最終更新: 2013/08/03
「カフェラテ」は脚本を専門にしたラジオ番組です。インタビュアーは、さらだたまこさんと東海林桂さん。インタビュアーの話はほぼ省略しています。話した通りではなく、読みやすいように多少補正しています。
はじめまして、よろしくお願いします。
夜型で、夜中に仕事をします。
作品数はよくわからないけど数千本。自分で覚えていないものもある。3000本は間違いない。「サザエさん」だけで2000本以上。考えるのは時間をかけるが、書くのは速い。
「テクマクマヤコン」は僕が暫定的に書いた。「サリー」の「マハリクマハリタ」的なものをと「テクニクスミラー」とか考えたが、使われると思わなかった。原作には呪文がないので仮のつもりだったが、そのまま使われてしまった。言いにくいと思ったが、なじんでしまった。「ラミパス」も「スーパーミラー」をひっくり返した。かなりアバウト。
小学校の頃は新聞記者になりたかった。その頃は家が経済的によく、私立の中学校に行って、高校も湘南高校から東大を狙ってた。
両親が中学2年のとき離婚して、進学どころではなくなり、新聞記者をやめて新聞配達になった。学校があまり好きじゃなかったから、中学で終わってほっとした部分もある。
1年くらいベアリングの部品を作る町工場で働いて、不器用なので現場は無理と事務員で電話の応対などやらされた。今ならクビだが当時は優しかった。周りのおじさん達を見て、将来この人にもなれないと思った。学歴もいると思い、定時制高校に入った。
たまたま受験雑誌に学生小説というのがあって、この程度のものは書けると思い、1本目はダメだったが2本目で入選し、ファンレターが女性から100通くらい来た。内容は定時制高校の話で、「夜の河」という映画があって、「夜の教室」というタイトルで後に女の子を乗せてバイクで走り回るような、今なら笑っちゃうような内容だったけど、定時制を舞台にしたものが少なかった。
それで小説家になろうと思った。石原慎太郎の「太陽の季節」のような元気のいい作品が出てきて、これなら自分も書けそうと思った。歴代の(芥川賞?)入賞作を読んだところ、文学的には高度かもしれないけど面白くない。自分には無理。
そのとき、同級生がシナリオを書いていて、読ませてもらったら面白そうで、シナリオライターになろうと思った。その同級生はシナリオライターにはならなかった。映画は好きでいつも見てたので、彼がいなくてもシナリオライターになってたかもしれない。
高校に行きながら「シナリオ研究所」今の「シナリオ作家協会」に半年くらい入った。
その頃は夜、電報配達をやっていた。夜間請負で正社員が帰ったあと1通いくらで請け負って結構いい金になり、正社員より給料がいいときがあった。特に受験シーズン。「サクラサク」はいいけど咲かない人に持って行ったり、危篤とかいやだった。本来見ちゃいけないけど見ちゃいますね。
電報配達のことは青島幸夫主演で「泣いてたまるか」というTBSの1時間ドラマを書いた。電電公社が気に入って、新人社員の教材用に使ってくれた。
「シナリオ」という雑誌のコンクールに佳作で入選したときに、当時の売れっ子作家の松浦健郎から電報が来て、明日から弟子にならないかと言われた。兄弟子が3人いたが夜逃げしてしまった。口述筆記で原稿を書いているので、鉛筆(筆記係)がいる。
電報配達は地図を知らないと配れない。引き継ぎで猶予をいただきたいと言ったら、師匠が「おまえは電報配達になりたいのかシナリオライターになりたいのか」と言われ、電報配達をやめて住み込みの弟子になった。
高校時代新聞部で、座談会でまだテープレコーダーが無いから書いていた。おまえどこかでやっていたのかというくらい、その点はトクした。口述筆記はすごい勉強になって、最初は書くだけで精一杯だけど、だんだん自分なりに予想しては裏切られたり、すごい人だと思った。
師匠の場合は気が入っているので、女のセリフは女になりきって話す。口述の名人と言われていた。当時日活の撮影所では本読み(?)ってのがあって、シナリオライターが自分の本を重役陣の前で読む。師匠は講談を聞いている感じでうまかった。それで通っちゃうと悪口を言われていた。ひどいときは本が全部あがってないのに、勧進帳読み(?)と言って真っ白い原稿をアドリブでやっちゃったりすごい人だった。
当時シナリオライターは専属制だったが、師匠は3社と専属契約を結んでいた。そう言う人は何人かいて、専属料をもらっている。何も書かなくても毎月出てくる。それプラス仕事をすると原稿料が入る。おそらく莫大な収入があった。
生まれて初めて自分の部屋ができた。つらいのは、軟禁状態で外へ出してもらえない。忙しいので1本終わるとまた次の仕事で、他の映画を見たい、紙芝居じゃ無くなってきたテレビを見たいのに、師匠はニュースとボクシングしかテレビを見ない。当時ボクシングブームで毎日放送があって、アメリカ製の大型テレビで師匠が興奮しながら見てる後で、いっしょに見ないと怒られるし、つまらなかった。
待遇は3食付きで個室もあるし、給料も大卒サラリーマンよりもらっていた。そのおかげで、4人兄弟の長男だったので、弟たちの学費ができた。あとで兄弟子達から聞いたらほとんどただ働きの人もいて、師匠が母子家庭だったので、家の事情を読んでくれたのではないか。タコ部屋と言われるけど、自分にとってはいい師匠だった。
おふくろを呼べと言われて、あなたの息子さんは私が責任を持ってシナリオライターにしますと言ってくれた。
結局3年くらいいたけど、とにかく外へ出れないので、辞めさせてくれと言った。絶対に止められると思った。役に立つ弟子で、テレビなんかはほとんど僕が書いて通ってた。しかし、「いいよ、但し代わりの奴を連れてこい」と。そこに束の間いた人がいて、その人がいいというので、引き継ぎで1ヶ月くらい一緒にいた。ある日、呉服屋さんからの電話を僕が受けて、着物のことはよくわからないので電話あったことを伝えておきますと言った。帰ってきた師匠に用件を説明できなかったところ、すごい虫の居所が悪くて、ひどい怒られ方をした。僕は慣れっこだったけど、引き継ぎの人がいやになって、二人で夜逃げすることになった。
書き置きをしなくてはいけない。兄弟子が書いた書き置きが名文で、実に弟子の気持ちをうまく書いている。師匠の日記は弟子がつける役目だが、兄弟子の書き置きを日記に挟んであって、読まされたていた。これ以上のものは書けそうにないので、別の紙に全く同じ文を書いて、徹夜で仕事が終わった師匠が寝たあと、タクシーを呼んで夜逃げした。後で聞いたら、師匠は、他人の書き置きを引用して逃げるとは何事だと怒り狂っていた。
兄弟子は一本立ちしている人もいたので、兄弟子のところに行った。松浦さんは男性路線で、任侠ものやアクションものだったが、僕は不得手だった。石郷岡さんのゴーストライターみたいなことをやってるうちに「ジャングル大帝」を紹介してもらった。
その前はワイドショー、11PMとか書いてた。「野球は巨人、司会は巨泉」のキャッチフレーズは僕が書いた。これも石郷岡さんの紹介で、金曜版を1年くらいやってた。
曲のリクエスト:ほとんど外へ出られないときに、師匠が映画「ハタリ」の券をくれて、「子象の行進」を聴いたときにすごい気持ちが晴れて、いまだに思い出の曲。
その後、10年くらい経って、師匠が病気で入院したときにお見舞いに行った。もういいよと言ってた。最後の頃は年賀状出しても返事をくれて、怒ってないことはわかってた。
師匠は仕事を始める前に馬鹿話を弟子に聞かせる。話を振られたことがあって、なぜシナリオライターになりたいのかと聞かれた。受けてやろうと思って、吉永小百合と結婚できるかもしれないからと答えた。女優には2タイプあって、俳優同士で結婚する人と、ライターや監督と結婚するタイプがあって、吉永小百合はどう見ても後者だからチャンスがあるんじゃないかと言った。しばらく経って日活の本読みに同行させられたとき、「今日、吉永と会わせてやる」。よく来る女優さんがいて、手回しして、ちょうど撮影をするとき会わせてくれた。本当にびっくりした。
こんな子供なんだと思ったけど、向こうも同じことを思ったみたいだった。「絶対あなたの本を書きますから」と言ったんだけど、(手回ししてくれた)女優さんが言付けて「一人前になる頃には私はお婆ちゃんになっちゃう」と言われた。当時は女優さんというより、かわいい中学生という感じだった。
師匠がすごいと思うのでは、僕のところに若いライター志望が来て、誰かが好きだと言われても会わせられない。この人なりにやってくれたのが、年月が経つとわかる。その後吉永小百合とは会ってないけど、結婚した相手は俳優でなかったのは睨んだ通りだった。
「ジャングル大帝」は変わったプロデューサで、原稿を渡すと、同じ枚数くらいの感想が、毎日会ってるんだから口で言えばいいのに、返ってくる。僕の原稿は万年筆で書いているから吹き出しが出てきて汚いのに、彼の原稿は達筆で鉛筆書きできれいに70枚とか80枚とか返ってくる。こんな無駄なエネルギー使って、直してくれというだけでなく、このアイデアは抜群ですとかも書いてある。面倒くさいというか、肌が合わない。
石郷岡さんの(「ジャングル大帝」の?)原稿は全部僕が書いてたから、石郷岡さんに辞めたいといった。手塚さんがそうだから、下の人も脚本を大事にしなく、脚本をばらばらにされる。絵が優先で、こういうきれいな絵を作りたいために、話をカットしたり、ドラマがつながっていかない。ちょっと違うと思い、先輩に辞めたいと言った。アニメは肌が合わないから一切やらない。人間が出るドラマにしてほしい。
そして、石郷岡さんのゴーストライターで昼メロとか書いてたとき、これは君に合ってると思うから欺されたと思って1本書いてほしいと言われて、原作も読まないで(…電波状況悪化…)書いたら、案の定、これはちょっと違いますと言われた。石郷岡さんに、おまえはアニメに向いてないと言われましたと言って、残念だなで終わると思った。
1週間くらいしたら、あの本を使いたいと会社から電話があった。一緒に書いている人が非常に遅筆で、本が足りなくなった。その代わり、原作読んでくださいと言われた。そして読んだら、原作ちばてつやなんですけど、こんなすごいマンガがあるのかとびっくりして、心入れ替えて、ほとんどオリジナルシナリオだったが、番組がバカ当たりしちゃって、アニメライターというスタンプを押されちゃって、アニメの仕事がいっぱい来るようになっちゃった。あれが当たらなかったら違ってたかも。
「ハリスの旋風」は30本くらい書いた。そのときのフジテレビのプロデューサが大物で、第1稿のままで一切直しを出さない。僕は当然だと思っていたけど、直しがだんだん出てきた。次の「魔法使いサリー」も大物プロデューサーであまり直しがない。「アッコちゃん」くらいから直しが入ってきた。あのころは動画とかマンガとか言ってて、市民権がなく、所詮子供向けという番組の扱いでした。
でもいちばん自由に作れた時代で、今は子供がまねするからやめてくれとか、いろいろな規制がある。「魔法使いサリー」で自殺志願の子供の話を書いて、平気で通っちゃったりして、「天国に行くにはどうしたらいいの」って。
入り口はシナリオで、出口は声優さん。そこがきちっとできていれば、だいたいうまくいく。今は声優さんは個性がなくて、若い女の子がみんな同じ声に聞こえちゃう。「ドラえもん」もキャスティングが替わってから、なんかなじめなくて、大山のぶ代さんのあの声が頭にこびりついているから、比べちゃうんですね。今は個性がないから、子供も真似しようがない。
僕が書いた「キャンディ・キャンディ」でも、主人公のキャンディの松島みのりさんはかなりの(…電波状況悪化…)だけど少女なんです。芸の力があるから。今だったら、主人公の少女に40代の人がやるキャスティングはないだろう、20代か10代の近い人がやるとふくらみが出ない、こういう主題なんだっていう量感まで出ない。「サザエさん」でも安心して書けるのは、声優さんがきちんと量感読んでやってくれるから。
「ハリスの旋風」(…電波状況悪化…)主役の大山のぶ代さん以外は声変えて1人で5役や6役やったりしてるんです。今はそういうことできる人いないですよね。見事にわからないくらい、芝居ができる。
映画も吉永小百合向けに書いた本が通った。ところが、高校生の話で、映画になるとき、吉永は高校生はちょっと無理じゃないか。それで太田雅子、今、梶芽衣子っていう「鬼平犯科帳」「さそり」とかに出てる、彼女と太田博之と、太田博之は僕が内弟子の頃によく遊びに来てたんです。それでキャッチボールさせられたり、まさか主演する映画…。
映画「あいつとの冒険」は高校生にはバカ受けしたけど、当たらなかった。なぜかよくわからないけど、日活の上層部は総スカンで、仕事来なくなった。高校生に受けたから土日しか入らない。最初からB級扱いで、僕はカラーだと思ってたらモノクロだったし、役者も全然違った。映画界は、そのうち土日も入らなくなってきた。
前回の続きです。インタビュアーの話は[大カッコ]でくくってあります。
[雪室というのは珍しいけど本名だと]
[調べたところ「業界の嫌われ者」と言われてるそうですが]好かれてるとは思いません。やっぱり直さないとか、うるさいとかそういう意味で。自慢できることは、締切はちゃんと守ること。そのくらいしかない。
納得すれば直しますよ。昔は直しのときに、プロデューサが「ちょっとご相談があるんですが」という風な言い方で。今は「直してください」って、あなたの部下じゃねーよ。直すのが前提で、直さないのがおかしいみたいな言い方なんで、昔は相談して、「実は私はこう思うんですけど、どうですか」みたいな、遠回しに言ってきたんですね。
お互いコミュニケーションができてる。そうすると向こうの意図がわかるから、それじゃ、そう言うことだったら、こうやったらもっと面白くなるんじゃないですかっていうキャッチボールができる。今は何かもう命令で、役所の書類の書式が違ってたから直せみたいな言い方で、書式ってのは誰が作ったんだってみたいな話になって、そういうこと言うから嫌われちゃうんです。
今の人がサラリーマン化しちゃったんです。プロデューサもライターも。若いライターを見てて、この人はトヨタのセールスマンだったらいい成績なんじゃないか。昔のライターって、こんなヤツがやってたら1台も売れないよみたいな、僕の先輩なんか。ちょっと変な人が多かった。僕の師匠もそうですけど。
直す癖がついちゃうと、迷った部分があってもどうせ直しが出るんだろうからって書いちゃうんです。直さないとなったら、自分が納得しないと絶対書かない。直しを出すプロデューサって逆に言うとなめられている。どうせ直しがある。指摘されないともうかった、みたいなことになっちゃう。
[すぐに降りる脚本家という]いや、そうじゃない。でも他の人に比べたら…。夫婦みたいに相性があるので、我慢してもいつか爆発してしまうので、それだったらできるだけ最初に。僕が降りるのは他に書き手がいるときで、一人でやってる番組は降りません。降りるにしても次の人を見つけて、無責任には降りません。アニメの場合は複数で書いてる番組が多い。4人とか5人。1人降りてもどうってことないです。
「サザエさん」はお約束がありまして、長谷川町子さんの4コママンガを必ず一つ使わないといけない。どこに使ってもいいんですが、そこから発想して。4コマのデータを、例えば運動会の話だと原作が何個か来て、そこから1本選んで、話を作る。僕の場合、ヒントとしてあまり原作にこだわらないで自由に作る。いちばん困っちゃうのが、その4コマが入らなくなったり。すると終わりに付け足して、またあいつやったなって感じで。もう話が終わってるのに、また4コマが出てきたり。
原作は何個使ってもいいんです。僕は1個しか使わないけど、他の人は4個使ってつないで作って、それは好き好きで。
30分の中のバランスは、文芸の女性がいまして、データを見てダブらないように。過去はそういうことを気にしないで書いてます。
[作家を集めて会議は]全然無いです。だから、書いてる人で顔知らない人いっぱいいます。昔から書いてる城山昇さんなんて人は知ってますけど、新人はほとんど…。今5〜6人いるんじゃないですか。
入れ替えもあります。なかなか難しいから、ギブアップしちゃう人もいたり。簡単なものほど難しいんですね、書いてみると。極端に言うと、登場人物の名前だけは合ってるみたいな。微妙なニュアンスがある。
特に若い人が書きづらいのは、僕なんかはああいう世界をリアルタイムで知ってるんですよ、ちゃぶ台があってね、お父さんが一番偉くて、お母さんがかっぽう着で。ところが若い人が見たあれは時代劇なんですね、どう考えても。例えば若い人が書くと、マスオがクリーニングを持って行くシーンが出てきたりする。あの家はクリーニング屋が来るんです。昔はクリーニング屋が来たり、御用聞きが来るわけですね。だけど今の感覚の人は、特に共働きの家庭なんかは、やっぱり自分で持って取りに行く。
[マスオはゴミ出しは]しないです。でも、マスオくらいは(しても)波平はしないですね。そういうとこがすごく難しいんです。しかも時代設定は今なんです。みんな勘違いしてる人は、昭和30年代とかそういう時の話だと。「ちびまる子ちゃん」なんかだとはっきり設定があって、百恵ちゃんが人気があってみたいな、秀樹がいて、「サザエさん」はそう言うのが無いんだけど、一応今です。
[携帯電話は]出さない。[スカイツリーは]出てこない。でもこんどオープニングに出るかもわからないけど、作品の中には出ない。僕なんかにもよくわかってない部分もあるから、若い人はもっとわからないだろうな。僕が書いてても、なんで、って言うようなことがありますよね。「これはまずいんですよ」なんて言われて、ええ?って。独特の世界。
[それは長谷川町子さんの原作の担当の方とか、プロダクションの方が?]まあ、プロデューサとかね。
今、ネットなんかでも、うるさいの(視聴者)がいて、この話はちょっと違うと。じゃあ、お前全部読んでるのかって言うと全然読んでないで、要するに自分なりの「サザエさん」の世界ってのがあって。他の作品でも声が違うとかあるじゃないですか。初めての作品で声も何もないんですけど、自分が原作読んでいるときに、自分なりのイメージがあるから、キャスティングするとこれは違う、っていうのは必ず出てくるんですね。みんなが思っている自分の「サザエさん」がいるんですね。これが、やたら古めかしいんです。
今、タラちゃんなんてのは、よく来るのは、あんな空気の読めないガキはいないとか。3歳の子で空気読んでる方が不思議で。なぜそういう意見出るかな。そういう人は3歳の子って知らないんですよね。接していない、子供を知らないから。タラちゃんって、3歳の子を育ててるお母さんにとっては、ほんとにいい子で、あんないい子いないと、世話焼けないと。うちの3歳の子なんかどうしようもないですよってよく言われるんです。でもそれが普通で、昔は気味が悪いくらいいい子だって批評がよく来たけど、今は「空気読めない」。[時代によって視聴者の受け取り方も]違いますね。
[視聴率は気に]しますね。これが続いてるのは視聴率がいいからですから。だから、ネットで悪口言われてるうちも華だなと。少なくとも見てくれてるわけですから。悪口言うヤツほど熱心に見てるんですよ。揚げ足取るようなね。そんなていねいに見てるんだって感心するときあります。
[今までのアニメ・ドラマの視聴率は]ピンからキリまでです。(…電波状況悪化…)ほとんど当たってるっていうか。
[「ゲゲゲの鬼太郎」について]僕なんか、あれは最初はちょっと向いてないんじゃないかと思った。すると「向いてない人ほど書いてほしい」と。向いている人が書くとストレートになっちゃうから、もう一つオブラートを書けたような感じでね。水木さんってのはすごい人ですね。あの人だからああいうのできるんだなって。[(原作者の)チェックは]全然ない。
僕から言わせると、小物ほどうるさい。大物、手塚さんとか、赤塚さんとか、ちばさんも、石の森さんも言わないし。若手のマンガ家がすごいうるさいですよ。編集者がうるさいんですね。昔は、テレビで取り上げてもらってありがたい、みたいな意識があった。ところが、今はテレビでやらしてやるっていう風になってきた。原作者自体も、若い方って編集者が育ててて、昔は売れてる人に仕事頼んでたんだけど、今は高校生くらいからずっと育ててようやくデビューみたいだから、自分がマネージャみたいになっちゃって。だから打ち合わせの時に来てもうるさかったり。非常にいいことじゃないと思いますけど。
僕も原作者(「おはよう!スパンク」)であったことがあるんですけど、原作を渡すってことは、娘を嫁にやるようなもんだから、嫁にやった家にズカズカ行って、うちの娘はこうなんだからって言ったら、娘もイヤだし。もうよろしくお願いしますっていうよりしょうがないんじゃないですか。ただ本当に大事だったら、嫁に出さないでしょうね。そういう人もいますからね。池波正太郎さんなんか、「鬼平」なんかは、オリジナルストーリーは作らないでくれって、だから全部原作から来てるんですよね。ただ、普通だと、人物だけ書いて話が足りなくなるとオリジナルなんですが、それはダメって。
[「サザエさん」も原作エピソード重複してもいいんですか?]今してます。重複してもいいと。
[今アニメが夜中にやってますよね?]僕はほとんど見てないんでね、アニメは。子供があまり見なくなってきちゃってるんですね。もう少し上の、20代とかそういう人が見る。特に夜中の番組はDVDを売りたいからやってるみたいな部分もあるし。ちょっと違うなっていう気もしますけど、古い世代から言わせると。アニメは昔はほとんど7時台にやってましたね。今7時台のアニメってあんまりなくなっちゃって、朝とか。僕なんか、朝の番組やったとき、何か落ちたなーって感じしたんですよね。もうゴールデンにやるものを、なんで朝早くやるのみたいな。今普通になっちゃいましたが、最初やったときに、僕何本か書いたんですけどね。今、むしろ子供のゴールデンかなって、日曜のちょうど学校が休みで。
フジテレビなんてだいたい、日曜日6時から8時までアニメだったんですよね。今6時から7時で、7時以降はアニメなくなっちゃったけど。
子供たちは、今はゲーム、テレビでゲームやったり、放送番組見るだけの役目じゃなくなっちゃった。ただ、ゲームの方が面白いと思われるのは、ちょっと悔しいですね、書いてる方からしたら、アニメの方が面白いんだよと。それで30分で終わるんだから、30分くらい見ろよと。ゲームはそれから。
[最近のアニメ作品は]あんまり見ないです。テレビ自体あんまり見ない。ドラマなんかも、何か違うなという感じが。リズムが違うんですね。これは、徒弟制度の崩壊とすごい関係があるんじゃないかと思うのは、僕なんか師匠から何を習ったかっていうと、面白く見せるテクニックなんですよ。まず技術があって、それから内容がついてくる。ところがその技術を教える人がいないから、特に頭の部分…最近のドラマ見て頭がつまんないなと思うんですよね。
第1話って僕もずいぶんやって、一番難しいんですよね。設定とか。もうちょっと何とかなるんじゃないのと。井上ひさしさんが言ってるんだけど、どうやってもつまんなくなるところがあるんだと。芝居でもなんでも、舞台設定とか、それを説明しなきゃ、それを補うのは技術なんだということを井上さんが何かで書いてました。その技術は、昔は師匠が教えてくれたんです。ところが今は、そういう徒弟制度ってのはほとんどなくなっちゃって、それはライターの世界だけじゃなくて、監督もカメラマンもそうだし、人から人へ伝えていくものは必ずどの世界にもあると思うだけど、それがうまく伝わってないっていう感じするんですね。何かぎこちないんですよ。もうちょっとなめらかに見せられるんじゃないのと。
僕も第1話って書いたけど、やっぱり一番難しいんです。特にアニメの場合はなぜ難しいかって言うと、声が決まってないんです。この主人公は決まってないんですよ、1話書いてる段階では。どういう声でしゃべるのかってのがわからないで書いてるんですね。声が決まっちゃうと、なんだ、それだったらこうやればよかったとかね。
ドラマと違うのは、ドラマはだいたいキャスティングが決まってますよね。アニメはどの番組でもそうだけど、全く決まってない。だいたい、第7話とか第8話くらいまではわからない。複数で制作にかかる…制作に時間がかかるから。同時に(複数本制作して)、スタートの時は4〜5本、本が必要なんです。だから一人で書かないというのは、間に合わないからですね。ドラマだと1週づつ撮っていくからいいけど、同時に5班くらいで進行しないと間に合わない。だから一人で書くときは、スタートの時に4話か5話まで本ができて、かなり早めに作っておかないとダメで。
僕なんか書いてて声が出てこないとどうも調子が出ない。「サザエさん」でも加藤みどりさんの声でセリフ書いてるわけですから、それが全く誰だかわかんないってのは、書いてて不安ですよね。いったいどういう声になるのってのがわかんなくて。
[児童小説は長く]いや、長くはないです。たまに仕事が来て書くくらいで。一番多いのは名作のリライトとか。「赤毛のアン」とか「小公女」とか書いて、だいたいアニメと連動してて、あの頃名作劇場ってのが7:30フジテレビにあって、「赤毛のアン」なんて書くと、テレビになったとき絵だけアニメの絵に差し替えて、刷って売ると、すごい売れるんです。最初に出るときは普通の挿絵なんですけど。アニメになるとこれで印税が入ってくるなと。結構そういうのが好きで、割と性に合ってると思って書いてたんです。割と女の子のもの、少女ものが多く来ちゃって、なんとなくそういうふうになっちゃった。
[女の子の心情は]わかんないからいいんです。女性ライターが書くと、あまりにわかりすぎちゃって、どろどろしたり。宝塚がいい例じゃないですか。あれ全部男が書いてるわけですから。男はわからないながらも、あんまりいやらしい性格とか書かないんですね。結構持ち上げて作るから。あまりに女の子っぽく書いちゃうと、逆に男の子が見なくなっちゃう。少女ものでも、男の子に見せないと視聴率って取れないんです。男の子がこっそり見るような、あんまり「俺キャンディ見てる」なんて言わないけど見てると。
[お子さんは何を見て育ったんですか?]ちょうど「ハイジ」があったり、「ハイジ」は僕書いてないんですけど。「ちびまる子ちゃん」の原作を読んで、これ面白いよ、アニメにすればいいのになんて、まだアニメになる前にはまってたり。読むと面白い。そうしたらアニメになって大ヒットで、今アニメの最高視聴率ってのは「ちびまる子ちゃん」なんですよ。コンマ1「サザエさん」が負けて、そのくらいバカ当たりしたんですね。[「ちびまる子ちゃん」は書いて]ないです。注文来ないだけです。女性ライター多いですね。注文来ないと小説書いたりなんかしてごまかしてたり。
中学生向けの「毎日中学生新聞」の懸賞に応募して入選したんです。ちょうどあちこちで干されたりなんかしているとき、やることないからちょっと懸賞書こうかと。絶対入選しなきゃいけないから、自分の得意ジャンルで、小学生の部と中学生の部とどっちにしようかと、中学生を主人公にしたんです。[洋駿太郎さん名義で]そうです。書いてるうちにまたテレビの仕事が来たりして、途中で中断して、せっかく7割くらいできてたから、翌年の応募になったんですけど、幸い単行本になって、これもあんまり売れなかった。
一番売れたのは「ドクタースランプ」の小説版、これが一番売れました。文庫本なんですけど、かなりふざけた話で、そのシリーズは辻真先さんが書いて、辻さんも自分でエッセイとか書いてるんだけど、自分の本の中で一番売れたのは「アラレちゃん」だと。結構10万とか出たんです。結構面白…ばかばかしいというか、割と評判よくて。
[エッセイ「テクマクマヤコン」は]これは全然売れないです。[中身は]日常的なアニメライターの、アニメ界の悪口とか、吉永小百合の結婚の話も書いてて、最初はパソコンのサイトで連載して、「アニメなんとか」っていうもう忘れました、そしたら編集者が活字にしたいというので、そして足りないので書き足して。そして巻末にシナリオも3本くらい載せたり、それがいけなかったかも。アニメのシナリオって、あまり活字にならないから。
僕の場合はドラマと同じで人間が出ると思って書きます。だから、一時「おまえの脚本はドラマだ、アニメシナリオじゃない」と若いときよく言われました。ギャグが入っていないとか、動きが地味だとか。今は言われなくなりましたけど。[アニメーションならではのコケちゃったとかみたいなの]僕はそういうの一切書かない。普通に書いてますから。
「サザエさん」でも、第1話、第1号って僕が書いたんです。ところが演出が誰も乗らなくて、これは動きがない。結局、8話か9話か、ただ、プロデューサがわかってくれる人だったから、この路線でこれから行きたいと言ってくれた。最初の「サザエさん」って、フネさんが波平さんを追っかけ回したり、今だったら考えられないような。[「トムとジェリー」のような]僕はそういうのは動きって言わない、動きは心の動きを書けばいいわけでね。結構わかってもらうのは大変でした。僕の場合は説得するとかでなくて、わかんなきゃわかんないでいいよって、ふてくされてるっていうか。
[怪獣ものを書いてても人間を書けるかっていう]そういう人たちがこの世界からどんどんいなくなっちゃう、佐々木守さんとかオールマイティですごい人で、中学生から?時代劇は書くし、「ハイジ」もそうですし、アニメも書いてるし、僕もいっしょに仕事してすごい勉強になった。
佐々木守さんと、あと井上ひさしさんと「ムーミン」書いてて、発想が信じられない、かなりハチャメチャな話なんだけど、発想力、よくこんなこと考え出すな、すごい人です。
「サリー」なんかだと、いかに魔法を使わないかっていう話で、もし使った場合は裏目に出て失敗しちゃうとか、魔法で解決するっていうのは一番安易だと思う。魔法は何でもできる。
[最後にこれからの夢を]もうあんまりないです。強いて言ったら、宝塚歌劇の脚本を書きたい。これは一回書きたいですね。好きっていうわけでなく、何本も見てないですけど、ああいう派手な大ラブロマンスを1本書きたい。舞台を一番書きたい。
昔児童向きで、日劇っていう劇場があって、もう一つ芸術座という、その2劇場の台本を書いたのは、僕と福田かずお(?)だけじゃないかって、ウソみたいだけど本当なんですよ。日劇は「ムーミン」の着ぐるみをやって、その台本を書いた。芸術座は「いじわるばあさん」っていう、そのまま中継車持ってって舞台で撮る、芸術座は夜しかやらないので昼間空いてるんですね。それ使ってフジテレビで、亡くなった藤村有弘さんの「いじわるばあさん」の台本を書いてた。結構面白かった。
[宝塚で]「キャンディキャンディ」やろうなんて話も出てたんですけど。[「アッコちゃん」も映画になったから]アニメだからいいんですよ。実写でやるとしらけちゃう。
[アニメーションの面白さって]何でもできるってことじゃないですか。ただ、今はだんだん規制が多くなって。セットとか気にしないで、海外も行けるし。
「ラジペディア」はどういうラジオ番組なのかよくわかりません。この日は「長く続けるにはどうしたらいいの?」というテーマでした。インタビュアーは、ハマ・オカモトさん。インタビュアーの話は[大カッコ]でくくっていますが、ほぼ省略しています。
【スタジオ:(略)その偉大な番組「サザエさん」の脚本を、放送スタート当時から現在まで担当されている、脚本家さんがいらっしゃいます。今も現役でいらっしゃいます。その方は雪室俊一さんという脚本家の方で、「サザエさん」を長年支えている方なんですが、これだけじゃなくて、(中略)。そんな雪室さんに、長く続けるための秘訣を伺ってきました。】
[何年くらい「サザエさん」の担当をされているのでしょう。] 番組自体45年続いているんですけど、ちょうど中10年くらい休んでた時期がありますので、35年ぐらい書いてます。
[これまでに何話くらい担当を?] もう2000本は超えてますね。あとスペシャルで長いのとかいっぱいあるから、ま、かなり書いてると思います。
[イクラちゃんも雪室先生が考えられた] ホントです。原作に名前が無かったので、これからこの子使うときに名前が無いとまずいんで、あれはわりとパッと出てきて、あれは自分でもうまいネーミングだと思ってます。違和感が無くて、いかにも長谷川町子さんが考えたという感じですね。
[長く続けられてきた秘訣は] まず健康だったってことですね。シナリオっていうと何か知的労働みたいに思うけど、ちょっと肉体の部分ていうのがあるんですよ。もう、体の調子が悪いときは、ああいう明るい話ってなかなか書けないんですね。まず健康だったということと、あんまり無理しないということぐらいじゃないですかね。だから、僕の場合わりと自由に書かせてもらってるんで、それもあると思います。ストレスがないっていうか。ただやっぱり偶然続いちゃったんですよね。
[ネタが尽きたりしないんですか?] んー、何か思いつくんですね。どういうとこで思いつくかっていうと、過去の経験ですか、10年20年前のちょっとした引っかかりが、ふっと出てきたり。ゼロから考えるっていうのは、あんまり無いですよね。
[ネタが見つからないときのリフレッシュ方法などは] 考えないことですね。ずーっと机の前にいても、出ないときは出ないんですよ。だからもう他のことをやっちゃうとか、飲みに行っちゃうとか、そうすると何かふっと出てきたり。じーっと考えてて無理に出したネタって、あんまり面白くないんですよね。むしろふっと歩いてるときにひょっと思いついたり、僕が風呂入ってるときによくふっと出てきたり、これはもう、何とも言えないですね。いつ出てくるの?みたいな。
ただ、人物をきちっと書くと、やっぱり出てくるわけですよ。僕の頭の中によく言うんだけど、磯野一家がみんな住んでて、こういう話を考えるとカツオはこういうリアクションをして、波平はこうだと、勝手に動いてくれる部分がすごい多いですね。
なんかあんまり大上段に振りかぶったり、だいたい失敗するんだよ。ごく普通のペースで、調子が悪いときはあんまり書かないとか、そういう感じで。特に「サザエさん」って普通の話ですから、普通が一番なんですね。そんな大きなドラマが無くても、小さいドラマを書いていきたい。何気ないけど、ずしっと心に残るような話が書けたらいいなと思ってます。
【スタジオ:お年で判断するのも何ですけど、ものすごい、全然歳が感じられないです。お若いですよ。ちなみに中島くんもこの方が命名したんです。たまたま当時「11PM」の構成をされていて、バンドのメンバーに中島さんという方がいて(中略)。】
【スタジオ:「よそ見する」っていうこともおっしゃってて、この方、ひねくれてて、人が正面から考えないようなことをいつも見てきたと。雪室先生にどの作品が印象深いですかって聞いて、2000話の中からこのエピソードをおっしゃっていただいたんでお聞きください。】
サザエの結婚式のときに、波平が泣いたか泣かないかと。カツオが「泣いたんじゃないの意外と涙もろいから」「いや、ワシは絶対泣かん」。「それじゃ、泣いたという証拠が出てきたら、何でも好きなもの買ってくれる」って言ったら、「おう、何でも買ってやる」。カツオはすごい不安になっちゃう、こんな自信満々に言われて。
それで当時の写真をノリスケがいっぱい撮ってたっていうんで、これをチェックしたけど、みんな誰も「いや、泣いた姿は見たことない」と。ところが、ノリスケがずっとチェック「おっ、見つけたぞ!」ってもう、涙ちょちょ切れんばかりに泣いてる写真を、式場で。それでカツオ、「やった!」って言って、波平のところ「そら父さん」って言ったら、「これはワシじゃない」っていうのは、双子の海平。それで、がっくりしちゃって、約束としては「もし泣かなかったら、お前成績悪いから、毎朝学校に行く前1時間勉強しろ」。
冬の話なんで、朝寒いときね。カツオが白い息吐きながら勉強してると、お母さんが来て、「実は父さんは泣いたんだよ」とそっと教えてくれる。ところがそれは結婚式じゃなくて、お前が生まれたときだと。というそういう話。いい話。
【スタジオ:ホテルのラウンジで聞いて泣いてしまいました。「父さんが泣いた日」っていうタイトルで、2005年くらいの作品です。本人は「もうそろそろかな」とおっしゃるんですけど、ずっと続けていただきたいと思います。】