第20話 ー静かに流れゆく時間その3ー
登山を終えた時はもうすでに4時をすぎていた。民宿に戻った彼らは食事をとってからゆっくりと
くつろいでいた。三嶋の叔父も同じ民宿を予約していたようで、部屋は一つ離れた所だった。三
嶋はみんなが休んでいる間、叔父の部屋へ行っていた。
「いっしょの民宿なんて偶然だな」
「こういう所じゃないと作品をどう作ろうか考える時に落ち着かなくてね、私が小さい頃にすんでいた場所のように感じていたんで、一ヶ月くらい仕事詰めだったから骨休めだ。みんなはゆっくり休んでいるのか?」
「ああ、さすがに今日は山に登ったんで思い切り疲れたよ。みんな食事が終わったら布団の上ですぐ横になってるよ」
「そうか」叔父は夜空の澄んだ景色を窓から見ながら煙草に火をつけた。
「そろそろ俺も休むよ、それじゃあ」
「ああ、お休み」三嶋もかなり疲れていたので戻ってすぐに寝ることにした。
「さて私もそろそろ・・・」涼しく心地よい夜風にあたりながら寝ようとしていた時、足音が廊下から部屋に向かっていた。
「あのお休みになる所で申し訳ないんですけど、少し聞きたいことがあるんです」金井菜々が楽な服装で叔父に会いに来た。彼女の表情はなにかを気にしているようであった。
「確か岳人のクラスメートの・・・。聞きたいことはなにかな?」
「彼と山歩きしていた時に聞いたんです。進学する前に両親といろいろあったことを彼が話してくれたんです。そしてその話をしている時の彼の表情がとても暗かったと思って」
「気にしてくれいるのかね、彼を。金井さんは親切な人の気持ちをしっかりもっているようだ」笑顔で叔父は金井を見て言った。
「私、本当に心配で・・・。」彼女はうつむきながら話す。
「確かに彼は進学のことでもめていたようだ。父親は高学歴のエリート出で、企業でもそれなりの役職に就く人間でね。その意思を息子に継がせたいのかもしれないが、彼はそうまでして親のそういう感覚に従うことは出来なかった。それで岳人は嫌気がさして紗峨野に来たということを母親から
聞いている」
「彼にとってエリートになるよりももっと大事なことがあるからお父さんに逆らったんですね?」
叔父がタバコをふうっと吹かせて静かな口調で話した。
「そう、彼は父親よりも人生で大事なものを知っていた。地位や名誉よりも大切なものを」
「大切なもの?」
「自分の人生とどう向き合い、すごして行くか考えるということを」窓の外の数々の星の見える夜空を眺めて言った。
「私、彼のつらい思いが少しわかったような気がします。お休みの時間をつぶしてごめんなさい、
もう部屋へ戻ります」
「いや、かまわないよ。私も彼のいい友人にお目にかかれてよかった」
「ありがとうございます、それじゃ」丁寧に挨拶をして彼女は部屋へ戻った。
叔父は立ち上がって窓の外を眺めてこう心の中でつぶやいた。
「彼はこれからも両親とは会わないつもりだろうか?」
翌日、三嶋たちは身支度をして帰る準備の最中、叔父の方へ彼は挨拶に行った。
「俺たち今日帰るから」
「そうか、まだ私はゆっくりしているよ。ああ、それでな、実はお前の友達が私に・・・」
「そろそろ出発するぞ」青山が隣の部屋から声をかけた。
「うん、今行く。それじゃみんなが待っているから」三嶋は叔父の言葉を聞かずにその場を後にし
た。結局叔父の話そうとしていたことは遮られてしまった。
「いずれにせよ、いつかは話すことになりそうだ」
三嶋たちは海岸沿いを歩いて駅に向かって、彼らはここでの時間の名残惜しさを感じていた。
静かな人のいない駅から鈍行の列車で帰路からの通り過ぎてゆく太陽に反射して輝く海の光景をずっと眺めていた。