10話 ー出会い、語り合いー
 文化祭恒例のコンサートの練習は順調に行われて、その間に一息つこうとサークルが終わって例のカフェへ。まだ日が長い夕方の海岸通りを歩きながら僕らはコンサートをどう盛り上げようか話し合っていた。「まずは自分達が楽しんでやらないと意味はないからなぁ、それが大切だろう?」青山が陽気に答えた。「今まで成功したのはわかるけどさ、次はどうだか・・・」不安をかくせない僕。「まあ、とりあえずとことんまで練習して自分たちの納得するまでやってみたらいいんじゃないか?」野中が青山の質問に前向きに返す。「とにかく、今日はそんな事考えないで一息つこうよ。不安ばかりじゃ、ね」中林佑子の明るい声とは反対に金井菜々は黙って独り海を眺めながら歩いている。きっと彼女だって口にはしないが文化祭のことで不安をかくせないでいるに違いない。僕が見る限りでは一番彼女が努力しているように思う、その理由は彼女の姉が「妹ずっと遅くまで練習しているらしくてそのせいか、毎朝眠たい目をこすりながら学校へ行っている」と話していたからだ。 「どうも」カフェに入り、ここのスタジオの持ち主のマスターに挨拶する。カウンターには1人の男性がいるが彼は赤坂明孝(あかさかあきたか)で僕らと同じ学校に在籍している。サークルには入っておらずこのカフェで働いている代わりに住み込んで学生生活を送っていた。「明孝、彼等に最高の引き立てのを出してやってくれないか?」「ああ、良いのをね。叔父さん」マスターは彼の従兄弟でずっとこの街で何十年とこのカフェを街のために守り続け、紗峨野町の時の移り変わりを一番良く知っている。「みなさん本当に精がでるねぇ。勉強だけでなくてそういうことにも打ち込めるのは人生にとって大きな糧になるから」以前の夏のイベントにも僕らのために足を運んで差し入れを用意してくれた経緯があり、マスターは僕らの活動を良く知っていて応援してくれている。「この前は有り難うございました、そこまでしてくれるなんて」青山がお礼の言葉を言った。「人生の糧ですか。みんなたまたま趣味が同じだったからですよ、ここまでやれたのが不思議なくらいなんですから」野中は引き立てのコーヒーをブラックで飲みながら返事を返す。「俺も本当はみんなと同じサークルへ行きたいんだけど、ここの仕事があるから抜けだせないよ」赤坂が残念そうに思いを話している。「赤坂君って音楽の経験あるの?」「うん、高校の頃に趣味でバンドをやってる仲間がいたんでね。そいつらと一緒に文化祭の時いろいろとやってたよ。ベース、ギターの両方をかけ持ちしてたんで、まあ、それなりに」「そうか、今度何かの時は手助けしてもらえないか? 歓迎するよ」「そこまでやってるんだったらなおさら、ねぇ青山君」「本当だよ。ぜひとも頼むよ」今後赤坂も僕らのバンドに参加する事になり、卒業後も色々と彼とは付き合いが多くなっていく。「そういえばお前、何処のクラスなんだ?」「経済学部で第6校舎でいつも授業を受けてる。勉強は話ばっかりで難しい事だらけでさ、それにテキストが論述で書かれているもんだから読んでるだけじゃ分かりにくくてね。授業にこない奴が多いな」「俺達の授業もそんな感じだったよな、三嶋」「ああ、どこもおんなじなんだな。でもなんとかやらないとさ、留年だけはごめんだよ」「まあな」カップを洗いながら赤坂はこちらに笑顔を向けた。と、話には少々参加しているが窓の夜景を眺めている金井菜々を見て何か気にかけたようで僕に彼が話して来た。「彼女、けっこう綺麗じゃないか。あの子もバンド仲間なんだろ?」「中林さんの友達で金井菜々、ピアノ担当だよ。随分彼女の事気になってるみたいだね」「性格の明るい中林さんがボーカルで、物静かにピアノを弾く金井さんか。バンドの要と裏方ってやつかな?」「どう言う事だ? それは」野中は不思議そうに質問した。「つまり、ボーカルはバンドにとって中心的な存在で、それを守り立てるためにピアノがあるって考えると金井さんは裏方になるのは当然だろ」「ギターやドラムだけじゃあ少し物足りない感じは確かにするかな、って考えるとピアノがあるのって重要なんだな」「そうか、彼女は裏方の中ではかなり大事って訳だ」別のテーブルで中林と金井が2人で話している横で男4人は彼女たちを分析していた。「まぁ、俺達だって裏方だけど結構彼女のピアノが良い雰囲気出してるんだよな。そう思うのわかるよ」僕はみんなの意見に同調する。「なに話してるの、みんなして」中林が笑顔で僕らの間に入り込んで来た。「え? 俺達のバンドはね、仲間に恵まれているんじゃないかって赤坂が評価してくれていたんだよ」青山は彼女に自慢気に肩を叩いて答える。「うれしいよねぇ、出会ってから5ヶ月ほどなのに打ち解けちゃうんだもん。それでここまでチームワークを崩さないでできるんだから」「なんだか偶然でここまでこれて良いのかなって俺思ったよ」僕も青山にならって自信を持って言ってみた。「おいおい、あまり調子に乗るなよ、始まったばかりなんだから。これから色々やって行くうちにわからない事や大変な事だって出てくるかも知れないぜ」青山が嬉しそうな表情を見せながら僕を諭した。「卒業まで思いきりやってみる事じゃないか、とりあえずの目標は」「そうだよ。絶対に私達やめたくないでしょ?」 僕らの会話は彼女が来た事でさらに盛り上がりを見せている。しかしその反面気になる事がある、金井菜々のことだ。彼女はもともと話はしない方だと思うが、ずっと窓の方を向いて何か考えているようだった。気になって僕は席を離れ彼女の方へ、他の仲間は話に盛り上がりっぱなしで僕が席を離れたことなど気付いていない。「どうしたの? ずっと向こうを見てさ」彼女の向い側に座り話し掛けると僕を見た後少しうつむいた。「みんな、楽しそう」「うん、俺達のバンドの事で結構盛り上がってるんだよね。そうそう、金井さんのことも話していたよ」「どんな事?」「バンドの中では演奏を盛り上げるのにピアノは重要な役割だって話していたんだよ。得に金井さんのはね」「本当? 信じていいの?」彼女は少し顔を上げて僕を見ながら、不安げに言った。「ああ、俺が保証するって」「信じてみる、私・・・」「そうだよ。そうした方がいい、自分を信じてみないとな」 心の中で彼女にそう言うと同時に僕は自分に言い聞かせた。まだ三嶋も自分がどこまでできるかわからないし、今の自分を信じきれずにいた。  今夜はかなり盛り上がってしまった。こんなに楽しい時間を費やしたのは初めてで話題が尽きない程どれくらい話したのかなんてわからなかった。でもそれだけ嬉しく感じている自分がいる。「みんなとは離れたくないな・・・」