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     “痛み”・新薬開発最前線 

 

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 トップページHot SpotMenu最新のアップロード                     担当 : 外山 陽一郎 

     INDEX                                 house5.114.2.jpg (1340 バイト)

プロローグ 〔1〕 そもそも、“痛み”とは・・・  2007. 4. 1
No.1    痛みの構造とは・・・・・  2007. 4. 1
No.2    組織や身体を守る/センサーとしての“痛み”・・・》 2007. 4. 1
No.3    神経傷害・・・・・/存在しないはずの手や足が痛む 2007. 4. 1
No.4    痛覚過敏・・・/敏な炉ディニア(神経間作)・・・・・》 2007. 4. 1
No.5 〔2〕 “痛みシグナル”の発生場所 2007. 4. 1
No.6    カプサイシン受容体・・・・・  2007. 4. 8
No.7    その他の、薬剤のターゲット・・・・・ 2007. 4.20
No.8 〔3〕 脊髄をターゲット・・・アヘン剤 2007. 4.25
No.9    アヘン剤代わる薬剤・・・・・  2007. 4.25
No.10 〔4〕 脊髄後角ニューロンでの阻止 2007. 5. 5
No.11    NMDA受容体・NK−1(ニューロキニン1)受容体・・・・・ 2007. 5. 5
No.12 〔5〕 メッセンジャーを、抹殺する方法・・・・・ 2007. 5.18
No.13 〔6〕 ニューロン以外のターゲット/グリア細胞 2007. 5.18
No.14 〔7〕 その他の治療法の可能性・・・・・ 2007. 5.18

                                                       

      参考文献  

                日経サイエンス /2006 - 09   

                    痛みを抑える A.I.バスバウム/D.ジュリアス  (カリフォルニア大学サンフランシスコ校)

                            

 

  プロローグ  room12.982.jpg (1511 バイト)     

「ええマチコです...

  《企画室》から、指示がありました。《免疫の守護神》に引き続き、今回の《痛みの考

察》でも、進行役を勤めろということです。うーん、響子も人使いが荒いわよね。また、外

山さんと、アンとの仕事になります...

  そんなわけで、《クラブ須弥山》へ行き、弥生を引っ張ってきました。“痛み”には、興味

がありそうだったから。コッコちゃんも、なんとなく弥生についてきました。でも、ポンちゃん

と、ミミちゃんは、どこかへ行ってしまいました。何かを食べに行ったのでしょうか。あ、ミ

ケが、いつの間にか来ています。

  ええ...ともかく、さっそく始めたいと思います。弥生、よろしくお願いします」

「うーん、仕方ありませんわ...」弥生が、タバコの灰を落とした。「“痛みを抑える”という

のは、興味もありますし、いいですわ」

「アン...」マチコが、コーヒーカップを置いて、アンの方を向いた。「“痛みを抑える新薬開

発”というのは、どんなことかしら?」

「そうですね...」アンが、口元からコーヒーカップを離した。「この分野は、本当に私の

門外で、これまでは縁も薄かったのです...でも、医療関係に従事している以上は、

けては通れない大問題です。今回は、私も非常に勉強になりますわ」

「よろしくお願いします」

「はい、」アンが、コーヒーカップを下におろした。「患者の負担は、“痛み”の方になるのか

も知れませんね...病気の治療に治療に劣らず、重要な問題ですわ」

「うん」マチコがうなづいた。

“新薬開発”は...」アンが、ゆっくりとコーヒーを飲んだ。「“痛みのシグナル”を伝える

細胞や、分子レベルでの解明が進んだということでしょう...この分野も、相当に研究開

発が進んでいるようです...

  これまでの治療法では抑えることのできなかった痛みや、様々な痛みを緩和する薬

新しいターゲットが、見つかって来ているようですわ。ええと...弥生さんも言っているよ

うに、皆さんの、直接に関心のある分野ですね」

「私などにも、」弥生が言った。「分かるように話していただけるのかしら、」

「それは大丈夫よ!」マチコが、太鼓判を押した。「アンは、聞き流すだけで、免許皆伝

してくれるから、」

  アンが微笑した。

難しい言葉も出てきますが...聞き流すだけで、免許皆伝にします。こうした分野の話

に深くかかわり、それを聞き流すだけで、十分に実力をつけていると言えますわ。次に、

専門知識が必要な時には、十分にその下準備ができているということです。

  免許皆伝は、ダテで授けているわけではありません。マチコさんも免疫関係のことで

は、だいぶ理解が深まっているはずですよ」

「うーん...そうなのよね...だいぶ分かったような気がするわね...」

「それが、大事なのです」アンが、指をさした。

  弥生が、ゆっくりとうなづいた。

「それでは...始めましょうか」アンが言った。

「はい、」マチコがうなづいた。「外山さん、お願いします」

「はい」外山は、コーヒーカップを脇の方へ押しやった。

  弥生が素早く立ち上がり、コーヒーをかたづけた。

  〔1〕 そもそも、痛みとは・・・   

                   

「ええ、では...」外山が、口に手を当てた。液晶モニターをのぞいた。「“痛み”と...一

口に言っても、色々な“痛み”があります...」

「はい、」マチコが、頭をかしげた。

“ズキズキするような痛み”“うずくような痛み”“かゆいような痛み”“チクチクする痛

み”“ピリピリする痛み”“ドクンドクンと響く痛み”...それから、“突き刺すような痛み”

というのもありますねえ...

  それぞれ、独特の、“いやな感じ”をともなって、私たちを襲ってきます。これは、私たち

の身体に、異常が起っていることへの警告なのです。それで、私たちは、“痛み”ととも

に、“不安”をも同時に感じるわけです。

  また、“どのような痛みにも共通すること”は...誰もがみな、当面、“この痛みから解

放されたい!”と、願っていることです...」

「はい、」マチコが、弥生の方を見た。

「ええ、」弥生が、うなづいた。

「現在の、一般的な鎮痛剤というのは、過去何百年も使われてきた、“民間療法”がもと

になっています。文明の貴重な遺産と言えます...そしてこれらは、これからも、蓄積

れていくわけです」

「はい」

「代表的なアヘン剤は...よく知られているように、ケシから採取されます。いわゆる、

と呼ばれているものですね。これには、“モルヒネ”“アヘン”“コカイン”などがありま

す...麻酔剤として医療に使用されますが、乱用すると麻薬中毒になります。もう1つの

側面として、犯罪との関わりが大きくなります...

  それから...“アスピリン”は...ヤナギの樹皮から採取されるものです。薬品名を、

“アセチルサリチル酸”といいます。白色無臭の粉末か、鱗片状結晶をしています。解熱

鎮痛抗炎症剤として用いられます...」

「うーん...」マチコが言った。「“アスピリン”は、よく耳にするけど...ヤナギの樹皮から

採れるのね、」

「そうです...

  これらの薬は、“痛み”和らげることはできるものの、限界があります...“アスピリ

ン”“イブプロフェン”のような非ステロイド性抗炎症薬は、激しい痛みには効果がありま

せん。

  最も強力なのはアヘン剤ですが、これも全ての人に効くわけではありません。しかも、

副作用の心配が付きまといます。また、耐性も出やすく、使用量もしだいに増えて行くと

いう欠点があります...」

「うーん...」マチコがうなった。「そんな話はさあ、よく聞くわよね...」

「ええと...」アンが、アゴに手をあてた。「ここ20年で、神経生物学はずいぶんと進歩し

ました。“痛み”シグナルを伝える細胞の回路や、その過程で働く分子についても、多く

のことが分かってきたようです。

  こうした知識を利用して、“痛みを抑え”かつ“副作用を減らす”という、新たな戦略が動

き出しているようです。私たちはこれから、それらのいくつかを紹介して行こうと思います」

「はい、」マチコがうなづいた。

 

《痛みの構造とは・・・・・・・・・・・》

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「通常...」アンが、用意してあるスクリーン・ボードの方に肩を回した。「この図に示すよ

うに...“痛み”というのは、皮膚内臓といった、末梢で始まります...」

「さっそくだけど、」マチコが言った。「末梢って、何かしら?」

「そうですね...

  末梢というのは、この分野でよく使われる言葉ですね...これは、中枢神経以外の場

を指しています。つまり、脳と脊髄以外の場所...と考えてください」

「はい...それじゃ、脳と脊髄は、何というのかしら?」

脳と脊髄は、中枢神経です...それ以外は、末梢神経といいます。末梢の本来の意味

は、枝の先の意味ですね...」

「はい、」

「ええと...」アンが、スクリーン・ボードを振り返った。「少し、神経構造の説明をしましょ

うか...“痛みの経路”となるものですから、まずこれを頭に入れておいて下さい。“痛

み”基本的な構造です...」

「はい...」マチコが、スクリーン・ボードを眺めた。

 

「例えば...

  バットを握った手に、ピッチャーのボールが当たったり、熱い鍋に触れたりすると...こ

の図に示すように、“侵害受容器”と呼ばれるニューロン(神経細胞)活性化します...

  つまり、“侵害受容器”というのは...物理的な力や、極度の高温や低音などの、組織

を傷つける刺激(侵害刺激)や、ケガ炎症にともなって作られる化学物質に、応答しま

す...

  “侵害受容器”細胞体というのは...この図に示すように、脊髄を出た所にある、

“後根(こうこん)神経節”にあります。そして、この細胞体からは、2本の神経の枝が伸びて

います...末梢へ伸びている枝と、中枢へ伸びている枝です...いいですか?」

「うーん...」マチコが、首をひねった。「脊髄かあ...骨髄とは違うわけよね、」

「あ...脊髄骨髄とは、もちろん違いますよ。

  骨髄は、骨の中にあるやわらかい組織です。前に取り上げましたが、“造血幹細胞”

どのある所です。脊髄というのは、背骨の中に保護されている、神経の幹のようなもので

すわ。これはにつながっていて、ここから全身に神経が枝分かれしています。

  そして、先ほども言ったように、と、この脊髄中枢神経です。それ以外は、末梢神

ということですね」

「うん...」マチコが、何度もうなづいた。

「はい」弥生も、マチコに習ってうなづいた。

「それで...」アンが続けた。「“後根(こうこん)神経節”というのは...脊髄後側溝から

出る、脊髄神経の根幹部のことです...

  反対に、“前根(ぜんこん)神経節”というのは...図にはありませんが...脊髄前側

から出る、脊髄神経の根幹部のことですね...」

「うーん...“後根神経節”かあ...おかしな名前よね、」

「そうですね...」アンは、微笑を含み、やや首をかしげた。「この分野は、独特の言いま

わしがあるようですね...いずれにしても、基本的なことですから、一応、頭に入れてお

いて下さい」

「うん、」

「ええ、繰り返しますが...

  この“後根神経節”の中にある、“侵害受容器”細胞体は、2本の神経の枝を伸ばし

ています。1本は末梢へ伸びる枝であり、感覚を検知します。そして、もう1本は、脊髄へ

伸びる中枢側の枝で、へ達するわけです...いいですね?」

「うん...」マチコが、しっかりとうなづいた。

「それで...

  末梢側の枝には...刺激を検知するために特化した分子があります。この検知分

が、皮膚や臓器で有害物質を検知すると、神経インパルス(/活動電位)を引き起こしま

す。このインパルス中枢に向かい、中枢側の枝を経由して、脊髄にある後角(こうかく)

いう領域に達します...

  ええ、そこで...“後根神経節”の中にある“侵害受容器”は...シグナル分子である

神経伝達物質を放出し...後角のニューロン(神経細胞)を刺激して...警告信号

に伝わるようにするわけです...」

「うーん...最初から、難しい話よね...」

「これは、“痛み”というものが、どのような経路で伝わるのかという光景です。一応、どう

いうものかという概念を、把握しておけば十分と思います」

「はい」

「この分野は、このホームページでは、これまで一度も扱ったことのないようですね。多少

戸惑うことがあるかも知れませんが、そのうちに、慣れてくると思います」

「うん」マチコが、真面目な顔でうなづいた。「私たちの仕事はさあ、そのややこしい所を説

明するのが、目的よね、」

「そうですね...その通りですわ...」

「さて...」外山が言った。「“侵害受容器”は、“痛みを感じるニューロン”と呼ばれること

もあります...しかし、実際には、有害刺激の存在を、知らせているにすぎないのです。

“侵害受容器”から伝わったシグナルを、“痛みと解読”し、“痛い!”と言わせるのは

のです...」

「うーん...痛い!”と感じるわけかあ...

  それじゃあ、その途中は、インターネットの中のデジタルデータみたいなものかしら?」

「その通りです...現在は、そのように解釈されているようですね...

  “私”というものが何所にあるのか...また、象徴的知識である“言語的亜空間世界”

と、直接的知識であるリアリティーが、どのように“人間原理空間”を形成しているかとなる

と、非常に難しい問題になります...

  まさに、それは高杉・塾長の担当分野になります。したがってここでは、ごく一般的に、

がそれを“痛い!”と、認識していることにしているわけですしょう...」

「ごく普通にね、」

「そうです」

《組織や身体を守る/センサーとしての、“痛み”・・・    house5.114.2.jpg (1340 バイト)

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「ええ...」アンが、スクリーン・ボードの方を眺めた。「コッコちゃん...スクロールをお願

いします」 

「ウン!」コッコちゃんが、画像を1つスクロールさせた。 

「はい、ありがとうございます...

  ええ...“痛み”というものは、ガン細胞の浸潤(しんじゅん)のように、不快厄介なもの

ばかりではありません。先ほども触れましたが、身体の異常に対するセンサー/警報装

の意味もあります。

  捻挫スリ傷のような、軽いケガなどにともなう“急性の痛み”は、組織や身体を守る

いう、有益な役割があります。身体の損傷が、それ以上拡大しないように、“痛み”緊急

警告を発するわけですね。

  これは、生きて行く上で、非常に重要な役割になります。でも、“この種の痛み”という

のは、ほとんどが1時的なもので、時間がたてば治まるものです...つまり、センサー

ようなものですね。

  専門家ではないので、無闇なことは言えませんが...触覚延長線上にあるような感

覚かも知れません...捻挫などは、内部のになりますが、身体構造を守るということで

は、そうした感覚に近いものですね...」

「柔道でさあ...」マチコが言った。「関節技などを仕掛けられると、ギブアップするわよね、」

  弥生がうなづいた。

「そうですね、」アンが言った。「その一方で...“いつまでも消えない痛み”というものも、

あるわけです...

  こうした“痛み”は、治療が難しく、患者にも医師にも非常に厄介なものとなります。多く

の場合は...“痛み”を引き起こす損傷や、炎症がしぶとく続いていることが原因です。

関節炎の疼(うず)くような“痛み”は、進行性の炎症のせいです。浸潤性のガンにともなう

“激痛”のほとんどは、組織の損傷炎症から生じているものです。

  これはもはや、単なる警報の域を超えています...こうした“痛み”を抑えるために、

病気の治療とは別に、“薬の新しいターゲット”が開発されているのです...病気の治療

を続けていくためにも、また末期医療のためにも、“痛みの緩和”は重要な課題です」

「うーん...そういうのはさあ、本当に痛いというわよね...」

「そうですね...病気の治療と同時に、“痛みを抑える”というのも、医療の現場では非常

に重要なテーマになっています」

「はい」

《神経傷害 ・・・・ /存在しないはずの、手や足が痛む  house5.114.2.jpg (1340 バイト)

         

「ええ、別のケースとして...」外山が言った。「ニューロン自体が損傷 ...“痛み”

切れることなく続く場合があります...

  例えば...“多発性硬化症”や、“脳卒中”や、“脊髄損傷”などによって、中枢神経系

のニューロンがダメージを受けると、“この種の痛み”が生ずる場合があります」

「うーん...中枢神経かあ...脊髄と脳の領域よね...」

「また、末梢系のニューロンが傷ついて...“痛み”が生ずるというケースもあります。極

端な例ですが...手や足の切断手術後に、もはや存在しないはずの手足に、“痛み”

感じる場合もあるのです...これを、“幻肢痛(げんしつう)と言います。

  また、これも末梢系ですが...“帯状疱疹(ヘルペス・ウイルスによる、帯状の有痛性発疹)が治まっ

ても、さらに数年間にわたり、皮膚に灼熱感を伴う痛み/“帯状疱疹後神経痛”に悩まさ

れる人もいます」

「あ、“帯状疱疹”ね」マチコが言った。

「そうです...

  こうした神経系“痛み”は、“神経傷害性疼痛”と総称されます。“この種の痛み”は、

それ自体が神経系の病気として分類されます。したがって、疼痛の専門医の治療を受け

る必要がありますね」

「マチコは...」アンが言った。「“痛み”には敏感な方かしら?」

「うーん...私は、あまり感じない方だけど...弥生は帯状疱疹をやっているわよね」

「ええ、」弥生が、まばたきした。

“帯状疱疹後神経痛”は、あったのでしょうか」アンが、首をかしげた。

「いえ...1ヶ月ぐらいで、治りましたわ」

「そうですか、無かったのですね...

  私は、“痛み”には、比較的敏感な方ですの...この分野は私の専門外ですが、今回

はそのメカニズムを知る上でも、非常にいい勉強になります」

疼痛の専門医が、おられるんですのね?」弥生が聞いた。

「そうです...1つの疾患といった分類になるようですわ」

「はい」

痛覚過敏 ・・・ アロディニア(神経感作)  wpe8B.jpg (16795 バイト)  

             

「関連したことを...」アンが、モニターをのぞきながら言った。「もう1つ、話しておきまし

ょうか...

  “どうにもならない辛い痛みを抱えている人”には、共通の大きな特徴があります。それ

は、刺激に対する感受性が、異常に強まっていることです。“痛みを感じる刺激”に対し

て、普通よりも過剰に反応することを、“痛覚過敏”と言います。

  そういう人たちは、いずれも、こうした傾向が増してくるようです」

「うーん...大変よね...」

「ええ...」アンが、モニターを見ながら言った。「さらに...

  “通常は痛みをともなわない刺激”に対しても、痛みが生じてしまうといったことも起こり

ます。これを“アロディニア”と言います。この状態になると、衣類が皮膚に触れただけ

も、あるいは関節を曲げただけでも...耐えられないほどの痛み”が起こったりするよう

ですね、」

「うーん...」マチコが、首をかしげた。「そんなことって、本当にあるのかしら?」

「あるようでしてよ、」弥生が、マチコに肩を寄せた。「〔クラブ・須弥山〕にきた方が、話し

ていましたわ。奥様が、そんな症状だとおっしゃっていました...そんな症状があるのか

って、女性の皆さんに聞いていましたわ」

「うーん...」

「身近な人でも、」アンが、言った。「なかなか、信じてもらえないことがあるようですね。最

近では、過敏化/感作(かんさ)は...“ニューロンの、分子や構造の変化”によって、生じ

ることが分かっているようです...

  例えば、末梢の場合は...炎症を促進する分子が原因となり、“侵害刺激”を検知す

る、“侵害受容器の反応性が過剰に高まる”...からだと考えられているようです...」

「そういうことが、分かっているのなら...」弥生が言った。「あの方に、教えてあげないと

いけませんわね」

「そうですね...」アンが、うなづいた。「そういうことが、あるのだということを、教えてあ

げてください。そして、疼痛の専門医がいるということも...」

「はい」弥生が、目を瞬(しばた)いた。

「こうした症状は...ええと...」アンが、マウスのポインターを、パソコン・モニター上で

動かし、クリックした。「環境からの刺激が全くない状態でも...炎症性の分子自体が活

性化し...“侵害受容器”に、シグナルを引き起こさせてしまうようです...」

「つまり、さあ...」マチコが言った。「ハードウエアーの問題ではなく、ソフトウエアーの方

が、狂ってしまったということかしら?」

「うーむ...」外山が、サッ、と片手をあげた。「それは、どうかねえ...ソフトウエアー内

の問題とは、どうも違いますねえ...キーボードを叩いていないのに、勝手にCPU(基

本処理装置)シグナルを送っている状態でしょう...

  いわば、特定の回路にストレスが加わり、ショートしているような状態でしょうか...そ

れなら、これはハードウエアーの問題でしょう...」

「じゃあ、さ...デタラメな噂話をまき散らしているような被害かしら?実態がないのに、」

「うーむ...」外山が、満面に笑みを作った。「その方が、ずっと近いかも知れません。デ

タラメですが、被害は本物です。犯罪のねつ造のようなものです...」

 

「ええ...」アンが、微笑しながら言った。「それから...

  中枢神経系の方の変化が原因で...痛覚伝導路の活動が、過剰に高まった結果とし

て...過敏化/感作が起こる場合もあるようですね...

  こうした変化が、しつこく続くと...“侵害受容器”が放出した、神経伝達物質に応答す

受容体の数が、増加するようですね...それから、“痛み”シグナル伝達を阻害して

いるニューロンの接続が再構築されたり、そうしたニューロンが消失したりすることもある

ようです...ともかく、単純ではないようですわ...」

治療も、難しいのでしょうね?」弥生が、肩を傾けた。

「そうですね...治療に関しては、参考文献には書かれていません。ちなみに、中枢神

経系の過敏化は、“中枢性感作”と呼ばれています」

「うーん...」マチコが、椅子の背に体を伸ばした。「難しい言葉が、色々出てくるわよね」

「そうですね...この分野は、簡単に置き換える言葉がないでしょう。最初に接するわけ

ですから、一応聞き流しておいてください...覚えるよりも、理解する方が簡単です」

「はい」弥生が、うなづいた。

抹消と、」外山が言った。「中枢との、どちらに問題が生じたかには関係なく...“痛み

が続く”と、過敏化を招きますね...また、過敏化によって、苦痛がさらに強まり、しかも

長引いてしまう可能性があるのです...

  したがって、患者の側は...

 

  こうした痛みに、“耐えようなどと考えてはいけないということです。長

引かせる原因になります。“持続痛”を、さらに過敏化させないためにも、

進んで治療を受ける必要がある...

 

   ...と言うことです」

「うーん...」マチコが言った。「ガマンするだけ、損だというわけね、」

「そうです!」外山がうなづいた。

「クラブにきたお客様に、」弥生が、首をかしげた。「さっそく、教えて差し上げますわ」

「そうですね。早く治療を始めた方がいいということです」

 

  〔2〕 “痛みシグナル”発生場所   

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「さて、と...」外山が、マウスをクリックした。「新薬の話です...

  新しい鎮痛剤のターゲットのほとんどは、痛みのシグナルの発生場所、つまり末梢

あると考えられます。“侵害受容器”抹消側には、侵害刺激検知に用いる特有の分

があります...これらの分子は、体内の他の場所ではほとんど見られないものです。

  したがって、こうした分子をブロックできれば、副作用を引き起こすことなく、“痛みのシ

グナル遮断できます...いや、遮断できるはずです...

  現在、最も普及している治療薬というのは、“アスピリン”をはじめとする、非ステロイド

抗炎症薬です。非ステロイド性というのは、分子中にステロイド核という共通構造

持っていない、有機化合物というほどの意味でしょう...」

「よく聞くわよね、」マチコが、弥生を見た。

「ええ...」弥生がうなづいた。

「これらのは、いいですか...」外山が言った。「主に末梢で効力を発揮します...

  まず...組織が傷つくと、その部分にある細胞から、“プロスタグランジン”という化学

物質が合成されます...これが、“侵害受容器”“痛み”を感知する、末梢側の枝に作

用します...そして、活性化の閾値(いきち/...しきいち)を低下させます...

  “アスピリン”等の、非ステロイド性・抗炎症薬というのは...“痛み”を誘導する“プロス

タグランジン”“合成酵素(シクロオキシゲナーゼ/COXファミリー”の働きを、“阻害”するので

す...」

「うーん...難しい言葉が出てくるわねえ、」マチコが、首をかしげた。

「いいですか...“プロスタグランジン”や、その合成酵素...シクロオキシゲナーゼ/

OXは、痛みの問題では、しばしば顔を出します。一応頭に入れておいて下さい」

「はい...」マチコが、コクリとうなづいた。

「さて...

  “アスピリン”などの、こうした合成に対する阻害薬というのは...ごく普通の“痛み”

“うずき”を、緩和してくれます...しかし、体内の他の場所での、“プロスタグランジン”

合成をも、同時に阻害してしまうわけです。そのために、特に...胃痛下痢潰瘍等

副作用を、引き起こしてしまいます。

  この副作用のせいで、長期の服用や、十分の量の服用が、できないことがあるわけで

すね...ここに、改善の必要性があったわけです」

“アスピリン”て、そんな薬だったのかあ...」マチコが、腕を垂らし、肩の力を抜いた。

「ええと、いいですか...」アンが言った。「その胃腸障害を減らすために...シクロオキ

シゲナーゼ/COXサブタイプの、シクロオキシゲナーゼ・2/COX・2を、ターゲットに

した薬が開発されました。

  COX・2は、通常は、胃や腸では作用しないので、この酵素をブロックしても、従来の

非ステロイド性・抗炎症薬のような副作用は、生じないというわけですね...ちなみに、

実際に胃にやさしいのかどうかは、まだ確認されていないようです...

  でも、それとは別に、このCOX・2阻害薬/ロフェコキシブ(商品名:バイオックス)

は、この薬剤特有の問題があったようです。この薬は、“関節炎痛”を緩和するため処方

されていましたが、心臓発作脳卒中リスクを高めることが分かったようです...その

ために、“市場から回収”されました...

  ええ...他にもCOX・2阻害薬は存在するのですが...これらも、悪影響があるのか

どうかは、現在調査中のようです...この問題については、“もう1つの参考文献”によっ

て、詳しく考察する予定です...」

「はい...」マチコが言った。「悪影響があるは、大問題ですよね、」

「もちろん、そうですが...」アンが言った。「私たちとしては、そうした問題点議論を考

することにより...より深い知識を、提供したいと考えています」

「うーん...」マチコが、椅子の背に寄り掛かった。「そうよね!」

「はい、」弥生がうなづき、口元を崩した。「“痛み”というのは、複雑なんですのね、」

「そうですね、」アンが、三毛の頭を撫でた。

カプサイシン受容体・・・・・    wpe8B.jpg (16795 バイト)  

               

「さて...」外山が言った。「次ですが...

  “侵害受容器”に、“特定の分子”が見つかれば、これをターゲットにした選択的阻害薬

を開発できます。そうすれば、痛みの緩和に大きく貢献できるのです」

「うーん...」マチコが言った。「“特定の分子”というのは、細胞の中のタンパク質の分子

ということよね、」

「そうです...

  有望なのは、“カプサイシン受容体”です。カプサイシン唐辛子(とうがらし)に含まれる

味成分としてよく知られているものです。最近では、カプサイシンを体内に吸収すると、

ドレナリン分を活発にさせて発汗を促し、美肌ダイエット効果的と言われています。

女性の方などは、しばしば耳にしているのではないでしょうか?」

「うん、」マチコが、うなづいた。「カプサイシンは、もちろん、知っているわよね」

「その、カプサイシンです...」外山が、微笑した。「“カプサイシン受容体”というのは、多

くの“侵害受容器”の細胞にある、イオンチャンネルです。イオンチャンネルというのは、こ

れから説明しますので、分ります」

「はい...」

「この“カプサイシン受容体”で...辛味成分カプサイシンが反応するわけです。

  この受容体は、他にも苦痛を与えるようなや、プロトンに対しても反応します。プロトン

というのは、水素イオンのことですね。水素イオンは、物質を酸性化する働きがあります。

炎症を起こした組織には、異常に多く存在すると言われます...」

水素イオンが、物質を酸性化するのかしら?」マチコがかしげた。

「そうです...pH(ペーハー)は、水素イオン指数とも言うでしょう...水素イオン濃度

アルカリ性かを計るのです」

「うーん...そうかあ...」マチコが言った。「pH・7が、水よね...数字が低い方が酸

が強いのだったかしら?」

「そうです。pH・7が、中性の水です。それより、小さい値が酸性大きい値がアルカリ性

ですね...

  炎症を起こした組織には、“カプサイシン受容体”に反応する水素イオン...つまり、

ロトンが、異常に多く存在しています...」

「どうしてかしら?」

「これは...最近、分かってきたことかも知れませんね。まあ、理由については、難しい

ので先に進みましょう...それなりの説明はつくのでしょうが、その実態というのは、私

は専門ではないので、測りかねます」

「はい...」

「ともかく...

  カプサイシンプロトン存在するか...あるいは、43℃以上の高温になると...

トリウムイオンカルシウムイオンが...イオンチャンネルを通って、“侵害受容器”に流

れ込みます。そして、“侵害受容器”を刺激して、炎症を知らせる、シグナルを発生さ

せるのです...」

「うーん...それで分かるわけね。よく、分からないけど...

  ともかくさあ...イオンチャンネルは、そうしたイオンを通すチャンネルということね、」

「そうですね...選択的に通す、チャンネルということですね...

  つまり...簡単にいえば...七味唐辛子をいっぱい振りかけた時の、焼けるような辛

も、この“カプサイシン受容体”/イオンチャンネルを通して、シグナルが伝わった結果と

して、引き起こされるものだということです。そして、それは、カプサイシンだけでなく、末

梢の炎症をも知らせるということです...」

「そうかあ...口から食べるから、舌で感じるわけね、」

「そうですね...

  味覚のことは、参考文献にはありませんが...舌にはそうした感覚系が、特に集中し

ているようですね...」

「はい...」

 

「ええと...」アンが言った。「話を進めましょう...

  その、“侵害受容器”細胞にある“特有の分子”...イオンチャンネルである、“カプ

サイシン受容体”を、阻害する物質を使えば、炎症による“痛み”を抑えられるはずです。

動物実験では、こうした“アンタゴニスト/拮抗物質の効果というものが、確かめられて

います...

  ええ...腫瘍骨に転移すると、“転移ガン”骨に損傷を与え、その周囲に酸性環

ができるために、“耐え難い痛み”を生じます...拮抗薬は、その“痛み”緩和する

ことができるようです...

  現在、多くの製薬会社が、この“カプサイシン受容体の拮抗薬”の開発に、乗り出して

いるようですね...」

「うーん...すると...まだそうした薬は、存在しないわけね?」

「そうですね...開発中です...

  それから、“カプサイシン受容体”に関しては、別の可能性もあるようです...実は、こ

“カプサイシン受容体”というのは...場合によっては、故意に刺激することで、“痛み”

軽減することができるようなのです...」

「ふーん...」マチコが首をかしげた。「どんな痛みかしら、」

「手術の後の創傷治癒や...HIV(エイズウイルス)感染帯状疱疹(ヘルペス感染)糖尿病等

よって生じる、神経障害などの場合です...

  これらは、かゆみや、チクチクしたり、ピリピリしたりするような感覚をともなう事があるわ

けですが...これらを和らげるために、“カプサイシン入りの局所用クリーム”が、処方さ

れています。

  この軟膏は、正確な作用については分かっていないようです。でも、少量づつでも使い

続けているうちに、通常の刺激に対して、“カプサイシン受容体”が、反応しにくくなるよう

ですね...あるいは、“侵害受容器”が放出する“神経伝達物質”が、枯渇するとも推測

されています...」

「ともかく...」弥生が、胸のマフラーに手を置いた。「そうした“痛み”に、効果があるわ

けですのね?」

「そうです」アンが、うなづいた。「これは、実証されているのでしょう...ですから、正確な

作用が分かれば、新たな薬の開発につながるかも知れません...」

「はい...」弥生が、瞬きした。

その他の、薬剤のターゲット・・・・・       wpe8B.jpg (16795 バイト)

          

「さて、その次に...」外山が言った。「“侵害受容器”の、抹消終末に見られる様々な分

も、新薬開発のターゲットになります。

  ちなみに、ニューロン(神経細胞)には、必ずナトリウムチャンネルがあります。ナトリウムチ

ャンネルというのは、ナトリウム・イオン・チャンネルですね。これは、膜電位の変化に応じ

チャンネルを開閉することで、神経インパルスを発生して、次のニューロンメッセージ

を伝えるわけです。

  こうした電位依存性・ナトリウムチャンネルを、1時的に不活性化する、局所麻酔薬

開発されています。すでに、様々な“痛みの治療”に使われています。特に、歯の治療

際に、よく用いられる麻酔薬ですね。こうした薬というのは、“痛み”が生じている部分でし

か、使用できないものです。もし、神経全体で、ナトリウムチャンネルの機能阻害をやって

しまうと、致命的な結果を招くと推定されます...

  ところが、“侵害受容器”には、TTX抵抗性”と呼ばれる、電位依存性・ナトリウムチャ

ンネルがあります。このタイプナトリウムチャンネルブロックする薬なら、悪影響を及ぼ

さずに、全身投与できると考えられています。

  複数の試験からも、傷ついた末梢神経過剰に活性化するのを、これらの薬が、“十

分に抑える”ことが分かっています。つまり、ある種の“神経傷害性疼痛”を、緩和できるこ

とを示唆しているわけです...」

「うーん...」マチコが言った。「実際に、そんな薬があるのかしら?」

「いや...」外山が、首を振った。「残念ながら、今のところ、こうしたTTX抵抗性・ナトリ

ウムチャンネル”ターゲットにした、“選択的阻害薬”の開発には成功していません...

理由の1つは、TTX抵抗性・ナトリウムチャンネル”と非常によく似た、TTX感受性・ナト

リウムチャンネル”が、神経系全体に広く存在しているからだということです...」

「それじゃ、ダメなのかしら?」

「いや、そうアッサリと、あきらめる必要もありません...

  “RNA干渉”と呼ばれる新手法によって、目的のチャンネルを、選択的に取り除くことが

できるかも知れないということです。これは、siRNAという、小さなRNAの分子を生体に

導入する方法です。   ......《RNA調節システムの考察》は、こちらへどうぞ.....

  しかし“RNA干渉”を、“痛みの治療薬”に導入するのは、やはり相当に難しい様です。

遺伝子治療と同じように、siRNAを細胞に送り届けるには、ウイルスなどのベクター(細胞

に遺伝子を運び込む物質)が必要になるからです。つまり、安全性の問題です。しかし、これは、

時間がたてば研究が進み、いずれは、はっきりすることだそうです」

「うーん...」マチコが、鼻に指をあてた。

「まあ...」外山が言った。「そんな、研究開発も、色々と進んでいるということですね」

「はい、」

     wpe8B.jpg (16795 バイト) 

「ええ...いいかしら、」アンが、スクリーン・ボードを用意して言った。「話を少しまとめて

おきましょう...」

「あ、はい...」

末梢側での...」アンが、ボードを眺めながら言った。「薬のターゲットは、代表的なもの

は次の4つです。当然、もっとたくさんあるわけですが、参考文献に載っているものという

ことです...

 

           《末梢側でのターゲット》

@ “プロスタグランジンを産生する酵素”

  “アスピリン”“イブプロフェン”“COX・2阻害薬”は...炎症細

の、“痛み”の元である“プロスタグランジン”の、産生を抑えるもの

です。より副作用が少ないと予想される、遮断薬試験中です。

A “カプサイシン受容体”と“酸感受性イオンチャンネル(ASIC) 

  これらの阻害薬は、炎症にともなう“痛み”を軽減するものです。

B “TTX抵抗性ナトリウムチャンネル”

  遮断薬が、“侵害受容器”によるシグナル伝達を、沈黙させると考

えられます...また、他のニューロンによるシグナル伝達は、妨げな

いものと考えられます。

C “ブラジキニン受容体”

  阻害薬が、炎症による“痛み”緩和すると考えられます。

 

  ええ...以上のようなものですね...遮断薬阻害薬の違いは、そのニュアンスが異

なるようですが、参考文献の通りにしました...」アンが、三毛の頭をなでおろした。三毛

が、そのアンの手にじゃれついた。

「うーん...」マチコが、頭の後ろで両手を組んで眺めた。

         wpe8B.jpg (16795 バイト) 

「もしも...」アンが、人差し指を立てた。「いいですか...もしも、こうした薬で...完全

に効果のある、“魔法の薬”というものが開発されたとします...でも、それで“痛み”

完全に除去できるかというと...問題が残ります...」

「どういうことかしら?」弥生が、頭を揺らした。

「いいですか...

  それは“侵害受容器”にある、複数“疼痛変換分子”のうちの...いずれか1つの活

を、完全になくす化合物ということです...他の“疼痛変換分子”は、生きているわけで

すね。完全な“魔法の薬”ができても、その1つの入り口の阻害だけで、“難治性の痛み”

というものを、緩和できるものかしら...」

「そうかあ...」マチコが、椅子の上で腰をずらした。「無理かも知れないわね、」

「そうですね...

  現実には、“疼痛経路”の入口を、1つだけ閉鎖しても不十分です...“難治性の痛

み”は、十分に緩和することはできないと考えられています。人体は、それほど単純なシ

ステムではないのです」

「うん、」

「先ほど、C“ブラジキニン受容体”というのを取り上げましたが、今度は、これを例にし

て話しましょう...

  “ブラジキニン”というのは、炎症時に、末梢で作られる小さなタンパク質です。9個のア

ミノ酸からなる、ポリペプチドです。炎症による疼痛と、最も関係する言われます。この“ブ

ラジキニン受容体”の、阻害薬を想像してみましょう...」

「はい...」マチコが、弥生の方に体を寄せた。

「まず...

  “ブラジキニン”というのは、“侵害受容器”強く刺激します。したがって、“ブラジキニン

受容体”ブロックする“拮抗薬”ができれば...この“受容体”が、“侵害受容器”を活性

化するのを確実に防げるわけです...

  でも、損傷炎症によって作られた他の“疼痛誘発性分子”を、“侵害受容器”が認識

応答するのを、阻止できるわけではないのです...そちらの方のガードは、ガラ空きだと

いうことです...」

「他の“疼痛誘発性分子”というのは、何かしら?」マチコが聞いた。

「例えば、“プロトン”です...それから、“プロスタグランジン”や、“神経成長因子”などで

すね、」

「うーん...」マチコがうなづいた。

「これは...したがって、“カプサイシン受容体”だけをブロックした場合も、同様ですわ。

“プロトン/水素イオン”の刺激で、“酸感受性イオンチャンネル(ASIC)という、別の検

知器集団が活性化してしまえば、“プロトンが媒介する痛み”を、取り除くことはできないと

いうことです...」

「うーん...」マチコが、椅子の背にそっくりかえった。

「この問題の解決法は...」外山が言った。「多様なメカニズムを、全てターゲットにする

ような、“抑制性分子カクテル”を投与する方法ですね...まあ、こんなものを、最初から

作れるなら、それに越したことはないわけですがね」

エイズの治療薬もさあ、」マチコが言った。「薬を混ぜて、カクテルで投与すると言ってい

たわよね、」

「そうですね...」アンが、うなづいた。「よく知っていますね...

  エイズ治療では、“プロテアーゼ阻害剤・カクテル”というものが使われています。それ

から、抗生物質でも、菌を完全に除去するために、最初から複数の抗生剤を使うというこ

ともするようです。耐性菌を出さないために...

  最近日本でも、“市中型の強毒型”というMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)が出現したと

いうニュースがありました...こうした“超強力な耐性菌”は、 今後、手強い相手になる

かも知れません。いよいよ日本でも、本格的な対策が必要になってたということでしょう」

 

  〔3〕 脊髄をターゲット/ アヘン剤  wpe8B.jpg (16795 バイト)

         

 

「ええ...」外山が言った。「ともかく、“痛み”を緩和するには...

  今言ったように...疼痛を引き起こす“末梢の多様なメカニズム”を、全てターゲット

するような、“抑制性分子カクテル”を投与することです。それから、もう1つは...より

枢に近い所で、シグナル伝達システム遮断する方法があります...」

「うーん...」マチコが、ミケの頭を押さえた。「すると、抹消をターゲットにする方法と、

枢をターゲットにする方法が、あるというわけね?」

「まあ...中枢に近い所ということです...

  そこでは...最初にどんな刺激が、“侵害受容器”を活性化したかは関係ありません。

要は...“侵害受容器”から脊髄ニューロンに、痛みのシグナルが到達しないようにすれ

ばいいわけです」

「うーん...」マチコがうなづいた。「そのあたりを、遮断するわけね、」

この方法に当てはまるのが、アヘン剤です...

  これらは、脊髄内の、“侵害受容器の終末部にある...“オピオイド受容体”に結合し

ます。つまり、アヘン剤“オピオイド受容体”活性化させると...神経伝達物質の放

が妨げられます...すると脊髄ニューロンに、痛みのシグナルが伝わりにくくなるわけ

ですね...また、痛みのシグナルに対する、後角ニューロン応答をも弱めます...」

「うーん...脊髄ニューロンとか、後角ニューロンとかあるわけね...」

            ****************************

「あ...もう一度説明しておきましょう...」アンが言った。「ええ...“侵害受容器”とい

うのは、末梢“痛み”を検知するために“特化したニューロン/神経細胞”です。これは、

脊髄を出た所にある、“後根神経節”の中にあります。

  そして、“侵害受容器”は、枝/神経線維脊髄の中まで伸びています。その終末部

“オピオイド受容体”があるわけですね。アヘン剤は、そこに作用します。そして、“侵害

受容器”からでる、もう一方の枝/神経線維は、末梢へ伸びているわけですね...

  ええ...参考文献からは、あまり詳しい事は分りませんが...中枢神経系脊髄内

にある、“脊髄後角”という所で...“侵害受容器”からのシグナルを、脊髄ニューロン

が受けとります。それをリレーして、後角ニューロンが、そのシグナルをに伝達します。

そこで、“痛み”だと解読するということです...」

「うーん...」マチコが、ため息をついた。

「ともかく...“侵害受容器の終末部脊髄内にあり、そこに“オピオイド受容体”がある

わけですね...アヘン剤はそこに作用します...」

「はい」弥生がうなづいた。

            ****************************

「ええ...」外山が、腕を引いた。「アン...ありがとうございます...

  ともかく...アヘン剤は...その脊髄内“オピオイド受容体”に結合します。脊髄内

で作用を発揮するのわけですから、理論的には、“いずれのタイプの痛み”にも効くはずで

す...どんな刺激が、“侵害受容器”を活性化したかは、関係がありません...」

「そうかあ...」マチコが言った。

「しかし、効果は、それほどストレートでもないようです。アヘン剤は、“炎症に起因する痛

み”に、最も効果があると言われていますから、」

「つまり、」マチコが言った。「そういう場合に、使われるということね、」

「いや...」外山が、あごに手を当てた。「医療現場では、麻酔の専門医がいます。様々

な使い方があるのでしょう...

  単純な麻酔もありますが、専門的な疼痛知識や、非常に慎重な安全対策が求められる

場合も、多々あるのわけでしょう...参考文献では、そうした臨床的なことには触れてい

ません」

 

「ええ...」アンが、眼鏡の縁に手を当て、モニターをのぞきながら言った。「このアヘン剤

にも...様々な難点がありますわ...

  まず、“オピオイド受容体”というのは、胃腸系をはじめ、全身のニューロンに広く存

在しているということです。そのため、“モルヒネ”などのアヘン剤は、重い便秘から呼吸

停止に至るまで、様々な副作用を引き起こします...」

「うーん...だから、専門医がいるわけね」

「そうですね...

  こうした様々な副作用があるために...患者が、“問題を起こすことなく服用できる量”

が、制限されて来るわけです...医師の処方の方も、制限されるわけですね...

  それから、“薬物依存”を恐れて、アヘン剤をさける医師も、少なくないと聞いていま

す。ちなみに、実際には、“鎮痛目的でアヘン剤を用いる患者”には、依存症は多くはない

そうです...」

「でも...」弥生が、頭をかしげた。「やはり、心配なのですね...それが、分かっておら

れても、」

「そうよね、」マチコガ言った。

「そうですね...」アンも、小首を傾げ、モニターをのぞいた。「ともかく、“モルヒネ”をはじ

めとするアヘン剤は、強力な麻薬です。

  そうした、望ましくない作用を回避するために、“髄腔内投与”という方法が用いられる

こともあります。これは、脊髄の周囲の、髄液が満たされている腔に、アヘン剤を直接注

入する方法です...他に広く存在している、“オピオイド受容体”への影響を避けるため

でしょう...」

「そういうのはさあ、注射をするのかしら?」

「そうですね...

  “手術後の痛みどめ”などには、注射が用いられますし...それから、“慢性疼痛”など

の治療には、“留置ポンプ”を使用しますわ」

「うーん...アヘン剤というのはさあ...やっぱり、恐い感じよね」

「そのためにも...」弥生が、マチコの方を向いて言った。「専門医がおられるのですわ」

「うん、」

アヘン剤に代わる薬剤・・・・・                   

           wpe8B.jpg (16795 バイト)               

「ええと...」アンが、モニターを読んだ。「次に進みましょう...現在は、アヘン剤に代わ

る薬剤も、市販されています」

「はい、」

“カルシウムチャンネル”阻害薬は...アヘン剤“オピオイド受容体”活性化させ

るのと同じように...脊髄内“侵害受容器の終末が、神経伝達物質放出するのを、

抑える働きがあります...

  抗けいれん薬/抗てんかん薬“ガバペン/一般名:ガバペンチン(ニューロンチンのジェネリ

ック医薬品)は...ある種の“カルシウムチャンネル”の、特定のサブユニットと相互作用す

ることによって、“1部のタイプの痛み”を緩和すると考えられています...」

 

「それから...」アンが、モニターをのぞいた。「最近、米食品医薬品局(FDA)鎮痛剤

して認可した、“プリアルト/一般名:ジコノチドは、他の治療法が効かない重度疼痛の

療薬です。

  これは...インド洋・太平洋域に生息するイモ貝の1種...ヤキイモ(Conus magus)の毒

をまねて、合成された化合物ということです。海洋生物...特に、無脊椎動物が医薬

品開発に役立つことを示した、最初の例だということです」 

               (日経サイエンス2005年7月号/痛みをいやす毒貝から生まれた鎮痛剤) 

「うーん...」マチコが、体を左右に揺らした。「イモ貝の1種...ヤキイモ毒素をという

のはさあ...ホントかしら?」

「ええ...」弥生も、口に手を当て、笑いをこぼした。「ポンちゃんの、石焼き芋みたいです

わ、」

「ええと...」アンも、口に手を当て、モニターを再確認した。「イモ貝の1種の...ヤキイ

(Conus magus)毒素ということですね...ええ、間違いありません!」

「うーん...」マチコが笑いながら、椅子の背にそっくり返った。「ヤキイモかあ...」

「これは...ええと...

  スタンフォード大学にいた、フィリピン出身の研究者が...巻貝の毒に、神経チャネル

を遮断する分子が含まれていて、それが神経科学の研究に使えると考えたのが、発端で

すね...イモ貝というのは、巻貝のようですわ...」

「うん、」マチコが、うなづいた。

「ええと...このジコノチド”は...N型“カルシウムチャンネル”を阻害します。先ほ

ども言ったように、他の治療法が効かない重度疼痛の治療薬です...

  N型“カルシウムチャンネル”も、“オピオイド受容体”と同様に、神経系に広く存在して

います。したがって、“ジコノチド”を全身投与すると...ええ...血圧が急激に下がって

しまうようですね。そのため、この化合物/薬剤は、“髄腔内投与”になるようです...

  この“ジコノチド”は、“痛みをブロック”してくれるものの、中枢神経に作用すると、“め

まい”“吐き気”“頭痛”“錯乱”などの副作用を引き起こす恐れがあるということです。

このため、主として、他の方法では和らげることのできない“激烈な痛み”の、“末期ガン

の患者”に投与されるということです」

「そういう薬があるわけね...」

「そうですね...ええ...

  昨年(2006年)12月末に...米食品医薬品局(FDA)が...アイルランドの製薬会

社エランプリアルト(一般名:ジコノチドを、認可しています。したがって、つい最近認

可になった、新しい鎮痛剤ですね...」

「はい、」マチコが、うなづいた。

 

「これ以外のものでは、“カンナビノイド受容体”に作用する薬の開発が進んでいます。こ

れは、すでに臨床試験も始まっているようです。“カンナビノイド受容体”というのは、“マリ

ファナの作用を仲介する受容体”です。

  この薬は、“侵害受容器”とそのターゲットとなる細胞の間の、シグナル伝達を妨げた

り...それから、炎症細胞の活性を低下させるなど...幾つかの手段で、“痛み”を和ら

げるとのことです...臨床試験をパスすれば、まもなく認可になるでしょう...」

「はい!」マチコが、うなづいた。

  〔4〕 脊髄後角ニューロンでの阻止  

        wpe8B.jpg (16795 バイト)  

「ええ...」アンが、コッコちゃんの用意した、スクリーン・ボードを振り返った。「ここに示さ

れているように...

 脊髄の中にある脊髄後角まで...“侵害受容器”が伸びているわけですね。そし

て、その終末部から...脳へ通じている後角ニューロンへ...様々なシグナルリレー

されるわけです...ここは、いいですね?」

「うーん...」マチコが、顎に手をあてた。「そうするとさあ...その全部がニューロン...

つまり、神経細胞ということなのかしら?」

「そうです。末梢から中枢/脳に達している、神経細胞による、神経系システムです...

  その、末梢から中枢神経系リレーされる所が、いわゆる脊髄にある、脊髄後角

言われる所です。つまり、“侵害受容器・終末部”と、後角ニューロン入口部分があり、

そこでリレーされるわけですね...

  その両側には、様々な受容体や、カルシウムチャンネルなどもあるわけです。そして、

そこが、システムを遮断し、“痛みを阻止”するターゲットになります...両側にあります」

「うーん...そうかあ...そのリレーされる所が、狙い/ターゲットになわけね、」

「そうですね。そこで、“痛みの伝わるシステム”遮断したり、阻害したりできるわけで

す。これまでの、おさらいになりますが...

  “侵害受容器・終末部”には、これまで話してきた、アヘン剤が作用する“オピオイド受

容体”があります。また、抗けいれん薬/抗てんかん薬ガバペンチンや、“末期ガンの

患者”に投与する“ジコノチド”の、“カルシウムチャンネル”もあるわけですわ...」

「うん...」マチコが、うなづいた。

「ここの、“オピオイド受容体”“カルシウムチャンネル”遮断することにより...シグ

ナルが、に伝わるのを阻止するわけです」

「うーん...」マチコが手を伸ばし、作業テーブルの上ったミケを捕まえた。ミケの頭を撫

で、ひざの上に抱いた。

「それから....」アンが、スクリーン・ボードを見た。「図に示してあるように、後角ニュー

ロン側には、“NMDA受容体”“NK−1受容体”があります。これらも、“痛みを阻止”

するターゲットになります...

  これらの受容体は、グルタミン酸サブスタンスPを受け取る受容体ですが...これ

から説明します...ええ、いいでしょうか、弥生さん?」

「はい...」弥生が、ゆっくりと脚を組みなおし、手を組んだ。

 

「ええ、繰り返しますが...」アンが、スクリーン・ボードを見ながら言った。「神経システム

というのは...大きく2つに分類されます...末梢側のシステムと、中枢側のシステム

す...そして、それをリレーする所が、脊髄後角という所です...そこが、“痛みを阻止”

する、薬剤のターゲットの1つになるわけです...」

  マチコが、黙ってうなづいた。

“侵害受容器・終末部”は...“痛み”メッセージの主要な運搬者であるグルタミン酸

や...それから、サブスタンスPのような化学シグナルを...脊髄後角に放出します。こ

うした化学シグナルは、後角ニューロンに存在する、特定の受容体/“NMDA受容体”

“NK−1受容体”によって検出される必要があるわけです...

  それで、シグナルリレーされ、脳まで到達します...ここまでは、いいかしら?」

「うーん...」マチコが、ミケの頭を撫でた。「ええと、さあ...グルタミン酸て、聞いたこと

があるんだけど...何だったかしら?」

「そうですね...

  グルタミン酸は...“痛みのメッセージの主要な運搬者”となるものです。これは、アミ

ノ酸の1種です...これが、脊髄後角にある様々な受容体を活性化させます。グルタミン

酸受容体のうちの、“NMDA受容体”というのが、この図に示されています...

  これは、参考文献によれば...“中枢性感作”に関与する受容体のようですわ...

薬のターゲットとなっているようです」

「あ...」弥生が、唇に指を当てた。「それは、アロディニアですわね?」

「いえ...」アンが、頭をかしげた。「痛覚過敏アロディニアというのは...末梢で起る

過敏化/感作です。これは中枢神経系で起る過敏化/感作です...したがって、“中枢

性感作”と呼ばれるものですわ...」

「アン...」弥生が、手を組み変えた。「アロディニア感作について、もう一度説明して

いただけないかしら。お客さまに、教えて差し上げたいんですの...」

                            

「ええ、いいですよ...」アンが、たれた髪を後ろへやり、マウスに手をかけた。「アロディ

ニアというのは...衣服がちょっと触れただけでも...あるいは関節をちょっと曲げただ

けでも、耐え難いような痛みが走る神経症ですわ...末梢で起こります...

  ええと...最近では、こうした過敏症/感作は...“ニューロンの分子構造の変化”

よって生じることが、分かっています...ええと、末梢では...炎症を促進する分子が原

因となって、“侵害受容器の反応性が過剰に高まる...ことが原因と考えられています

わ...

  環境からの刺激が全く無い状態でも...炎症性の分子自体が、“侵害受容器シグ

ナルを、引き起こさせるようになってしまうわけですね...こうした、神経性の疾患という

ことです...

  これは、“中枢神経系の変化が原因”で起る場会もあります。これが、今言った、“中枢

性感作”と呼ばれるものですね...これは、痛覚伝導路の活動が、過剰に高まった結果

として、感作が起るわけです。

  こうした変化がしつこく続いて...“侵害受容器が放出した、神経伝達物質に応答す

受容体の数が増加する他に...ニューロンの再構築や消失もあるようです。ともかく、

こうした痛覚過敏アロディニアでは、“痛みに耐えることは禁物”です。持続痛をさらに

過敏化させるだけだということです。したがって、早い段階で、医師の治療を受けて欲し

いと言うことですね...

  弥生さん...ここの部分を、そちらにコピーしておいて下さい。そうすれば、いつでも説

明できますわ...」

「はい...」弥生が、しっかりとうなづいた。「コピーしておきますわ」

NMDA受容体 、NK−1(ニューロキニン1)受容体・・・・・ wpe8B.jpg (16795 バイト)

             

「いいですか、弥生さん...」外山が、弥生の手元を見ながら言った。

「はい」弥生が、うなづいた。

「先ほどの“NMDA受容体”の話に戻りましょう...

  アンが...“NMDA受容体”が、新薬のターゲットになっていると言いましたが...体

内のニューロンには、何らかの“NMDA受容体”が存在します...したがって、ここでも、

全ての“NMDA受容体”阻害してしまうと、大変なことになります。記憶障害や、けいれ

ん発作や、麻痺といった、重大な影響が生じてしまいます...

  こうした影響を、避ける必要があるわけです。そのために...主に後角に見られるタイ

“NMDA受容体”に作用し、その働きを抑える薬が検討されています。動物試験

結果が有望だったのは...ええと...“NR2Bサブユニット”という構造を持つ、“NMD

A受容体”に結合する化合物...これが、有望なようですね。それ以上の詳しいことは、

参考文献には書いてありません...」

「うーん...」マチコが、首をひねった。

「少し、専門的な話になってしまいましたが...新薬開発がどのように進められているの

かを知るには、面白い風景です...ま、一応、紹介しておきましょう...まあ、聞き流し

ておいてください」

「はい、」マチコが、膝の上のミケの頭を撫でた。ミケが首をひねって、その手をなめた。

「ええ...

  この“NR2B阻害薬”を、マウスの髄液直接注入し、その効果を試してみたようです。

すると、この薬を投与してないマウスよりも、痛みに対する感受性が低下したようです。そ

れから、末梢神経を損傷したマウスでは、アロディニアが改善したようです...」

アロディニアが...」弥生が言った。「改善するんですのね...」

「そのようですね」

後角ニューロンターゲットなら...」マチコが、弥生に言った。「末梢の刺激の種類は、

関係ないということよね...」

「そうですわね...」弥生が、マチコにうなづいた。

「そうですね」アンが言った。

「ええ...」外山が言った。「いいですか...

  多数“侵害受容器が...サブスタンスPや、“カルシトニン遺伝子関連ペプチド/C

GRP”といった、ペプチド性神経伝達物質も放出します」

「うーん...多数“侵害受容器かあ...外山さん、ペプチドって、何だったかしら?」

「そう...

  ペプチドというのは...ペプチド結合という結合の方法で、アミノ酸2個以上が結合した

化合物ですね...

  これらの化学シグナルとしてのペプチドは...それぞれの受容体に作用することによ

って...脊髄痛覚中継ニューロンを、活性化します。したがって、こうした相互作用を阻

害する薬であれば、“痛みを阻止”するのに役に立つと考えられます」

「うーん...」マチコが、首をかしげた。「ややこしいわねえ...」

臨床試験では...“サブスタンスPの受容体/NK−1(ニューロキニン1)受容体”選択的に

遮断しても、“痛み”を抑えることはできなかったとあります...つまり、これは、この受容

だけをブロックしても、十分ではないということでしょう...」

「うーん...」マチコが、首をひねった。

「そうですね...

  これだけ言っても、専門家でなければ、理解することは難しいでしょう...ともかく、

薬開発の第1線では、こんな研究が行われているということです...

  ちなみに...CGRP脳表面の血管に放出されるのを妨げることによって、片頭痛

和らげる、拮抗薬が開発中とのことです...しかし、脊髄CGRP活性を抑えることで、

“痛み”が止まるかどうかは、まだわからないようです...」

「そんな研究を、しているというわけね、」

「そうです...

  まあ、こんなことが、新薬開発の最前線では、行われているということでしょう。私たち

には、まだなじみのないものですが、いずれ医療の現場に下りてくるものもあるでしょう。

  理解できないまでも...こういう風景聞いておくということは、非常に役に立つことで

す。こういうことが蓄積され、全体の理解が深まって行くのです...」

「はい...」マチコがうなづいた。

  〔5〕 メッセンジャーを、抹殺する方法・・・・・ wpe8B.jpg (16795 バイト)

        

「ええ、さて...」アンが言った。「次に進みまましょう...

  “痛み”シグナル伝達“変える”試みが、ことごとく失敗したケースでは...シグナ

を伝うるメッセンジャーを、“抹殺する”という方法も考えられています。でも、神経損傷

いうのは、新たに頑固な持続痛を生み出す恐れもあるのです...」

「やっかいねえ...」マチコガ言った。

「そうですね...

  “侵害受容神経の切断”は、概して逆に“痛み”をあおることになるようです...かつて

は、脳に情報を伝える脊髄からの“伝導経路を切断する手術”/コルドトミーが行われて

いました。でも、現在ではコルドトミーは、あらゆる鎮痛剤の効果が見られないような、

期ガン患者にのみ行われているようですわ」

「うーん...そういう手術もあるわけね...」マチコが言った。「神経を切断しちゃうわけか

あ...」

「私は、」弥生が、マチコに言った。「聞いたことがありましてよ、」

「ふーん...」

「これは、最後の手段です...」アンが言った。「というのも、この手術は“痛みの伝導路”

だけを、選択的切断することができないからです。他にも影響が出てしまうのです」

「はい、」マチコがうなづいた。

 

「他にも...」アンが、マウスをクリックした。「動物実験で成果を収め、注目されているも

のがあります。これは、脊髄ニュロン1部を破壊する分子療法です。“侵害受容器の

終末部”から、情報を受け取る側“細胞殺害療法”です」

「はい...」

「この療法では...

  まず“サポリン”という毒素と、サブスタンスPを結合させます。これをさらに、“NK−1

受容体”に結合すると...“サポリン・サブスタンスP・NK−1受容体”複合体全体が、

細胞内に取り込まれます...細胞内で、サブスタンスPとの結合が外れた“サポリン”

は、ニューロン細胞死に至らせるのです...

  ええ...“毒素/サポリン”が結合したサブスタンスPは、“NK−1受容体”を持つ細胞

にしか入れないわけですから、副作用最小限に抑えられると...期待されているわけ

ですね」

「ふーん...」マチコが、頭を大きくかしげた。

「でも、この脊髄ニューロン除去という方法も、最後の手段でしょう...

  と言うのも...中枢神経系のニューロンの場合は、再生しないからです。結果が良か

ろうが悪かろうが、それが永続的なものになってしまうからです...」

「それじゃ、」マチコが言った。「末梢のニューロンは、再生するのかしら?」

「ええ...」アンがうなづいた。「末梢神経の場合は...神経線維切断しても、再生しま

す。したがって、末梢の場合は、永続性はありません...

  ですから、理想的なのは...末梢における...“高用量のカプサイシン投与”のような

治療法目指すべきだ...と言われています。

  まず...“痛み”シグナルを検知する、“侵害受容器”神経線維除去し、“痛み”

止め...その後で、除去した神経線維が再び伸びて、元の正常機能を回復するのが

想的なのです」

「うーん...そうかあ...」マチコが、腕組みをした。

 

〔6〕 ニューロン以外のターゲット/グリア細胞  wpe8B.jpg (16795 バイト)  

              

「ええ...」外山が、そばにきたミケの喉を撫でた。「“痛み”を緩和するターゲットは...

実は、これまでに話してきたニューロンの他にも存在します。それは、中枢神経系にあ

る、“グリア細胞/神経膠(にかわ)細胞”です...」

“グリア細胞”...」マチコが、復唱した。

「そうです...

  この“グリア細胞”というのは、体積でいえば、神経系の約半分を占めます。神経系を

支持したり、栄養補給代謝など、様々なサポートをしています。数量としては、ニューロ

ンの10倍以上ありますね...ニューロン発達と、生存に関わっています...

  また、“グリア細胞”は、こういう言い方もできます...ニューロン液性環境維持...

そして、代謝的支援による、ニューロン機能の発現に関与...と。これぐらいで、大体の

概念はつかめてもらえたでしょうか...

「はい...」マチコがうなづいた。「要するに、ニューロンを包んでいるわけよね、」

「まあ、そうです...

  さて...この“グリア細胞”は、末梢神経ダメージを受けると、即座に行動を開始しま

す。グリアが、損傷した神経に対応する、脊髄後角領域に移動します。そして、“侵害

受容器の終末部”に向けて、“成長因子”“サイトカイン”などの分子を放出します。それ

で、“侵害受容器”神経伝達物質を出させて、“痛みのシグナル”が途切れないようにす

るのです...」

「うーん...“痛み”を、途切れないようにするのかあ...困るわねえ...」

“痛み”というのは、それなりの意味のあるものです...ですが、この部分をブロック

れば...逆に“痛み”緩和することもできるはずです」

「はい...」

グリアが放出した分子の一部は、後角ニューロン過度に興奮させます。したがって、こ

れらの過程をブロックする薬は、“痛みの鋭敏化”を抑えるのに役立つと考えられます。す

でに、いくつもの研究グループが、この過程の阻害方法を探している段階です...」

「まだ、研究中なわけね、」マチコが言った。

「そうです...

  まず、注目されるのは...活性化されたグリアから放出される主要物質の1つに、“プ

ロスタグランジン”があることです。これは、一番最初に取り上げた、非ステロイド性抗炎

症薬“アスピリン”の時に説明しました。

  つまり、“プロスタグランジン”というのは...末梢で、“痛みを誘導”する、化学物質

説明しました」

「うーん...そうだったかしら?」

“アスピリン”などの...」外山が、眼鏡の縁に手を当てた。「非ステロイド性抗炎症薬

いうのは、この“プロスタグランジン”合成酵素/COX・ファミリーの働きを、阻害するも

のです」

「うーん...」マチコが、うなづいた。「そんな説明が、あったわよね...」

「まあ...」外山が笑った。「今度は、記憶の隅に残るでしょう...言葉が覚えにくいです

から、それで十分です。専門的な言葉は、参照すればいいわけです」

「はい、」

「さて...

  中枢神経系において、グリアから放出される“プロスタグランジン”は、脊髄後角ニュー

ロンにある、グリシン受容体”ブロックすることによって...“痛み”強めます...」

「あら...」マチコガ言った。「今度は...それをブロックすることによって、“痛み”強め

のかしら?」

「そうです...」外山がうなづいた。「よく、気がつきました...

  グリシンというのは、“抑制性・神経伝達物質”です。後角ニューロンを、(しず)める作

があるのです。したがって...これが、“プロスタグランジン”によってブロックされてし

まうために、“痛み”強まってしまうのです...

  非ステロイド性抗炎症薬の作用というのは...広く知られているように、末梢での“プロ

スタグランジン”産生を妨げる作用があります。

  それと、その他に、もう1つ...グリアでの、合成酵素/COX働きを阻害することに

よって、効果を発揮しているという...可能性もあるようです...」

「うーん...“プロスタグランジン”にとってはさあ...“アスピリン”は、天敵なわけね、」

「まあ、天敵かどうかはともかく...“プロスタグランジン”にとっては、非ステロイド性抗炎

症薬は、仕事の邪魔をする、イヤな奴だということでしょう...」

「はい、」

グリアでの...“プロスタグランジン”仕事を邪魔をするには...髄液COX阻害

薬”を、直接注入する方法がいいでしょう...この方が、全身投与によって引き起こされ

副作用を、最小限に抑えられると考えられるからです...」

「うーん...]

「それから...これは別の話になりますが...

  “抑制性・神経伝達物質/グリシン”の...“グリシン受容体”活性を増強する薬

らば...脳に“痛み”メッセージが伝わるのを、抑える効果を持つ可能性もあるわけで

す...」

「はい、」

「まあ...この方の研究は、どのように進んでいるのかは、参考文献からは分りません。

特に、説明がないということは、まだ成果が出ていないということでしょうか...」

「はい」

  〔7〕 その他の治療法の可能性・・・・・  

         

「ええ、いいかしら...」アンが言った。「このページで紹介してきたのは...

  ページのタイトルにもあるように、新薬開発の最前線です...実験的なアプローチの行

われている、ほんの1部を、考察してきました...動物実験の結果等で、有望視されてい

るものについてです。したがって、他にも、多くの研究が行われているわけですね」

「はい、」マチコが言った。「世界中で、大勢が、様々な研究を行っているわけですね」

「そうですね...

  今後、さらに研究を進めるに値する、アプローチの1つとして...参考文献では、難治

性疼痛に対する、“行動療法”というものをあげています。

  特に、“線維性筋肉痛”や、“過敏性腸症候群”などの、器質的な原因が突き止められ

ない病気“痛み”についてです。こうした分野では、薬を使わない...“行動療法”が検

討されています...」

「うーん...薬を使わないのですか?」マチコガ言った。

「そうです...

  ええ、10年ほど前になるでしょうか...カナダ/ケベック州/モントリオールの、マギ

ル大学の研究者が...催眠法を使った実験によって、脳活動を変化させ、“痛みの感じ

方を変えられる”ことを示しています...

  この実験では、熱い湯の入った容器に手を浸してもらい、その状態で催眠術をかけま

した。そして、“実際より不快”...“実際ほど不快でない”という風に、暗示を与えまし

た。そこで、陽電子放射断層撮影装置(PET)で、脳の活動を見たわけです...」

「はい、」

「すると...

  身体への刺激に応答する、体性感覚皮質活動は、いずれの場合も、ほぼ同じだっ

たと言います。ところが、帯状皮質という領域では、被験者がその刺激を、“実際より

不快”と考えた場合に...活発になったと言います...」

「うーん...ズレているわでしょうか...」

「そうですね...

  詳しいことは、参考文献からは分かりませんが...このことは、催眠法によって、“ヒト

の感覚を知覚する方法”が、変わる”ことを示している、と言っています...

  このように、“痛みの感覚”を調節している“脳のしくみ”についても、研究が始まってい

るようです...こうしたことが分かってくれば、疼痛知覚を変化させる“優れた認知療法”

、やがて開発されて来ると期待されます...」

「そんなことも、可能になるわけね、」

「そうですね...様々な分野、様々なレベルで、“痛み”緩和する研究が、進んでいるよ

うです」

「はい」

                   wpe8B.jpg (16795 バイト)   

「ええ...マチコです。今回は、これで終わります。外山さん、アン、ありがとうございまし

た。あ、弥生も...御苦労さまでした」

「いえ、」弥生が言った。「ずいぶん勉強になりましたわ。さっそくお客さまに、感作アロ

ディニアについて、教えて差し上げますわ」

「はい...

  ええ、“痛み”については、引き続き考察を続けて行きます。どうぞ、今後の展開に、ご

期待下さい」

 

 

 
 

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