Menu生命科学肥満と生活習慣病薬で治す肥満症

                                   <第3部>   <軽井沢基地>

      薬で治す肥満症    wpe89.jpg (15483 バイト)

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 トップページHot SpotMenu最新のアップロード                        担当 : 里中 響子  

      INDEX                               

No.1 〔1〕 基本は“食事療法”と“運動療法”...“薬物療法”は補助 2002.11.17
No.2      【薬物療法の位置付け】 2002.11.17
No.3 〔2〕 肥満治療薬の作用と条件 2002.12.09
ミミちゃん      《 ミミちゃんガイド...No.2 》 2002.12.09
No.4       【新薬・シブトラミンの概略】 2002.12.14
No.5 〔3〕消費カロリーを高める、“熱産生亢進剤”とは 2002.12.23
No.6 〔4〕脂肪の吸収量を抑制する 2002.12.23
No.7        【 万能薬はナシ 2002.12.30

       

 

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 〔1〕 基本は“食事療法”“運動療法”

                           <・・・“薬物療法”は補助・・・>

 

「里中響子です...

  この第3部では、“薬物療法”について話します。最近の分子生物学の発展は目

覚しく、その成果は抗肥満薬の開発にも応用されています...

  うーん...マチコ...座ってよ!始めるわよ!」

 

「うん...」

  マチコは、窓辺でどんよりとした晩秋の空を見ていた。その重苦しい空の下で、葉

を落した雑木林が寒々としていた。マチコは響子の方を振り返り、ブラリと作業テー

ブルの方へ歩いた。

「ボスも帰っちゃったしさあ...なんとなく淋しくなったわよねえ...」

「...それに、」と、弥生が作業テーブルでポツリと言った。彼女は、ブラウスの上

に、カシミヤのVネックのセーターを着ていた。「今は、日本の国全体が、力を失って

いますものね...」

「ふうん?」響子が、からかうように弥生の顔を見た。「弥生にしては、珍しいことを言

うわねえ、」

「そりゃあ、」弥生が、苦笑した。

「弥生...」マチコが言った。「今夜は鍋にしようか?鍋を作ってよ。下仁田のネギと

コンニャクがどっさりあるのよ。ポンちゃんが、下仁田で仕入れてきたの」

「下仁田へ行ったんですの、ポンちゃん?」

「うん」

「あんな方へ、石焼きイモを売りに行ったのかしら?」響子が言った。

「うーん...前にさあ、ポンちゃんは、小渕・総理大臣に似ていると言ったことがあた

のよ。それでさあ、あのあたりは、小渕・元総理大臣の地元らしいのよね。それで、P

ちゃんと一緒に、山を越えて行ったらしいの」

「ふーん、たいしたものねえ」響子が言った。「あの石焼きイモのトラックは、GPS(全地

球測位システム)がないでしょう?」

「うん。そんなのないわよ」

「いいですわ」弥生が、パンと手を打った。「今日は、鍋の用意をしましょう。こういう時

は、温かい鍋に限るわね」

「うん!コンニャクはどうしようか?いっぱいあるのよ」

「それじゃ、田楽を作りましょう」

「うん!それで一杯飲もうか」

「さ...それでいいかしら、マチコ?」響子が言った。「始めるわよ!」

「うん!」マチコは、椅子に掛けた。そして、隣の椅子に座っている、ミミちゃんの

方に手を伸ばした。

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「ええ...繰り返しになりますが、肥満症に見られる合併症は様々あります...代

表的なものは、糖尿病、高脂血症、高血圧などですね。そして、その治療となると、

病院では実に様々な薬を処方してくれます。

  私は、詳しくは知らないのですが、各症状に対応した薬は、実に色々あるのでしょ

う...しかし、それは、ここでは述べません。個別の治療に関しては、お医者さんの

仕事ですから、」

「はい、」弥生が、小さくうなづいた。

「ただ、これは言っておきます。それらの薬は全て、合併症に対する薬であって、肥

満症そのものに対する薬ではないということです。抗肥満薬ではないということです

ね。

  現在、日本で保健適用できる抗肥満薬、つまり“肥満治療薬”は、1種類だけで

す。“マジンドール”という薬のみです。そして、これは、BMIが35以上でないと使え

ません。投与期間も3ヵ月以内と定められています」

「ねえ、響子、」マチコが言った。「日本では、BMIが25以上で肥満だったわよね、」

「はい。25〜30が肥満度1、30〜35が肥満度2です。ですから、“マジンドール”を

使えるのは、極度に肥満した人の場合のみですね」

「うーん...」

「そう...マチコの疑問はよく分かります。肥満症にも、その合併症にも、最も効果的

な治療は、“減量”なのです。肥満体を、もう少しスリムにすること、健康体にすること

なのです。

  つまり、合併症の複雑な対処療法よりも、“ダイエット”の方が、はるかに効果的な

場合が多いと思います。これは、非常に分かりやすい説明だと思いますけど、」

「うん!」マチコがうなづいた。「肥満を解消すればいいわけよね!」

「はい...ええと、米国のフラミンガムで行われた大規模な疫学調査でも...

  ええ...男性で体重が10%減量すれば、冠動脈疾患の発生率を20%減少でき

るだろうと報告されています。

  まさに、肥満症とその合併症に対しては、“ダイエット”が最も効果的なわけです。

しかも、問題は肥満症そのものが、糖尿病や高血圧と同じように“慢性病”であり、本

当に治癒することは、ごくまれにしかないということです。つまり、大概は、一時的に

状況が改善されるだけで、なかなか完治は難しい病気だということです。これは、多

少でもダイエットを試みたことのある人なら、実感として分かるのではないでしょうか」

「うーん...これも、素直に理解できるわよね!」マチコが言った。

「ダイエットを成功させ、肥満症を治癒するには、“減量体重を維持”すること。でも、こ

れがなかなか難しいわけです。また、意志の強い人もいるでしょうし、弱い人もいま

す。さらに、こうしたことに専念できる環境にある人も、ない人もいると思います。ある

いは、そうしたサークルに入る方法もあるのかも知れません。でも、ともかく、肥満の

解消はなかなか難しいのが実態です」

「うーん...」

「“予防医療”の必要性は、こうした状況になる前に、ガン喫煙生活習慣病など

というものについて、その前段階で対処しようというものです。つまり、国民的な運動

として、この国の食文化ライフスタイルとして取り組んで欲しいということです。そし

て、そうしたものが成功すれば、私たちが努力しなくても、文化やライフスタイルで克

服できているのです...」

「はい、」弥生がうなづいた。

「うまく説明できたかしら?」響子は、マチコの方にも聞いた。

「うーん...昔の日本人には、肥満症はなかったわけよね。その時代の食生活に帰

れというのは、分かるわよね。でも、そんな時代に戻れるかしら?」

「全く同じということは、ありえないわね。スタンスとして、象徴として、昔の和食へ帰

るということです。そして、そこから、新しいライフスタイルが創出されていくことに期

待します」

「うん。それなら、分かるわよね!」

【薬物療法の位置付け】        house5.114.2.jpg (1340 バイト)  

 

「ええと、話を進めます...

  この章では、肥満症に対する“薬物療法”がメインテーマでしたね...さて、もう一

度言いますが、基本はあくまでも“食事療法”“運動療法”です。“抗肥満薬”という

のは、その補助という位置付けになります。あるいは、“減量体重の維持”に役立て

るいうことですね」

「うーん...頑張れば、減量はできるのよね、」マチコが言った。「でも、“リバウンド”

があるのよ。だから、難しいのよ」

「マチコの言うとおりなの」響子が言った。「“肥満症”は、“慢性病”だから、少し油断

すると、すぐに“肥満体重”に戻ってしまうわけね。

  どこの統計かは忘れましたが、ダイエットをして“減量体重”を維持できるのは、

5%程度と言われています。つまり、95%近くは失敗しているとも言えるわけです」

「そんなに?」弥生が言った。

「はい。でも、その95%が、無駄だったというのではありません。その減量の過程

で、合併症の状況は相当に改善しているわけです。ただ、いわゆる肥満症が治癒し

たかというと、それは5%程度だということですね。肥満症の完治は難しいのです」

「それじゃ、どうしたらいいのでしよう?」弥生が、首を傾げた。

「これは、私の考えですけど...あ、いえ、まだまとまった考えでもないんですけど、

幾つか新しい方向性は考えてみました...3つあります...」

「はい...」弥生は、パソコン画面を操作している、響子の横顔を眺めた。

「ええと...」響子は、ディスプレイの表示を見てうなづいた。「これね...まだ考慮

中のものだけど、発表してしまいましょう...

 

  1つ目は、“肥満症克服運動”の展開です

           “予防医療”の一環になると思いますが、“禁煙運動”と同じような、

         長期的な社会運動の展開が必要です。つまり、過食をしないような啓

         蒙や、ウォーキングや歩行通勤などの奨励、合併症の警告などです。

         それから、気軽に誰もが使えるような、運動施設を充実して欲しいで

         すね。

  2つ目は、“ライフスタイル”の転換です

           欧米的な食生活や生活全般のスタイルを改め、日本本来のライフ

         スタイルへの回帰です。道に迷ったと気付いたら、分かる所まで引き

         返すのが、安全確実な近道です。その上で再び、より健康的な、日本

         の21世紀型の食文化やライフスタイルを創出していくことです。

  3つ目は、新薬の投入と、“新治療法システム”の展開です

           これは、今後開発されてくるに新薬に期待します。上記の2つは社

         会運動的な側面の強いものですが、これに21世紀の新しい医療テク

         ノロジーを加え、確実に克服していこうというものです。

                                                ...」

「うーん...」マチコがうなづいた。「社会全体で、肉食から和食へね...スポーツや

ウォーキングの奨励ね...」

農村の開放などは、イギリスに見習うべきですわ」弥生が言った。「詳しいことは分

かりませんけど、農村空間と、都市空間とは、もっと社会的に、有機的に結合すべき

ですわ」

「前にもそういう話はあったわね、」響子が言った。「でも、少し話がそれたようね。話

を戻しましょうか、」

「うん」

「ええと...いいかしら?

  どこだったかしら...とにかく...肥満症は社会的な現象であると同時に、個人

の問題でもあるわけです...また、ホルモンのバランスの崩れから来るような肥満

は、個人の努力で直せるものではありません...」

「うん」

「しかし、その一方、“予防医療”の展開や、“ライフスタイル”の改善で、非常に多く

の国民が、いわゆる日本人型の肥満症から開放されるというヨミもできるわけです」

「うん」

「これは、人が健康に生きていくための、予防的医療の展開です。この方が、よほど

医療コストも低く押さえられ、国民の身体的な負担も、各段に軽減できるのではない

でしょうか...」

「はい」弥生が言った。

「うーん...“予防医療”と“ライフスタイル”の改善かあ、」マチコが言った。

 

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「さ、次に、肥満症治療薬の話に入ります...」響子は、パソコンのマウスをくるりと

回した。

「あの、響子、」弥生が、小さく2本の指を立てた。

「なに?」

“肥満は、食べ過ぎだから、本人の努力で治すべきだ”、という意見があるでしょう。

アメリカなどでは、肥満は自己管理責任だという風潮もありますわ。これは、どうかし

ら?」

「うーん...そうね!いいことを聞いてくれたわね、弥生!マチコは、どう思う?」

「そりゃ、そうだけどさ...実際には大変よね...」

「ええ、私もそう思います。確かに、そういう意見は昔から根強くあります。でも、ただ

肥満ならそれで済むかもしれないけど、“肥満症”は恐ろしい病気なのです。特に、

日本人の場合は、BMI・25で、“肥満症”のモードに突入するケースが多いわけで

す。つまり、治療が必要であり、放置するのは、危険な状態ということです」

「そうよね」マチコが言った。

「それから、個人の自己管理責任といっても、それではあまりにも過酷な状況です。

95%が完治しない慢性病なのですから、社会全体で取り組むべき課題です。だか

ら、ここでも、“予防医療”や“ライフスタイル”の問題まで総動員し、国を挙げて取り組

んで欲しいということなのです」

「はい」弥生がうなづいた。「私も、そう思います」

「肥満症も、そういう段階に突入したのよね!」マチコが言った。「文明病なのよね!」

「そういうこと...

  ええ...さっきも言いましたが、現在日本で使える肥満治療薬は、“マジンドール”

だけです。これは、食欲中枢に働きかける薬です...ええ、この薬は、BMI・35以

上、投与期間・3ヵ月以内と定められています...ちなみに、BMIが35以上というこ

とですので、使用例は極めて少ないということです...」

「ねえ、響子」弥生が言った。

「ん?」

「何故、そんなマト外れの規制になったのかしら?」

「副作用があるからよ...」響子は、ヒジを回し、椅子を半分回転させた。二人の方

に、まっすぐに体を向けた。「でも、アメリカでは、BMI・30以上(米国ではBMI・30以上が肥

満)か、BMI・27以上で、合併症のある人が、投与基準になっています。したがって、

私のような素人でも、再考の余地があるのではないかと思います...副作用の問題

があるにしても、アメリカの投与基準の方が、合理的なような気がします」

「どこで基準を作るの?」マチコが聞いた。

「厚生省」

「ふーん...日本は、当然BMI・25のラインで考えるべきよね。合併症の対処療法

より、肥満症の改善の方がいいんなら、そうすべきじゃないかしら?」

「素人ですが、私もそう思います。でも、それほど単純かどうかは分かりません...と

もかく、何が国民に最も良いのかを、オープンな場でしっかりと議論し、早急に国民に

示して欲しいと思います」

「そうよね」

「私も、専門的なことは分かりません。でも、日本の薬事行政はしばしば重大なミス

大事件を引き起こしてきています。ともかく情報公開を徹底し、国民が納得する行

政をして欲しいと思います」

「そうよね!」

「それから、現在日本では、“シブトラミン”という新薬が臨床試験中です。この薬も、

アメリカでは“マジンドール”と同様の基準で、すでに使用されています。この新薬に

関しても、専門家の方が、認可の折にはより適正な投与基準を、と改善を求めていま

す」

「うーん、専門家もそう言ってるわけね」

「はい。国民のために、より実効性の上がる、投与基準にして欲しいと思います。こ

れまでのように、BMI・35以上では、結局、ほとんどの人が使えないわけですから。

  それから、薬には、必ずプラスの面とマイナスの面があるわけです。エイズやガン

の薬でもそうでしたが、そのリスクを冒してでも、あえて使用したいという患者周辺か

らの要望もあるわけです。すでに先進国で認可されている薬なら、そのあたりはもっ

と弾力的な運用があっていいのではないかと思います。また、国民も、主権者とし

て、もっと声を上げていくべきだと思います」

「話は違いますけど、」弥生が言った。「日本の医療体制というのは、ヘンな所がたく

さんありますわ。角膜の手術が大変だったり、小さな子供がアメリカまで心臓手術

出かけたり、をサラダができるほど出されたり、カルテを見せなかったり...いった

い、誰のための医療なのかという気がします...

  どうなのでしょうか?何故そんなことを、医療の側は理解してくれないのでしょう

か?日本の医療体制の中で、誰が、何故、何のために、改善を阻んでいるのでしょう

か?」

「うーん...弥生の疑問は、私も同じです。でも、今はその準備がありません。その

話は、またいつか別の機会にしましょう。津田・編集長たちのカからも借りて、」

「はい...」

「ええ、この章は、ここまでにしましょうか...

 

  ともかく、肥満解消には、予防医療や、ライフスタイルの改善が必要で、国を挙げ

て根本的な所から取り組んでいくべきだということです。

  個人としても、そのレベルまで改善しないと、肥満はなかなか治癒しないということ

です。そして、その手助けとして、新薬の開発も進んでいますよ、ということです」

 

                                                       (2002.12.09)

  〔2〕 肥満治療薬の作用と条件  index292.jpg (1590 バイト)  wpe75.jpg (13885 バイト)

 

「さて...ええ... 肥満治療薬は、大きく2つに分けることができます...

  つまり、“神経伝達物質”の働きに作用するものと、消化管での“脂肪の吸収を押

さえるも”のです。ええ、現在の所、前者の神経伝達物質の働きに作用するものの方

が、種類は多いですね。日本で唯一認可されている“マジンドール”も、神経伝達物

質に作用する薬に入ります」

「うーん、神経伝達物質に作用すると言ってもさあ...」マチコが言った。「分らない

わよね...」

「はい。説明しましょう...

  人は、“闘うか、逃げるか、”という状況に置かれた時、体は興奮して“食欲が抑え

られ”ます。そして同時に、“体温も上昇”するのです。神経伝達物質の働きに作用

する抗肥満薬というのは、この生理反応を利用しているのです。

  つまり、“食欲が抑えられる”ということと、“体熱の産生を促し、脂肪を燃やす”

いうことの、両方の効果が得られるのです。実際の薬も、このどちらかに効くものと、

両方に効くものがあるようです」

「ふーん...」マチコは、ミケの頭を撫でた。

【脳に働きかけ、食欲を抑える】      wpeA.jpg (42909 バイト)    

 

「ええ...食事療法での難関の1つは、何と言っても、“空腹感”というのがありま

す...」響子は、マチコと弥生の方を見、確認を待った...

「はい、」弥生がうなづいた。

「そうよね」マチコも言った。

「これが、ダイエットからのドロップアウトの原因の一つであることは、誰もが承知して

います。また、この“空腹感”は、肥満の原因である“食いしん坊”と非常に仲良しな

のです。

  したがって、これを攻略するには、神経伝達物質の働きに作用して、“食欲を抑え

る”というのは、まさに理想的ともいえるものです。特に、努力して減量体重へ持って

いった時、この“減量体重を維持”するのに、非常に有効と思われます」

「でもさあ、これは日本では、BMI・35以上でないと使えないんでしょう?」マチコが

言った。「それじゃあ、意味ないじゃん!」

「うーん...マチコの言う通りだけど、実際の運用はどうなっているのか、ちょっと私

には分かりません。確かに、“マジンドール”は、この種の薬です...それに、使用

例は、確かに少ないと聞いています」

「うん!」

「私には、確かなことは言えませんが、専門家の方々が、副作用と治療効果とをしっ

かりと考慮し、適切に運用して欲しいですね。国民のために。肥満症のリスク薬の

副作用のリスクを比較し、国民のためになる選択をして欲しいと思います」

「うん!それが肝心よね!サラダができるほど薬を出すのに、肝心な薬を出し渋る

よね!ガンやエイズの治療薬でも、未承認だといって認めないけど、薬のサラダの方

が、もっと危険よね!

「そうねえ...」響子が、窓の方を眺めてうなづいた。「マチコの言うとおりね...」

「こうした薬は、習慣性はないんですの?」弥生が聞いた。「麻薬のように、」

「はい。習慣性は、確かにあります。安易に使うと、“依存性”に陥る危険がありま

す。また、“神経過敏”、“イライラ感”、“頭痛”、“口の渇き”、“吐き気”、“便秘”、“不

眠”といった副作用があるそうです。ただ、適切に処方されている限り、その頻度は

少ないそうです」

「ふーん...やっぱり、色々あるわけね...」マチコは、両手を頭の後ろへやった。

                                                    wpe75.jpg (13885 バイト)   

 

「はい...ええ、もう少し詳しく説明します...

  こうした中枢神経に作用する“食欲抑制剤”は、脳内のノルアドレナリンセロ

トニンという神経伝達物質に関与するようです。それぞれ、“ノルアドレナリン作動

薬”、“セロトニン作動薬”というような言い方をするようですね。

  ちなみに、これらの神経伝達物質は、“うつ病”との関わりから研究が進んでいる

ようです。ええと...脳内のニューロンの端末から、隣のニューロンへ放出され、情

報が伝達されるのでしょうか...いずれにしても、最先端科学の領域です。軽率な

深入りや断定は避けることにします...」

「うん、」マチコがうなづいた。

 

ノルアドレナリン...

「このノルアドレナリンは、脳の“視床下部”で働いて...ええ、食欲の抑制と増進

いう2つの相反する作用を示します。これは、結合する受容体によって作用が異なる

わけです。“α1”という受容体に結合した場合は、食欲を抑制 します。また、“α2”

という受容体に結合した場合は、食欲を増進するといいます」

「分りやすいわねえ、」マチコが、感心するように言った。

「はい。最初に発見された、ノルアドレナリン作動性の食欲抑制剤は、“アンフェタミ

ン”です。これは、“覚醒剤”として有名ですね...」

「覚醒剤で痩せるというのは、これのことですの?」弥生が聞いた。

「うーん...多分そうでしょう、」響子は、首を傾げた。「でも、これを飲んだらやせると

いうのではなく、食欲を抑制するということですね」

「とにかくさ、」マチコが言った。「覚醒剤はよくないわよね!」

「はい!そういうことです!

  ええ、現在、アメリカで認可されているノルアドレナリン作動性の食欲抑制剤は、

種類あります。この中の1つが、日本でも使われている“マジンドール”です。副作用

については、さきほども言ったように、“神経過敏”や“頭痛”や“不眠”などがありま

す。ただし、医師の処方どうりに使用していれば、それほど心配は無いということで

すね」

「はい、」弥生が、静かにうなづいた。

  

セロトニン...

「もう一方の、“セロトニン”ですが、こっちの方は、食欲を抑制する働きがあります。こ

れは、必須アミノ酸の1つである“トリプトファン”から合成されます。糖質や脂肪の摂

取を抑制する働きがあることも分っています...いずれにしても、食物摂取に関す

る、重要な調節因子だと言われています」

「まだ、よく分かっていないんですの?」弥生が聞いた。

「はい...

  ヒトゲノム解読以後、タンパク質糖鎖の解明が急速に進んで来ています。あらゆ

るものに、日々年々、新しい光が当てられていると考えるべきでしょう。こうした、すで

に知られている脳内物質や、必須アミノ酸でも、さらに深い解明が日々進んでいると

いうことです」

「ふーん、」マチコがうなった。「すごいわねえ。まさに、科学の力よね」

「さ...ええと...話を進めます...

  いま言った、“セロトニン作動性の食欲抑制剤”には...“フェンフルラミン/(光学異

性体のD体とL体の両方を含む)“デクスフェンフルラミン/(D体のみ)が、ありました...

  薬というのは、最初はよく効いても、長期投与すると、効き目が鈍くなることが多い

ものです。ところが...この2つの薬は、長期投与しても、その効果が確認できたと

いいます。

  しかし、非常に残念ながら、FDA(米食品医薬品局)は、これらの薬をいったん認可

しましたが、1997年に、これを使用禁止にしています」

「どうしてかしら?」マチコが聞いた。

「はい...

  ええ...心不全などの、深刻なレベルの副作用があったからです。この副作用の

メカニズムについては、まだ解明されていないようです...」

「ふーん、怖いわねえ」

「はい。したがって、もちろん、日本でも認可はされていません...あ、ミミちゃん、準

備ができてるのね?それじゃ、お願いします...“ミミちゃんガイド”です」

「うん!」

 

wpe89.jpg (15483 バイト) 《 ミミちゃんガイド...No.2 》   house5.114.2.jpg (1340 バイト)  

   “中国産やせ薬”に入っていたのは、“フェンフルラミン”

「インターネットなどで通信販売され、1000人近い被害者(/2002年9月時点)

を出した“中国産のやせ薬”の中には、この“フェンフルラミン”を含んでい

るものがありました。

  響子さんが今説明した、“セロトニン作動性の食欲抑制剤”の“フェンフ

ルラミン”です。この薬は、FDA(米食品医薬品局が、1997年に、心不

全などの深刻なレベルの副作用があるために、使用を禁止したものです。

 

  実際には、フェンフルラミンを化学的に少し変えたもので、“N-ニトロソ

フェンフルラミン”というものが使われていました。フェンフルラミンは、禁止

物質なので、検査にひっかからないように、変えたと考えられています。

  厚生労働省の発表では、特に大きな被害を出した3商品は、この物質を

3%も含んでいたといいます。専門家は、この3%は、“薬としては思い切

った配合量だ”と言っています...」

 

 「皆さん、気を付けて下さいね

                                   wpeC.jpg (18013 バイト)wpe75.jpg (13885 バイト)  

 

                                                      (2002.12.14)

  新薬・シブトラミン概略 ...現在、臨床試験中...  

       wpeD.jpg (17256 バイト)    house5.114.2.jpg (1340 バイト)  wpeA.jpg (42909 バイト)

 

「ええ、前にも紹介しましたが...」響子は、今にも雪の降ってきそうな窓をチラリと

見上げた。「現在、日本で“シブトラミン”という新薬が臨床試験中です。いつ認可が

下りて、一般の病院で使用できるようになるかは分りませんが、この新薬について概

略を説明します...」

「あ、響子、この薬はさあ、」マチコが膝の上のミケを撫でながら言った。「もうアメリカ

では使われているのよね?」

「はい。アメリカでは、“マジンドール”と同等の条件、BMI・30以上、または、BMI・

27以上で、合併症のある人に、使用することができます。アメリカでの使用実績

や、日本での臨床試験で、特に問題がないのなら、アメリカ並みの使用基準にして

欲しいと思いますね。肥満症で苦しんでいる人は、大勢いるわけですから...」

「はい!」弥生が、強くうなづいた。「本当に、そう思いますわ!薬の副作用よりも、

満症のリスクの方が、はるかに大きな問題だと思います。何が、私達国民のために

一番良いのかを、しっかりと見極めた行政をして欲しいものですわ」

「はい。私も、弥生の言う通りだと思います...

  ところで、この新薬の“シブトラミン”というのは、非常に有望な薬のようですね、」響

子は、バインダーの方にクリップしているデータを見ながら言った。

「うーん、新薬かあ...」マチコが、ミケの喉を人差し指で撫でながら言った。「本当

に、たいへんよねえ、」

「ともかく、説明します...

 “シブトラミン”は、神経伝達物質の“ノルアドレナリン”と“セロトニン”の両方に働き

かけますこの薬は、もともとは“うつ病”の薬として開発されたのですが、こっちの方

の効果はいまひとつだったと言われますね。ところが、服用した患者で体重の減少

が見られ、むしろ肥満症治療薬として注目されるようになったようです」

「そう...」弥生が、感心したように言った。「薬というのは、そんな風に開発されるも

のですのね、」

「それぞれ...」と、響子は、パソコンの方に目を移して言った。「色々と、エピソード

があるのでしょう...話を進めます...

  新薬・“シブトラミン”は、ノルアドレナリンとセロトニンに、どのように作用するのかと

いうと、ニューロン(神経細胞)からシナプス(神経細胞の接続関係)間隙に放出された、両方の

神経伝達物質の、“再取り込みを阻害”するのです。

  つまり、ニューロンは、放出した物質を再び自分の方にも取り込めるのだけど...

これを、ポンプのように阻害するわけ...一方通行にするわけ...すると、シナプス

間隙の神経伝達物質の濃度が高まるわけでしょう...そうすると、送り手側のニュー

ロンの情報が受けて側のニューロンに伝わりやすくなるわけよ...」

「つまり、それが、脳細胞の中で起こっている事ですの?」

「そう...」

「うーん...だから、どうだってのよ」

「これが、“薬の働きのメカニズム”ということ...ややこしいことはいいから、

取り込みを阻害すると覚えておいて、そうすると、濃度が高まって、情報が伝わりや

すくなるわけ、」

「うん。それなら、納得よね...“再取り込みを阻害するわけね

「はい...

  ええ、この両方の神経伝達物質の“再取り込みを阻害する”わけですから、“食欲

抑制効果”があり、もう1つ別のルートで、“減量効果”もあるのです。この減量効果

の方は、褐色脂肪細胞の“β3-アドレナリン受容体系”を活性化させ、体熱を作り出

すのを促すのです...」

「β3-アドレナリン受容体というのは、例の、倹約遺伝子のアレよね、」

「そう...β3-アドレナリン受容体遺伝子が発現し、その設計図から作られたタンパ

が、β3-アドレナリン受容体です...」

「うーん...」マチコは、首をかしげた。膝の上にいたミケが、あくびをした。

「ともかく、“満腹感を高める効果”と、“体熱を作り脂肪を燃やす効果”の、両方があ

るわけです。このことが、他の食欲抑制剤よりも、効果を大きくしていると言われま

す」

「ふーん...」弥生が、小さく二度うなづいた。

                                   house5.114.2.jpg (1340 バイト)  

 

「ええと、さて...

  食事療法で低カロリー食を続けていると、私たちの体はそれに対し、様々な防御

体制をとってくると考えられます。人によりますが、倹約遺伝子はここぞと働き場を見

つけますし、基礎代謝エネルギーも低くおさえられてくるのです。そして、具体的に、

体重の落ち方が鈍くなってきます...

  “シブトラミン”は、こうした現象に対しても、効果的だといわれます。どのぐらい効果

的かということは、遺伝子等の個人差がありますし、肥満症のダイナミックな関数も

入ってくるので、一概には言えないと思います...

  でも、内臓脂肪を減らし、ウエスト/ヒップ比も、明らかに減少させるといいます。ま

た、食後に血糖値が下がらないという耐糖能異常も、高脂血症も、高尿酸血症も、共

に改善が見られるといいます...」

「すると、今、そのあたりの、臨床試験評価を待っているのですの?」弥生が聞いた。

「日本における新薬の臨床試験が、どのあたりまで進んでいるのかは、私は詳しいこ

とは何も知りません。でも、こうした薬というのは、認可が下り、一般に使用される段

階になっても、今度はそのレベルでの膨大な量の臨床データが蓄積されていくので

す。つまり、こうやって、いわゆる“薬”というものが、長い時間をかけて育てられていく

のです...

  さきほど、ミミちゃんが説明したフェンフルラミン”も、FDA(米食品医薬品局が、

一度は許可したわけだけど、心不全などの深刻なレベルの副作用が分ってきたため

に、1997年に使用禁止となったのです。こうした例は希なのでしょうが、確かにある

わけですね。そうやって、危険と分ったら、すぐに排除して行くわけです。

  日本における“薬害エイズ事件”は、危険な“非加熱製剤”の使用禁止を、故意に

遅らせたことが大問題になった事件です。まだ裁判中ですので、断定は避けますが、

製薬会社の在庫処理で、非常に多くの血友病患者が犠牲になりました...

「二度と起こして欲しくないわよね、こんな事件は、」マチコが言った。

「そうですね...ええ、話を進めます...どこだったかしら?...あ、はい...

  日本でも...特に肥満症の程度がひどい患者では、“超低カロリー食療法”が行

われることがあります。この場合は、1日の摂取カロリーが“420kcal”というような強

硬なものになります。もちろん、ケース・バイ・ケースでカロリーが決められるわけです

が、まさに“断食”と言っていいものですね、」

「うーん...断食というのは、聞いたことがあるわね」マチコか言った。

  弥生も、マチコを見て、うなづいた。

「はい。こうした究極のダイエット療法は、もちろん効果はてきめんです。でも、その後

の“減量体重”の維持が難しいと言われます。そこで、新薬のシブトラミンが試された

のわけですが、非常に効果があったようです。もっとも、“マジンドール”と比べてどう

なのかというようなことは、現段階では、とうてい私の知りうる範囲ではありません」

「副作用の方は、どうですの?」弥生が聞いた。

「はい。もともと“ノルアドレナリン”には、血圧を上げる効果があります。したがって、

“ノルアドレナリン”と“セロトニン”の両方に作用するシブトラミンを服用するということ

は、血圧が上がる懸念が、当然あるわけですね。1日に10〜15mgの標準的な量

で、血圧が2mmHg上昇するといわれます。

  ところが、軽い高血圧の肥満症患者に投与した臨床試験では、血圧はむしろ下が

っていたといいます。これは、減量効果による血圧低下が、薬物による血圧上昇作用

を上回っていたということですね。実に、面白い話だと思います。

  ええと、その他の副作用では、“心拍数の増加”“口の渇き”、そして“便秘”があ

るようです。“口の渇き”や“便秘”はともかく、“心拍数の増加”に関しては、注意深く

見守っていく必要がありますね...」

「うーん...これがシブトラミンかあ...」

「いずれにしても...医師の管理下で使用されるわけですから、大丈夫と思います。

本当に、肥満症で苦しんでいる人に、広く使って欲しいと思います」

「うん。でもさあ、簡単にできることは、あまり食べ過ぎないということなのよね」

「そうですね...」響子は、微笑し、二人の方にうなづいた。

                                                house5.114.2.jpg (1340 バイト)      

                                                 (2002.12.23)

 〔3〕 消費カロリーを高める、“熱産生亢進剤”とは

           wpeA.jpg (42909 バイト)   index292.jpg (1590 バイト)      

 

「ええ...響子です、話を進めます...

  日本で現在使用されている“マジンドール”も、現在臨床試験中の新薬“シブトラミ

ン”も、脳に働きかける食欲抑制剤ですね。

  そして、“シブトラミン”には、もう1つの熱産生効果もあると言いました。これは、

色脂肪組織β3-アドレナリン受容体系を活性化し、体熱を作り出すということを話

しました。なぜ、体熱を高めることが減量につながるかと言うと、それは、それだけカ

ロリーを消費し、脂肪細胞を減らしていくからです...

  あ、それから、“褐色脂肪”というのは、新生児で一番多く、成長するにしたがって

減少していきます。そして、成人では、筋肉組織が、おもな熱の発生場所になるわけ

ですね。何故、赤ちゃんの体温が高いのか...こうした所からも、理解できるのでは

ないでしょうか、」

カフェイン エフェドリン を併用】               

 

「さて、こうした薬とはべつに、コーヒーなどに含まれる“カフェイン”と、麻黄(まおう)

含まれる“エフェドリン”を併用すると、減量効果のあることが知られています。

  これらは、どちらも体を興奮させる作用があります。そして、“エフェドリン”はあの

“ノルアドレナリン”の分泌を刺激し、“カフェイン”はその分泌された“ノルアドレナリ

ン”の分解を阻害する働きをします。減量効果は、その75%は食欲抑制で、25%が

熱産生の促進と言われています...」

「コーヒーの“カフェイン”は分るけどさ、麻黄(まおう)って何よ?」マチコが聞いた。

「“エフェドリン”て、どこかで聞いたことがありますわね」弥生が、小首を傾げた。

「はい...ええ、そのことは、ミミちゃんがいないので、私が調べておきました...

  ええ...麻黄というのは、調べてみると、マオウ科の裸子植物ですね。中国北部

原産で、高さ約30cmほどの常緑小低木です。漢方薬として茎を煎じ、鎮咳去痰剤

するそうです。要するに、咳(せき)と喉(のど)(たん)にいいわけですね。主成分は、

ルカロイドの一種、“エフェドリン”とありました...

  次に、その“エフェドリン”ですが、こうありました...麻黄に含まれるアルカロイド

で、交感神経興奮剤白色の結晶気管支筋弛緩作用があり、塩酸エフェドリン

管支喘息(ぜんそく)などに用いる...

  ちなみに、“アルカロイド”というのは...主に高等植物体中に存在する、窒素を含

む複雑な塩基性有機化合物の総称...のことをいいます。一応頭に入れておいて下

さい。しばしば目にする言葉です...」

「要するにさ、」マチコが言った。「カフェインとエフェドリンを併用すると、ダイエットに効

果があるということよね、」

「はい、」響子は、マチコにしっかりとうなづいた。「ただし...短期的な効果は確認さ

れていますが、長期的な効果については、まだ分っていません。報告例がほとんど

ないのです。しかし、報告例がないということは、それほど効果が見られないというこ

とでしょうか...」

「うーん...」

「ええ...ちなみに、この種の薬では、“心拍数”“血圧”を上昇させる作用があり

ます。この点は、十分な注意が必要です。それから、ええと...日本では認可されて

いませんね、

 

【 β3-アドレナリン受容体アゴニスト     wpeC.jpg (18013 バイト)wpe75.jpg (13885 バイト)  

 

「ええ、次に...最近注目を集めているものに、β3-アドレナリン受容体に働きかけ

て、体熱の産生を促進する薬があります。

  神経伝達物質のノルアドレナリンなどに、熱産生を促す作用があることは、前にも

話しました。しかし、これとは少し状況が異なるわけですね...

  ノルアドレナリンなどは、結合する受容体によっては、心拍数と血圧を上げる作用

があります。これは、肥満症患者では高血圧の人が多いわけですから、非常に慎重

でなければならないわけです。

  そこで、β3-アドレナリン受容体が注目されたわけです。ここに神経伝達物質が結

合された場合、心拍数と血圧を上げることなく、体熱の産生が高められると期待され

るからです。β3-アドレナリン受容体に結合して、シグナルを出させることのできる物

質を、“β3-アドレナリン受容体アゴニスト”といいます...」

「ややこしいのね、」弥生がつぶやいた。

「これでも、簡単に説明したつもりです...実際には、もっとダイナミックな最先端研

究領域だと思います...」

「ええ、」弥生は、小さくうなづいた。  

「ええと...この他にも、摂食行動を抑制・促進させるタンパク質は幾つか見つかっ

ています。いずれにしても、これらは、これから研究されていく、“新薬候補の物質”

す。私たちとしては、こうしたものもあるということを、頭に入れておけば十分です」

「はい」弥生は、コクリとうなづいた。

 

 〔4〕 脂肪の吸収量を抑制する    wpeA.jpg (42909 バイト)  

 

「さあ...ここでは、これまでとは別の切り口の話になります...」

「うん、」マチコは、ミケの頭をひと撫でした。

「ええ...肥満症の治療薬には、これまで話してきたように...脳の神経伝達物質

に働きかけ、“食欲を抑制”したり、“体熱を産生”したりする薬があります。

  現在日本で使用されているのは、“マジンドール”であり、臨床試験中の新薬に、

“シブトラミン”があるのでしたね...

  ええ、さて...肥満症の治療薬には、これとは全く別のタイプのものがあります。

それは、“腸管での消化吸収をおさえる”という概念から開発されている薬です...

  ええと...マチコ...」

「うん?」

「肥満症の治療は、まず、何から始めると思う?」

「うーん...まず、診察よね...」

「そう...そして、患者は、まず何をしなくてはいけないのかしら?」

「食事制限よね、」マチコは、首をかしげ、弥生を見た。

「そうね、」弥生が言った。「食事制限が、中心ですわね」

「はい、その通りです」響子は、二人にうなづいた。「そして、特に、“脂肪の摂取を制

限”すること、ですね...ところが、肥満症は慢性病ですから、これを長期間にわた

って行わなければなりません。しかし、まさに、これが、非常に難しいわけです...

  そこで、これを薬物によってサポートしようというのが、“脂肪分解阻害剤”であ

り...“代替脂肪”なのです...」

「そうかあ...」マチコが、体を椅子の背の方に引いた。「でも、贅沢な話よね。飢餓で

苦しんでいる国もあるというのに...」

「でも、マチコ、」弥生が言った。「そのほとんどは、その国の、社会体制がしっかりして

いないことに原因があるんじゃないかしら?」

「うん...でもさあ、その貧しい人たちが、悪いわけじゃないわよね」

「ええ、それはそうですけど、」

「うーん...」響子が首を傾げた。「二人とも、その話は、別の機会にしましょう...

  ともかく、“脂肪分解阻害剤”には...ええと...“オルリスタット”という薬があり

ます。それから、“代替脂肪”には、脂肪の風味はするがカロリー・ゼロの、“オレスト

ラ”があります。アメリカで話題になったので、名前を聞いたことのある人も、いるかも

知れません」

 

《 オルリスタット 》       <日本では、臨床試験中>   wpeC.jpg (18013 バイト)wpe75.jpg (13885 バイト)  

 

「“脂肪分解阻害剤”というのは、」と、弥生が言った。「その...まさに、脂肪の分解

を阻害するんですの?」

「はい。腸管で中性脂肪(トリグリセライド)を吸収する最初のステップでは、リパーゼという

酵素が活躍します“オルリスタット”は、このリパーゼの働きを阻害し、消化吸収を押

さえます。ちなみに、腸管で吸収されなかった脂肪は、便として排出されます」

「ふーん...これは、いいわねえ、」マチコが言った。

「ただし、食事療法をせずに、この“オルリスタット”を飲んだだけでは、ほとんど効果

は無いといわれます。副作用としては、“腹痛”、“下痢”、“便秘”があるようです。こう

したものは、いずれも大したものではないのですが、“乳がん”が一時疑われた経緯

があります。ここは、今後もしっかりとウオッチして行く必要があるのかも知れません。

  ちなみに、この“オルリスタット”は、アメリカでは認可されていますが、日本では臨

床試験中です...」

 

《 オレストラ 》                                wpeC.jpg (18013 バイト)wpe75.jpg (13885 バイト)  

 

「さて、この“オレストラ”の方は、“代替脂肪”という作戦をとるわけです。脂肪の吸収

を抑えるのではなく、最初から偽物なのですつまり、。脂肪の風味はするが、カロリー・

ゼロですから、しっかり効果はあるはずです」

「これも、プラセボプラシーボ/偽薬、気休め薬...信じ込ませることによって、効果を表す)と言えるのかし

ら?」弥生が聞いた。

「うーん、ちょっと違うけど、食欲は満たすわね」響子が、口をすぼめ、笑みを作った。

「結局さあ、口の中の味覚と、喉ごしよね」マチコが言った。「おいしいなんてのはさ、

それだけよね」

「そりゃあ、そうですけど、」弥生が、両手を組み合わせた。「その、嗜みが大事なので

すわ」

「うん、」

「ええ、ともかく、アメリカンフードには、脂肪の風味は欠かせません。そこで、こうした

低カロリーやノンカロリーの脂肪代用品は、アメリカでは盛んに作られています。

  “オレストラ”は、カロリー・ゼロで、消化酵素では分解も吸収もされません。ポテトチ

ップなども、こうした代用脂肪で、カロリーを半分に落したりしているそうです」

「日本でも、最近、こうした食用油などが出てきているわよね」マチコが言った。

「そうですね、はい...ただし、肝心の減量効果の方は、まだ定まってはいないよう

です」

「ふーん...どうしてかしら?」

「うーん...これらはカロリーゼロと言っても、実際にゼロなのではなく、消化酵素で

は、分解も吸収もされないと言うだけのことだと思います。その分が、ほとんど排泄さ

れていることを、完全に証明できれば別ですけど...」

「あ、それは、ノン・カロリー・シュガーなんかもそうなのかしら?」弥生が言った。

「はい。基本的には、同じ問題だと思います。でも、消化酵素では、分解も吸収もされ

ないことも事実なのです...ともかく、私達の体は、非常に複雑なのです...」

「うーん...奥が深いわね、」マチコが言った。

「まさにそうだと思います。これは、私達の脳自身が、自らの脳の全てを理解できるの

かという、究極の疑問にもつながっていきます。つまり、人類の知能は、自らのを越

えることができるのかどうかという疑問です...」

「できるのかしら?」弥生が聞いた。

「人類の飛行技術は、」響子は、弥生を見て言った。「トンボの飛行技術さえ、マスター

できないのが現実です。さらに、蝶や鳥、ハチの飛行技術というのも、驚異的なもので

す。何故驚異的かといえば、人類の科学技術文明ではまだ解明できていないし、そ

の飛行技術を再現もできていないのです...

  人類の飛行技術は、せいぜいプロペラ機かヘリコプター、あるいはロケットのレベ

ルです。しかし、やがてそうした飛行技術がマスターできたら、今政治問題になってい

る高速道路などは、必要なくなるでしょうね。トンボやハチのように、ソフトに移動でき

る乗り物が登場してくるでしょう...

  科学技術の加速度的な進歩は、すさまじいものがあります。おそらく、そうした飛

行技術を獲得するのも、そう遠い日ではないかも知れません...」

「ふーん...」マチコが言った。「トンボやハチのようにねえ...そう言えば、昆虫は、

やたらに空を飛んでるわよねえ...蚊なんかは、空が黒くなるほど飛んでるし、バッ

タの大群なんかも、大変よね...みんな、すごいナノマシンなんだ...」

「つまり...このような、私たちには理解できない、驚異的なナノマシンの生態系

君臨しているのが、まさに私たちの、ホモサピエンス自身の脳なのだということです。

DNA最高モードの脳...これが現状というものでしょう...私たちは、その巨大な

流れの中にいるだけです...」

「つまり、まだ当分は、無理だということですの?」弥生が聞いた。

「そうねえ...いわゆる“智慧”が、脳を超えられるものなのかどうか...科学と言う

“方法論”が、自らの脳を解明できるものなのかどうか...

  私は、基本的には、科学という方法論では、超えられないと見ています...

「うーん...」マチコがうなった。「分らないけど、納得よね、」

                                                  

                                                                                                                                                            (2002.12.30)

   【 万能薬はナシ                      index292.jpg (1590 バイト) house5.114.2.jpg (1340 バイト)  

             製薬会社の利益と、文明社会の利益 >

 

「ええ、響子です...

  さあ、いよいよ年の瀬も押し迫ってきました。この“肥満と生活習慣病”も最後のま

とめに入ろうと思います...」

「そう言えば、軽井沢基地にも、ずいぶん長くいたわよねえ」マチコが言った。「お正月

も、軽井沢になるのかしら?」

「そうね。その後で、鹿村へ出発しましょう...新年を迎えた後で、」

「うん、」

                    wpeD.jpg (17256 バイト)   house5.114.2.jpg (1340 バイト)wpeC.jpg (18013 バイト)   

「ええ...

  普通は、成人になると、長い間、体重体脂肪量はほぼ一定に保たれるようにな

ります。これは、消費エネルギーと摂取エネルギーの、バランスをとるメカニズムがあ

るためと考えられています。

  いずれにしても、この生物体におけるバランスのメカニズムというのは、途方もなく

複雑なシステムなのでしょう...いわゆる、複雑系の最たるもので、単純に、感覚的

に割り切れる風景ではないように思います...

  この間、ボスが来た時、チラリと私に言ったことがあります。それが、今も私の心の

隅にひっかかっています...ボスは、こう言ったのです...

  そうした生物体の、きわめて“複雑な流れ”“プロセス性”、あるいは“バランス”

統合しているのは、いわゆる“意識”ではないかと言っていました。むろん、“無意識”

も含めた意識”です...」

「“意識...”ですの?」弥生が、小首を傾げた。

「はい。むろんこれは、科学を超えた問題になりますし、その先の推理ということにな

ります...私は、“ニワトリが先かタマゴが先か”の問題ではないかと言ったのです

が、ボスはそれを取り上げませんでした。そして、“意識の優位性”の可能性につい

て、言及していました」

「うーん...」マチコが言った。「それは、さあ、響子...生物体よりも、意識が先にあ

ったということかしら?」

「あるいは...そうかもしれません...」

「うーん...?」

「それは、」と、弥生が、自分の左肩をつかんだ。「宇宙開闢の初期条件に、“生命”

や“意識”を入れるということかしら?」

「あら...弥生にしては、珍しいことを言うわね。どういう風の吹き回しかしら?」

  弥生は、ニコっと笑って見せた。

「“クラブ・須弥山”にはね、高杉・塾長もよく来られますわ。そして、そんな話もします

もの...

  でも、“いったい誰が”、この宇宙の初期条件に、そんな項目を書き入れたのかし

ら?これは、高杉・塾長の言葉ですけど...この宇宙を超越した存在でなければ、

宇宙の初期条件など、書き込めませんもの、」

「そうね。塾長がそう言っているのは、私も以前から知っています。でも、ボスが言って

いたのは、少しニュアンスが違うわねえ...

  ボスは、純粋な、宇宙物理学的な宇宙の初期条件...つまり、ビッグバン理論か

ら、ゼロの瞬間、さらにそこからマイナスの時間の領域の問題というよりも、“この世”

と言っていました。“この世”とは、“この宇宙の人間的側面”のこだと思います。つま

り、“この世界の認識の窓”と言うことかしら。そういう観点から、ボスは、“意識の優

性”を言っていたようね...その意識の優位性が、生命体という複雑系を支えてい

のではないかと、」

「そう...」弥生は、口元に手をやった。「それは...高杉・塾長の言っている、“36

億年の彼”の概念と重なるのかしら...」

「うーん...どうかしら...」

「それでさ、」マチコが言った。「だから、どうだってのよ?」

「あ、いえ...さ、話を進めましょう。もう、あまり寄り道はしていられないわね...

  それで、ええ...摂食行動を支えているメカニズムもまた、きわめて複雑だと言う

ことですね。ここでは、生命活動に伴うダイナミックな意識や感性は別にしても、“ホル

モン”、“代謝物”、“体熱の産生”、“神経伝達物質”などが関与しています...

  こうしてみると、全てに効く万能薬など、無いのが分かると思います。しかも、薬は

最初はよく効きますが、しだいに効果が減衰していくのが一般的です。ともかく、人体

は、ある意味ではマクロ宇宙よりも複雑だと言われます。これを調整し、突き動かすと

いうのは、まさに手探りであり、至難の業なのです...」

「うん、」マチコがうなづいた。

「薬を使うということは、必ず副作用というリスクをともないます。したがって、できれ

ば、使わない方がいいのです。つまり、“人体自らのバランス能力、調整能力を待つ”

方がいいのです...薬とは、そもそもそうした能力を、引き出す手助けをしていると

も言えるわけですから...」

「うーん...」マチコが、腕組みをした。「私たちの体には、自己復元能力があるわけ

よね...」

「はい...

  いずれにしても、こういうわけですから、“抗肥満薬”の使用は、合併症のリスクを

もなう、肥満症患者に限るべきだと言われています。つまり、“抗肥満薬”は、生活

習慣病を軽減するために、やむくなく使用するものであって、単なる“ヤセ薬”として使

用してはいけないということですね」

「あの、こうした“抗肥満薬”というのは、みんな新しいものですの?」弥生が聞いた。

「はい。そうですね。ほとんどが、そうです...そのため、長期的な追跡調査が十分

でないとも言えるわけです。“中国産やせ薬”に入っていた“フェンフルラミン”などは、

良い例だと思います...最初は承認されても、危険と分ったら、すぐに危険物質とし

て、使用禁止にするということですね。ここは、迅速に、強い権限をもって、決断しな

ければなりません」

「はい、」

「それから、薬というものは、ある意味では、“少量でも非常に怖いもの”だということ

を認識しておくべきですね...したがって、豊富なデータを持っている医師と絶えず

相談し、適切に使うことが大事です」

「でもさあ、」マチコが言った。「医者の方は、サラダができるほど薬をくれるわよね、」

「うーん...そうねえ...でも、こちらが真剣に相談すれば、医療の側も、しっかりと

答えてくれると思います」

「お医者さんも、色々いるということね」弥生が言った。「たえず、問題を起こす医師も

いますし、本当に医療に真剣に取り組んでいる人たちもいますわ」

「そうね。まさに、弥生の言う通りだと思います...

  近年、それも特にヒトゲノム解読以降になるのでしょうか...いわゆる“過食をも

らすメカニズム”や、“肥満が生活習慣病をもたらすメカニズム”が、徐々に解明され

てきています。また、それと共に、新薬の開発も進んでいるわけです。

  いずれにしても、こうした領域の真の理解が深まれば、“薬”で対応するというより

は、文明社会全体としては、“予防”の方向へ動いていくのだと思います。その時、製

薬会社の利益追求と、文明社会全体の利益を、どのように調整していくか、しっかり

としたルールを確立しておくべきだと思います。

  また、これは別のケースになりますが、現在エイズの治療薬で、1つの論争が起こ

っています。エイズが国家を滅ぼすような事態に至った時、そこに製薬会社の特許権

の壁があったわけです。その壁の前で、何百万人、何千万人という人々が死んでも

いいのかという大問題です...

  それならば、何故、エイズが世界に蔓延してしまったかも、きびしく問われてしかる

べきです。それは、世界のグローバル化がもたらした悲劇ともいえるからです。したが

って、そんな所で、商売などしていていいものかという問題になるわけです。むろん、

そうした貴重な薬が、経済原理の中で開発されてきたことも事実で、それもまた認め

てやらなければならないわけですが...」

「うーん...難しい話よね、」マチコが言った。

「はい。これからは、難しい時代になります。世界が、人類社会全体が、しっかりと話

し合っていかなければならない時代が来ています...」

「はい、」弥生がうなづいた。

「ええ、ともかく...最後に、また話が少しそれてしまいましたが、“肥満と生活習慣

病”は、これで終りにします」

「あ、はい」弥生が、もう一度、コクリとうなづいた。「どうも、ご苦労様でした」

                                              wpeA.jpg (42909 バイト)    house5.114.2.jpg (1340 バイト)      

 

                                                     

「ええ、マチコです。“肥満と生活習慣病”は、これで終了します。私たちはこの軽井沢

基地で年越しと新年を迎え、1月に入ってから、鹿村へ移ります。

  うーん、今年は“ポン助の店”もスタートしたので、私たちも大変です。去年のよう

に、のんびりとは行かないと思います。でも、来年は、もっと大変になりそうです...

 

  ええ、これ以降、ホームページは、年末年始の対応へ移行します。どうぞ、よろし

く...」