第13話 ー冬の出来事ー
 あのパイプオルガンを見てから数日後のクリスマス、金井佐知子との約束通りコンサートのためこの大学にまたやって来た。結構な人だかりがホールの入り口付近で仲間を待っていたり、開演になるまでメインホールで座って待っている。二人は当日チケットを買ってメインホールに入った。「こいつすごいな、うちの体育館より2倍くらい広いぜ。ここで演奏したらどれだけ気持ちいいだろうな」結構乗り気な青山をどうせ冬休みになってもやることがないなら一緒に行かないかとコンサートに連れて来た。「今後バンドの参考になるかもしれないし、行く価値は十分ある」「でもさクラシックだろ? いまいち興味がわかないんだよな」彼は三嶋について来たものの乗り気ではないようだ。「それだけじゃなくて、最後には金井さんのお姉さんの声楽部もあるっていってたから」「あ、そういえばここって噂だと結構かわいい子がいるって有名なんだよな。声楽部の子かぁ、期待できる!」三嶋の会話に彼は表情を急に明るくした。「目的はそこか・・・」三嶋は青山がこのコンサートに行くと言っていたのはバンドの参考というよりは女の子目当てだってことに少々あきれていた。「何か言ったか」青山は横目で三嶋を見ながら淡々と言った。「なんでもないよ」 メインホールへたどり着くとかなりの人でそこは埋まっていた。2人はホールの真ん中付近の列の席に座って聴くことに。青山はただじっと舞台を見つめて早く始まらないかと待ち、かたや三嶋はプログラムを見ている。「最初はサン・サーンスの『白鳥』か」「お前、その曲わかるのか?」「うん、昔、実家で父親が聴いていたのを一緒に聴いていたからだと思うんだけど、それで結構どんな曲かって覚えてたんだよ」「教養があるんですねぇ、三嶋さんは」からかったように青山は答える。「そんなんじゃない、大げさだよ。昔はただ良い曲だなって聴いていたってだけなんだけどね」クラシックが教養があるという考えが三嶋には無い、どんな曲でも自分の心にのこるものがあるということが大切な訳で、そんな風にクラシックを堅苦しく考えてはいないのである。「3分後にやっと始まるな。まあ、とりあえず聴いてみるか」「お姉さんのは何番目だ・・・、ん、最後か」「ずいぶんそれって展開が出来すぎてないか。自分たちが主催したって言うんで最後のトリに入れてもらったって感じがするんだけどな、俺は」「同感。トリだから上手く最後に決めないと」「どれだけのもんかねぇ。ま、聴いてみるか」青山は少し疑がっていた。3分後ブザーが鳴って静まり返るホール、そして演奏が始まる。一曲目のサン・サーンスの『白鳥』をチェロとピアノが静かに調和して弾き語っていた。三嶋はもちろん青山もこの曲の感覚のすばらしさに見事に引き込まれてしまい二人は自然と音楽鑑賞を楽しんだ。「こういう曲もありかな、なんて」「静かな曲だって立派な曲になると思うんだよ、今度は試しにこういうのもやってみないか?」「ああ、今後の参考にしてみようじゃないか」曲が終わり惜しみない拍手がホールを包んだ。その時舞台の袖から司会がやって来て演奏者に話しかけた。「どっかのテレビで見たことあるような展開だな、ちゃんと呼んでるんだ」「結構金かけてるんじゃないか」その司会はかなりの有名人であった。そこまでやるということを考えるとこの大学はこのコンサートに力を相当入れているのではないかと二人は思った。数分後、司会と演奏者の話が終わり次の曲に入り、それから二人は数々のクラシックの名曲を堪能して時を過ごした。 開始から1時間が経って、休憩時間を迎え席を離れて行く人がたくさんいる。三嶋はトイレへ、青山はタバコを吸いに外へ行ってしまった。「なかなかよかったよ、軽い気持ちで来てみたんだけどここまで聞き惚れたのって無かったなぁ本当に」そんなことを思い席へ戻ろうとしたその時、見覚えのある顔に遭遇した。「あ、あれは・・・金井さんか? なぜここに」あまりにも偶然に金井菜々を発見したので不思議に思い、彼女に声をかけてみた。「よっ、金井さんも聴きに来てたのか」「え、三嶋君?」彼女はすっと振り向いて少し驚いた表情で答えた、一方三嶋は笑顔で彼女を見ている。「一人で来たの?」「うん、中林さん今日は都合がつかないから行けないって。でもコンサートのことどうやって知ったの?」「金井さんのお姉さんと試験前に偶然会ってこの大学に連れて行ってもらった時、ホールのパイプオルガンを見て感動してたら、その事を教えてくれてさ」「そうだったの。ね、こういう音楽あなた好きなの?」「まぁ好きな方と言えばそうかもね。昔親父がよくレコードをかけていたのを横で聴いてた時から自然と受け入れてたんだろうな。あ、そろそろ次の曲が始まるな、それじゃまた後で」ホールの壁の時計を見て自分の席へ帰ろうとした時に彼女が三嶋を呼び止めた。「・・・、もう行くの?」彼女の表情はどこか寂しかった。「? もう行くのって・・・」三嶋は彼女の表情を見て不思議に感じた。「もうちょっと話がしたい」彼女は三嶋を見上げて言った、その目は何かを訴えているようだったがどういうことかは彼には理解できなかった。「一人で来てるとなんだかさみしくて・・・」「一人じゃさみしいか・・・。実は青山も連れて来たんだけど始めは乗り気じゃなくてね、曲を聴いてたらのめり込んでるんだよ。俺たちと一緒にじゃあ駄目かな?」「このままでいいの、このままで」彼女はそういうと舞台の方を見て次の曲を待っている。「いつもよりずいぶんとおとなしく感じる、何か言いたそうだな。気軽に言えないことでもあるんだろうか」三嶋は彼女のそんな様子を見てそう考えた。 次の演奏がまた静かに始まった、曲はバッハルベルのカノン。金井菜々は三嶋の隣で一緒に曲を聴いて、心を落ち着かせていた。彼女はひとりぼっちでいることが本当につらかったのだ。いつも中林佑子と心置きなくいられるのだが、もっといろんな人と出会ったり話がしたいと感じてはいてもなかなか行動に出られなかった。本当は三嶋ともそうしたいという想いがあるのに。「なかなかだったな」後は姉の佐知子の声楽を残すのみとなった。「もうそろそろ終わりなのにあいつどこへ行ったんだ? トイレに行ったきりなんだよなぁ」青山は三嶋の行方を気にしながらも辺りを一度見回している。 曲が終わってすぐ、舞台に声楽部の人々が集まり早々と準備をした、舞台の後ろでパイプオルガンの演奏者が鍵盤の方を向いて椅子に腰掛けるのが見えた、ちなみに佐知子は右の段の真ん中にいる。どれだけの実力でどれくらいの魅力があるのかを見るのを三嶋は楽しみにしている、青山はどうか・・・。そしてオルガンの演奏がコンサートの締めくくりをするかのようにホールに響き渡り、彼女たちの声が一斉に発せられた瞬間その美しい旋律が聴く人たちの心をとらえて行った。「すごい、声の響きがきれい!」「本当だよ、ここまではっきり伝わってくるよ」二人はこの時、自分たちもこんな風に出来たらもっと魅力あるバンドになれるのではと感じていた。コンサートは感動のうちに幕を閉じたのである。「しまった、青山がいるの忘れてたよ。それじゃまた」彼女のとなりで声楽に聞き惚れてたため彼のことを三嶋はすっかり忘れてしまい、あわてて青山の所へ行ってしまった。「今度、いつ会える?」彼女は心の中でそう思い三嶋の後ろ姿を名残惜しそうに見つめていた。 ホール入り口付近では青山が三嶋を探している。 「悪い悪い、ここ、ここ」「お前どこにいたんだよ。あまりに戻ってこないからさ、すっかり探したぜ」「実は休憩の時に金井さんが来ていたんでね、少し話してたら始まったんでずっとそこで聴いてた」「えっ、彼女も来てたのか。しかも一人で」「中林さんの都合が付かないって言うんで一人で来てたんだって」「なんで一緒にこなかったんだ、俺一人でさみしく聴いていたんだから」「ごめん、ごめん」「しかし、ああいう曲も結構良いもんだよ。次の演奏の時の参考になったしな」「人に感動を与えるってことをもう一度確認できた気がするよ、このことを意識してやってみたらもっとバンドも伸びると思う」「そうだな、まあ気張らずにやろうぜ」 一方、金井菜々はメインホールの入り口で誰かを待っていた。「お待たせ」姉の佐知子がホールの控え室からやって来た。「本当によかったよ、息も合ってたし声もよくきれいに通ってた。参加者もたくさん集まってこのコンサートが盛り上がっていたから」「そういってもらえるとうれしい。初めこの企画がでた時はあまりにも大盤振る舞いで駄目だった時が怖いって意見もあったけど、たくさんの人が来てくれて本当によかった!」「三嶋君を誘ったの姉さんだったんだ。私ね、彼と一緒に聴いてた」「たまたま駅で会った時に彼が音楽好きだからこういうのどうかってここに連れて来てみたの、そしたら興味持ちはじめて。そうかぁ、聴きに来てくれたんだ」「なんだかうれしくて、一人だけで出来ていたからさみしくて」菜々がうつむきながら微笑んで答える。「彼と、一緒ね・・・」佐知子は妹のその微笑みをどう感じていたのだろうか? 二人のこれからの行方はこの街の時の流れが教えてくれるだろう。