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Last update 2015.5.20mf
弁護士河原崎弘

農地の仮登記売買

相談:不動産
サラリーマンであった私の父は、昭和 48 年に市街化調整区域にある農地を買い、仮登記をし、そのままにしてあります。この農地の所有権移転登記を請求できないでしょうか。
父の権利は、既に、時効消滅しているとの話も聞きますが、どうでしょうか。
相談者は、法律事務所を訪れ、弁護士に尋ねました。

回答
市街化調整区域
農地を、取得するには都道府県知事(取得予定者の住所が農地の所在と同じ場合は農業委員会。いずれにしても窓口は農業委員会です)の許可が必要です(農地法 3 条)。この許可は原則として、常時農業に従事する者に対してしか出ません。サラリーマンである質問者の父は、農地を取得できません。
ただし、農業委員会の認定は厳格ではなく、サラリーマンでも、農業従事者である旨の証明書を発行してもらえる場合があり、その場合は農地を取得できます。
農地を、宅地に転換する目的で取得する場合にも、知事の許可が必要です(農地法 5 条)。
都市計画法によって、市街化調整区域に指定された地域は、市街化を抑制すべき地域であるの( 7 条 3 項)で、農家の子供が分家して家を建築するためなど、特別の場合を除き、原則として農地を宅地に変更する開発の許可は出ません( 34 条)ので、農地の所有権移転も許可されません。
条件付き売買
そこで、市街化調整区域の農地を買う場合には、「農地を宅地に転換する目的で所有権を移転することにつき知事の許可があったこと」を条件に、所有権を移転するとの条件付売買契約を締結することがよく行なわれます。
この場合は、買主は、この土地のある区域が、将来、市街化調整区域から市街化区域に変更されるまで、所有権移転登記を待つことになります。
それまでは、代金を支払っても、買主は、土地の所有権を取得できません。
仮登記
所有権移転登記はできませんので、所有権移転請求権仮登記をする例が多いようです。仮登記権利者から、さらに、第三者がこの権利を買い、土地が、転々としている例もあります。
仮登記は、後日、本登記をした際の順位保全の効果しかありませんので、これでは、対抗要件になりません。
このような場合の法律関係は、買主は、ただ単に、売主に対し農地法上の許可申請協力請求権と将来知事の許可があった場合に所有権を取得できるとの権利しかありません。
相談者は、仮登記のまま、永年放置したようですが、そのような場合についての裁判例が、いくつかあります。大手の業者がこのような仮登記だけで、大量に農地を買い、大問題となっているところもあります。
消滅時効
農地の売買における農地法上の許可申請協力請求権は10年で時効消滅します (下記 1の判決 )。 法律上は、仮登記のまま放置すれば、売買契約上の権利は時効消滅します(下記 6の判決 )。
権利の時効消滅期間は、いつから起算するか、時効期間は、10年か、20年か、などが問題となっており、裁判例もいろいろありました。
民法では、消滅時効は、「権利を行使し得るとき」から計算すると、規定されています(166条1項)。通常は、弁済期から計算し、弁済期の定めがなければ、契約のときから計算します。
本件の場合、買主は、売主に対し農地法上の許可申請協力請求権を行使しても、許可は出ず、まだ「権利を行使し得るとき」に該当せず、市街化調整区域から市街化区域に指定が変更されたときに初めて、「権利を行使し得るとき」に該当し、買主の権利は、まだ、時効消滅していないとの考えもあります(下記 8の判決 )。
しかし、判例の大勢(下記 2、3の判決 )は、買主の権利は、「契約のとき」から、消滅時効が進行するとなってきており、時効期間は10年であるとなっています。
従って、売主が、消滅時効を主張して仮登記の抹消を求めて裁判すると、本件の相談者は負けてしまうことになります。
消滅時効の主張は権利濫用
ただし、買主が代金全額を支払い、土地の占有も 取得している場合「消滅時効の援用が信義則に反し権利の濫用として許されない」との判決もあります(下記 5の判決 )。
農地法5条による知事に対する許可申請協力請求権についての消滅時効の援用が権利の濫用として許されないとした判決もあります(東京地方裁判所平成10年12月25日判決、判例タイムズ1017号155頁)
なお、そのような場合でも、権利濫用とされるのは、売主の時効援用です。第三者が農地の所有権を取得し、登記すると(農業従事者なら登記できます)、仮登記権利者は、第三者に対抗できません(第三者の消滅時効の主張は、権利濫用とはされない、下記判決)。気をつけましょう。
時効中断
しかし、売主によっては、時効を主張することをいさぎよしとしない人もいますので、話し合いによって、契約を再度確認してもらえることがあります。その場合に、時効は中断し、買主の権利は、さらに 10 年間だけ存続します。
そこで、通常は、10 年経過しないうちに、売主に対し、売買について再確認する念書を書いてもらえないかと売主と交渉すべきです。これを書いてもらえれば、時効は中断されます。
もし、売主が念書を書くことを拒絶した場合には、判例によれば、10 年経過する前でしたら、許可申請協力請求権と停止条件付の権利の確認を求める訴を提起すれば、時効は中断されます。
10 年を経過しても、売主が念書を書いてくれれば、同じ効果があります(下記 7の判決 ) ので、相談者もこの交渉をすべきです。
売買契約後農地が農地でなくなった場合には、そのときに買主に所有権が移転し買主の権利は時効消滅しないとの判例(下記 4の判決)もあります。所有権が時効で消滅することはないからです。

判例

  1. 最高裁昭和55年2月29日判決(出典:最高裁判所民事判例集34巻2号197頁、判例時報409号69頁)
    農地の売買における農地法上の許可申請協力請求権については、民法167条1項所定の債権にあたり、売買契約成立の日から10年の経過により時効消滅する。
  2. 浦和地裁川越支部昭和58年5月19日判決(出典:判例時報1083号120頁)
    住宅地造成のため市街化調整区域内の農地を買い受けた場合であつても、買主の売主に対して有する知事に対する農地法五条所定の許可申請協力請求権の消滅時効の起算点は、売買契約成立の日であるとされた事例。
  3. 浦和地裁昭和59年1月23日判決(出典:判例タイムズ528号207頁)
    農地の売買契約成立後、買主は代金320万円のうち300万円を支払ったが、市街化調整区域に編入された場合にも、農地法上の許可申請協力請求権は、売買契約成立の日から10年の経過により時効消滅する。消滅時効の援用は権利の濫用とは言えない
  4. 最高裁第二小法廷昭和61年3月17日判決(出典:最高裁判所民事判例集40巻2号420頁)
    農地の売買に基づく県知事に対する所有権移転許可申請協力請求権の消滅時効期間が経過してもその後に右農地が非農地化した場合には、買主に所有権が移転し、非農地化後にされた時効の援用は効力を生じない
  5. 東京高裁平成3年7月11日判決(出典:判例時報1401号62頁)
    本件売買契約は、農地法5条の農地転用を目的とする売買であるところ、当時本件土地が市街化調整区域内にあつたことから、同条の許可申請をしても、控訴人の計画する開発事業が県や市の進める地域整備計画と整合したものでない以上、同許可を受けることは事実上極めて困難な情勢にあり、そのため、控訴人は、本件土地取得後、漫然と権利行使を怠つていたものではなく、その権利の不行使につき特段責められるべき事情はないこと、他方、厚及び被控訴人らは、本件売買代金全額をすべて受領しているほか、本件土地の固定資産税の一部立替え分を補助参加人か ら償還しており、遅くとも控訴人が本件土地の買主たる地位を取得した後は本件土地での耕作を一切放棄し、占有・管理行為もしないまま放置し、控訴人が本件土地を管理していたものであり、かかる諸事情を合わせ考えると、被控訴人が時効利益を放棄したものといえるかに関してはともかく、被控訴人が控訴人に対し、本件許可申請協力請求権について消滅時効が完成したとしてこれを援用し、実質的に本件土地の取戻しをはかることは、信義則に反し権利の濫用として許されないというべきである。
  6. 東京高裁平成4年9月30日判決(出典:判例時報1436号32頁)
    そして、売買予約に基づく所有権移転請求権保全仮登記の経由された不動産につき所有権を取得してその旨の所有権移転登記を経由した者は、仮登記権利者の権利の消滅時効を援用できるところ(最高裁判所平成4年3月19日判決参照)、この理は、条件付所有権移転仮登記の経由された不動産を取得した者についても同様であり、本件において、所有権移転登記を経由している被控訴人は、申請協力請求権の消滅時効を援用することができる。
  7. 東京地裁平成5年12月21日判決(出典:判例時報1507号144頁)
    農地法5条による所有権移転許可申請協力請求権についても商事時効の適用がある。・・・・
    Aは、前記出所後に、T工業代表者に対し、本件各土地の売買に関する手続が遅れたことについて詫びるとともに、早く農地転用手続をするようにとのT工業代表者の催促に対して、なるべく早く手続をする旨答えていたが、その後代理人を通じて本件各土地の買戻しを申し入れるに至つたのであつて、右買戻しの意思表示は、本件各土地に対するT工業の権利の存在を知つていることの表明にほかならず、かつ、時効完成後になされたのであるから、Aは、時効の完成を知りながら、時効の利益を放棄したものと認めるのが相当である。
    のみならず、Aは、本件各土地の売主として、T工業に対する所有権移転のための許可申請義務を誠実に履行すべきであつたのに、自らの服役中は農地法による許可申請手続を行わないでおき、出所後においても、T工業代表者に対してなるべく早く農地転用手続をする旨言明しておきながら、その後態度を急変させて買戻しを申し入れ、これが受け入れられないとみるや、本件訴訟を提起するに至つたのであつて、その間T工業は、前記のようにAの留守宅等に連絡するなどして、早急に転用許可手続を実行するよう再三催促しており、決して権利の上に眠つていたわけではないことをも考慮に入れると、原告が、Aの服役中であつた昭和63年2月に消滅時効が完成したとして右時効を援用することは、著しく信義に反するものというほかはなく、右時効の援用は、権利の濫用であつて、許されない。
  8. 東京地裁平成9年3月24日判決(出典:判例タイムズ959号186頁)
    本件の場合に農地転用許可を得ることは、本件各土地が市街化調整区域の指定を受けている限り、極めて困難というべきである(右は、ー証拠略ーからも認めることができるし、原告も争うところではない)。そして、このような場合、買主をして、許可を得ることができないことがほぼ確実であるのに、農地転用許可申請(しかも前記実務の運用によれば、右申請を行う際には、必ず開発許可の申請を並行して行わなければならない。)ないしその前提として原告らに対する許可申請協力請求権を行使することを要求することは、無理があり、買主に難きを強いることになると解するべきであって、これを行わなければ許可申請協力請求権が時効によって消滅すると解するのはあまりに酷である。
    したがって、本件の場合においては、本件各土地が市街化調整区域に指定されている限り、許可申請協力請求権の消滅時効は進行しないと解するべきであり、前記のとおり、昭和48年12月以降、本件各土地は市街化調整区域に指定されているのであるから、右請求権の消滅時効が完成したということはできない。
  9. 東京地方裁判所平成16年9月28日判決
    上記のとおり、所有権移転許可申請協力請求権の消滅時効は完成していると認められるが、本件各土地を原告に売却する前の丙川について検討してみると、丙川は、本件各土地の売買代金全額を受領しており、本件各土地についての2度の根抵当権設定についても異を唱えることはなく、もはや自らの所有地であるとの認識はなかったと認められること、他方、上記のとおり、被告は、本件各土地を取得した後、農地転用許可や開発許可の申請を試みたことやその可能性を検討したことは証拠上認められないのであるが、それは、申請をしても許可されることが難しいと考えたためであって、必ずしも権利の上に眠っていたわけではないと認められることなどの事情を総合すれば、丙川が、所有権移転許可申請協力請求権の消滅時効が完成したとしてそれを援用し、本件仮登記抹消のうえ、本件各土地を取り戻すことは、信義則に反し、権利の濫用として許されないというべきである。
    しかしながら、これを原告について検討してみると、原告は、前記認定の事情のもとに本件各土地を取得した第三者であり、その事情を考えると、原告が所有権移転許可申請協力請求権の消滅時効を援用したとしても、それが信義則に反し、権利の濫用として許されないとまではいえない。
  10. 東京地方裁判所平成22年6月29日判決
    本件において許可申請協 力請求権の消滅時効は,本件売買がされた昭和38年8月28日から進行すると解するのが相当である。
    (3) そして,農地法5条の許可申請協力請求権の消滅時効期間10年間が経過する前に売買対象である土地が市街化調整区域の 指定を受けて同請求権の行使が事実上困難になった場合であっても,そのことは民法が定める時効中断事由ないし停止事由に該当しな いから,消滅時効期間の進行は妨げられるものではなく,上記場合における権利者の保護は,信義則又は権利濫用といった一般条項に より図るほかない。
     そこで,本件において,原告らの消滅時効援用が信義則に反し,権利濫用に当たるといえるかについて検討するが,本件において昭 和38年当時どのような経緯で本件土地が売買されたかは証拠上不明であり,CからBに対し代金の全部又は一部が支払われたことを 裏付けるに足りる証拠はないこと,C,D及びAが本件土地が市街化調整区域に指定される前に許可申請協力請求権を行使することに つき法律上の障害はなかったこと,被告らは本件土地が市街化調整区域に指定された後であっても許可申請協力請求権存在確認請求訴 訟を提起し勝訴判決を得ることで時効を中断する余地もないわけではないこと,仮に原告らによる消滅時効援用を否定した場合には農 地法5条の許可を得られる見込みがないまま本件仮登記が長期間にわたって残存し,不安定な法律状態が継続することになってしまい 時効制度の趣旨に反することなどの諸事情を考慮すれば,本件において原告らの消滅時効援用が信義則に反し,権利濫用に当たるとい うことは相当ではない。
     以上によれば,被告らの許可申請協力請求権は,時効により消滅し,被告らに登記保持権原はないというべきである。

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