MyWork Stationgroup E超 越 的 目 撃予知の時空構造解

           予知の時空構造解  


 
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 トップページHot SpotMenu最新のアップロード    執筆 : 高杉 光一  <1997.12. 6 /開始>

 

                                                                              (1997.12. 6)

プロローグ

 

 “予知”...未来をあらかじめ知る...というこの事象は、日常的にしばしば問

題とされる事柄です。“予知”を信じるにしろ信じないにしろ、我々人類文明の精力

の大半は、未来を推計することに費やされています。何故なら、私たちは見かけ

上、現在から未来に向かって流れているからです。したがって、未来や近未来の事

象は、人間にとって非常に重要な事柄となっています。

  では、その時空構造解などという前に、“予知”は実際に存在するのでしょうか?

そうした話に、信憑性はあるのでしょうか?まずは、このあたりから考察を始めたい

と思います。いずれにせよ、それがあるかないか、理屈抜きに信じられるのは、まさ

に自分自身が体験した場合でしょう。そして、自分が体験したとなると、自然と他の

人の言うことにも耳を傾けるようになります。たとえそれが、現代科学で説明のでき

ない現象であってもです。

  ニュー・サイエンスを主張する多くの科学者は、自らがある種の神秘体験をしてい

る例が多いと言われます。したがって、そのような科学者たちは、科学的合理手法

に加え、神秘体験で体得した直感的認識をも重視しているようです。何故、いわゆ

る科学者が、そうした方法を取り入れているかといえば、彼等自身が個人的にそれ

を体験し、信じるに値すると評価しているからだと思います。

 さて、私は科学者ではありませんし、科学という、単一の学問に縛られる理由も

ありません。したがって、この“人間原理空間”も、科学の枠を超えた座標系に描い

ていきます。ただし、位置どりとしては、やはりこの二ュー・サイエンスの科学者達に

近いスタンスにあると思っています。

 

  では、私にとって理屈抜きに信じられること、私自身が実際に体験したことを、幾

つか書き上げてみます。

 

(1) 予 知 ...

                                                       

  私の名づけ親は...今はこんな言い方はしないのでしょうか...つまり、私の名

前をつけてくれた人は、姫野公明という高貴な尼さんでした。東京の世田谷あたり

に公明院があり、長野県の戸隠村に夏の間だけいる別院があったようです。明治

天皇にゆかりの血筋の人といわれ、特異な才能のあった人のようです。

 私は長野県安茂里村(現在は長野市)で生まれ、新潟県の杉野沢村(現在は妙

高高原町)で育ちました。生れた所と育った所は、戸隠も含め、位置的にはそんな

に離れていません。

 そんなわけで、私が生まれるとすぐに、名ずけ親を頼みに行ったのだと思いま

す。最初、“健一”にしようとしたらしいのですが、“健吉”に修正したといいます。そ

れから、夏になると、しばしばその戸隠村の別院に行った記憶があります。ずいぶ

んと閑静な所で、年老いた小さな尼さんがひっそりと住んでいました。庭の何処か

に、彼岸花が咲いていたのを鮮明に覚えています。

 さて、ある夏...私が小学3年生ぐらいの時だったと思います。久しぶりに私が

母に連れられて行くと、大変喜んでくれました。それで、手で招いて、私にもっとこっ

ちへ来いといいます。キカン坊の盛りだった私は、母に小突かれて尼さんの方へ行

くと、私を抱き上げました。そして、頭を何度も撫で、顔をじっと見詰め、こんなことを

言ったといいます。

「...この子は...大変な目にあう子ですねえ...まあまあ、きかない子ですね

え...本当に、きかない子ですねえ...」

 それから、ふと不安になった様子で、しばらくじっと私の顔を見つめていたそうで

す。それからこう言ったといいます。

「.....大丈夫.....ずっと、ずっと、年をとってから、幸せになれますよ。人並

みに.....」

 私は、正確な言葉は覚えていませんが、この時のことはよく記憶しています。そし

て、それ以後も、何度も戸隠の別院へ行きましたが、私が行くと尼さんは大変喜ん

でくれました。

 

  ところで、問題なのは、この尼さんの言葉です。私をじっと見詰め、私の人生の何

ぶんかを見渡したようです。その当時は、無論誰にもそのことの真実の意味は分ら

なかったと思います。まして、子供の私に分かろうはずもありません。しかし、ここ十

数年の間、私の身の回りで起こっている騒動を考えると、あの尼さんの言っていた

ことが間違いではなかったと、あらためて感服しています。あれから数えれば、三十

数年もたっていることになります.....

  尼さんは、“大変な目にあう”と言い、“きかない子だ”と言い、“ずっと、ずっと、年

をとってから、幸せになれる”と言いました。なるほど、私はこの年になっても結婚も

していませんし、小説を書きながら、苦学生のような生活をしています。もっとも、好

きなことをやりながら一人身を通しているわけですから、いわゆる浮世の愛憎という

ものも経験していません。常に、私が真剣に思いを巡らせてきたのは、この世の形

や、システム、悟り、ストーリイの発現等についてでした。

  何故、このような変則的な人生を歩んできたのか、それは私にも分かりません。

むろん、大きな外的な要因はありました。しかし、それとは別に、何か私の中のより

本質的なものが、私にこうした道を歩ませてきたのです。それはかなり太い絆であ

り、強引であり、動かしがたい安定したものでした。

 

 ( このことは、子供の頃からそうでした。あの高貴な尼さんと母が、どの様な話を

したのか、人間関係の愛憎がどのように乱れていくのか、そんなことは私の興味の

対象外でした。従って、そんなものとは常に距離を置いてきましたし、現在もそうで

す.....)

 

(2) 時空構造解

 

  “時空構造解”という物理学的な言葉を使いましたが、ここでは物理学的な解明をするわけでは

ありません。また、物理学に縛られているわけでもありません。

 

<さて、ここから本題になります。>

 

  あの尼さんは、どうやって私の人生を見渡したのでしょうか。いや、あの尼さん自

身にも、おそらくその時空構造的なものは分からなかったでしょう。ただ、じっと見詰

め、そこから浮かび上がってきた情報を捕捉したといったところでしょうか.....

  いや、仮にそうであったとしても、この“予知”という事実は、“天の岩戸”を押し開

けたような事態を、すでに引き起こしているのです。まず、そこには何ぶんかの決定

された未来という形が、すでに顕在化していたということです。そして、その未来の

形が、現在と相互作用している繰り込みの風景が浮かび上がってきます。それが、

認識の存立、意識の存立を維持し、“今”という超座標系を現出しているのでしょう

か.....

 

   < “今”については、“今の旅人”のページを作成しています> 

 

 いずれにしても、こうした全方位的な人間原理発現の場として、“人間原理空間”を創設している

次第です。しかし、まだその骨格さえも明確になってきていません。この予知のテーマも、課題が広

大で、何処から手をつけていいか分からないほどです。

  が、しかし...急ぐこともないので、ブラリと気長に、一歩一歩着実に歩いていきたいと思いま

す。

 

 

  さて、時空構造解という言葉を使いましたので、その物理学的な風景も少し眺め

てみましょう。

  まず、物理学的な意味で、未来が完全に決定されているとしたら、これは恐ろし

い風景になります。まさに森羅万象が凍りつき、その上をレコードの針だけが永遠

に流れている様な状況になります。これならば、あるいは正確な未来といったもの

が、構造的にも予見できるのかもしれません。全宇宙の素粒子の、四次元世界線

の離合集散が、正確に分かるわけですから.....

 しかし、それでは、何のために生命体が存在しているのでしょうか。何のために、

進化や適応があるのでしょうか。また、我々はなぜ努力し、より良い未来を作ろうな

どと無駄なことするのでしょうか。それは恐らく、やはり未来というものは、完全には

決定されていないからではないでしょうか。したがって、予知というものも、完全に分

かるわけではないのだと思います。ちょうど私たちが、科学的に未来を予測する時

のように、必ず誤差が出るのだと思います。あるいは、科学や数学よりも、はるかに

大きなブレがあるのかも知れません。

 

  この、まだ完全には決定されていない風景...

     しかし、そのフレームが予見される風景...

         そして、その関係性の範囲内で、

             膨大なストーリイが発現し、織り込まれ、

                組み上げられていく風景...

    

  とりあえず、これまでのところをまとめると、“今”とは、この様な景色の展開にな

るのでしょうか.....

 

( とりとめのない試行錯誤ですが、ともかく手を付けていかなければなりません。この試行錯誤の中

から、少しづつ“人間原理空間”を組み上げていきたいと考えています。)

 

<“予知”については、まだまだ書きたいことがたくさんあります。しかし、それらは

もう少し時間をかけ、熟成し、再構築していきたいと思います。>