第12話 ー約束ー
 文化祭は無事に感動のさめない中、幕を閉じた。今後の学校の行事と言うとあまり楽しくない期末試験、とにかく単位だけはきちんととらないと留年だってあり得る。そしてそれが終わってしまえばいよいよ楽しい冬休みに。試験までの間サークルはもう文化祭という一大行事を終えてしまってか何もする事がないと言って来ている人はほとんどいない。三嶋は毎日期末試験に向けてとりあえず図書館で勉強している毎日である。「味気ないよなぁ、なんか・・・。楽しい事やってないと手持ち無沙汰になって勉強に集中できないよ」彼はバンド活動が一旦休止していることに退屈で仕方なかった。夢中になって打ち込めるものを見つけてやって来た分その心の反動は大きかった。「あぁ、やめやめっ! 残ってる意味ないな、何にもやってないんだから」三嶋は勢いよくテキストを閉じて鞄に急いでしまった後、足早に図書館を出た。 「5時か、かなり暗くなったな」校門前のバス停ではかなりの数の学生が次のバスが来るのを待っていた、この時間帯になるとバスの本数が1時間に4本という少なさだからこうなってしまう。「丁度5時5分のが行ったとなると次は・・・20分のか。バスでここまで来るのに渋滞があるからけっこう時間がかかるし本当に不便だよ」そう思いながら携帯電話の時計を見て、バスの来る道路の向こうを眺めてみた。空はすこし夕焼けが残っていてオレンジ色の空が遠くにかすかに見えている。5時20分になりバスがやって来ると、待っていた人たちが我先に乗っていくので車中はあっという間に満席になった。三嶋はつり革に手をかけて車窓の景色を見ていた。「試験が終われば休みなんだよな、バンド活動どうするんだろうか? 青山に聞いてみよう」バスは紗峨野駅に着いた。「もしもし、三嶋だけど」「ひさしぶりだな、文化祭以来会ってなかったもんな。試験勉強終わったのか?」「ああ、なんとかね。単位をとれるぐらいの成績だと思うよ」「俺はぎりぎりかも、友達からノート借りたり図書館で一応勉強して来たけど不安だな」「あ、そうそう。青山冬休みどうするんだ?」「どうしようかなんて試験で考え付かないよ。まあ落ち着いてきてから決めようと思う」「バンド活動はどうだ?」「活動ねぇ、実はさそのことみんなに聞いてみたんだよ。そしたら正月を実家で迎えたいんでテストが終わったら早々に帰るって言ってた。特に大きなイベントも街ではないし仲間がいないなら、まぁ仕方ないかって」「そうか、俺も実家へ帰るかな」バンド活動がない事に残念がる三嶋「俺はここに残ってバイトだ、まぁ何かあれば呼んでくれよ。じゃあ」「実家って言っても、戻りたくないんだよな。俺」 駅の周りはビルの明かりで賑やかになって、買い物に出る人がまだ多く残っていた。彼はここから徒歩で自宅へ帰る。駅からは商店街を抜けて10分くらいでたどり着く、住宅地にひっそりと立つマンションへと。その途中で彼はどこかで見覚えのある顔の人を見つけた、同時にその人もこちらをたまたま振り向いて彼に手を振って挨拶した。「三嶋君じゃない」その人は金井菜々の姉、佐知子であった。「あの・・・、どなたでしたっけ? そうだ、金井さんのお姉さん!」「今、学校の帰り?」「ええ、試験近いんで少し図書館で勉強してきたんです」「そうか、もうそんな時期なんだ、早いなぁ。私も今勉強中でね、少し出遅れてるから少しでも取り戻さないと思って、これから帰っても勉強漬けなの」「そうですか、どこも大変なんだな」「でも試験が終われば、休みに入るでしょ? その間何もしないの」「実家に帰るか、いつもの所でバイトするか・・・、それくらいしか浮かばないんです。音楽しか趣味って言えるものがないから他のに目を向けられなくて」「そう、ひとつでも趣味があるんならそれでいいと思うよ? 無いよりかはましだもん。三嶋君、音楽に興味あるっていうけどクラシックは聞いたことある?」「うん、そうですねぇ。聞いたことありますけどそんなには・・・」「私も妹と同じように大学で音楽を勉強してるんだけど、うちの場合けっこう専攻が多くていろいろと面白いものがあるの。もし少しでも興味あるんだったらうちの大学へ来ない? 良いもの見せてあげる」「良いもの、ですか?」「来てくれたらわかるから、どう?」「まあ、休みになればやることないしなぁ、行ってみるか」心の中でそう思い、三嶋はすぐ様返事した。「気になるんで行きます。都合のいい時っていつですか?」「えーとね、試験が終わるのってあとどれくらい」「2週間後ぐらいですかね。それ以降ならいつでも僕は大丈夫ですよ」「それじゃ私もそれくらいまで試験があるからその時にしましょう、それからは学校には人がいなくなるからゆっくりと見せられると思う」「よろしくお願いします」こうしてほんのわずかの時間会ってから数分で約束してしまった。  その2週間後、試験を無事に終えた三嶋は彼女の大学へ。場所は駅からバスで30分した所にある。周りが緑に囲まれた校内は30年ぶりの改装をしており昔の雰囲気を残しつつかなり綺麗になっている。ここは有名な演奏者やアーティストを世に送り出している程知られていて、古くからの伝統と精神を守る由緒正しい学校であった。「うちよりはるかに広い、しかもレンガ造りの建物かぁ。それにくらべてうちと来たら・・・、金はあるくせになんできれいにしないんだろ」校内を見まわして、一言ぼやきながら三嶋は彼女との待ち合わせ場所へ。 場所は学校にあるホールの前、そこでは有名な交響楽団がコンサートをしたり、文化祭で三嶋の学校と同じように声楽や色々な演奏会、オペラまで行っている。「あっ、こっちこっち」明るく手を振る金井佐知子の姿が見えた。「どうもこんにちは、ずいぶんこの大学って結構すごい所なんですね。音楽に力入れてるって感じで」「音楽だけじゃなくて美術関係の学部もあるよ。有名人がけっこうここを卒業してるんだって」「そういう所に通ってるってすごくないですか、変な話学費だって高いと思うんですけど・・・」そんな質問をした瞬間、三嶋は心で思った。「こんな話、野暮だな。まずい」「うん、でもなんとかやってるよ」彼女は普通に答えてくれた。「す、すいません。こんなくだらないこと聞いちゃって、俺変だよな」笑って三嶋はごまかした。「さ、行こ」すっと三嶋の手をつかんでホールへかけて行く彼女。ホールの中の入口へ入ると大きな窓で囲まれた館内へ、そこから入る光がなんとも清々しく感じられた。「よかった、誰もいないみたい」彼女が メインホールの扉を開けると、舞台を中心に座席が円形上に囲まれた光景が目に映った。ふと見るとかなり大きいパイプオルガンが置いてあるのに彼は気づいた。「へぇ、パイプオルガンって実際こんなにも大きいのか」舞台の近くからオルガンを見上げて大いに感心している。「小さい物ももちろんあるけどこっちの方が音色に迫力があって外にまで聞こえるんじゃないかって程響き渡るんだから」自慢げで楽しそうに彼女が答える。「弾いてみたらどんなものなんでしょうね? それだけ迫力があるんだったら一度聞いてみたい気がしますよ」「それならいい事教えてあげるね。12月24日にうちの大学でコンサートがあるの、楽団や有名な演奏者が来てくれるんだけど、私たち声楽部も参加することになってね。結構最近まで張り切って練習しているんだよ。夕方から2時間くらいだけどもし三嶋君時間があるなら来てほしいな」「そりゃもちろんですよ、こういう雰囲気味わうの学祭の時以来なんで退屈してましたから」「本当、うれしい」彼女が満面の笑みで言った。「始めは乗り気じゃなかったんですけどね、正直言うと。でもここに来たらなんだか不思議と興味が湧いて来て聴きたいって思いました」「よかった。あっ、それから当日のチケット1500円だからね。それじゃ24日に会いましょ、必ず待ってるから」彼女はそう言うと手を振って去って行ったその時、後ろを向いた瞬間髪がさらっとなびいていた。三嶋はその姿をじっと見ている。「綺麗だな、清楚な感じがして」あまり異性と話した事のない彼だったがその魅力をひしひしと感じていた。「その金額が自分にとって価値あるものだったら良いんじゃないか、どうかな?」そんなことを心で思いながら刺激の無い毎日を感じている彼はこのコンサートを本当に楽しみにしていた。「青山でも呼んでみようか、俺一人だと寂しいから」