第17話 ー目標ー
 新しい年になり、新入生が無事にこのサークルに入って来てほっとしている2年生になった三嶋たちは、サークル活動で自分たちの音楽センスをさらに磨いて行くことを考えていた。最初はどうなるかわからないまま街のイベント、文化祭にと積極的に活動してきたことで自信を持てるようになった。しかし、慣れて来たせいからか彼らの結束はすこしずつ緩み始めていた。 例年通り、夏までに自分たちでメンバーを決めて演奏を披露する。今年の一年生は例の3人組をみる限りかなり音楽に精通している人はいるようで、さほど新入生自体は多くはないにせよサークルを盛り上げてくれる力を充分持っているように思う。彼らもどう演奏しようか集まって積極的に話し合っていた、そして三嶋たちも。 青山がまず我先に話す。「どういう曲が学祭に来てくれた人を盛り上げるっていうと俺としてはやはりロックだと思うなぁ。歌詞も大事だけどドラムをたたく時の迫力は盛り上がらないとは思わないよ」青山は自分の得意な分野をもちだして話しを切り出した。「自分がそうしたいからっていっているんじゃないか? もしかしたらロックは嫌いだって人もいると思うから・・・」三嶋は青山の独りよがりではないかと反論した。「青山の言いたいのはメタルとかハードロックだろうけど激しすぎるっていうのもな。第一俺達の体はそこまで持たないと思うよ」野中もあまり青山の意見にはあまり賛同できないようだ。「成せばなるってこともあるよ! 違う物に挑んでみるのも面白いと思うんだけどなぁ」そんな意見の噛み合ない状況を中林佑子が一喝した。「もう、どうしてみんなは聞きに来てくれる人の気持ちなんてお構い無しなの? 自分のやりたいことばっかり話して! エレキギターはどんな曲にだって使ってるし、ただ盛り上がらせればいいってものじゃないでしょう?」「それじゃどうすればいいんだよ。なにかこれだと思うものでもあるのか?」青山は彼女の態度に戸惑いながら言った。「大事なのは自分達が気持ちを込めて演奏して歌うこと。そうすれば曲を聞いている人は自然と曲の雰囲気に馴染んで来て感動してくれるんじゃない? 格好や演奏してるだけじゃなんにもならないって思う」「中林さんにとっては音楽をする中でそういう意識を持つ事が大事だって考えてるのか」三嶋は彼女の言った言葉の意味を理解する様努めた。「始めの頃はそういう思いを持って取り組んでいたけど、時間が経って上手く行ったことでだんだん始めの頃の気持ちを忘れたんだよ、きっと。だから今からでも遅くないから最初のみんなに聞いてもらいたいって気持ちでまた取り組んで練習するしか道はないよ」「正論だな、確かに口で言うのは簡単だけどね。でもそうしていくためには日頃からそう意識して活動しないといけないってことか」野中も音楽活動の中で、ただ練習に明け暮れ、提供された場所で演奏する事に慣れているせいか、自分が漠然と行動してしまっていることに反省していた。「そうはいってもなあ、何か人を感動させるいい方法があるのか?」青山がさっと話しを切り出した。「こういう案はどうだ?、三嶋がやってた作詞の方も中林さんにたのんで俺達はバックバンドっていうのは。今の俺たちの中では一番心を込めて力強く歌ってくるんじゃないか?」「彼女がそこまでの意気込みがあるようだしね、いいんじゃないか」 話しは順調に進んでいた、ただ一人をのぞいて「そういえば、金井さんは? 時間にはきちんと来てると思ったんだが」野中が話しの節目で聞いた。「実は・・・、体調をくずしてしまって、それで今日は帰ってもらったの。少し貧血ぎみだって言ってたから」金井菜々は以前病気がちだったようで、今はひどくはないもののこういうことはあるようだ。「今日の話しは彼女が来た時にしよう」青山の一言で今日の活動は終わった。その後学校からの帰り道、中林と帰る方向が同じなので一緒に帰ることにした。「聞きに来てくれる人の気持ちか、今までが上手く行き過ぎていたってのは確かに考えられるな」三嶋が夕空を見上げて行った。「今の時期って私たちのやって来た事を見直すときじゃないかって思ってああ言ったんだ。このまま続けていても何の変化もないままだからね」「たいしたもんだよ、どうしてそんなに前向きでやわらかい考え方が出来るんだ?」「中学校の頃、地元のピアノコンクールで1位になったことがあった後、思うようにピアノが弾けなかった時があってね。それからも諦める事なく練習していたら、自分でも知らないうちにやっていけるようになってた。だから今までの努力よりももっとやって行けばきっといい結果が出るって、それからなんでも臆せずに前向きに挑戦していくようになった」「そうか、そういう経験があったからそういう意識が出て来たんだな」「うん、これからもその気持ちは忘れたくないな。私」「その反面、俺はあまりいろんなことに目を向けていなかったからなぁ。目標を持って物事に取り組むことがなかったからね」「でも今私と一緒にバンドやっているでしょ。それも何か別の事に目を向けたってことだと思う」「あ・・・」三嶋はそれを聞いてはっとしていた。今までは学校にただ通ってるだけで時間を過ごして他の事やってみようという気持ちはなかったが、今は高校生活までの自分を改めてちがう事に挑戦しているのだとそこで思った。「だからそんなに自分を卑下しないで」夕日に照らされた彼女の明るい笑顔をみて三嶋はほっとしていた。 次のサークルの日、金井菜々が来て本格的にそれぞれのパートを決めてどんな曲にするか決めてすぐ練習に取りかかった。これからの「聞きに来てくれる人のため」という目標をかかげて新しい活動を起こした彼らの行く道はどうなるのだろうか? 今までとは違う自分たちを捜す時がここに始まった。