『あずきちゃん』感想 第89話「再会! お父さんの恋人」

最終更新日: 2001/03/14


 『あずきちゃん』のテーマのひとつに、世代間の思い、というものがある。親にとって子供は、生まれたときからずっといっしょにいた存在であり、小学生くらいであればまだ親の手の内にあるといってもいいだろう。 一方で子供にとって父母というのは、物心ついたときからすでに大人なのである。そんな両親が昔は同じような子供だったというのは、子供にとって大きな発見であり、またとても奇妙な感じがするものなのである。 自分の知らない親の昔の姿を見てみたい。これは子供の頃の大きな興味のひとつだったと思う。 しかし子供は大きくなると、その気持ちを忘れてしまう。そんなことを思い出させてくれるのが、この話なのである。

 脚本の雪室氏は、このような子供の頃に抱いていた気持ちをテーマに多くの作品を書いている。『キテレツ大百科』では「航時機」を使って両親の子供の頃を見てみたり、『サザエさん』では磯野家の子供たちの気持ちを主題に多くの素敵なエピソードを作り上げている。


 第89話「再会!お父さんの恋人」は次のように始まる。あずきが受けた、父への馴れ馴れしい女性からの電話。あずきは父が怪しい女と関係があるのではないかと疑念を抱く。 しかし、その女性は父の小学校の時の同級生で、同窓会の幹事だということがすぐにわかる。この話では「同窓会」というのが父にとって昔を懐かしむ機会であると同時に、子供にとっても、父の昔の姿を追いかけるきっかけになるのである。

 あずきがこの話を友達に持ちかけると、

勇之助「お父さんの初恋の人かもしれないじゃないか」「あずきのお父さんもおれ達みたいに小学生の時があったんだぜ」

ジダマ「うちのおばあちゃんがよく言うのよ、最近の若い人はおじんやおばんてばかにするけど、自分たちもいつかなるんだって」

かおる「あずきちゃんのお父さんだって、勇之助くんみたいな時があったのよねぇ」

とみんなであずきをけしかけるのである。

 このようなあずきの気持ちをベースに、話は父と美千代さんの小学校時代の関係が気になるあずきの行動へと進んでいく。 そして話は美千代の息子、定男の登場で全く意外な方向へ展開するのである。この定男−ジダマへの展開は前半と全く違うように見えるが、そうではない。 定男も自分の母の子供の頃のイメージに引かれるように、ジダマへの魅力を感じているのである。あずき−あずきの父、定男−定男の母、という二重の思いが並行して進行しているのが、このエピソードの肝なのだ。


 主題をとらえてもう一度ストーリーを見直してみると、この脚本は、二重のストーリーをベースに、多くの謎の提示と解決から構成されているのがわかる。これを図にしてみた。

あずき側の謎定男に関する謎
美千代からあずき父への電話。「誰だろう、ミチヨって?」   
    
美千代は父の同級生で、同窓会の幹事ということがすぐわかる。解決   
美千代が父の初恋の人では?千住の家で父の「交換日記」を発見。   
  定男が千住のおじいちゃん宅に出現。部屋をのぞいて逃げる。
あずきの父は美千代にいじめられていた。  
  定男が野山宅にも出現。ケンとまことをいじめる。
  定男がジダマに一目ぼれ。
交換日記は小遣い帳で、「たぬき」はもんじゃ焼き屋。ミッチはいじめっ子で、誕生日プレゼントをあげないといじめられた。解決  
   
あずきの父が美千代さんの初恋の人で、好きだったからいじめた。解決 定男は母の初恋の人を見に行った。ジダマの性格が母親似だったのが気に入った。定男はいじめ好きの母の血を引いているせいでいじめっ子だった。

 小出しにされてきた二つの系列の謎が、最後に完全に解き明かされるという、極めて凝った構成であることがわかる。 そのうえであずきは、初恋の実らなかった美千代さんの「今」と、勇之助との初恋の将来が重なるような気がして、漠然とした不安を抱くのである。 子供は、親の子供時代を遡って、大人たちも自分たちと同じだったことを知る。そしてまた、子供時代の恋は実らなかったり、夢は叶わないことを知るのである。


 さらに、メインテーマ以外の部分でも、ストーリーは驚くほど緻密に書かれている。 例えば、冒頭の電話のシーンでも、トイレに入っていたあずきが電話であわてて飛び出していく様子から描かれていて、突然の謎の電話から始まる展開を一気にトップギアに持ち上げている。 こんな細かな配慮一つ一つが、作品の完成度とリアリティを極限まで高めている。

 それだけではない。他にも

といったような、一部のコアなファンに大受けしそうな魅力的な(笑)シーンも織り交ぜられて、驚くほど内容の濃い25分番組を構成している。 そして、こんなに複雑なストーリーでありながら、すっきりとしていて、全くすごく感じない。そこが、この脚本のすごいところなんだと思う。 第89話は個人的に『あずきちゃん』ベストエピソードのひとつだと思うのだが、現実にはビデオ収録すらされていない。 残念ではあるが、「面白さ」や「萌え」では決して真価の理解できない話の最たるものであるということなのだろう。

★これは名作★


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