうですね、」 「もう1つの、ワクチンの方は?」 「はい...」夏川が、スクリーン・ボードの方へ、椅子を回転させた。「“rVSV-ZEBOV” の方ですね... これは、米製薬大手/メルク(/売り上げ規模において・・・ファイザーに次ぐ世界2位)と、米/アイオワ州/バイオ・テクノ ロジー企業/ニューリンク・ジェネティックスが開発しています。しかし、このワクチンは、カナダ公衆衛生局の 科学者たちが設計したようです」 「はい、」 「ちなみに、このワクチンは...」大川が言った。「“エボラ・ウイルスの表面に見られる・・・主要タンパク質 を・・・少量くっつけて改変した・・・水疱性口炎ウイルス/VSV・・・からなる” ものです」 「“水疱性口炎ウイルス/VSV”というのは...」アンが言った。「一部の家畜には病気を引き起こしますが、 “人間には無害なウイルス”...ですね?」 「そうです... この、“改変ウイルスが・・・人間に軽い感染を引き起こすと・・・人体の免疫系が刺激され・・・エボラ・ ウイルスのタンパク質に対する・・・抗体を作る・・・”...ということです。もちろん、このワクチンがエボラ・ 出血熱を引き起こす、ということはありません」 「はい...」アンが、片手で額の赤毛をすき上げた。 「これらの“実験段階のワクチン”は、」夏川が言った。「双方とも、長所と短所をもちます。 グラクソ・スミスクラインのワクチン/“cAd3-EBO” は...メルクとニューリンクのワクチン/“rVSV-ZE BOV” よりも...“臨床試験は進んで”います。 しかし...ニューリンクの“rVSV-ZEBOV=VSVワクチン” の方が...容易に製造が可能です。しかも、 昨年/2014年12月までに...“ずっと多くの用量を・・・準備”できていたのです。 まあ...どれだけ多いかということは、正確なところは、十分な抗体を誘導するのに何が必要になるかによ るので、今後の初期段階・研究の成果を待つ必要がありますが...」 「はい...」 「また...」夏川が、テーブルに肘を立てた。「グラクソ・スミスクラインの“cAd3-EBO” の方は...“1回の 接種では・・・効果がないかも知れない” という、懸念があります。 したがって、“2回接種の方法”...とりわけ、“プライミング/=免疫誘導するための初回刺激と・・・ ブースト/=効果を高めるための再接種で・・・別のワクチンを用いる” のは、“感染国の・・・不十分な医 療体制” を考慮すると、“かなり難しい”ことになりそうです...」 「そうですね、」 「しかし、です...」夏川が、アゴを撫でた。「ニューリンクの “rVSV-ZEBOV” の方は... “1回の接種ですむ”、と期待されているわけですが、軽度ではあるようですが、“紛らわしい・・・副作用 を 起こす可能性” がある...ということですねえ、」 「うーん...長所と短所ですか...」 「その、“副作用は・・・微熱/悪寒/筋肉痛/頭痛など・・・エボラ出血熱の初期症状と同じ・・・”、という わけです...」 「感染地域では、」アンが言った。「エボラ感染者を、“見つけ出している”わけですから...状況を混乱させる 要因にはなりますね。これも、また、“感染国の・・・医療体制の不備”が、響いてきますが...」 「うーむ...そういう事です」
「夏川さん...」アンが、アゴに拳(こぶし)を当てた。「これも...“不都合な真実”ですが... “リベリアで・・・感染の終息宣言!”が出たばかりなのに...ギニアやシエラレオネでは、新規・感染者が 再び増化の兆(きざ)しがあるようですね?」 「うーむ...両国とも、感染地域が広がっているようですなあ... 日本の、お隣の韓国では...MERS/中東呼吸器症候群のアウト・ブレイクで...WHOは西アフリカの エボラ・ウイルスに引き続き、“緊急事態宣言”を検討していますねえ、」 「はい、」アンが、うなづいた。「私たちとしては、MERSの方も早急に考察しなくてはなりませんわ...」 「大変なことになってしまいましたな、」
「“エボラ・戦線”の方は、」夏川が言った。「“参考文献” が古くなりつつありますが、一応、状況は描写してお きましょう」 「はい、」アンが言った。「病理を考察する上で、重要なことですわ」 「その通りです... リベリアでの...“ワクチン臨床試験”は被験者を3群に分け...ラクソ・スミスクラインの“cAd3-EBO” 、 ニューリンクの“rVSV-ZEBOV” 、“プラセボ(/偽薬)・・・インフルエンザ・ワクチンか、B型肝炎ワクチン (/推定)” の...いずれか1つを、接種する予定になっていました」 「一部の、著名な科学者が...」アンが言った。「この状況下で...“偽薬と対比する・・・プラセボ対照試験” を行うのは...“倫理に反する!”と、『Lancet 誌』(/世界で最もよく知られ、最も評価の高い、世界五大医学雑誌の1つ) など で主張していますね、」 「うーむ...」夏川が、上体を起こした。「その様ですねえ... この状況下で、プラセボ/偽薬と比較し、効果を試すというのは、倫理的に確かに問題です。しかし、米食品 医薬品局/FDAは、米軍や民間医療機関で用いられる全ての製剤を認可する立場から、“プラセボ対照試 験”の実施を求めていますねえ。 多くの臨床試験に資金援助している、イギリスの医療関連慈善団体/ウエルカム・トラストでは、“ステップ ウェッジ法” や “クラスター無作為化法” など...最終的に被験者全員が、有効なワクチン接種を受けられ る方法を望んでいました」 「はい、」アンが、強くうなづいた。 「それでも...」夏川が言った。「なお...“安全性も有効性も・・・不明なワクチン” を、“健康な人々に投与 する今回の場合・・・ステップウェッジ法/クラスター無作為化法/プラセボ対照試験のいずれも・・・受容 できる”...とも言いますな、」 「つまり...」アンが言った。「米食品医薬品局/FDAも、イギリスのウエルカム・トラストも、“プラセボ対照試 験” は、受容できると?」 「そういう事でしょう...」夏川が言った。「いずれにしても、心苦しい判断になります。しかし、より多くの人々を 救うためには、“臨床試験での・・・有効性の確認”が欲しい、ということでしょう」 「そうですね...」アンが、腕組みをした。「“有効性に・・・問題のあるワクチン”を、量産し、配給するわけに はいかないという事ですね。他の国での臨床試験はどうなのでしょうか?」 「シエラレオネでは...」夏川が言った。「“ステップウェッジ法”に基づく、臨床試験が行われることになってい ました。現時点では、その経過等のデータもあるはずですが、それは別の機会に考察します」 「あ、はい...」アンが、うなづいた。 「ともかく...」夏川が言った。「この“ステップウェッジ法” は... “一斉にワクチン接種”すると、“対照群” ができなくなるということで...“接種終了地域と・・・接種準備 地域との・・・時間差で、新規感染の発生率の比較” を行います。 この利点は...ともかく最終的には、全員がワクチン接種を受けられるという事です。欠点は、ワクチンの有 効性を見極めるまでに、時間がかかるかも知れない、という事です」 「うーん...」アンが、頭を傾げた。「そうですね、」 「それから、ギニアでは...」夏川が言った。「さらに、“別タイプの臨床試験”を計画していました。 ギニアの医療インフラは、隣接諸国よりもさらに劣悪で、臨床試験が難しいという事情があったようです。そ こで、“治療介護の医療関連従事者に・・・ワクチン接種・・・プラセボ対照群ナシ” で、結果を観察するとい うものです」 「はい、」アンが、頭を斜めにし、うなづいた。「相当に難しい状況の様ですね。これらの国では、再び感染拡大 の兆しもある様ですし、」 「その通りです...」夏川が、肩を回し、スクリーン・ボードの方にアゴをあげた。「ビル&メリンダ・ゲイツ財団 では... “包囲接種”が、有効かどうかを見極める試験に、資金援助する方向の様です。これは、 “発症例を環状 に取り巻くように・・・ワクチン接種・・・感染拡大を抑える方法” です。 “唯一、人類が制圧した・・・天然痘”(てんねんとう/疱瘡(ほうそう)ともいう・・・1977年のソマリア人青年を最後に、自然感染の天然 痘患者は報告されておらず、それから3年を経過した1980年5月8日、WHOは・・・地球上からの、天然痘根絶を宣言!)の撲滅方法は、この “包囲接種” なのです。」 「はい...」アンが、コクリとうなづいた。 〔3〕 その他の状況・・・
「そうですねえ...」夏川が、首を傾げた。「ジョンソン&ジョンソン(・・・アメリカ合/ニュージャージー州/ニューブランズウィック に本社を置く・・・<製薬><医療機器><その他のヘルスケア関連製品>・・・を取り扱う多国籍企業。)のワクチンが...2015年1月に、 安全性試験を開始しているようですねえ... しかし、それに続く、4番手や5番手のワクチンとなると...市場原理から競争参入は非常に難しくなります。 WHO(世界保健機関)やGAVIアライアンス(ガービ・アライアンス/途上国の子供への予防接種の普及に取り組む、資金援助プログラム) は、次に来るアウト・ブレイクに備えて、備蓄を開始するだろうし...先進国では、万一のエボラ・ウイルスによ るバイオ・テロに備えて、備蓄して置くでしょう。 が、しかし...今の所、“エボラ・ワクチン”は、大市場になるとは思えませんねえ。つまり、アウト・ブレイク は非常に脅威ですが、依然として、経済原理によるワクチン開発には、乗りにくいという事ですな。HIV(エイズ・ ウイルス)のように、世界市場になれば資本投下ができるのです。まあ、これも...様々な矛盾を孕(はら)んでい ますがね、」 「そうですね...」アンが、口に手を当てた。「ともかく、“エボラ・ワクチン”は...先行メーカーが失敗しない 限り...備蓄に回される可能性も少ないのかもしれません。よほど、画期的な効果のワクチンでないと...」 「まあ、しかし...」夏川も、口に手を当てた。「“エイズ・ワクチン”の開発のように... 現在、実験段階にあるワクチンが全て失敗するという、懸念、トラウマ(精神的外傷)は...常にあるわけです ねえ、」 「“中国大陸南部で発現”する...」アンが、宙に視線を向けて言った。「“インフルエンザ型・・・新興感染症” とは異なり...“アフリカ中央部で発現”する新興感染症は...“エイズ・ウイルス”や“エボラ・ウイルス”とい う様に...独特の恐さがありますわ...」 「ま...」夏川が言った。「何といっても...アフリカ中央部は、人類発祥の地ですからねえ...」 「うーん...」アンが、脚を組みなおした。「経済原理的には...そうした状況であっても...シエラレオネの西 部と北部、ギニアでは...感染拡大の勢いが、まだまだ強いようですわ。今回のアウト・ブレイクは、まだ終息 していません。 今回のアウト・ブレイクは、過去最大のものですが...1976年以降、今回は23回目のアウト・ブレイクです ね。今後は、“発生を・・・速やかに特定・・・徹底的に抑制・・・掃討作戦を実行”...する必要があります! もし、これに失敗すると、“予測不能事態となり・・・HIVのように・・・恒常的・リスク”...になる可能性も、 ありますわ!」 「うーむ...」夏川が、うなった。「その掃討作戦のために... “天然痘を制圧”した、“ワクチンの・・・包囲接種”...が進められているわけですねえ」 「はい!」アンが、コクリとうなづいた。「“生態系のホメオスタシス/恒常性”が...いよいよ、“ホモ・サピエン ス文明の・・・排除・プログラムを・・・起動させた”...のかも知れません!」 「そうですなあ...」夏川が、宙を見た。「この、有限の地球表層世界で...いつまでも、“戦争ゴッコ”や“競 争社会”を続けるなら...それも止む無しですかね...」 「“人類文明の軟着陸”が...」アンが言った。「益々、難しく、なってきますわ...」 「そうですなあ...」夏川が、椅子に上体を預け...無意識に卓上のマウスを揺らした。
|