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                  ナノテクノロジーへの道        

                     wpe75.jpg (13885 バイト)              <生 物 系>                    wpe75.jpg (13885 バイト)

  wpe73.jpg (32240 バイト)                         wpe7D.jpg (18556 バイト)        index292.jpg (1590 バイト)           

トップページHot SpotMenu最新のアップロード            担当 :  外山 陽一郎 /里中 響子

     wpe89.jpg (15483 バイト)INDEX                wpe5.jpg (38338 バイト)                 軽井沢基地       wpe75.jpg (13885 バイト)

プロローグ   2001.10.19
No.1 <1>ナノ・テクノロジーとは・・・ 2001.10.19
No.2 <2>分子機械の遠景・・・ 2001.10.19
No.3 <3>生体分子モーターの風景

                       (1) カオスの中で動く生体分子モーター 

                       (2)細胞膜にあるイオンポンプ  

2001.11.18

2001.11.18

2001.11.25

No.4 <4>ブラウン運動で動く筋肉分子“ミオシン”   

                       (1) 総合的な科学行政の必要性

                           (2) 筋原繊維/アクチン・ミオシン系の風景

2002. 1.15

2002. 1.15

2002. 1.15

 

 プロローグ           index292.jpg (1590 バイト) wpe75.jpg (13885 バイト)   

 

「また、お目にかかります。里中響子です...

  今年は新年から、夏の終わりまで、ずっと鹿村の清安寺で過ごしてきました。ご存

知の方もおられると思いますが、禅の修業をしていました。高杉・塾長の評価も、ま

ずまずでした...それに関しては、仏道/“新世紀・夏の清安寺”をご覧下さい。

  さあ...私としては、この軽井沢基地に来るのは1年ぶりになるかしら?そういえ

ば、“ヒトゲノム解読後の風景”で、集中的この分野の考察をしていたのも、ちょうど

去年の秋から冬にかけてでした...

  ええ...そういうわけで、今年の軽井沢基地での仕事も、また秋からとなります。

今回は、ナノテクノロジーの話になります。ヒトゲノムとも関連する分野ですので、ま

た外山陽一郎さんとの仕事になります。どうぞ、ご期待ください!」

                                            wpe75.jpg (13885 バイト)   

 

「ええ、お久しぶりです、外山さん。今年もよろしくお願いします!」響子は、右手を差

し出し、外山と握手をした。

「いやあ、こちらこそ、よろしく...」外山は、もう一方の手をズボンのポケットに突っ

込んだまま、かたい握手を返した。そして、学者肌の無骨な顔で、笑顔を作った。し

かし、その無骨な中に、純粋な誠実さが溢れていた。

  響子は、ニッコリと笑みを浮かべ、小首を振ってうなづいた。

「ええ...本来なら、このプロローグで、大体の解説をするのですが...ナノ・テクノ

ロジーそのものが、まだ文化的にあまり浸透した言葉ではないと思います。そこで、

まず、そのあたりから始めたいと思うのですが、」

「はい、分りました...」外山は、部屋を見回した。それから、窓の外の雑木林を眺

めた。軽井沢の木々も、すっかり葉が色づいている。

「それにしても...」と、外山は、窓の外を見ながら言った。「科学技術の展開は、い

よいよめまぐるしくなってきましたねえ...」

「本当ですわ、」響子も、雑木林の上の空を見上げた。「その意味でも、いよいよ、21

世紀が動き出したということでしょうか?」

「うーむ、まさに、そういう事かも知れませんね...20世紀は、相対性理論と、量子

で幕が開けました。この二つの理論は、21世紀に入った現在でも、人類の科学文

明を支える2本の柱です。しかし、互いに矛盾をはらんでいて、1つの統一理論に出

来ません。つまり、宇宙論などでは、相対性理論を使い、身の回りのものは、量子論

といった具合です。リアリティーは1つであり、それを2つの窓から、別々の方法で見

ているというのは、おかしいのです。しかも、窓は相互に矛盾をはらみながら、どちら

も正しいというわけです...しかし、このままではすまないでしょうね」

「はい。21世紀も、まさに20世紀を上回る、激動の世紀の予感がしますわ」

「私もそう思いますね。アメリカにおける同時多発テロは、まさにそうした激動の時代

を実感させるものです。よほどしっかりと、舵取りをしていかないといけないでしょう」

「はい。まさに、人類の真の知恵”が試される時代ということでしょうか?」

「そうですね。まさに、その通りだと思います」

                                                 

 

 

 <1> ナノ・テクノロジーとは・・・  wpe7D.jpg (18556 バイト) 

 

「それでは、さっそくですが、外山さん、ナノテクノロジーの“ナノ ”とは、どういう意味

なのでしょうか?」

「はい。この“ナノ ”とは、“nm/ナノ・メートル”の意味です。つまり、“ナノ ”とは、

10億分の1を表わす単位です。まあ、原子や分子を表現する時に、よく出てくる単位

です。この上の単位が、“μm/マイクロ・メートル”で、“マイクロ”とは、100万分の

を表現します。したがって、ナノ・テクノロジーとは、そのような原子や分子レベルで

のテクノロジー(科学技術)という意味ですね。

(ナノ・テクノロジーの、ナノの後ろに “・” を入れているのは、意味を分りやすくするためです。参考文献等で

は入れていないので、以後、本文では入れないことにします。)

  では、そのようなテクノロジーは、何処で観測されているのかというと、この自然界

に溢れている、全ての生物体で観測されています。この私たちの身の回りに溢れて

いる、全生物体のメカニズムを、人類はまだほとんど解明できずにいるのです。ま

あ、これまでは、いわゆる“神の領域”だなどと言って来たわけです。ところが、ゲノム

が解読され、タンパク質の理解が深まり、いよいよ生体の機械仕掛けにまで関心が

向けられるようになってきたわけですね...

  むろん、今言ったように、“ナノ ・サイズ”のテクノロジーということでは、生物体の

分野に限った話ではありません。工業技術、素材、応用技術等、およそ、あらゆる領

域に及びます。そして、そうした中でも、生物体はまさに、最高度の“分子機械システ

ム”を、象徴するものだということですね」

「はい...うーん、よく分ります。現実のナノテクノロジーの研究成果では、まだとても

生物体の本格的な解明までは、手が届かないと?」

「まあ、その通りです...例えば、生物体を動かす共通のエネルギー通貨といわれ

“ATP(アデノーシン3リン酸)にしても、これまでは化学反応としてはよく知られていまし

た。この“ATP”が、酸素の供給を得て“ADP(アデノーシン2リン酸)リン酸に分解される

時、エネルギーが発生します。このエネルギーが、酸素呼吸型生物体の全細胞を駆

動する燃料となっています。言うまでもなく、生物体の基本単位は細胞ですから、そ

の細胞の中の膨大な分子機械システムを動かしているのが、このエネルギーなので

す...

  さて、これまでは、この“ATP”の化学反応はよく分っていました。ところが、ナノテ

クノロジーでは、特殊なレーザーによる“光ピンセット”“エバネッセント光”というも

のを使い、このエネルギー過程を、直接人間の目で目撃できるようになりました。ま

あ、これは、筋肉細胞のミオシンというタンパク質の研究から分るわけですが、この

あたりは参考文献を参照しながら、後で詳しく考察します」

「はい...ええ...その“ATP”ですが...

  “分子酸素(化合物に含まれる酸素ではなく、分子としての酸素)を消費しながら、“クエン酸サイク

ル”を回し、“ATP”を合成しているのが、いわゆる細胞のエネルギー工場といわれ

る、“ミトコンドリア”ですね。このミトコンドリアは、全ての生物体の細胞が持っている

のでしょうか?」

「正確に言えば、アーケゾア(分子酸素なしで生きられる真核生物で、“太古動物”とよばれる。現存するアーケ

ゾアは、“トリコモナス”のみと言われます。)を除く、全ての真核生物(この他に、より原始的な原核生物がありま

す。)です」

「はい...」

「ついでに言いますと、このミトコンドリアですが...これは好気性真細菌の一種が、

真核細胞に寄生して、変貌したものと言われます。同じ様に、シアノバクテリアが寄

生して、“葉緑体”という光合成工場を作った植物の場合とよく似ています。

  まあ、“葉緑体”をもち、光合成をするのは、大雑把に言えば、緑色をした植物です

ね。ところがミトコンドリアの方は、動物細胞にも、植物細胞にも、両方に存在するわ

けです」

「はい。すると、“葉緑体”は植物細胞だけにあり、ミトコンドリアの方は両方にあるわ

けですね」

「はい。いずれにしても、この好気性真細菌とシアノバクテリアの2つの細菌は、真核

細胞に寄生し、有力な器官として細胞内で重要な地位を占め、太古から現在まで生

き延びて来ているわけです...

  いや...生き延びて来ているというよりは、この2つの細菌は、巨大な地球生命圏

を形成する、予定されていた原動力だったのかも知れません...いずれにしても、こ

の地球生命圏において、キーポイントになった細菌と言えるでしょう」

「うーん...シアノバクテリアですか...地球の大気組成を変え、その後、真核細胞

の中に潜り込んだ...それが、植物の“葉緑体”ですね。そして、いまも、強力な光

合成工場として機能していると...

  ミトコンドリアの方は、その酸素消費型の“ATP”合成工場であり、この“ATP”が、

生物体の全細胞を駆動する共通エネルギーということですか...実に、うまく出来て

いますわ。むしろ、うまく出来すぎているような...」

「さて、話を戻しましょう、」 外山は、うなづきながら言った。「ええと...いま言った、

この特殊能力を持った2つの細菌が、生物体の基本単位である細胞に寄生したの

も、“ナノテクノロジーの風景”だということです。光合成工場と、ATP生産工場は、ま

さにテクノロジーの工場なのです。とても、現在の人類文明で、真似のできるもので

はありません。分子サイズで、こんな工場を作るなどということは...

  ま、いずれにせよ、途方もないテクノロジーが、この地球生命圏の上を、脈々と流

れています。いったいどのような意思で、どの方向へ流れているのかも分らない。とも

かく、偶然の産物でないことは確かだと思いますね。まあ、私は、そう思います...」

「はい、」響子は、真顔でうなづいた。彼女は、何かいいたげに唇を動かしたが、何も

言わなかった。

「最初の生命体と考えられるシアノバクテリアが、太古地球の海に出現した時、すで

に地球に酸素呼吸型の大型哺乳類動物の出現が、約束されていたのかも知れませ

ん...そして、知性を持つ、最高モードの人類の出現も...そしてさらに、はるかな

先に、我々人類には計り知れない、何者かの出現も...」

「うーん...」響子は、ふと立ち上がった。それから、ゆっくりと、窓の方へ歩み寄っ

た。

                 wpe89.jpg (15483 バイト)           

「コーヒーをどうぞ、」ミミちゃんが、コーヒーを作業テーブルへ運んできた。

「ありがとう、ミミちゃん。“ミミちゃんガイド”の方の準備は、出来ている?」

「うん!」

「じゃ、お願いね」

wpe89.jpg (15483 バイト)《ミミちゃんガイド...No.1》        

 “ATP” について、                            

 

「ええと...

  “ATP(アデノーシン3リン酸)は、生物体を動かす共通エネルギー通貨といわれます。生

物体は巨大な分子機械の塊であり、膨大なナノテクノロジー・システムの流れです。そし

て、この超・精密機械を動かしている原動力が、“ATP”です。これは、自動車で言えば、

ガソリンであり、モーターで言えば、電気に相当するエネルギー源です。

  生物体は、このエネルギー源を得、かつ細胞を増殖するために、食物を摂取します。

そして一方、呼吸して酸素を得、ヘモグロビンに乗せて酸素を全身の細胞に運びます。

こうしてミトコンドリアにおいて、共通エネルギー通貨の“ATP”が作られます。

  それから、この“ATP”の加水分解エネルギーが、全身の分子機械を活性化させま

す。生命体の最小単位である細胞は、このようにしてエネルギーを得て、生命活動のサ

イクルを回し、エントロピーを体外に排出しています...

  ええと...このエントロピーとは、排泄物のことです...ウンコと、小便と、汗などで

す...」

                                            wpe75.jpg (13885 バイト)  

 

「はい、ミミちゃん、どうもありがとう!」

「うん!」ミミちゃんは、強くうなづいた。

「ええ...外山さん、」響子は、コーヒーカップに両手をかけながら言った。「このナノ

テクノロジーは、医学や生物学とは、どのように違うのでしょうか?医学や生物学は、

ずっとはるか昔からあったと思うのですが、」

「はい。このナノテクノロジーは、将来的にはかなりの領域で、医学に応用されて行く

ものと思います。しかし、ごく一般的な基本概念で言えば、“医学”は治療が目的の、

医術の学問です。同じ様に、“生物学”は、生物体を研究する学問です。しかし、“ナ

ノテクノロジー”は、そこで展開している“ナノ ・サイズ”のテクノロジーの解明と、その

応用が目的になるのではないでしょうか...」

「うーん...はい。言っている意味は分ります」

「しかし、響子さん、このナノテクノロジーは、人類の機械文明の風景を、ガラリと一

変するような技術革新につながって行く可能性があります。

  例えば、自動車と昆虫の、複雑さの度合いを見れば分ると思います。昆虫は超小

型で、優秀な上に、自己複製能力や、進化する能力さえ内包しています。

  それから、実のところ、昆虫が羽で飛翔する力学的解明すら、人類文明の科学で

は、いまだに謎なのです。昆虫のように自由に飛べたら素晴らしいのですが、人類が

現在持っている技術は、いわゆるプロペラであり、ジェットであり、ヘリコプターのレベ

ルなのです。ナノテクノロジーの進展で、こうした方面の解明も進んでいくものと思い

ます」

「はい...あの、でも、外山さん...生命体のシステム全体などというものが、本当

に解明されるものなのでしょうか?」

「もちろんですです!」外山は、しっかりとうなづいた。「コツコツと、確実に解明され行

くことは、間違いないですね。そうやって、私たちはヒトゲノムを解読してきたのです。

また、現在、そうやってタンパク質の解明も進めています...」

「あ、はい...そうでした...」

   wpe75.jpg (13885 バイト)                                          

 <2> 分子機械の遠景・・・ wpe73.jpg (32240 バイト) 

 

「さて、響子さん...このナノ・サイズの“分子機械”は、いつ頃から、この地球上に

出現していたと思いますか?」

「さあ...」

「まあ、私も、直接見たわけではありませんがね...」外山は、一人ほくそえんで、卓

上のキーボードを幾つか叩いた。「ともかく、もう一度、太古の海に戻ってみましょ

う...」

「はい...私も最近、よく原始地球の姿というものを考えますわ...」響子は、目を

細め、うなづいた。

  正面の壁面液晶スクリーンに、太古の海底の風景が映し出された。何も無い、太

陽光線の降り注ぐ、穏やかな海底風景...しかし、この穏やかな海の中で、生命に

関する、基本的な何かが始まっていたのである...

「最初の生命体が...太古地球の海に出現した時...その、“光合成”というナノテ

クノロジーは、すでにそこに存在していたのです...」

「はい...生命の出現も謎ですけれど、光合成という化学工場が、そこにあったとい

うのも、実に不思議ですわ...

  高杉・塾長が言ってました...まずそこに、“意識”があったのではないかと...

何者かの意識が...」

「なるほど...全てが、その謎の意識によって、整理できるというわけですか...」

「塾長は、宇宙開闢の初期条件に、生命の出現を入れています」

「まあ、あっさりと片付けるには、それもいいでしょう。しかし、そうなると、その初期条

件の、バックグラウンドが問題になってくるでしょうね。むろん、高杉・塾長は、それも

承知で言っておられるのでしょうがね...」

「はい...」

「そして、もう1つの方法は、“神”ですね。神が存在すれば、丸く収まります。神は、

万能ですから、」

「うーん...あまり考えたことはありませんが、」

「まあ、ともかく...生命が誕生したのは、およそ36億年前...それから1億年ほ

どたった35億年前の堆積岩には、微生物の化石が大量に発見されています。この

最初の生物は、光合成のできる細菌であるシアノバクテリア(藍藻/らんそう)で、これが

太古の海水と大気の組成をゆっくりと変えていくわけです...

  10億年も、20億年も、太古海水中でシアノバクテリアは大繁殖し、光合成によっ

て二酸化炭素から糖を生産しました。そして、まさにこの光合成システムの過程で、

酸素が放出されたわけです。太古の海や大気は、二酸化炭素で満ちていましたが、

シアノバクテリアの力で、少しづつ酸素の成分が増えて行ったということですね。そし

てこのことが、やがて、我々人類の出現につながったということです。

  さて、そこで、今回問題とするのは、この光合成という分子機械システムです。こ

んな途方もないシステムが、ようやく穏やかになった太古地球の海で、きわめてス

ムーズに出現している...まあ、私も、この様なものが、偶然の産物だとは、とても

思えないですがね...」

「はい...」

「いずれにしても、この時代のシアノバクテリアの集団塊が、あのオーストラリアやグ

リーンランドなどで見つかる、ストロマトライトです。写真などで見たことがあると思い

ますが、」

「はい」響子は、うなづいた。

「当時は、陸上世界は、パンゲアという1つの巨大な大陸でしたから、オーストラリア

とグリーンランドは、ごく近い、浅い1つの海底だったのかも知れません。いずれにし

ても、このシアノバクテリアの分子酸素の生産量は、膨大なものだったのでしょう」

「この光合成から、やがて人類が出現するまでの、分子機械の進化の流れがあるわ

けですね。このようなものを、私たちは、どう解釈したらいいのかしら?」

「まさに、そこが難しい...“脳が、脳を理解できるか”というのに等しい...まあ、こ

の話はここまでとして、具体的なナノテクノロジーの話に入っていきましょうか」

「はい」響子は、ニッコリ笑ってうなづいた。「そうしましょうか、」

                                     

 

                                                            (2001.11.18)

 <3> 生体分子モーターの風景      

 

             ************************************************************************************

 参考文献         

   日経サイエンス/2001年10月号          wpeC.jpg (18013 バイト)

         特集 生物に学ぶナノモーター  

                カオスから生体分子モーターへ      R.D.アツミアン (メイン大学)

                           ブラウン運動を巧みに使う筋肉分子   柳田 敏雄  (大阪大学)

             ************************************************************************************

(1) カオスの中で動く生体分子モーター      house5.114.2.jpg (1340 バイト)

 

「ええ、外山さん...ここまで、シアノバクテリアや光合成、ATPなど、原始地球に発

現した生命体と、ナノテクノロジーの風景を考察してきました。おそらく、その原初の

命とナノテクノロジーの中に、この生体分子モーターというのも、含まれていたのだと

思います...

  そこでまず、生体分子モーターとは、どのようなものなのか、そのおおよその概念

を伺っておきたいのですが、」

「そうですねえ...

  まず、生物体の中にあって、大きさは分子サイズということですね。それから、この

ような“ナノ・サイズ”の機械だと、その存在そのものが、嵐の様な“ブラウン運動”

晒されているわけです。ところが、最近の仮説では、このブラウン運動を逆に利用し

ているというモデルが、有力になって来ています」

「うーん...ちょっと感覚的に、難しいわねえ...あ、ミミちゃんの方、準備が出来て

いるのかしら?」

「うん!」ミミちゃんは、コクリとうなづいて、唾(つば)をのんだ。

「そう、じゃあ、お願いね」

wpe89.jpg (15483 バイト)《ミミちゃんガイド...No.2》   

<ブラウン運動 >       wpe75.jpg (13885 バイト)               

「ええと...

  “ブラウン運動”というのは、微粒子に、熱運動をしているまわりの分子が、不規則に

衝突するために起こる、“ゆらぎ現象”の1つです。分子の熱運動効果が、直接目撃でき

る現象として有名です。

  例えば、タバコの煙が空気中で拡散していく現象や、水の中にインクを1滴たらした時

に起こる、美しい拡散の風景です。

  ここでは、ナノサイズの生体分子モーターなどの微粒子は、このブラウン運動の嵐で、

もみくちゃにされているということです。つまり、生体の中のナノサイズのマシンというもの

は、つねにこのような量子力学的な影響を受けているということです...

 

  あ、それから、純粋に量子力学の影響下にあるのかと言うと、アミノ酸で構成されるタ

ンパク質ですから、そうした量子世界よりも、少しスケールが大きいです。

  うーん...あえて言えば、ちょうどマクロとミクロの中間ぐらいの、難しいサイズです。

後で、また説明することになると思いますが、このあたりはメゾスコピックと呼ばれる

特異な領域で、古典力学(マクロ的力学)量子力学の、奇妙な連携に支配されています

                            wpe75.jpg (13885 バイト)    wpe75.jpg (13885 バイト)    house5.114.2.jpg (1340 バイト)  

 

「はい。ミミちゃん、どうもありがとうございました」響子は、パンパンと手を叩いた。

「うん!」

「ま、ともかく...」外山が言った。「今、ミミ君も言ったように、このような生体内の分

子モーターいうのは、私達が日頃よく知っているモーターとは、およそかけ離れたも

のだということですね。まず、回転子も接極子もなく、周りの部品というものが全くな

いモーターです...おそらく...」

「うーん...そんなモーターが、本当に存在するのでしょうか?」

「まあ、モデルを考察している段階と言っておきましょう。しかし、全く架空の話でもあ

りません...

  想定されているのは、ベンゼン環平面や水酸基、アミノ基等で構成される、羽根車

とラチェット機構を組み合わせた様なモーターですね。実際のところ、最先端の研究

領域であり、今も様々な仮説が飛び交っている状況です。また、こうした様々なモデ

ルも、実際に作られ、研究されているわけです...」

「それで...その分子サイズのモーターというのは、生体内で、どのような仕事をし

ているのでしょうか?」

「ああ。それは、非常に広範囲にわたっていますね。筋肉の収縮、ATPの合成、DN

Aの二重ラセンの開閉、細胞膜を介しての物質の運搬...等々...様々なタイプ

の、膨大な数量の分子モーターが機能していると考えられます。

  しかも、体液の中のミクロ世界は、“熱揺ぎ”“量子ゆらぎ”が支配し、化学物質

や酵素が流れ、ブラウン運動の嵐が吹きまくっています。

  しかし、より重要なことは、そのような中で、分子モーターは、きっちりと確かな仕

事をこなしているという事実です。しかも、体液の中で仕事をしているのは、1種類の

分子モーターだけではないのです。そのような“複雑系”の中で、様々な仕事が複合

的に行われ、情報交換がなされ、完璧な仕事が永続的に遂行されているということ

です。ナノテクノロジーの入口に立っている我々にとっては、まさに神業としか言いよ

うのない世界を覗いているわけですね」

「はい...」響子は、深くうつむいた。「何故...そんなことが出来るのでしょうか?」

「うーむ...まあ、分子モーターに関して言えば、ようやく最近、そのメカニズムが分

かりかけて来たという所ですね。つまり、その基本となっているのが、ランダムなノイ

ズをうまく利用するメカニズムだということです。

  それは、具体的には、“ブラウン運動を使った、ラチェット(爪車/つめぐるま)の原理”

様だということです。ラチェットというのは、分りますか?」

「はい...どこかで、聞いたことがあるとは思うんですけど、」

「ラチェットというのは、爪車(つめぐるま)のことです。切り替えで、一方だけに回るラチェ

ット式のドライバーや、ラチェット式のスパナというのがあるでしょう。あれは、一方向

の力だけを加えていける仕掛けになっています。逆回りの時は、空転して、」

「あ、はい。分りました。そういうドライバーを、一本持ってます」

「うむ、」外山は、笑ってうなづいた。「そこで、いいですか...生体分子モーターとい

うのは、体液というブラウン運動の海における“ラチェット機構付きの羽根車”の様な

ものではないかというわけです。ブラウン運動は、四方八方から、無数の粒子がラン

ダムにぶつかって来ますが、このような“ラチェット機構付きの羽根車”に当たると、回

転方向の力だけが加算されていく。つまり、これだけで、モーターが回転するわけで

す。ブラウン運動がエネルギー源なら、エネルギーさえ必要ないわけです」

「うーん...ブラウン運動を、エネルギーとして利用しているわけですか。すると、エ

ネルギーを必要としないわけですか?」

「しかし、ところが、響子さん、」外山は、指を立てた。「奇妙なことに、このモーター

は、動きを止める時にエネルギーを必要とするのです」

「うーん...よく分りませんが、」

「まあ、詳しい説明は省きますが、現在想定されている有力な生体分子モーターのモ

デルというのは、そのようなものです。止まる時に、エネルギーが必要なのです。ま

あ、徐々に説明していきますがね、」

「あの...このような分子モーターというのは、非常にたくさんあるのでしょうか?」

「そのようですね。生体内ではごくありふれたもので、細胞内でのあらゆる運動を支え

ていると言われます。これは、“カオスやノイズから秩序を取り出す、整流器”と考える

といいかも知れません」

「はい。でも...本当かしら...?」響子は、顔をくずし、首をひねって見せた。

「まあ、途方もないシステムが、存在していることは確かです。それから、何故今、ナ

ノテクノロジーに研究が集中して来ているかというと、生物学、医学、化学、物理学等

の、これまでの研究成果があるからです。その20世紀に積み上げられてきた研究成

果の土台の上で、ようやく今、ナノテクノロジーの科学がその扉を開こうとしているわ

けです。まあ、単なる直感で、生体分子モーターなどと言っているのではないというこ

とですね」

「はい。もちろん、本当だとは思います。でも、これまで私たちの知っているモーターと

は、あまりにもかけ離れていますわ」

「しかし、響子さん、この生体分子モーターの方が、はるか36億年の昔からあるわけ

です。シアノバクテリアの光合成工場も、そうです。誰が図面を引いたかは知りませ

んが、ちゃんとモチベーションもあり、さらに地球生命圏の進化も視野に入っていたよ

うです。まあ、私はそう見ていますがね、」

「すると、最初の生命体は、地球以外の所からやってきたものだと...?」

「いや、そうは断定していない。しかし...深い意味での受け入れ態勢が、すでに

あったと言うか...生命体が、非常に発現しやすい“場”となっていたと言うか...

まあ、高杉・塾長と似たようなスタンスです」

「“宇宙の初期条件”ですか...」

「私は天文学の方はやらないので、この方面はあまり深くは考えませんがね」

「はい...」響子は、コクリとうなづいた。「ええと...このラチェット型の分子モータ

ーのモデルについて...他に、何か言っておく事はあるでしょうか?」

「そうですねえ...このモデルは、ブラウン運動から無限のエネルギーを得ているの

で、第二種の永久機関(熱力学の第2法則を破る“永久機関”)が実現してしまうように見えます。

しかし、これに対してリチャード・ファインマンは、このシステムは外部からのエネルギ

ー供給が無ければ、仕事が出来ないことを示し、“熱力学の第2法則”にも違反して

いないことを証明しましています」

「はい...」

「この他にも、“光で動く分子モーター”などの研究報告もあります。いずれにしても、

この方面の研究は、まだ入り口に立ったばかりといった所ですね」

「はい、」

    wpe75.jpg (13885 バイト)wpe75.jpg (13885 バイト)wpe75.jpg (13885 バイト)wpe75.jpg (13885 バイト) house5.114.2.jpg (1340 バイト)    

 

                                                                   (2001.11.25)

     (2) 細胞膜にある“イオン・ポンプ wpe5.jpg (38338 バイト)  wpe89.jpg (15483 バイト)

                         (鹿村にいる、ミミちゃんとタマが、ハイパーリンクで来てくれました...ご苦労様!)                      

  外山は、横にやってきたタマの頭をなでた。タマは見た目も立派だが、柔らかな毛

並も、たいしたものだった。外山は、人差し指で、タマのノドを小さく撫でた。タマは、

もっそりとノドを伸ばし、気持ちよさそうに目を細めた。響子も、タマの様子を眺め、口

もとを崩した。

「さてと...」外山が言った。「ここまで、ラチェット型の生体分子モーターのモデルに

ついて考察してきましたが、今度は、“生体エンジン”のようなものについて、考えて

みたいと思います。

  まあ、ここで言うモーターとエンジンがどう違うかというと、回転力を生み出している

モーターに対し、エンジンというのは、まずピストンがあるわけですね。車などは、内

燃機関によるピストンの上下運動を、クランクによって回転運動に変えているわけで

す。つまり、ここでは、ピストンというよりは、“ポンプの様なもの”と考えてもらいましょ

うか」

「はい。ええと...その“生体エンジン”の1例として、細胞膜にある“イオンポンプ”

取り上げるわけですね。このイオンポンプも、ラチェット(爪車/つめぐるま)のような機構が

働いているのでしょうか?」

「はい。まさに、そのとおりです」外山は、タマの頭を、背中の方へ撫で下ろした。「こ

のイオンポンプというのも、先程述べた生体分子モーターと同様に、“イオンチャンネ

ル”という、ごく単純な装置が中心になっています。

  まあ、生体というのは、こうした単純かつ無限の複雑さを秘めたものを、それこそ、

膨大な数量を生滅させているわけです。我々には想像を絶するようなものを、あっさ

りと作り上げ、平気で廃棄していくのです」

「はい...」

「生体にとって重要なのは、その活動のプロセス性なのだと思いますがね...その

プロセス性こそ、私が私でありつづけ、命が命であり続けている姿なのです...

  つまり、命の本質は、物質的なメカニズムにあるのではなく、時間と空間を統合し

た、“リアリティーの流れ”にこそあるのだということですね...」

「あの、外山さんも、そうした禅的な考えを持っておられるのでしょうか?私は、高杉

塾長から、よくそういう話を聞きますが、」

「なるほど...しかし、私は科学者として言っているのです。生命体というものを理解

する、方法論として、」

「はい...」

「まあ、そうは言っても、、確かに還元主義的な機械論的風景というものも、現実に目

の前に展開しているわけです。この、まさに、私たちの文明のパラダイムとして...」

「はい、」

「...山々の木々は、春に一斉には芽吹き、秋にはみな葉を落としますね。そして、

毎年それを繰り返す。そして数十年もたてば、古い樹木と新しい樹木が入れ替わり、

さらにそれが延々と繰り返されていくわけです。これは、むろん樹木に限らず、この地

球生命圏の全ての種が、営々と繰り返している生命活動の本質なのです...

  まあ、あえて今回のテーマに関して言えば、これは我々にはまだ理解できないに

しても、全体が途方もない、精緻なナノテクノロジーの風景だということです。おそら

く...この巨大な地球生命圏を創出できた者が、もしいたとしたら...それはまさ

に、“神”そのものなのかも知れません。なんとも、想像を絶する世界が展開していま

すね。日々、刻々と...」

「うーん...知れば知るほど、驚きが益々深まるということですね...」

「まさに...我々はもっと、この“存在”と、“命”の深さを知るべきですね...」

「はい...ええ、話を進めたいと思います。それで、外山さん...細胞膜にあるので

すね、このイオンポンプというのは、」

「はい」

「ふーん...」響子は、椅子から立ち上がって、腕組みをした。「生命体の最小単位

が、細胞というのは、よく分ります。そして、この細胞膜というものにも、実に様々な機

能があり、様々な種類があるのも分ります。

  それから、この細胞の塊が、さらに上位のヒエラルキー(ピラミッド型の階層制度)を形成

し、筋肉や臓器などとなり、さらに全体が描かれていくと...細胞というのは、まさに

キーポイントですが、まるでブラックボックスの様でもありますね」

「まあ、昔から、植物や動物の細胞が図解されていますが、この細胞の中で動く生体

分子モーターや、生体エンジン、“情報伝達のメカニズム”などは、これまで全く分って

いなかったわけです。最近、ヒトゲノムをはじめ、様々なゲノムの解読が進んでいま

すが、それだけで生命体を理解したとは言えないわけです。それはあくまでも設計図

であって、生体やタンパク質そのものではないのです。まあ、生命体を理解するに

は、まだまだ程遠いという状況ですね」

「はい。そうした中で、とりあえず、細胞膜の機能というものが出てくるわけですね。こ

こも、実に、ナノテクノロジーの宝庫のようなのですが、」

「まさに、そうですねえ...病原菌が攻撃してくるのも、この細胞膜ですし、抗体が反

応して防御しているのも、この細胞膜なのです。まあ、細胞というのは、典型的な“開

放系システム”ですから、入ってくるものは拒まないし、出て行くものも自由です。そ

れが、一定のルールに従っている限りはですね。

  ただし、異物、有害物に対しては、非常に厳しいチェックしています。それが、免疫

反応であり、移植手術などで見られる拒絶反応です。また、神経細胞や、脳細胞など

では、情報が典型的に細胞から細胞へ伝達されていきます。相当に複雑な信号や

脳内麻薬物質などが、細胞から細胞へ伝達されていくわけです。これがどのようなメ

カニズムなのかは、今まさに研究が進んでいるわけですね。

  まあ、しかし、今回は、そうした細胞膜の働きの中の1つ、“イオンポンプ”に話を絞

りましょう。そうでないと、とてもまとまりませんから、」

「はい...」響子は、コクリとうなづいた。「ええと、それじゃ、ミミちゃん...まず、そ

“イオン”というものについて、おさらいをしてくれる?」

「うん!」ミミちゃんが、うなづいた。

wpe89.jpg (15483 バイト)《ミミちゃんガイド...No.3》     house5.114.2.jpg (1340 バイト) 

イオン                      wpe75.jpg (13885 バイト)house5.114.2.jpg (1340 バイト) wpeC.jpg (18013 バイト) 

 

「ええと...だいたい分っていると思うけど、おさらいをしておきます...

  “イオン”というのは、物質を作っている原子、または原子団が、電気を帯びているもの

を言います。酸やアルカリや塩などを水に溶かすと、イオンを生じます。プラスの電気を

帯びたものを“陽イオン”といい、マイナスの電気を帯びたものを“陰イオン”と言います。

  この“陽イオン”と“陰イオン”は、互いに引き合う性質を持っていて、これらが結合した

ものを、イオン結合と言います。簡単な例をあげると、食塩の“NaCl”は、プラスの電気を

帯びたナトリウム原子と、マイナスのイオンを帯びた塩素原子が結合したもので、電気的

には中性になります...」

          (ミミちゃんは、旅先の鹿村から、ハイパーリンクで来ています) wpeC.jpg (18013 バイト)wpe75.jpg (13885 バイト)   

 

「はい。ミミちゃん、どうもありがとう。ひと休みして、次の準備をお願いね」

「うん!コーヒーをご馳走になるね!」

「どうぞ。鹿村にいたのに、本当に、ご苦労様!」

「さてと、いいかな?」

「はい」

「では...ミミ君が今説明した、この各種イオンですが、通常これらは、電気化学ポ

テンシャルの勾配にしたがって移動します。まあ、イオンとは、そうしたものですか

ら。ここは、分ると思います」

「はい、」響子は、唇を結んでうなづいた。「抽象的なミクロの世界ですが、何となく分

ります」

「結構、」外山は、小さくうなづいた。「ところが...生体内では、この細胞膜のイオン

ポンプが、そのポテンシャルの勾配に逆らってイオンを輸送します。このようにして、

“一定の電気化学ポテンシャルを維持すること”が、生命体にとっては不可欠だから

です...」

「はい...それで、外山さん、その細胞膜のイオンポンプというのは、実際にはどの

ようなものなのでしょうか?」

「はい...先程も、少し触れましたように、イオンポンプというのは、“イオンチャンネ

ル”という、比較的単純な装置が中心になっています。これは生体がもつ整流器で、

電流が一方向にのみ流れるように制御しているものです」

「...」

「典型的なイオンチャンネルは、漏斗(ろうと)の形をしていて、大きさは10nm(ナノメートル

/ 1nmは、10億分の1m=100万分の1mm)程度のようですね。イオンは、この漏斗の広口部分

から先端部分へ流れ、逆流はしないわけです...

  ええ...生命体の構造はみな一様にそうですが、単純そうに見えていて、奥が深

い。まあ、実にうまく出来ているわけです。つまり、これだけで、イオンポンプとして機

能しているわけですね...

  実際には、イオンチャンネルは、先端付近の原子構造が少し変化するだけで、広

口部分の構造が大きく変わり、開閉する仕掛けになっているようです。そして、広口

部分が開閉することによって、漏斗の先端から、イオンを外へ運び出せるわけです

ね...

  これはラチェットと同様に不可逆的であり、つまりイオンポンプとして機能している

わけです...さらに研究していけば、もっと深い領域があるのですが、とりあえず

は、簡略化して、全体のスケッチを見ていくことにしましょう」

「はい。このイオンチャンネルのエネルギーも、分子モーターと同様に、ブラウン運動

から来ているのでしょうか?」

「いえ、このイオンチャンネルは、ATPの加水分解エネルギーで動いています。つま

り、生命体の共通エネルギー通貨で作動しているということですね」

「ああ、なるほど。ATPのエネルギーというのは、このように使われているわけです

か...」

「そうですね。まあ、このATPの反応については、この次の項で詳しく考察します」

「はい...

  ええ、さて、ここでは、生体分子モーターと、イオンポンプを取り上げたわけです

が、あらゆる領域で研究が進行しています。そこで次は、生体分子モーターとして最

も研究が進んでいるミオシンについて、さらに具体的に考察していこうと思います。外

山さん、このミオシンというのは、筋肉のタンパク質なのでしょうか?」

「はい、そうですね。詳しくは、そちらの方で説明します」

「はい。ええ、どうぞ、ご期待ください!」

                                   wpe75.jpg (13885 バイト)house5.114.2.jpg (1340 バイト)wpeC.jpg (18013 バイト)     

 

 

                                                  (2002. 1.15)

 <4> ブラウン運動で動く筋肉分子/ミオシン  

  wpe89.jpg (15483 バイト)    wpeC.jpg (18013 バイト)     index292.jpg (1590 バイト)        

                <ユニコーン君>                              <冬の軽井沢>

「 明けまして、おめでとうございます。里中響子です!」

「 外山陽一郎です!」               

「ええ...この“ナノテクノロジーの広野”は、軽井沢基地で開設しているのです

が、ここ軽井沢もいよいよ本格的な冬到来となっています。積雪はそれほどでもない

のですが、連日寒い吹雪の日が続いています。ここでは、そんな中での、新年の仕

事始めとなりました...

  外山さん、本年も、よろしくお願いします!」

「こちらこそ、よろしくお願いします!新年からは、“ユニコーン君”が新登場になるわ

けですね?」

「はい。強力なスタッフが加わることになります。とりあえず、ユニコーン君には、ミミち

ゃんの助手からスタートしてもらいます。ええ、ミミちゃん、よろしくお願いします!」

「うん!」ミミちゃんは、隣にいるユニコーン君の方に、長い耳を寄せた。

「それじゃ、ユニコーン君!初仕事になりますが、よろしくお願いします!」

「はい!期待に答えられるように、しっかり頑張ります!」

「はい!」

***************    wpe89.jpg (15483 バイト)        **************

「一度紹介してあるのですが、年も改まったので、以下にもう一度参考文献を紹介しておきます。

今回は、主に下の論文を参照して行きます」.....(里中響子)

 

            参考文献 日経サイエンス/2001.10月号            

             ブラウン運動を巧みに使う筋肉分子   柳田 敏雄  (大阪大学) 

 

**********************************************************************************************

                          

   (1) 総合的な“科学行政” の必要性           

       迅速な“科学的判断”と“科学的決断”の時代

 

さて、外山さん...ナノテクノロジーというのは、いわゆるマクロの世界よりも、非常

にスケールの小さい世界を扱うわけですよね。でも、量子力学であつかうミクロの世

界よりは、やや大きい領域...つまり、素粒子や原子よりも大きいということは、

子の領域ということでいいのでしょうか?」

「はい、そうですね...まあ、もう一歩踏み込んで言えば、タンパク質分子が機能し

ているスケールと言うことができます。タンパク質ということでは、“酵素”もそうです

し、これまで話してきた“生体分子モーターも”、このナノスケールになるわけです。そ

れから、タンパク質そのものではないですが、タンパク質の設計図であるDNAも、こ

のナノスケールになるわけですね。

  つまり、この地球生命圏に溢れている、まさに膨大な“生体分子機械のサイズ”

いうことです。まあ、このようなスケールのことを、“メゾスコピック”と呼んでいるようで

すが、」

「うーん...はい。“生体分子機械のサイズ”ということですね...」

「はい。この“メゾスコピック”と呼ばれるナノサイズは、今も響子さんが言ったように、

“マクロ世界とミクロ世界の境界領域”になるのです。しかも、これまで、ニュートン力

学でも、量子力学でも手がつけられなかった領域なのです。これは何故なのか?」

「うーん...何故なのでしょうか?」

「まあ...このナノサイズの領域は、非常に複雑で、難しい領域だったと言うことで

しょうね。複雑で難しく、地球生命圏という複雑系世界の、まさにカギを握っている領

域だったからではないでしょうか。

  例えば、DNAはその典型ですし、膨大な種類の立体構造をもつタンパク質は、こ

れから解明が進んでいく分野です。また、細胞内の情報伝達システムや、物質輸送

システムも、今後少しづつ解明が進んでいく分野です。このナノスケールの領域は、

まさに“生命現象の巨大な謎”が隠されている、未開の荒野というわけです」

  響子は、何も言わず、唇を引き結んでうなづいた。

「それに、物理的にも化学的にも、また工学的にもですが、このナノ領域は非常に面

白いものが多く詰まった、奇妙で魅力的な領域です。まあ、生命現象が凝縮している

ような領域ですから、それも当然と言えるのかも知れません」

「はい」

「しかし、物理系や工学系の話は、他のページに譲ることにしましょう。ここでは、え

えと...筋肉タンパク質の、ミオシンがテーマでしたね?」

「はい、」

                                    

 

  外山は、カチャリ、とコーヒーカップを受皿に戻した。

「さあ、話を進めましょう!」

「はい」

「まず、ともかく、ここでカギとなったのは...タンパク質1個の動きを見たり操作した

りする、“1分子計測技術”の開発にありました。この技術の獲得は、ナノ領域におけ

る、“有力な1つの道具”を手に入れたということなのです。まあ、参考文献に目を通

していく限りでは、日本が非常に得意としている分野のようですね」

「はい。ナノテクノロジーは、日本の得意分野と聞いています。ですが、ヒトゲノムの

解明でもそうでしたが、最初はリードしていても、戦略的に立ち遅れるということがあ

りました。

  今度こそ、このナノテクノロジーでは、しっかりと戦略的にもドンと腰の据わったも

のが必要だと思います。あえて、“日本、日本”というつもりは無いのですが、日本は

全てにおいて、あまりにも戦略がお粗末過ぎると言われて来ましたので...」

「うーむ、そうですねえ...まさに、響子さんの言うとおりだと思います...分っては

いるのですが、一朝一夕に出来るものではないですねえ。やはり、伝統的なものが

必要なのだと思います」

「日本は、大戦略の立て方が苦手だと言うのなら、“科学行政”とでも言うような、新し

い概念の導入も検討してはどうでしょうか?

  高杉・塾長が言っていました。21世紀の人類文明においては、“科学的決断”とい

うものが、非常に重い地位を占めてくるそうです。政治的決断の前に、様々な場面

で、次々と“科学的決断”をしていかなければならない時代になるというのです」

「うーむ、そうかも知れません。臨床医学などでは、倫理問題が頻発しています。ま

た、生殖医学や遺伝子工学においては、非常に危険な迷路が無数にあるように思い

ます。こうした所では、しっかりとした迅速な決断が求められます。ともかく、曖昧にし

ておくのは、非常に危険だと思います」

「はい。これは、科学文明の水先案内を努める、“科学行政”の仕事になるのではな

いでしょうか。高度な“科学的判断”、あるいは“科学的決断”が、人類文明を大きく左

右するようになるということですね。高杉・塾長は、ずっと以前から、“科学行政”とい

う言葉を口にしていました」

「うーむ...なるほど。ともかく、そうした戦略的な所を取り仕切る、頭脳集団が必要

なことは確かですね。単なる科学者の集団ではなく、」

「はい。権威のある、迅速に決断のできる組織が必要だと思います。高杉・塾長は、

それを“科学行政”と言っておられるのだと思います」

「なるほど、」

 

                  wpe89.jpg (15483 バイト)                     

 

「ええ...」響子は、頭に手をやった。「また、少し脱線してしまいました。“1分子計

測技術”の話だったでしょうか?」

「そう、そう、」外山も、笑った。「日本の得意分野という話からでした...

  ええ、そうですね...この“1分子計測技術”によって、生体分子モーターの研究

がずいぶん進んだようです。中でも、最もよく研究されてきたのが、筋肉の収縮や細

胞分裂、細胞小胞の輸送など、運動を担っている生体分子モーターです」

生体分子モーターというのは、前に考察した“ラチェット付きの羽根車”のことでしょ

うか?」

「そうです。それも1つです。しかし、まあ、そうですねえ...これは単に、ラチェット機

構のついた羽根車が、単純にそこに存在するというだけではないのです。それに

は、まず、その“存在する”ということの“深い意味”を考察する必要があります。

  そもそも、このような生体分子モーターが存在するとして...何処にその設計図

があり、何処からその材料が来て、それをどのように選別して集積しているのか、ど

のような行程で組み立てられているのか...といったような、諸々の謎があるわけ

です。

  町工場で、モーターを1個組み立てるのに、どれほどの行程が必要かを考えれば

分ると思います...いずれにしても、魔法のように、ポンとそこに生体分子モーター

が、突然降って湧いたわけではないのです...

  私たちの機械文明では、1個のモーターを組み立てるのにも、20世紀の科学文明

全体のバックアップが必要なのです。仮に、江戸時代に、最も単純なモーターを1個

作れといわれても、こんなものは誰にもに作れません。平賀源内(幕末の頃、エレキテルの箱

で、静電気を作って見せ物にした)でも無理なのです。組み立てるべき、素材そのものが存在し

なかったり、きわめて未成熟な状態だったわけですから...」

「はい」

「つまり、この生体分子モーターが1個作り出されるためには、その背後に、人類の

想像を絶するナノテクノロジーの基盤が存在しているということなのです。しかもそれ

は、まさにこの地球生命圏の中に存在しているのです。私たちのすぐ身近に...分

るでしょうか?」

「あ、はい...もちろん...高杉・塾長なら、それを“36億年の彼”と呼ぶのかも知

れませんわ...」

「ふむ...ともかく、この世というのは、実に不思議です...」

「はい、」

「ともかく、この生体分子モーターというヤツには、タンパク質の持つ主要な機能が、

全て備わっていると言われています。つまり、“酵素作用”や、“エネルギー変換作

用”や、“自律的アセンブリー(集めて組み立てる)機能”、それから“分子識別”などといった

諸々のものですね。

  したがって、この生体分子モーターが解明されて行けば、タンパク質が形成する

生体分子機械の基本原理”も、おのずと解明できると期待されているわけです。む

ろん、それには、膨大な努力と忍耐が必要ですが...」

「はい。それで、その生体分子モーターの代表格が、ミオシンというタンパク質だとい

うことですね...ええ、それでは、そのミオシンとはどのようなものなのか。まず、そ

の全体的な概念からお話していただけないでしょうか」

「はい。ええ...それじゃあ、ミミ君...スクリーンの方を、」

「うん!」ミミちゃんが、長い耳を揺らし、大きくうなづいた。

 

  (2) 筋原繊維/アクチン・ミオシン系の風景   wpe89.jpg (15483 バイト) 

 

  窓の外側は、真っ白に粉雪が吹き付けていた。ミミちゃんは、その窓に背を向け、

壁面スクリーンに、幾つかのモザイク画像を表示した。

「いいかしら?」ミミちゃんが言った。

「ああ、ありがとう...」外山は、椅子から立ち上がって、スクリーンの方へ歩いた。

  響子は、伸縮式の指し棒を、外山に手渡した。外山は、それを受け取って引き伸

ばし、キュッ、と先端をねじった。

「ええ、ミミ君...じゃあ、まず、筋肉全体の解剖図を拡大してください...」

「うん!」ミミちゃんがうなづいた。すると、壁面スクリーンの、モザイク画像の1つが拡

大した。筋肉全体の解剖図で、説明文も入っていた。

「ああ、ありがとう...」外山は、指し棒で、液晶画像の1点をトントンと叩いた。「“筋

肉”を解剖学的に見ていくと、このように“筋細胞(筋繊維)が束になってできているの

が分ります。そして、この筋細胞というのは、“筋原繊維”が束になって構成されてい

るのが分かります。そしてさらに、この筋原繊維というのは、“アクチン”“ミオシン”

という、2つのタンパク質のフィラメント(細長い繊維)が主成分になっているのが分るわけ

です...

  ちなみに、筋肉の収縮というのは、この2つのフィラメントが、相対的に滑りあうこと

によって起こっています。

  ええ、それから、このアクチン・ミオシン系というのは、筋肉だけにあるのではあり

ません。細胞内の小胞輸送など、様々な運動をも担っているのです」

「はい、」

「ええ、それでは、ここの所を、もう少し詳しく説明して行きましょう。ミミ君、フィラメント

の拡大を...うむ、そう、一番大きい拡大図を...ああ、それでいい。どうもありがと

う...」

  響子も、黙ってミミちゃんの方にうなづいた。

「うん!」ミミちゃんは、気どって少し首を横にした。

  ユニコーン君は、ミミちゃんの横で、しっかりとスクリーンの方を見ていた。

 

この、“アクチン・ミオシン系の運動”というのはですね...アクチン分子(1個の直径は5

nm)が数珠つながりになり、しかも二重ラセン状にねじれてフィラメント(細長い繊維)を形

成する上を、ミオシンの分子モーター群が進むわけです。これは、ケンケンをするよう

に移動していくらしいですね。しかも、よく見ると、常に前へ進むわけではなく、戻って

くることもあるそうです...

  うーむ...いずれにしても、ナノスケールのアクチンフィラメントの上を、ナノスケー

ルのミオシンフィラメントが移動していくのです。しかも、車が道路を走るようなもので

はなく、ケンケンするように移動していくというのは、分るような気がします...」

「あの、外山さん、その分子モーターのミオシンというのは、どのような構造になって

いるのでしょうか?」

「ああ、そうですね...では、この生体分子モーターと言われるミオシンについて、ま

ず簡単にその形態と機能を説明しておきましょう」

「はい」

「ミオシンは、まず2つの頭部と、細長い尾からなっています。参考文献では、“かい

われ大根”のようだと説明しています。つまり、2つの頭部は、2枚の葉で、尾の部分

は茎に見立てています。しかし私には、ねじれた蔓に、アケビが2つぶら下がってい

るように見えますねえ...まあ、ともかく、形はそのようなものだということですね」

「ふーん...不思議ですわ。何故、こんな形になったのかしら?」響子は、深く首を傾

げた。「なんて、不思議な形なんでしょう...」

「はは...」外山は、スクリーンの脇で、穏やかにほくそえんだ。「それは、非常に難

しい質問ですね。ミオシンが、何故こんな形になり、アクチンが何故こんな形か?D

NAは何故2重ラセンで、膨大な数量のタンパク質は、何故それぞれに独特の立体

構造をもつのか...

  いや、それだけではないですね。この地球生命圏を埋め尽くす最大の勢力は、実

昆虫なのですが、その八百数十万種といわれる昆虫は、いったいそれぞれ誰が

その形をデザインしているのでしょうか。デザインを決定し、機能をテストし、素材を集

め、命を吹き込み、無造作に自然界に新種として送り出していく...そして、種の新

陳代謝の中で、分子進化を発動しながら生滅を繰り返していく...

  恐ろしく複雑な、生態系に開かれた“生命体”という開放系システムですが、うまく

機能しないものは、種としての寿命は短くなるわけです。ただし、それは劣っている

わけではないですね...その、短い寿命の種として、彼等もまた、過不足なく機能し

ているのです...」

「うーん...私も、そういう、“過不足なく”という概念は好きです。禅的な意味で、」

「そうですか...まあ、私は、そんなつもりで言ったわけではないのですが...ええ

と、話は、何処だったかな?」

「あ、はい...」響子は、唇を結び、真面目な横顔を見せてうなづいた。「ミオシンの

形態についてです」

「うむ...何者がデザインしたかは知らない。が、しかし、偶然の産物でもないという

ことですね。ともかく、そうしたアケビが2つぶら下がったような形をしているということ

です。この、ミオシンというのは、」

「はい、」

「そして、このようなアケビが、幾つも並んでぶら下がっているわけですね。これが、

いわゆる、ミオシンフィラメントと呼ばれるわけです。

  つまり、ねじれた2重ラセンのアクチンフィラメントの上を、このミオシンフィラメントが

動いていく...そして、それはちょうど、ケンケンをするような移動の風景だということ

です」

「うーん...実に幻想的な風景に思えるのですが、筋原繊維とは、そのようなものが

束になってできているということですね。そして、その筋原繊維がさらに束になり、筋

細胞(筋繊維)になっていると、」

「まあ、そういうことです...

  ええと、それから、このミオシンの機能について、簡単に触れておきます。後で詳

しく考察するのですが、とりあえず、このようなものだということです。

  まず...このミオシンの頭部ですが...ミオシンはこの頭部でアクチンと結合し、

アクチンのレールの上を移動していくわけです。それからこの頭部には、生体内のエ

ネルギー通貨であるATP(アデノーシン3リン酸)を分解する酵素としての機能もあります。

  ミオシンは、ATPがADP(アデノーシン2リン酸)とリン酸に分解した時に生ずる化学エネ

ルギーを使い、アクチンフィラメントの上を移動するわけです。ともかく、最初は、こう

考えられていました...」

「と、言うと?」

「はい。実は、そうではなかったということですね」

「うーん...もっと、複雑だったということでしょうか?」

「はい。ここで問題になってくるのが、前にも出てきたブラウン運動なのです。こうした

ナノサイズの世界では、ブラウン運動というのは、とても無視できない大きな影響力を

もつのです」

「すると...細胞は、水溶液で満たされていますから、水の分子が絶えず分子モー

ターのミオシンに衝突し、非常に大きな衝撃を与えていると解釈していいのでしょう

か?」

「はい。まあ、そう言っていいと思います。この水分子の衝突エネルギーというのは、

ATPから供給される生命通貨エネルギーにも匹敵し得るものなのです。

  では、ミオシンはいったい、この巨大なブラウン運動の衝突エネルギーに、どう対

処しているのでしょうか...ともかく、簡単にかたずけられる問題ではないわけで

す。また、ナノサイズの世界におけるブラウン運動の影響力という意味でも、是非とも

解明しておかなければならない課題です」

「はい、」

「そこで、ミオシンの移動距離(変位)、その出力などを、1分子レベルで測定する必要

が出てくるのです。ここで、まさに先程言った、“1分子計測技術”が要求されてくるわ

けです。

  まあ、これからその“1分子計測技術”を説明していきますが、実は大変なことが分

ってくるのです。と言うのは、実は、ミオシンは、移動のエネルギーとして、まさにこの

ブラウン運動を利用し、ケンケンするように動いているらしいのです。

  すると、それでは、頭部にあるATP分解酵素によるATPのエネルギーは、いった

い何に使われているのでしょうか?今度は、こっちの方が大問題になってしまいま

す」

「はい、」

「まあ、それはですね...次に“1分子計測技術”を考察し、その後で説明します」

「うーん...ミオシンは、実は、ブラウン運動で移動していたということですか...」

「まあ...まさに、途方もないナノテクノロジーの展開している世界です。私達の想像

を、はるかに越えた世界が展開しています」

「はい」

≪1分子計測技術の考察≫          wpe5.jpg (38338 バイト)      wpeC.jpg (18013 バイト)