第18話 ー静かに流れゆく時間ー
発表会は去年と同じように、赤坂のカフェの練習場で初心に返って練習をさらに積み重ね、後輩たちに恥ずかしくないようなものを聴かせる事ができた。しかし前期の活動が終わってもメンバーは期末テストという大変でめんどうなものを留年にならないように澄ませた。
こうして前期の授業が終わり、夏休みに入ってからは恒例の地元のイベントがあるはずだったが、今回はおおいに夏休みを楽しんで、ゆっくりと心身ともに休もうと旅行の計画について話し合うことに。そのため彼らは前期テストの最終日に食堂で集まって今後のことを話し合っていた。
「毎日うるさい街の喧噪から少し解放されて、人里離れた自然のある所で過ごしてみるのはどうかなって思うんだけどな」青山が話を切り出した。
「どういうのがいいんだ?」
「まぁ海とか緑と川のせせらぎが静かに聞こえる渓流あたりだろうな」
「そういえば8月に友達がどこかの島でキャンプするって言っていたっけ、そうはいっても俺たちはそこまでは望んでいないだろうけどね。でも島の景色はいいよ、空も澄んでいて辺り一面に海が見えるからね、俺としてはそういう場所も捨てがたいけど」野中はキャンプには慣れ親しんでおり、島や渓流などでそういうことを経験している。
「青山そういうの好きなんじゃないか?」
「そうだなぁ、自然の中で生活する感じって言うのは確かに好きだけど、三嶋はそういうの経験はないんだろ?」
「確かにね。まぁ今回はみんなで日頃の難しい論述だらけで眠くなるような勉強で疲れた頭をすっきり休める目的があるからね。疲れるのは避けた方がいいとは思うけど」三嶋は他の仲間を気遣って二人に答えた。
「キャンプって色々準備する物が多い分面倒くさいから・・・、私はパス」中林が不満げに答える。
「キャンプだとテントで何日も過ごしたりするから慣れていないと普段の生活と違うから疲れるかもな」
「私は静かな所がいい。ゆっくりと青空の下で海を見ていたいから」金井もキャンプよりかはそちらの方を考えている。
「だったら海へ行かないか、どこかの安い民宿に泊まってさ。山だって近いだろうから散策も出来るしね」
「じゃあそうするか、たしかあそこの海なら人はあまりいない所で静かだし良いと思う。じゃあ早速安いそれなりの民宿をネットで探してみるとするか」青山の言葉で話し合いは終わり、色々と盛り上がって納得のいく形で話しは満場一致でまとまった。
それから2週間後の旅行当日、天気は快晴。彼らは紗峨野を離れて鈍行の電車を乗り継いで静かに流れていくであろう時間を過ごす場所にたどり着いた。駅は昔ながらの雰囲気をもった田舎にあるようなどこか懐かしさを感じる建物で自動改札機が無い所であった。駅の周りは商店が少しあるくらいで少し先の通りの向こうには海岸が見えていた。
「早速海へ行って泳ごうぜ」駅を降りてから青山が先頭を切って歩き出した。
「あんな近くに海が見えるのか、ここまで潮の香りが来てるよ。空がここまで澄んでるなんてね、車が多くて排気ガスで汚れた町の空とは大違いだな」野中が澄んだ海を眺めてしみじみ思った。
「本当に静かな所、今ってこういう場所はシーズンの真っ最中だから結構人がいると思ってたけど青山君が言った通り本当に人がいないよね」中林が青山に話しかける。
「宿は海の近くだから、先にそこへ荷物を置いて来よう」
「どれくらいなんだ?」
「駅から歩いて10分くらいだよ」
それから宿に到着し、すぐに荷物を置いて海岸へと向かった。
「海も真っ青で、別世界」金井がすぐ先に見える海を眺めて行った、真夏の時期ではあるが潮風が心地よく吹いていた。
「いやな暑さじゃないな、じとっとしている町よりかは。本当に気持ちがいい」三嶋もこの静かな時間のながれるこの場所の心地よさを感じていた。
海にたどり着いてから、すぐ海水浴へ。青空と海が澄んでいる中で水浴びして波とたわむれ、砂浜をかけていく彼ら。誰もが笑顔でいるはずだった。
「いやぁ、最高!」青山が明るい笑顔で空を見上げて仲間に話しかける。
「本当!」中林が波が大きくなるのを見計らって浜辺へ駆け出した。楽しく過ごしている彼らの一方で金井が浜辺に腰掛けて青空の水平線の彼方ををじっと眺めていた。そこへ三嶋が彼女を誘ってやって来た。
「みんなのところへ行かないのか? 海へ入ればもっと楽しいと思うけど」
「私・・・、ゆっくりと海を眺めていたいの、この日差しの中で」
「どっちかって言うと金井さんってはしゃぐよりかはそういうことが好きなんだな。それなりに落ち着けるんならそれでもいいけどね。まぁ今回の目的はあくまで夏休みを楽しんで、ゆっくりと身体を休めようっていうことだから」
「俺も少しここで休むか」三嶋も少しの間、彼女のとなりで寝そべって太陽の注ぐ澄んだ青空を眺めていた。
「こんなに空がきれいに見えるなんてね、町じゃ車の排気ガスで日頃汚れてるからこんなにきれいには当然見えないよな」
「うん、騒がしい町の雰囲気に時々飽きることがあるの。大学に入る前はここよりものどかな所にいたからここが懐かしく思えてきてね」
「そうなのか。で、大学に入る前はどこに?」
「両親を交通事故でなくしてから、親戚のところの学校へ姉さんと一緒に編入したの。親戚の家の近くもこんな感じに海の見えるところで、両親を亡くした頃つらい時はそこへ行ってずっと気が済むまで海を眺めてた。そうすると心が少しは落ち着いて・・・」
「確かに落ち着くかもしれないな、ひとりで眺めてたら」2人はその後黙って海を見ていた。彼女の思いに誘われて彼も海をじっと眺めていた。
「あれ? 二人は」野中が海辺であたりを見回した。
「そういえば・・・」青山も周りを探して浜辺にいる2人を見つけた。
「どうしたんだよ、二人ともこっちへ来いよ」
「青山が呼んでるな、どうかな? すこしみんなと騒がないか。たまにはそういうのもいいんじゃないか」三嶋は立ち上がって彼らのもとへ駆けていった。
「金井さん、早く」中林も彼女を海から手を振って誘ってきた。
数時間後、民宿へ戻って食事をしてから一同は散歩へ出かけた。道はほんのわずかの街灯しかなく、満ち潮の波の音が騒がしく聞こえてきた。
「けっこう静かな場所を散歩するのもなんとなくおちつくよね」
「こういうところに来ると他にすることないからなぁ」
「なにか持ってきた方がよかったか?」退屈そうな青山に野中が気を使っていた。
「ま、まぁこういうこともたまにはいいかもな。そうだ、俺は海の方をまわってみるよ。9時に民宿に戻ればいいから後は適当に」
「じゃあ俺たちはこっちの方を。三嶋、お前は?」野中と中林は一緒に行くことに。
「俺も一人でいくかなぁ」
「じゃあ、時間通りに民宿へ帰ってこいよ」
「ああ、それじゃあ。で、金井さんはどうする?」
「ひとりでもかまわないけど、明かりの少ないところを一人は少し怖い気がする」うつむきながら小さい声で答えた。
「うん、そりゃそうだろうな・・・。よし、だったら俺も一緒に行くよ! 少し遠回りして民宿に戻ってもいいしね」
「だったらそうする。ちょっと今日は遊んじゃったから疲れてたんだ」彼女は安心した顔で三嶋に答える。
「明日は山の方へ渓流のあたりに行くような話だったから早めに休むとしますか」二人は夜空をみながら、語ることなくゆっくりと歩いていた、ただゆっくりと時間の流れる中で。
それから二人は民宿に戻っては来たが、まだ他の仲間は帰っていなかった。
「まだみんな帰っていないのか、もう休むとするか。おやすみ」
「今日はありがとう、一人で夜の道を帰るの本当に怖かったから・・・。三嶋君が浜辺にいるときにも声をかけてくれて・・・」彼女は微笑みを浮かべていた。
「いやあ、どうしても気になっちゃってね。いつも一人でさみしそうにしているようだったから、よけいなおせっかいだったかな?」
「ううん、そんなこと・・・」
「それじゃ、おやすみ」
「おやすみ、三嶋君」今日の出来事をきっかけに、三嶋への信頼感がお互いの気持ちを少しずつ近づけている。いつか彼女はもっと心を開いていけるのかもしれない。