〔2〕
宇宙植民計画
伸びなかったスペース・イノベーション(宇宙空間技術革新)
「さて...」津田・編集長が言った。「〔人間の巣/高機能・半地下都市空間〕・・・〔極
楽浄土〕の考察に至る経緯については...高杉・塾長が≪文明の地下都市空間への
シフト≫という提案をするよりも、さらに過去にさかのぼりますね、」
「そうです...」高杉が答えた。「そこに至る、長い経緯がありました...
ボス(岡田)が言っていました...ボスは、若い頃...“地球の人口増加/文明の版図
の拡大”を解決するには、無限の空間的広がりを持つ、宇宙空間に進出するのが、唯一
の方法と考えていたようです。つまり...〔人類文明の宇宙空間への進出〕が、問題解
決であり、それが自然な流れだと確信していたのでしょう」
「はい、そのようですねえ...」
「それで、ボスが、〔宇宙植民への可能性〕をさぐって書いたのが、中編小説の『超越の
領域』であり、『人間原理空間(/当ホームページのタイトル)』だったようです...しかし、スペー
ス・イノベーション(宇宙空間技術革新)というものは、意外と“頭打ち”でした」
「何故、こうした基本戦略的な間違いが起ったのでしょうか...」
「それは...“運命的な選択”が、働いたからだと思います...
地球引力圏からの脱出技術に、急速なブレーキがかかってきたと、ボスは言っていま
した。それで、私もそのことは、色々分析してみました」
「うーむ...いったい、何が起ったのでしょうか?」
「“何者かの選択”が働いて...人類の“文明史ストーリイ”が、軌道修正されたという印
象を受けます...これは、ボスも同じ意見でした」
「ふーむ...ボスもですか...」津田が、大きく足を組み上げた。「何故でしょうか?何
故、“そんな軌道修正”が、存在するのでしょうか?」
「うーむ...」高杉が、アゴを絞った。「根拠は、ありません...そうした、印象を受けたと
いうことです。“私という認識主体”が...“そういう印象を受けた”ということでも、十分な
根拠になるのではないでしょうか。そこから、解明を始めて行けばいけばいいわけです」
「それは、そうですが...」
「ともかく、聞いてください」
「もちろん、聞きましょう」津田が、微笑してうなづき、腕組みをした。
「まず、結果として...
人類文明の技術革新というものが、その方向へは伸びません出した...人類の、“文
明史ストーリイの原型”とでも言うべきものが...その方向へは、技術革新の奔流を導
かなかったように感じています...“この世”の“時間軸に沿って流れるストーリイ”は、
“原型”によって、強力なバイアス(偏向)がかかっているようなのです。人間的な、存在成立
のバイアスでしょうか...」
「ふーむ...」
「“ストーリイ性”が、“原型的”に、繰り返されるようですねえ...
正確に、全く同じコトが繰り返されているのであれば...“今の深淵/永遠の現在”
の、時空構造解の問題になります。しかし、そうではないようですねえ...“歴史は繰り
返す”といいますが、全く同じ“ストーリイ”が、繰り返されるわけではありません。“原型
的”に繰り返しているようなのです...生命潮流の中において...」
「ふーむ...」
「その“文明史ストーリイの原型”が...太陽系開発ではなく、“意識・情報革命”という技
術革新を、選択したようだということでしょう...」
「うーむ...
分水嶺の雨水は、その方向の山の斜面に、流れ始めたというわけですか...“ストー
リイの原型”が...その方向に、雨水を向かわせたということですか、」
「そうですね...そんな印象を受けます...
現象的に言えば...文明の第2ステージ/“エネルギー・産業革命”の神通力が、“頭
打ち”だったということです。強烈な打撃を受けたように思います。結果...文明の第2ス
テージの技術革新は...まあ、直線的には伸びなかったということでしょう...そんなに
単純ではなかったということです...
ペース・イノベーションの大爆発は、時代とシンクロ(同調)しては起らなかったとも言えま
す。そして、そこが問題なのです...
結局、“生命潮流の選択”は...“上位システムに存在する大いなる叡智”は...宇
宙開発/太陽系開発の方向には向かわなかったのです。何故か?おそらくそれは、袋
小路だったのかも知れません...あるいは、その他の理由で、そのコースを遮断したの
かも知れません...
私はそこに、何者かの選択を感じます...それは科学的ではないと言えばその通り
です...しかし、人類の科学的知識を超えた領域の話ですから...」
「うーむ...そんなものですか...“生命潮流の選択”ですか...」
「まあ、そうとでも言うしかないでしょう...
宇宙開発技術では...何故か、象徴的な事故が、同時期に続発しました...アメリ
カではスペース・シャトルの大事故が続き、日本のロケットも、何故か打上げ失敗が続発
しました。しかし、それ以前から、宇宙開発技術というものが、予想どうりには伸びなかっ
たという伏線があります...」
「はい...」
「ボスの、2つの短編小説というのは...実は、だいぶ時代を前倒しにして書いた観が
あります。ボスとしては、それだけ時代を加速したかったからでしょう。しかし、それにして
も、現実の宇宙開発は、予想以上に時間がかかり、長い間足踏みしていました...」
「それは、私も、薄々と感じていました」津田が言った。
「そして、」高杉が、うなづいて、言った。「ついに、スペース・シャトルもロケットも、上がら
なくなってしまったわけです。私はその方面の専門家ではないので、世界的な詳しい事
情は分かりませんが...急速に、宇宙開発という夢が、萎(しぼ)んで行きましたねえ、」
「その方面の、専門家や技術者は、どう見ているのでしょうか?」
「ぜひ、専門家の見解を、聞いてみたいですねえ...何故、技術開発が頓挫したのか
を、」
「はい...」津田が、腕を組みなおした。
「しかし、その一方で...
技術革新は、情報技術の方向に、大きく転進して行きました...初期のコンピュータ
ー開発から、パソコンが大普及し、インターネットが急速に拡充して行きます。携帯電話も
普及しました。その方向の山腹に、分水嶺の雨水が降り注ぎ、山肌を削り、谷川に合流
し、まさに“情報革命の大河”が予見されています」
「なるほど...」
「ヒトゲノムの解読による分子生物学の躍進や、生物情報科学の創設も...実は、電子
/光情報技術と、同一方向に向かって伸びているのです...生物/生態系の情報の海
というのは、人類文明が創出した情報系よりも、はるかに微細で高いランクで、海のよう
に濃密に存在しています。
私が主張している“ニュー・パラダイム仮説/36億年の彼”というような概念も、そう
した延長線上に見えてくる“意識・情報系”の話です...そうしたものが、人類の“意識・
情報革命”の中で、飛躍的な統合を見せてくるのかも知れません」
「そうした方向に...文明の第3ステージ/“意識・情報革命”が、突入して行くということ
でしょうか?」
「私は、」高杉が、うなづいた。「そう思っています...
“意識・情報革命”が飛躍するのは、おそらく“量子コンピューター”が開発されてから
以降になると思います。今、さかんに研究開発が行われているヤツですね。そうしたあた
りから、時代が飛躍すると、私は見ています。真の意味で、文明の第3ステージが始まっ
てくるのではないでしょうか...
文明の第2ステージでも、“18世紀の産業革命”当初には、今の大エネルギー消費時
代は、想像を超えていたと思います。しかし、文明の第2ステージ/大エネルギー時代
は、実質的に、まもなく終わるでしょう...大量生産・大量消費/開発・発展型経済のパ
ラダイムは、急速に限界が近づいています」
「文明の第3ステージ...“意識・情報革命”においても、飛躍というヤツがあるわけです
ね」
「そうです...それが、どのようなものかと推理するのは、旧パラダイムの中では、なか
なか難しいものがあります。まあ、いずれにしても、“意識”と“存在/認識”における大変
革があると、私は考えています...想像を絶したものでしょう...
まず、“量子情報科学”が、“この世の器”そのものに、大きな変革を与えるのではない
でしょうか...変革は、そのあたりから、始まってくると予想しています...まあ、いずれ
にしても、私たちが想像できるものではないでしょう」
「うーむ...そうですか...」
「〔人間の巣〕の...器/ハードウェアーではなく、中身/ソフトウェアーの方...文明
の第3ステージ/“意識・情報革命”の内容は...この後で、少し考察したいと思いま
す。なんにしても未来のことですし、分かることは限られていますが、少し首を突っ込んで
みたいと思います」
「おお、そうですか...」
「“量子コンピューター”の開発も関連しますが...どうも、『不確定性原理』の不等式そ
のものにも、変更が加えられつつあるようです...ポイントは、“量子もつれ”でしょう」
「ま、お願いします...」津田が、顔を崩し、嬉しそうにうなづいた。「そういう方面は、塾
長でないと、なかなか手がつけられません」
「まあ、私も専門性はないですから、あくまでも推測です...遠くから、そうした遠景とい
うものを眺めてみましょう」
「分かっています。一般的には、それで十分だと思います」
「それを...」支折が、口を挟んだ。「分かりやすい形で伝えるのが、私たちの仕事です
わ」
高杉が、支折の方にうなづいた。
「しかし...」津田が言った。「現在の、情報技術革新の大波は、まだまだ全体像が見え
てこないですねえ。人類文明は、本当に、第3ステージ/“意識・情報革命”の世紀に突
入しているのでしょうか?」
「私は...」高杉が、天井から下がっているロボット・カメラを見上げて言った。「むしろ、
強力な必然性を感じています...」
「うーむ...」津田が、うなった。「人類の、“この世の姿”に...“ストーリイ”があり、本
当に“原型”となるものの影響を受けているのでしょうか?いまさらこんなことを聞くのは、
本末転倒ですが、」
「“今の深淵/永遠の現在”の構造が...」高杉が、天井を見ながら言った。「“意識・情
報革命”の中で...少しづつ、解明されて行くものと、私は期待しています...非常に
矛盾した、不自然な言い回しですが、“認識の構造”や“認識の多様性”が、しっかりとし
た基盤を持っていないことにもよります」
「重要な点ですね」
「そうです...
いずれにしても...“量子もつれ”のような、ミクロ世界の非局所性が、コンピューター・
デバイス上で実用化される時代です。当然、文明構造そのものに、非常に大きな影響を
与えて来るでしょう。
そうした“文明の第3ステージ”の中で...“言語的亜空間世界の構造化”や...“認
識の座標系”...“時間軸上に展開するストーリイ性の成立”...そういった...“相互
主体性世界”のミラー効果に...“文明史ストーリイ”の“原型”も、その実態が見えて来
るのかも知れません...
ともかく...こうした考えは仮説であり、考えるための手がかりです。絶対というもので
はありません。したがって、私の見解が批判を受けるのも、まさに真剣に考えることであ
り、大歓迎なのです」
「なるほど...そういうスタンスですか、」
「ともかく、“私”というもの...“心”というものを証明することが...そもそも、非常に難
しいのです。空っぽの何も無い空間のような“心”に...物質が現れ、風が吹き、ストーリ
イが流れて行きます...
“意識・情報革命”の世紀においては、そこに量子力学や相対性理論のような基盤的
な理論のアンカー(碇/いかり)を打ち込む必要があります...いつまでも、“吾思う、ゆえに
吾あり(デカルト)”で、立ち止まっているわけにはいかんでしょう。
まず...茫洋とした、“この世”という海に、しっかりとしたアンカーを打ち込むことか
ら、基礎工事が始まります...それにしても、“心の領域”というのは、難しいですねえ。
“触れる”だけで、それそのものが、強い影響を受けてしまいます...」
「そうですね、」津田が言った。
「ともかく...
そうした...“ストーリイの原型的な力”が作用し...人類文明に太陽系開発の道で
はなく、“意識・情報革命”の道を選択させた...そうした、何らかの力学があると、私は
考えています。まあ、これは私の感性であり、根拠はありません...」
「“私”というものが...」津田が、言った。「最大の謎である、“この世の風景”です...
一応、何があっても、驚くことではありません」
「ま、そうですな、」大川が、テーブルを打って笑った。
「うーむ...」< think tank=赤い彗星>の片倉・所長が、声を出した。「私も、考えて
見ましょう」
「お願いします」高杉が、片倉に言った。「もし人類が、太陽系開発のコースに入り、宇宙
殖民時代を迎えていたら...おそらく、文明の第3ステージは、本格化しなかったと思い
ます。
その時は、人類文明はは無限大の時空間を獲得し、当分の間は、第2ステージ/“エ
ネルギー・産業革命”の延長線上に留まっていたのではないでしょうか。ところが、それ
では、何らかの決定的な不都合があったのかも知れません」
「うーむ、」片倉が言った。「なるほど...」
 

「あの...」支折が言った。「それでは、宇宙開発は、もう終ったということでしょうか?」
「いや、」高杉が、首を振った。「宇宙開発は、今後も続いて行くでしょう...ただ、精妙な
事情で、流れが変わったと言うことです...順序が入れ替わり、新しい流れができたと
いうことです。私はこれは、宇宙開発の技術的な限界ではないと考えています。
宇宙開発は、今後はそれなりに、順調に進んでいくものと思っています。後から振り返
ってみれば、何故頓挫したのか、不思議な感じが残るのかも知れません」
「はい...」支折が、唇を引き結んだ。「特定の、“ストーリイ性の発現する時期”というも
のが、あるのでしょうか?」
「断定できる根拠はありません...“確信”というものも、時として揺らぎます」
「はい、」
「同じような例をあげれば...
そうですねえ...かつて、大宗教時代というものがありました...あの紀元0年(西暦紀
元/キリストの誕生)を境にした短い期間に、大宗教が続々と登場しています。まず、釈尊が生
まれ、イエス・キリストが生まれ、マホメット(ムハンマド)が生まれています。
あの2000年前の、剣と弓矢の時代の宗教が、今なお“文明社会の原型”として残り、
私たちの日常生活基盤となっています。いまだに、これらの大宗教を超えるものは、現れ
ていません。そうした背後には、“ストーリイの原型”のようなものが、存在しているのかも
知れません。
もちろん、単純なものではないでしょう。しかし、そうした膨大な背景というものが、“意
識・情報革命”という、文明の第3ステージにおいて、しだいに見えてくるのかも知れない
ということです。ともかく、そうした巨大な背景があることを、疑ってみるべきです。そうした
仮説の中から、新しい時代が始まって行くのかも知れません」
「そうですか...」支折が、ゆっくりと頭を傾げた。
<太陽系空間における、“ネオ・宇宙財団”・・・> 

「ところで...」津田が、ゆっくりと片手を挙げた。「ボス(岡田)は、小説・『人間原理空間』
の中で...実質的に、無限大ともいえる太陽系空間においで...“ネオ・宇宙財団”とい
うものを描いてしていました。
それは、太陽系開発において、巨大資本というもの、を想定していたわけですね?」
「うーむ...」高杉が、長く息をついた。「どうも...そうらしいですねえ...
私も意外な感じを持ちました。ボスには、似合わないと思ったわけです。それで、実
は、ボスに聞いたことがあるのです」
「ほう...ボスは、何と言っていましたか?」
「ボスは、無限大ともいえる太陽系空間の中では、資本主義のダイナミズムというもの
は、非常に力強く、かつ、頼もしいものだったと振り返っていました...
まあ、確かに当時は、そうだったかも知れません。ボスが、小説・『人間原理空間』を執
筆していた頃は、まだ一般的にはパソコンというものが、影も形も無かった時代だったそ
うです...それで、ボスは下手な字で、一生懸命に原稿用紙に向かって書いていたのだ
そうです」
「それほど昔の作品ですか?」
「そうです。それから、さらに数年ほどたった頃、現在の“Windows”以前のOSである、M
S−DOS”のパソコンが一般に発売されたそうです。ボスは、その最初のパソコンブーム
の折に、自分にとって第1号のパソコンを買ったと言っていました。ボスは、それでようや
く、下手な字で書く、ボールペン作業から解放されたと笑っていました。
周辺機器も、まだ非常に高価だったそうです。黒インキ1色の熱転写プリンターが、秋
葉原で10万円もしたそうです。それから、120メガバイトのハードデスクも、そのぐらいの
値段だったと言っていました」
「それでは、」支折が、目を丸くした。「720メガバイトのCD1枚の、数分の1の記憶容量
ですよね。それで、10万円もしたのかしら?」
「まあ、信じられないので、私も確かめました。それは、本当のようです。秋葉原のパソコ
ンショップで、最先端のものを買ってきたと、ボスは笑っていました。フロッピーディスクが
120枚分だと、周りに自慢したそうですから、間違いありません。
つまり、小説・『人間原理空間』は、そうした時代よりも、さらに10年も前に執筆した作
品だということです」
「うーん、そうなんですか、」
「その頃は...社会全般にまだ信頼感があったそうです。資本主義経済も、一応は健全
だった時代です...まさに、戦後日本の絶頂期だったのかも知れませんねえ...と言っ
ても、独立独歩のボスには、あまり縁の無い話ですが、時代の空気はそうだったようで
す」
「健全な夢が...」津田が言った。「まだ、あった時代だったんですねえ、」
「そうです。そうした頃の中編小説です。日本経済にも、資本主義経済にも、勢いがあっ
たのでしょう。そうした理念にも、夢があったのでしょう。しかし、宇宙殖民の可能性は、
それから10年〜20年ほどの間でしょうか...急速に萎(しぼ)んでしまいました...」
「そうですね」津田が言った。
「ええ、」高杉が言った。「話を戻しましょう...
ともかく人類文明は、有限の地球表面で、人口爆発に対処しなくてはならなくなったわ
けです。ボスから、その方向の指示を受けた時、非常なプレッシャーを感じました。
また、有限空間の中では、経済原理によるダイナミズムは、たちまち飽和状態になる
のは明らかでした...」
「経済原理によるダイナミズムは、」津田が言った。「時代を加速させますね」
「そうです。まさに悪循環でした...
飽和状態以降は...社会内部を撹乱するようになり...経済原理によるダイナミズム
は、かえって有害になります。経済原理の効果よりは、害毒が席巻するようになって行き
ます。そして、まさに現在のような、閉鎖空間の中での、弱肉強食の世界になってしまい
ました」
「はい、」支折が言った。
「小泉・政権では、それを良しとしたわけですが、それは野生の世界のです。文明社会
は、野生の弱肉強食の世界を離れ、医療・福祉によって弱者を救済し、食料を安定的に
備蓄し、〔極楽浄土/パラダイス〕の建設を、究極の目的としてきました。
これは2000年以上の昔から、一貫した人類の夢です...小泉・政権では、その明確
な王道を見誤ったと言うべきでしょう。政治家たるものは、大局を見誤り、王道を踏み外し
てはいけません...それでは、何のための政治なのかと言うことになります」
「そうですね、」支折がうなづいた。「そういう意味では、安部・政権と言うのも、支離滅裂
ですよね。マチコの評価では、阿部さんは“長ナス”の評価でしたが、あれは当たってい
たのでしょうか?」
「うーむ...“長ナス”ですか...」高杉は、笑ってアゴを絞った。「外れているとは、言え
ないですねえ...さすがにマチコは、そういう方面は、たいしたものだ」
「それを見込んで...」津田が、満面に笑みを浮かべながら言った。「私も、ミッションコー
ディネーターとして、マチコさんに依頼しました。ちなみに、麻生さんは“ザクロ”、もう一人
の谷垣さんは“ラッキョウ”です」
「それが、次の総理候補ですか?」
「そうです」
「うーむ...」
「自民党も、何を考えているのか、ますます分からなくなって来ています」
「また、脱線してしまいました」高杉が、高杉が、髪を撫で上げた。「話を戻しましょう...
ええ...経済がグローバル化し、投機マネーが暴れまわる、現在の世界経済の状況
が...どの段階にあるかは、非常に明瞭です。もはや、末期的症状です...
まさに、世界が豊かになったというよりも、経済原理に踊らされ...政治全般、文化全
般、全ての人々の生活が...まさに“終わりのないマラソン”を強いられています...こ
れは、本末転倒な話です...経済原理のために、世界中の全ての人々が、奴隷と化し
ています。豊かになっているのは、ごく一握りの資本家だけです...地球環境も悪化の
一途です...」
「そうですねえ...」津田が、椅子の背に体を伸ばした。「その通りです...
日本でも、国民は“終わりのないマラソン”を強いられています。経済原理で走らされ、
その挙句...“豊か”でもなく、“満足”でもなく、ましてや“幸福”を感じることも無い、単な
るシステムの歯車となっています...
こんなことは、もう止めなければいけません...もう、終わりにすべきです。ましてや、
兵器を製造したり、覇権をあおったり、戦争をするなどは論外でしょう」
「「このままでは、」支折が言った。「“地球温暖化”で、生態系の崩壊が確実にやって来
るわけですわ...軍産複合体の巨大化などは、人類文明そのものを滅亡させてしまい
ます」
「そうですね、」高杉が言った。「1つのパラダイムの、末期的症状でしょう...
有限空間の中では...資本主義経済原理は、最終的には暴走と、撹乱と、大混乱を
巻き起こすということでしょう...資本主義的・競争社会も、経済至上主義も、すでにそ
の役割を終えたことは明白でしょう。
有限空間の中で、人類文明は新しい価値観を必要としています...それは、生態系
と共生できる価値観でなくてはなりません...」
「はい...」支折がうなづき、マウスを動かした。
<〔人間の巣〕の原型・・・> 

「さて...」高杉が言った。「次は、〔人間の巣/高機能・半地下都市空間〕の、原型
の話です...その出発点の話ですね...
小説・『人間原理空間』は...“巨大・宇宙人口島”が1つのテーマになっています。そ
の100kmに及ぶ回転内殻で、人工重力と大気を作り出し...人工林と、人工の空と、
人工太陽光を作り出しています。そして最終的には、地下3層からなる居住空間に、数千
万人から数億人の宇宙殖民が、可能というものです...」
「そうした...」白石夏美が、支折に代わって言った。「究極的な“太陽系開発”の可能性
がなくなり...ボスは、地球表面での、“文明の地下都市空間へのシフト”を提唱したの
でしょうか?」
「そうですね...」高杉が言った。「ボスは、次の手段として、“巨大・宇宙人口島”の〔地
下3層からなる居住空間〕のみを...地球表層で実現する道を、模索していました...
地球表層に、この〔高機能空間〕を創出することにより...地球生態系とも協調し、人
口爆発をも吸収する事が可能かどうか...考察していたようです。むろん、人口抑制は、
絶対条件になります」
「はい!」夏美が、うなづいた。「そうなんですか...それは、バブル崩壊よりも、前のこと
かしら?」
「うーむ...ちょうど、その頃かも知れません...スペースシャトルの大事故が起ったの
は、」
「ええと...何度かありましたね...大気圏突入時の、コロンビア号の空中分解事故
(2003年)と...その前の、チャレンジャー号の打ち上げ時の空中分解事故(1986年)
ですね...コロンビア号の事故は、つい最近なんですね、」
「そうですね...ええ、ともかく...皆さんのご冥福をお祈りします...」
「はい...」夏美が、目を閉じた。「そうした中で...宇宙殖民の可能性は、消えて行っ
たわけですね?」
「そうですね...私は、コロンビア号の事故以前に、それを自覚していました...
ともかく、文明の版図を地球表層の有限空間に限定すると、別の“厳しい条件”が発生
してきます。が、ともかく、人類の“文明史ストーリイ”が、太陽系開発ではなく、“意識・情
報革命”の方をオプションしたわけです。
文明の第3ステージ/“意識・情報革命”のコースが、“選択”されたわけです。そのス
トーリイの示された方向へ、分水嶺の雨水が導かれ、川筋が谷川に集まり、渓谷が形成
され始めたのです。渓谷は、やがて大河を形成し、それはもはや元に戻ることはありませ
ん」
「はい...」夏美が、頭を傾げた。
「そこで、まず、人口爆発の抑制です。
これは、避けては通れません。地球生態系を維持するには、絶対条件となります。ここ
が、実質的に無限大の太陽系空間とは、最も違う所でしょう。もっとも、いずれの場合で
も、この奇跡的に成立している、地球生態系は必須のものです。人類が生存していくた
めには、地球生態系は命の揺り籠であり、分離することは不可能なのです...」
夏美が、深くうなづいた。
「“命と、生態系は、不可分”ということですね?一体のもの、ということですね?」
「そうです!
日本政府は、政策的に“少子化対策/人口増加政策”を押し進めていますが、それは
誰が考えても、“間違い”だということは明白です。有限空間の地球表層おいては、すで
に飢餓が進でいます。それでも、あえて人口増加政策というのは、巨大なエゴと言わな
ければならないでしょう。
また、食糧自給率40%の島国においては、多少の気候変動で、日本国民自身が容
易に飢餓に陥ってしまうことを、警告しておきます。国家指導者は、こうした事態に、最大
の責任を持つべきです」
「自民党・長期政権の...」津田が言った。「農政の失敗は、国民を大きな危機にさらす
結果になっています。この責任は、非常に重大です」
「はい...」夏見がうなづき、支折の方を見た。
支折は、キーボードを打ち込み、何かを検索していた。
「さて...」高杉が言った。「ここまで来てしまった現状では...
“人口抑制”と共に、“反・グローバル化/文明の折り返し”は必至です。また、資本
主義/経済至上主義は、その時代的役割を終了したと言うことですね。
それから、軍産複合体が創出する、世界の膨大な軍事力は、覇権主義とともに、昇華
すべきです。“20世紀の遺物”として、“大量破壊兵器”と共に、地球上から完全に消
し去るべきだと言うことですね。
また...その、“文明のお荷物”を昇華した分は、そっくり“地球温暖化対策”に当て
るべきです。もはや、戦争などをやっていては、“温暖化対策”にはならないと言うことで
す」
「世界の兵器産業が、」夏美が言った。「そっくり無くなるだけでも、相当な“温暖化対策”
になりますね?もともと、そんなものは、“必要の無いもの”ですし...」
「秋月茜(理論研究員)が...」津田が言った。「今、その問題を、検討をしているようです」
「そうですか...」夏美が言った。
「ええ...支折です...  
あ、江里香さん...ありがとうございます」支折は、コーヒーを受け取り、両
手で包んだ。
「ええ、今回は、これで一区切りとします...人間性の復権のテーマは、次の
ページへ譲ることにします。
それで、次回は...格差社会からドロップアウトし、〔人間の巣〕の構築へ
向かうプロセスと...文明の第3ステージ/“意識・情報革命”の中身を、高
杉・塾長にお願いして、ほんの少し、のぞいてみたいと思っています...」
「ええ...
経済至上主義/資本主義・競争社会は...参加するには、非常に厳し
い条件があります。でも、ドロップアウト/脱落するのは、至って容易です。ま
た、社会的弱者も、容易にドロップアウトします。
そこで私たちは、間口の広いドロップアウトを通過することで、未来型社会
の建設プロセスを、模索して行こうと思っています...
つまり、いわゆる負け組は、旗印を立てて、過疎地に集合し...そこに、
新たに〔人間の巣〕/〔極楽浄土〕を建設するのは、比較的容易かも知れな
いと言うことです...
これは、究極的な“温暖化対策”でもあります。したがって、〔人間の巣〕へ
の移行は、自然の流れ...時代の流れ...文明の選択となって来るかも
知れません...どうぞ、次の展開に、ご期待ください!」
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