第14話 ー冬の出来事 その2ー
 金井菜々の姉、佐知子が誘ってくれたコンサートが終わり、年末近くになると正月を実家で過ごすために帰る学生が多い。三嶋岳人はまだ実家に帰らず部屋の大掃除をしていた。普段は面倒くさがってあまり片付けないのでこういう時で無いとなかなか片付けられない意志の弱さを切実に感じている。色々と必要かどうか疑問符のあるものや持っていても意味のないものが沢山出てきた。結果として家にあるもののほとんどがゴミとして捨てられるはめになった。冬だと言うのに掃除するだけで汗が流れている。そこでひとまず掃除を終えて今日の夕食の材料を買いに外へ出かけた。
「作るっていっても一人分だもんなぁ。鍋にしようと思っても1人で食べるには多すぎるし、作る分量は程々でいいから色々な材料買って作れば一週間は持つかも」彼は野菜炒めやサラダができる程度の物を買って、極力無駄に買わないようにしている。アルバイトをしていても金に限りある学生の一人暮らしにとっては良い生活の仕方だと三嶋は思った。彼が買い物を終えてスーパーから出ようとした時、偶然にも中林佑子に出会った。
「あっ、三嶋君じゃない。実家に戻ってるのかと思ってたけどまだ帰らないんだ」笑顔でこちらへ駆け寄る。
「部屋の大掃除をしてから帰ろうと思ってね。今やっと片付いた所なんだけど」食材で溢れそうなくらいの荷物を両手にさげて答える。
「そっか、大変だね」
「中林さんこそ今まで何をしてたんだ?」
「ちょっと服を探しに。けっこう寒くなってきたからこの冬を乗り切れる服が欲しいと思って」彼女は一人暮らしで、三嶋と同じように経済事情が大変なのでなかなか良い値段の服を買うチャンスがなかった。今回は手頃な価格の服を探しまわっていて、やっとお目当てのものを見つけて片手には服の入っている袋を抱えている。
「そうだな、今年は去年よりも寒くなるってニュースでいってたから。風邪ひかないようにしないとね」
「お互いに」二人の一言ひとことの会話で白い息が目の前に広がっていた。かなりの寒さで風も吹いている中で立ち尽くしている。
「ねえ、どこかであったまって行かない?」中林がマフラーを巻き直して自分の肩を寒さで少し震わせながら提案した。
「そうだよ、な。あまりにも寒いから手も足も冷たくなってきた」三嶋も身にしみる寒さに少し震えていた。そこで彼等は近くのファミレスで夕食をとりながら暖まることにした。
「ここで夕食でも食べようかな?」
「でも夕食の材料買ってきたんじゃないの?」
「家に帰るまで風が吹いてるから寒いし、久しぶりに会ったからね。まだ食事してないんだったら、どう?」
「そうね。うん、そうしようか」2人は入り口近くの禁煙席に互いに座って、セルフサービスのコーヒーを入れて夕食が来るまで飲んでいた。
「コーヒーで良かったかな?」
「ありがとう」暖かいコーヒーを飲みながら少しの静けさの後、三嶋が冬休みの事について話した。
「中林さん、もう1月までは授業がないから実家へ戻るの?」
「うん、明後日に。電車の切符もネットで予約してあるからそこは大丈夫なんだけど、後は持ってく荷物を用意するだけ」
「そういえば実家ってかなり都心の所だって聞いた事あるんだけど」
「そう、生活には困らない環境だけどね・・・。建物が何処までも途切れなく立って殺風景だし、朝の通勤ラッシュなんて人で埋め尽くされていて窮屈で仕方なかった」
「俺もそういうのって嫌だな。でもどうしてこの町の大学へ来たの? 都心の大学の方がもっといい所だと思うけど」
「都心の大学に入れる実力はあったかもしれない、結構寄り道できる所もあるし地下鉄で手軽にすぐどこにでも行けるのはわかるんだけど、余りにも人が急ぎ足で歩いていて落ち着きはないし、高い建物ばかりで自然ていえば公園の小さな木ぐらい。そんなものが耐えられなかったから、ほんの少しの都会の雰囲気があって自然のある景色の良いこの街で住みたいと思ってここの大学に決めたんだ」
「そうか、ここに来たのはそう言う理由からか、音楽科のある所はうちの大学じゃないからね。中林さんはその中でも気に入ってここを選んだんだね」
「音楽はどこの大学でもできるって思ってたから、後は雰囲気で選びましたって所かな?」店に入って話をしてからもう1時間が過ぎていた。
「そういえばさ、やたらとカップルが多いな今日は」三嶋は何となく店の周りをみて中林に話しかける。
「今日って入口に貼ってあったけど恋人同志で来ると全て注文したのが3割引きって書いてあったから、それで結構来てるんじゃない」
「俺たちそう見えるかな」なにげなく三嶋は窓の外を向いて彼女と顔をあわせないように言った。
「そうかもね」笑ってそう答える中林。
「でも、うらやましいと言えば、ねぇ・・・」彼は心の中で呟いた。周りで恋人たちが楽しそうに話をしている光景が嫌が応にも目に入ってしまった。
「そろそろ出ないか?」
「もう行く? だったら私につきあってくれない? まだ買い物の途中でそれに私も一人きりだから」寂しそうに窓の景色を見つめて言う。
「それじゃあ俺もお言葉に従って一緒に行こうかな」三嶋はファミレスを出て彼女の買い物につき合うことにした。お目当てのショッピングモールへ入って色々と服を楽しく彼女が吟味する横でその姿を見守っている。
「これどう?」
「うーん、どれを着ても色合いが不自然でなけりゃいいって思うけど。俺は」
「もっと具体的に!」
「そうだなぁ、なんて言うのかなぁ? その色に近い色とか他の色との相性の良い服を選んでるっていうのか」 彼は苦手な様子を見せながらそんなやりとりしていた。その後屋上にある展望台へ。街の夜景を見ていると屋上から見下ろす街の明かりの海が四方八方に広がって、大通りの車のランプが輝きを増して幻想的な演出をしている。周りには家族連れやカップルも光景を見にやって来ている。
「綺麗ね」嬉しそうに彼女が話し掛ける。
「こういうのも良いもんだな、日々の中でこういう角度から景色って見たことないから新鮮だよね」
「昼間はあんなに殺風景なのに夜になるとこんな綺麗な景色になるなんてね、不思議」
二人はただずっと景色を眺めていた。買い物に来てからあっという間に時が経ってしまい閉店の時間になり、二人は途中まで一緒に帰ることにした。
「なんだか私が付き合わせたみたいで・・・、ごめん」
「気にするなよ。どうせ今は一人きりだったし退屈にしてたのもあるからさ、こうして会って話できただけでも十分だと思ってる」そう言った彼をみて中林は微笑んでうなずいた、彼女は三嶋と一緒にこの時を過ごせたのを本当に嬉しく思っていた。しかしわずかな楽しい時間は残酷にも終わりを告げたのであった。