第7話 ー夏の終わりのひとときー
 夏休みの終わり、盛大にイベントは始まった。商店街や駅周辺の店鋪が一丸となって踊りやカーニバルなど、そして周りの屋台が街の華やかさを演出してイベントを盛り上げていた。人でごった返しているので当然騒々しいがそんな中、僕らは委員会の審査の結果コンサートをやる事になった。これにはみんなが驚きと喜びをあらわにしたのは言うまでも無い。最近は商店街も色々と新しい店が軒を列ねるようになり活気がなくなっていると言う実情があり、この街に人を呼び込みたい思いから僕らの若い力の参加を認めてくれたのであった。僕らは休みの残りを参加が決まった時からを練習につぎこんできた。コンサートではジャンルをとわずクラシック、民謡など演奏する人もいる。「緊張するよなぁ、人に見られてるってのは」青山が弱気にそう言った。「俺だって一緒だよ、緊張していないやつはいないと思うけどね」僕は冷静に素っ気無く答えた。「そう言う風に見えないな、俺には」「まぁ、他のメンバーとの競争じゃないからみんなで上手く盛り上がれる雰囲気を作ろうじゃないか」野中はみ僕らに激励した。「人の評価っていうのはもちろん大事だが今回はあくまでも『コンテスト』ではなく『コンサート』として楽しくやる事を意識してみようぜ」「そうだよ、やってみようよ。ね」コンサートの会場は紗峨野の会館をカフェテラスのようにして気軽にくつろげるように作られていた。ここの舞台や内装を手掛けたのが僕の叔父であったがアーティストと言われるだけあって演奏の雰囲気にはしっくりとした物になっていた。ここには少し一時の喧噪の中で心を休めようと人が集まって来る。そして数々のバンドが演奏しては盛大な拍手が飛び交って会館もかなり盛り上がりを見せていた。 「次はこの街の大学生によるバンド演奏!」司会者の明るい声に導かれ僕達は舞台へと向かった。「いよいよだな」舞台の向こうには多くの観客が僕らを見ている。嫌が応にも緊張が伝わってきた。「ま、まぁコンテストじゃ無いんだ。気楽に気楽に・・・」青山がドラムのスティックを軽く動かしながら自分に言い聞かせる。「私にとっての初舞台だから、成功させたい」金井菜々は自分のやりたいことに一途に向かって練習していた。僕としてはその光景を何度も見て来ていたし、自分のとりえを探している彼女の思いを一緒に現実にして行きたいと思っていた。「今までやって来たことが無駄になんて思わない、もうやるだけだ!」 静かに観客が見守る中、僕らは青山のリズムをとるスティックの叩く音にあわせて演奏を始めた。緊張が嘘のようにどこかへ飛んで行き、楽しく演奏している自分がいる。他の仲間も緊張している様子は全くなく演奏を楽しんでいて中林のボーカルもサークルの発表会以上に精度を上げ実にいきいきとしていた。「すごいな、さっきまでの不安が嘘みたいだ」心の中で僕は思った。もうメンバーの誰も不安の表情をしていなかった、みんな自分の役目を果たして見事にこのコンサートを成功させた。僕らが演奏を終えた後会場からはいつまでも拍手が鳴り止まず自然と笑顔が出ていた。「ここまでの歓声が私たちに・・・」歌い終えた中林は汗を拭いながら言った。「よかったよ、練習したかいがあったってもんだ」僕らは静かに一礼して舞台を後にした。「いやぁ、ここまですごいとは思いませんでした。観客は最高潮ですよ、これも彼等のお陰です。本当にありがとう!」司会の人が去って行く僕らに感謝の言葉を言った。その司会者は有志バンドを探していたイベントの委員会の1人で嵯峨野市役所員であったのだ。実は街の活気を取り戻すためこのイベントを提案・開催し、その一環としてバンドを集めてこの会館で少しでもいろんな世代の人々を迎え入れて自分達の街を知ってもらおうとした。この夏のイベントはこの計画により見事に成功して終わったのであった。 出番が終わり、僕らは会館を出た。「俺達の仕事は終わったからさ、どうだ? 何処かで打ち上げでも。イベント終わってもまだ時間があるから少し反省会も含めてね」「そうだよな、夕食もとっていないし。緊張が解けてから急に腹が減って来たよ」「行こ、あそこがいいかも。ね、金井さん?」「あそこ?」彼女達がいつしか来ていた例のイタリア料理屋へやってきた。「えっ、ここ?」「なんだかイタリア料理って聞くと高そうな気がするんだけどさ、大丈夫か?」青山が不安げに中林に聞いた。「彼女達がこの前来てた場所か・・・」以前ここで2人を見かけた僕は、2人はあの時何を話していたのかふと気にはなってしまった。「え、そんなことないよ。値段はかなり手頃で味だって文句なし!」中林は自信を持って反論した。「そうか、だったら行ってみよう」僕は彼女の言葉を信じてみた。店に入りそれぞれ食べたいものを注文して打ち上げの乾杯をする。「コンサートの成功を祝して、乾杯!」乾杯は青山が言い、みんな勢いよく飲んでいた。「最高、物事をやり遂げた後に飲むのってさ!」「こんなに嬉しい事はないね」「本当!」「そうだな、こんな事俺今まで経験してなかったから新鮮だったよ」「そうでしょ、そうでしょ。こんな経験めったに無いもん」中林が今日の成功からか上機嫌でよく喋っていた。僕らは色々と今日の楽しかった事やこれから活動の事について話しが盛り上がった後店を出て、イベントをもう少し楽しもうという事でここで解散し、野中と青山はイベント会場の方へ、僕はごみごみした所ではなく人気の無い所へいった。「ここでひと休みするか」僕はひとり竜ヶ崎海岸へ、嵯峨野では有名な海岸で近くには海が一望できる丘の公園で少し休むことにした。海の方は何も灯がなく見えなかったが、夜空には星が輝き心地よい風が僕の方に吹いていた。「もう夏休みも終わりなんだな、でも家でだらけているより充実していたように思う。なんせイベントに参加できたのがなによりもね」ひとりそう思う僕であった、高校生活までは休みの時は家にいる事が多くて長いこの時間を無駄にしていた。サークルに入って仲間達と自分のやりたい事を夢中になって打ち込んでいるのが今までの生活とは明らかに違っていたし、この貴重なひとときを満足して過ごしたのだから自分としては嬉しかった。「次の活動は文化祭だな、また面白くなりそうだ」笑みを浮かべひとり公園のベンチに腰かけ夜風に浸っている時にこちらへ向かって来る人陰を見た。「どうしたの? こんな所で」ベンチの横にいたのは中林だった。「どうもあの喧噪には馴染めなくてね、ここで少し夜風にあたって休んでから帰ろうかなって」「ここ座っていい?」「ああ」彼女が座った後、僕らは何も話す事無く黙っていた。僕はこういう状況では「何か話さないと」と気持ちになってしまいどうしようか心の中で迷っていた。「今日本当によかったよ、誰もが楽しんで演奏していたから。私もあんなに気分よく歌えたなんて信じられないよねぇ」「俺も同感、始めは大勢の観客の視線に飲み込まれそうだったけど自然に気持ちよく演奏していたんだよなぁ。それに料理屋で中林さんを見た時本当に嬉しそうな表情していたからね」確かにあの時の彼女はそうだった。でも僕と金井はなぜか嬉しくても落ち着いていたのを思い出した。別に成功した事が嬉しくない訳ではないのだが余りの嬉しさに言葉が止まらず語り合うほかの仲間達と違って、不思議と僕らはそんな気持ちであった。「そういえば、あなたそんなに喜んでた様子じゃなかったけど何かあったの?」「え、隠してる事別にないんだけど」「うそ、何か隠してる」僕は彼女だけに打ち明けようと思った。「気になっている事があるんだよ、実は。サークルの発表会の後打ち上げに行った帰りに金井さんと一緒になってね。いろいろ話をしたんだけど。彼女今まで人付き合いが下手だったらしいんだ、それでいま青山達とそれなりに仲良くやっていけた事、中林さんが気軽に声をかけてきてくれた事が彼女にとって嬉しかった、ってね」「そう、彼女がそんなことを」「なんでそんなことを俺に言ったんだろう」「私にも解らないよ」「解る訳、ないよな」「でもどんな過去が彼女にあったって関係ないと思う。私は友達として彼女を当然見ているしみんなでここまでやって来たんだもん、昔の事なんて・・・」「俺、正直気になっていたんだ。自分も人付き合いって下手な方だと思うけど、それなりに仲間と上手くやっているんだよなぁ。でもいつしか上手く行かなくなって仲たがいしたり、バンド活動が出来なくなるんじゃないかと思うとね・・・」「そこまで考えて悩んでるんだね」「うん」「でも今までだってここまでやってこれたんでしょ。それぞれ考えの違う人同志がバンド活動してあんなに大成功したことなんてそんなにないんじゃない? そんな風に自分を思いつめないで欲しい」僕は彼女の言葉に半信半疑であった。彼女がこのメンバーとの、間も無い活動の中でなぜ大丈夫なんだと言いきれるのか解らなかったからだ。「なるようになるのかな」心の中で僕は思った。  これから4年間の大学生活の中で僕はつらいことや楽しいことを幾度となく嫌でも知って行くのだろうという気持ちになっていった。