第11話 ー2人の主役ー
11月3日、大学の文化祭は始まった。多くのサークル・有志で活動する人達がそれぞれの活動の成果を世間に見せる瞬間である。学生プロレス、有名タレントのショーなどもあってかなり盛り上がりを見せていた。
そのような雰囲気は最終日まで続いている。僕らは文化祭最後のイベントであるコンサートの準備に大忙しであった。このイベントは大学の様々な音楽関連サークル一同による定番のコンサートで、ロック、クラシック、ジャズなど様々な音楽が披露される。
「三嶋、いよいよだなぁ。今度は金井さんにもボーカルをやってもらうことになったんで楽しみだな」青山は十分に練習を積んだ事も会ってかなり落ち着いて話しかけて来た。
「ああ、でも本番はこれから。夏の街のイベントとは来てる人の年齢層が違うからどこまでできるかわからないよ。ボーカル2人って初めてだからなあ、どうなるんだろ?」
「まあとにかくこの観客が大勢いる中で緊張する気持ちをいかに押さえられるか、そいつが勝負だよ。あまりかたくなっても練習の成果は発揮できないからな」この体育館は3つの競技が行える程の広さがあるのだがそれさえも超える程のコンサートを見に来た人たちで溢れかえっていた、大勢の人の声でざわめきながら。
「うそ・・・、こんなにいるなんて。多すぎじゃない、この中で歌えるの?」中林佑子はあまりの人の多さに驚いてしまい、いつもの負けん気な性格がなくなって不安感が込み上げていた。
「こんなの始めて」金井もただでさえ人前に出ることが苦手な性格なのでよけいに不安感が出ていた。
「まずいよ、これじゃまずい! 彼女達がこんな様子じゃ」バンドの要である2人を横目で見ながら三嶋は曇った表情で感じていた、そして心の中でこう思った。
「彼女達は自分達のバンドを支えている重要な立場なんだ、この雰囲気をぶち壊すことは出来ない。こんな時俺に何ができるんだ?」
「そろそろコンサートが始まるぞ。どうした三嶋?」
「野中、彼女達相当緊張しているんだけど大丈夫だろうか」
「確かにな。今までとは違う雰囲気に飲まれてるって言うのがあるんだろうけど、ここで俺達までそうなったらもっと彼女達が動揺する。考え過ぎも良くないぜ」
「開会の挨拶が始まるぞ」青山の言葉に三嶋たちは舞台の方へ顔を向けた。今の彼には彼女達の事が気掛かりで司会の挨拶なんて聞こえはしなかった。
「まだ本番まで時間があるから音合わせだけでもやろう」挨拶の後、少しの間練習をしながら時間を見ては他のサークルの演奏を聞いていた。誰もが情熱をこめてこの舞台に立ち観客の声援を受けて、自分達の音楽に対する役目を果たそうと演奏に望んでいる。一曲流れるごとに怒濤のような拍手と声が体育館を包み込んでいた。
「そうとう盛り上がっているな、俺達も負けてはいられない」
「あの2人、まだ緊張してるな・・・」三嶋は再度、彼女達を見て気持ちを奮い立たせた。このままでは自分達の曲は思うように演奏できないまま終わってしまう! 人にちゃんと聞かせてこそ評価が得られるのだから、ただ作っただけという自己満足で終わることになる。ここで自分が弱気になっていたら何もかも上手く行かない。
「次は俺達だ」先のグループが演奏を終えた時、大きな歓声がどよめいた。彼等はまだそれの覚めやらぬ雰囲気の残る舞台へと駆け上がっていった。
「よし、いこう!」僕はみんなに一声かけて気持を高めた。しかしその声も空しく曲が始まる気配はなかった。
「おい、あれ・・・」青山は緊張して固まっている2人を指差し小声で言った。
「まずい、このままだと・・・」会場は早く盛り上げてくれと言わんばかりにざわめきだした。
「今まで盛り上げてきたのにこれじゃぶち壊しだ」僕は彼女達の側でこう言った。
「駄目もとで歌ってみよう。今までの活動が順調に行き過ぎているせいか失敗を極端に恐れてるような気がするよ。とりあえず、普段の俺達を出していけばいいって考えて無理して盛り上げようとしなくてもいいと思う。」2人はその言葉を聞いた後かたい表情を緩めてうなずいた。
「うん」金井菜々がそっとうなずく。
「肩ひじ張らずにね」三嶋の言葉に中林佑子はふっきれてやっといつもの気持ちに戻っていた。立ち直った彼等は演奏を始めた。ボーカル2人は今まで緊張して声も出せなかったのとはうって変わって生き生きした澄んだ声で歌っていた。他のバンドのボーカルはほとんどが1人であった、しかし彼等には2人のボーカルがいることでかなり注目されてその声に聞き惚れる人もいる。ドラムがリズムよく叩かれ、ギターがボーカルの2人を後押しする伴奏をして、ベースとキーボードが曲全体の雰囲気をさらに高めていった。演奏の最中は誰もが彼等の歌をボーカルの声にあわせて歌い、体育館を響かせていた。
「最高だ、いいぞ!」
そして歌が終わると興奮のさめない歓声が体育館を大きく包み、観客が惜しみない拍手を舞台を去ってゆく彼等に送っていた。
「いやぁ、一時はどうなるかと思ったよ。ハラハラするなあ」舞台裏で青山が笑顔を見せて不安のうちを明かしていた。
「三嶋が2人をサポートしてくれたおかげだよ」喜びを隠しきれず野中が三嶋の肩を叩いて言った。
「そんなことないよ、俺はただ2人にいつもの通りにやればいいって言っただけだよ」
「本当にありがとう、格好悪いところ見せちゃった。あの大きな歓声に圧倒されてね、でももうああいう雰囲気は一度経験したから大丈夫!」中林は少し恥ずかし気に答えた。
「三嶋君のお陰でここまで出来たんだから・・・、どうやってお礼を言っていいかわかんない」
「いいんだよ、お礼だなんて大袈裟に。仲間なんだからさ、当然だよ」三嶋は観客の歓声を聞いた時、いままで短い間でも培って来た練習の成果をきちんと世間に見せることが出来たということが嬉しかった。
「さて、あとはやることがないからな、どうする?」片づけながら青山が話しかけて来た。
「あと2時間程で今年の学祭はおわりだな、あっという間に」
「それじゃ後は自由行動ってわけでここで解散にしないか? 後日コンサートの成功を祝して打ち上げをやろうと思うんだけど、どう?」
「それいいねぇ、そうしよう」仲間一同声をあわせて返事した、その後彼等は数々の催し物を見て学祭の残りわずかの時間を過ごした。
金井菜々は家に帰ろうとしていた、吹いて来た風になびく髪を押さえた表情はどこか嬉しそうだった。それもそのはず、大歓声の中で自分のやるべき事を果たした事が彼女の自信に繋がっているのだから。校門を出様とした時、誰か彼女の方へ駈けてくる人を見た。
「待って、一緒に帰ろう」その人は姉の佐知子だった。
「姉さん、どうして?」
「貴方の楽しそうに音楽を楽しむ姿を見に行きたかったから来ちゃった」
「そうだったんだ、ありがとう。で、どこにいたの?」
「体育館の後ろの出口の方、だって人が多くて前の方に入れなかったんだもん。だから遠くてみんなが良く見えなかったけど声ははっきりと聞こえてた。あんなに良い声で歌っているなんて・・・、初めて」
「私が緊張していた時にそっと彼が・・・、彼が励ましてくれたからかもね。本当に嬉しかった」
「良い友達だね。私一度彼と話をした事があるけど、そんな気がしてたんだ」
「これからも彼とは上手くやって行けそう」
「じゃ、行こうか。今日はがんばったから私がおごるね。最近結構手頃な値段で美味しい中華料理のお店を見つけたの」
「ほんと、行こ行こ」
校門のすぐ外で笑顔に満ちあふれた姉妹の姿があった。
一方、三嶋は1人で学祭が終わるまで適当に友人のいる別のサークルの教室に行ったりといろんな所をまわっていた。青山は今回のイベントでかなり疲れたと言って早く寝たいとさっさと帰ってしまった。
「友人の所に行くから、じゃあな。今度は打ち上げの時だな」野中は友人の所へ行ってしまった。
最後に打ち上げ花火が上がって学祭の最後を告げる時が近付いて来た。
「毎年これが定番になってるっていってたな」三嶋は花火が打ち上がるまでの間、広場のベンチに座ってわずかな時間をすごした。
「まだ帰ってなかったんだ」
目の前には彼を見下ろす中林が立っていた。解散した後、1人で催し物や屋台をまわってみていた。
「ああ、とりあえず花火を見てから帰ろうと思ってさ。ここじゃ毎度やってる定番の出し物みたいだからね」
「それなら・・・、花火がよく見える場所があるんだけど、行かない?」
「別にいいけど」素っ気無く三嶋は返事した。彼は何となく花火を見たいと思っているだけで楽しんで見るわけではなかったのでどうでも良かった。
「それじゃ、決まり」こうして彼は中林と一緒に花火のよく見える絶好の場所に行くことにした。そこは学校の近くの駐車場であった。中林が絶好のポイントと言っている程に人が集まりかけていた。丘の上にあるので景色を見渡すには丁度よく、花火を見るには良い所なのである。
「友達に教えてもらったんだけど、本当はみんなで見たかったな」
「まあ、ずっと学祭の間に音合わせだとか立ち位置だとかで準備が忙しかったし、いろんな所を見る暇もなかったからな。自分の時間だって欲しいと思うけどさすがに疲れたんだよ」2人が話していると3人組の女性が中林に話し掛けてきた。
「あ、佑子」
「どうしたの? みんな」
「今日はずっと体育館でバンドを見てたんだけど、佑子の所は特にすごいよねぇ」
「演奏もよかったし、なんて言っても2人のボーカル!」
「そうそう、他のバンドと違って華があるって感じ。また今度歌ってよ」
「ありがとう」彼女たちは三嶋の横で楽しそうに今日のことを話していた。彼はは自分達のバンドがどうであれ良い評価を受けていることが嬉しかった。
「2人をボーカルにしたのってのが正解だったかな? 始めはそれで不安だったけどなんとかなるもんだ」彼は心の中でそう感じた。
「そういえば、ねえ、この人確か・・・」中林の友人が三嶋にやっと気付いて仲間に話しかける
「あっ、佑子。もしかして隣の人って同じバンドの人? 確かギター弾いてたよね」
「そうそう、でもなんで佑子と2人きりなの」1人の友人が横目で冷やかすように中林に言った。
「ち、違う。そんなんじゃないよ!」
「動揺してるなぁ、もしかして・・・」友人のそんな発言に彼女は焦っていた。三嶋は「2人でいるからってそういう言い方はないだろう、そんなつもりないのに」と冷静に呆れていた、しかし彼の心の言葉は・・・。
「そういう風に見えるのかな・・・」彼女の友人達は別の所へ行ってしまい花火が上がるのを待っていた。
「あ、そろそろだよ。ほらっ、あそこで!」そう言った瞬間に花火が上がり暗闇に沢山の色とりどりの花を咲かせた。
「きれい」彼女は空を見つめてささやく様に言った。花火が途切れることなく打ち上げられ、弾ける音を聞き、きらめく光を見上げながら学祭の楽しいひと時に幕を閉じたのだった。