第5話  ーそれぞれの将来ー
 今年前期のサークル活動が終わり、そろそろ期末テストの時期である。今までバンドの練習で勉強がそっちのけで少々焦っている。帰宅しても何故かやる気に慣れないので学校で遅くまで残って図書館で本やノートとにらみ合っている状態だった。「ちゃんとノートをとっておいてよかったよ、これがないと何も出来ないもんなぁ」僕はとにかくやるしかないと思ってやっている。留年なんて当然困るだろうし卒業できないとなると、その分授業料が増えてただでさえ学費の面で家族に援助してもらっている以上負担はさせられないと思った。「これでなんとかなりそうだな、今日はここまで」と、そこに青山が現れた。「お前も勉強? まぁ、バンドの練習の方が大変だったってのもあるからな。俺も勉強がおろそかになってたんで図書館で残ってたんだよ。けどもう終りだぜ、ついでだから夕飯でも食いに行かないか?」「ああ、いいけど」僕らは行きつけの定食屋へ。ここは量が多く、手頃な値段で食べられるとあってまさに長年この学校の生徒の味方であり続けている、僕はコロッケ定食で青山はチャーハンをたのんだ。「さて食うか」「そういえばお前、俺と同じ国際文科学科だったよな?」僕は話の話題にそんなことを言ってみた。「俺にとって大学にはいろうって思った時、特に目的なんてなかったんだよな。学校の雰囲気とかこの街のいろんな場所が気に入ってこの大学に入ろうって思っただけだよ」「そうか、俺と違うんだな。自分は歴史がすきでその文化を勉強してみたいって思って入ったけどそう言う考えもあるんだ」目的あって大学へ行く人、 青山のように考えて行く人間もいることが僕にとって不思議に見えていた。なにか勉強したいと思って大学へ行く物だと考えていたからだ。「将来はどうするんだ?」「そうだな・・・、まだそこまではわからないだろ? 大学で過ごしているうちに見つかるんじゃないか」「行き当たりばったりなのに随分と・・・」彼はそこまで楽天的に考えられる心の持ち主なのかもしれない。「でも俺だって何も考えていないよな、今は」僕は心の中でそう思った。  次の日も図書館で勉強しに行こうとしていた時に野中に会った、彼もテストの勉強に追われているようだ。「うちの学部は結構大変だよ、普通に穴埋めとか選択式の問題じゃないんでね」彼は法学部でテストはほとんど論文形式で答えなければならないらしく、ちょっとの勉強だけではなかなか出来そうにないらしい。「そうか、バンドの練習が多かったからそんなに勉強に時間をとれなかったからね」「まあ、それでも少しは時間があれば勉強はしていたから。留年だけはやりたくないと思ってるよ」「それじゃ、また次の練習日に」彼は忙しそうに図書館の自習室に行ってしまった。一方、僕は今日も遅くまで図書館で勉強した。「さて買い物だ」近くのスーパーで食材を買いに行く途中で、学校を出た街のあるレストランにバンドのメンバーの2人の女の子が話しをしているのを見た。どんな話をしているんだろうと思いながら僕はそのまま通り過ぎた。 このレストランはイタリア料理の店で価格はかなり手頃で女性に人気のある所である雑誌にも紹介されている程お勧めの店であるそうだ。「テストはもうすぐよ、あなた勉強はした?」中林が聞いてきた。「うん、練習で時間がなかったけどそれなりには」「確かにねぇ、私もちゃんと出来るかどうか心配よ。メンバーのほかの人もかなり焦っているんじゃない」「ええ、みんな同じ状況で苦労しているもの」2人の話はそれから自分達の夢についてという課題に流れていった。「この大学へ来て音楽を勉強したかったのは、幼稚園の頃からピアノを始めてからずっとピアニストに憧れていたからなの。確かに経験はあるけどさらに専門的になると独学では追い付かないと思ったから勉強したくて」中林はかなりの気の入れ様で、彼女にとってピアノは生き甲斐であるかのようだ。「金井さん、あなたは?」中林がそういった後、少し自分の事を言うのに戸惑って答えた。「私も小さい頃からピアノをやっていたんだけど、正直言って中林さんのように目標をはっきり持っていなかった。それでもここまで弾き続けて来た結果がこの大学で勉強する事だったの」彼女は自分が中林と同じようにきっちりとした考えを持っていない事に恥ずかしさや劣等感を覚えていた。「でもこれからだと思うの、それでもピアノを続けてきたんだもの。勉強の中だってサークル活動だって色々と目標になる事はあると思うわ。考えはなにも人によって色々あるから同じでなくてもいいのよ。だからそんなこと言わないで」中林は彼女にそう言った。「うん、ありがとう」彼女はおとなしげに答えた。レストランを出た後、2人はここで別れた。「もうこんな時間、じゃまた明日ね」レストランに来てから2時間立っていた。かなり話し込んでいたようだ。帰り道で金井はふと夜空を見上げた。中林が自分の事をそこまで考えてくれていたのがうれしくてたまらなかった、自分が今まで経験した事がなかったからだ。「私、何が出来るのかしたいのかはっきりとわからないけれどこれからいろんな事を経験して探して行きたい。せっかく大学で来たのに無駄にはしたくない」彼女はこれから自分の将来に答えを導いて行くのだろう。