葬式費用の支払いと単純承認
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2015.7.29mf
弁護士河原崎弘
質問:遺産で葬式費用を賄えるか
私の父は癌にかかり、入院しております。医師の診断では、2ヵ月持たないそうです。
父には預貯金以上の借金があります。不動産等はありません。相続人は、私と妹です。
私たちは、相続放棄しようと思っております。
葬式やその他の費用を父の預貯金から出した場合は、遺産を処分したことになり、法定単純承認に当たるのでしょうか。
回答:質素な葬式費用なら単純承認にならない
相続放棄をする前に遺産の一部を処分すると、相続を承認したこととなり、以後、相続放棄ができなくなります(民法921条1号)。
相続放棄後、「相続財産の全部または一部を隠匿し、私に消費し、悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったとき」も同じです(同条3号)。
では、遺産を使って葬儀をすると、どうなるか、
判例が余りない問題です。
下級審の判例ですが、身分相応の遺族として当然営むべき程度の葬式のための費用に遺産を使うことは単純承認にならないとしています。さらに、形見分けとしての処分、社会的に相当な仏壇や墓石を購入も単純承認にならないとしています。
弁護士としては、100%大丈夫とは言えませんが、質素な葬式の費用に支出するなら、単純承認には当たらないだろうと言えます。
判例
- 大阪高等裁判所平成14年7月3日決定(家庭裁判月報55巻1号82頁)
ア 葬儀は,人生最後の儀式として執り行われるものであり,社会的儀式として必要性が高いものである。そして,その時期を予想することは困難であり,葬儀を執り
行うためには,必ず相当額の支出を伴うものである。これらの点からすれば,被相続人に相続財産があるときは,それをもって被相続人の葬儀費用に充当しても社会的見
地から不当なものとはいえない。また,相続財産があるにもかかわらず,これを使用することが許されず,相続人らに資力がないため被相続人の葬儀を執り行うことがで
きないとすれば,むしろ非常識な結果といわざるを得ないものである。
したがって,相続財産から葬儀費用を支出する行為は,法定単純承認たる「相続財産の処分」(民法921条1号)には当たらないというべきである。
イ 葬儀の後に仏壇や墓石を購入することは,葬儀費用の支払とはやや趣を異にする面があるが,一家の中心である夫ないし父親が死亡した場合に,その家に仏壇がな
ければこれを購入して死者をまつり,墓地があっても墓石がない場合にこれを建立して死者を弔うことも我が国の通常の慣例であり,預貯金等の被相続人の財産が残され
た場合で,相続債務があることが分からない場合に,遺族がこれを利用することも自然な行動である。
そして,抗告人らが購入した仏壇及び墓石は,いずれも社会的にみて不相当に高額のものとも断定できない上,抗告人らが香典及び本件貯金からこれらの購入費用
を支出したが不足したため,一部は自己負担したものである。
これらの事実に,葬儀費用に関して先に述べたところと併せ考えると,抗告人らが本件貯金を解約し,その一部を仏壇及び墓石の購入費用の一部に充てた行為が,
明白に法定単純承認たる「相続財産の処分」(民法921条1号)に当たるとは断定できないというべきである。
- 大阪高等裁判所昭和54年3月22日判決(判例タイムズ380号72頁)
本件のように行方不明であつた被相続人が遠隔地で死去したことを所轄警察署から通知され、取り急ぎ同署に赴いた抗告人ら妻、子が、同署から戸籍
法92条2項、死体取扱規則(公安委員会規則4号)8条に基づき、被相続人の着衣、身回り品の引取を求められ、前認定一、(11)のとおり、やむなく殆んど経済的
価値のない財布などの雑品を引取り、なおその際被相続人の所持金2万0432円の引渡を受けたけれども、右のような些少の金品をもつて相続財産(積極財産)とは社
会通念上認めることができない(このような経済的価値が皆無に等しい身回り品や火葬費用等に支払われるベき僅かな所持金は、同法897条所定の祭祀供用物の承継な
いしこれに準ずるものとして慣習によつて処理すれば足りるものであるから、これをもつて、財産相続の帰趨を決すべきものではない)。
のみならず、抗告人らは右所持
金に自己の所持金を加えた金員をもつて、前示のとおり遺族として当然なすべき被相続人の火葬費用ならびに治療費残額の支払に充てたのは、人倫と道義上必然の行為で
あり、公平ないし信義則上やむを得ない事情に由来するものであつて、これをもつて、相続人が相続財産の存在を知つたとか、債務承継の意思を明確に表明したものとは
いえないし、民法921条1号所定の「相続財産の一部を処分した」場合に該るものともいえないのであつて、右のような事実によつて抗告人が相続の単純承認をしたも
のと擬制することはできない。
- 山口地裁徳山支部昭40・5・13判決(判例タイムズ204号19
1頁)
被告千鶴子が訴外勝美の相続財産である背広上下、
冬オーバー、スプリングコート、時計、椅子等を被告千鶴子方に持帰り、又は送付されたことがあるにしても、証人重国武雄(第一回)、同坂井孝、同重国康文、同神田
保雅等の証言及び被告千鶴子本人尋問の結果を綜合すれば、訴外勝美の葬式に訴外勝美と別居していた被告千鶴子等が東京より徳山に来て参列した際においても、訴外勝
美の血縁にあたる原告(母)、訴外重国武雄(実兄)等において、訴外勝美の相続財産を事実上占有管理しており、被告等において、相続財産を調査あるいは直接にも間
接にも占有管理する状態にはなく、又それを訴外勝美等の血縁の者たちが、被告等に教えたり又占有管理を移すこともなく、葬式の香典類に対しても手がつけられない事
情のもとで、被告千鶴子において、不動産、商品、衣類等が相当多額にあつた訴外勝美の相続財産の内より、僅かに形見の趣旨で背広上下、冬オーバー、スプリングコー
トと訴外勝美の位牌を別けて貰つて持帰り、その後申述受理前に更に被告節子の願いにより、被告千鶴子において、訴外勝美の血縁の者に事情を話して頼み時計、椅子二
脚(一脚は足がおれているもの)の送付を受けて、受領したが、右の外に相続財産に手をつけたことがなかつたみとめられる。
前掲承認の証言中、右認定に反する部分は
採用せず、他に右“認定を左右すろに足る証拠はない5,して抱ると、右の事情のもとにおいて、被告等の行為を指して、これが民法第921条第1号の処分にあたると
考えることは到底出来ないところである。
- 東京控昭11・9・21判決
「葬式費用ニ相続財産ヲ支出スルカ如キハ道義
上必然ノ所為」で処分に当らない(新聞4059号13頁)
- 大審院昭3・7・3判決
被相続人ノ所有セシ衣類モ一般経済価額ヲ有スルモノハ勿論相続財産ニ属スルモノナレハ相続人ニ於テ之ヲ他人ニ贈与シタルトキハ民法第1024条第1号ニ該当シ其ノ之ヲ贈与シタルハ古来ノ習慣ニ基ク近親者ニ対スル形身分ニ過キサルノ理由ニ依リ之ヲ別異ニ取扱フヘキモノニアラス従テ上告人ノ為シタル本件衣類ノ処分ハ同条ニ該当シ上告人ハ単純承認ヲ為シタルモノト看做サルヘキモノナリ(新聞2881号6頁)
2006/10/28
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