第3話 ー中林佑子ー
練習が始まって2週間がたった。話し合いで決めたパートでそれぞれが演奏する事になり練習の進行具合は問題なく進んでいた。
今日はサークルはないし練習日でもない、今日は4時間目まで授業があるはずだったが運良くその4時間目が休講になって午前中で終わってしまった。ついでに食堂で昼食をとって行く事にした、今日はランチのBセット、480円という安さで週ごとに献立が違っている、今週はチキンカツだ。窓側のテーブルで食べていた僕の向側に座ってきた人がいた、サークルで知り合った中林佑子であった。
「偶然じゃん、いつもここで食べてるの?」
「そうだけど」僕は素っ気無く答えた。
「これから授業?」
「今日は4時間目が休講なんでね、食べ終わったら帰ろうかと思ってたんだけど。」
「そう・・・、実は私も今日はこれで授業が終わりなんだけど少し付き合ってくれない?」
「え、どこへ?」僕はなぜ自分となのかと聞きたくなってしまった。
「見たいものがあるんだけどよかったら一緒に街へ行こうと思って・・・。」彼女の思っていることがわからないが、僕にただ付き添いとして来てもらいたいのだろうか。
「別に構わないよ、俺は」
大学を出てから中心街まではバスで30分、とはいっても混んでいなければ15分くらいでいける距離ではある。僕らはバスの後部座席へ、すぐに自分の顔を窓の景色に向けていると彼女が話し掛けてきた。
「どうして窓の方を向いてるの?」彼女が僕の方を不思議そうに見て聞いてきた。
「正直言って何話していいかわかんなくてね、とりあえず景色でも見てようかなって」
「人と話すの嫌い?」
「そう言うんじゃないけど、初対面の人となかなか打ち解けてないと言おうか・・・」
「そうかぁ、そうだよね。そういう人もいるもんね」さっぱりと納得している彼女。
「わかってるのかな? 俺の言ったこと」窓の景色を見続けながら彼女の発言をどう理解しようか考えていた。
まず始めに向かったところは彼女が服を見たいと言っていたので駅構内のショッピングモールへ、ここにある店舗は手ごろな価格で流行を行く服の数々がかなりそろってると口コミで評判で、うちの学生もけっこう見かける、学生にとってこういう所は生活を楽しむための遊べる世界の一つなのかも知れない。
「色々あって選ぶのが大変なんだけど・・・、これどうかな? 」かなり嬉しそうに彼女はお目当ての服を探している。
「涼し気な色彩で、色合いのバランスも悪くないと思うけど。まぁ、自分で一番良かった物を直感で選ぶのがいいかもね」
僕は「いいね、きれいだよとか」というありきたりではっきりしない発言をさけて、自分の思った事を素直に言ってみた。
「そう・・・、そういえばそうよね。でももうちょっと探してみよう! 時間かかっちゃうけど付き合ってくれる?」
「ああ」そういうと彼女はまた売り場の所へ、こうして彼女は自分に合ったものをじっくり選んで買ったのだった。
「おまたせ」その両手が塞がるほど購入したようだがここまで買って着るんだろうかと思ってしまった僕。
「いいもの買えたんだ、よかったね」
「うん、ここはけっこう安く買えるしいい物がたくさんあるんだ」
「次はどうしますか?」僕らはひとまず休憩をとるためにモール7階のカフェへ行った。僕はコーヒーを、彼女はチーズケーキを頼んだ。
「三嶋君、文学部だっていってたけど国際文化ってどんな勉強するの?」
「まだはっきりわかんないけど1年目は専攻科目はそんなになくって一般教養ていうのがあるんだけど、文学部に関係ない科学や社会学を勉強するんだってさ。それから2・3年目にやっと専攻した科目を受講するようになる」
「ふ~ん、そうなんだ。さっぱりわかんない」
「なんで一般教養もやらないといけないのかわからないけど、単位をとらないと進級できないからね。そっちだって同じだろう?」
「私の方は、音楽の理論を勉強することから始めて行くんだけど難しいよ」
「音楽って感覚の物だと思うけどそういう理論を勉強しないと行けないのか? 俺は無理だなぁ」そんな話で時間を潰していった。
次にやってきた場所は、紗峨野の中心から少し離れた埋め立て地で神川(かみかわ)という所にある海の見える公園だ。ここには緑ぐらいしかなく景色のよい公園でしかないが、今後テーマパークを建設する計画が立てられているそうだ。そこへ僕らは海を眺めにいった、少し曇りがかった空が何となくいい景色をかもし出しているように思う。
「一度ここに行ってみたかった、紗峨野ってこういういい景色が見られることで評判らしいから。雑誌に風景の良い街の特集があってそれから気になってたんだ」
「中林さんの地元ってここじゃないんだ」
「うん、大学まで実家だと遠すぎるからアパートを借りて一人暮らしをしてる」
「でもどうしてこの大学に?」
「将来は音楽に携わる仕事がしたくて・・・、まだはっきり決めてる訳じゃないけど音楽科のある大学を何校か受験してやっとここに決まってね」
「そうか、目的があってこそだよな、そういう大学へ行くってさ」
「あなただってそうでしょ?」
「まぁそうだな、勉強して将来何をしようかまでは考えてはないけど高校の頃、西洋史を勉強していてイギリスの文化について知りたいって思った時から大学へ行こうと考えていたんだっけ」
そんな話をしながら時は流れた。
「私ね、高校の頃あまり友達がいなかったし上手く付き合えるかどうかわからなくって、本当に友達が出来るのかって不安だった」
「金井さんとは?」
「まだ何となくだけど・・・、気軽に話もしてるし」
「それならいいんじゃないか? 出来ただけでもいい事だと思うけど。まだ学校が始まったばかりだし、これからだよ」
「ありがとう、あなたといると何故か気持ちがスッキリする。悩みを話せる人がいた事が何よりもうれしいもんね」
「そうかな?」
「これからずっとこのままでいたいな」
僕にはその言葉の意味はまだわからなかった。でもなんとなく付き合ってみて不思議とその雰囲気の中で楽しめた自分がいた、今まで女性と2人で過ごしたことがなかった事を考えると今日という日は大袈裟だが価値のある
1日だったと思った。