建物転借人が、転貸人を越えて、賃貸人(オーナー)と交渉し、保証金の返還を受けた例

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2015.2.14mf更新


(相談)
1.突然の立退要求
学生から、次のような相談がありました。
「大学の学生課の紹介で、保証金50万円 を支払って、○○○学生会館に入居しました。3か月ほどして、ある日突然、会館の経営者ではなく、オーナーの代理人である不動産業者から立退き要求書が届きました。建物転借人が、転貸人を越えて、賃貸人(オーナー)と交渉し、保証金の返還を受けた例入居者は家賃もきちんと支払っているのですが、会館としては入居者が少なく、経営がうまくいかないらしい。出て行かなければならないのでしょうか」
この会館は、鉄筋コンクリート造り 5 階建て、総室数 116 室、共同風呂、食堂がある立派なものです。学生は入館時に、入館料 15 万円、保証金 30 万円ないし 50 万円を支払い、家賃は 3 万から 5 万円でした。食事代、電気、水道代は月 4 万円位でした。沢山の部屋があるのに、入居者は 16 名しか居ませんでした。
入居者の女子学生は相談室に来ましたので、話を聞いてから、弁護士は、早速、立退き要求をしている不動産業者と会館の経営者に電話をし、事実関係を調査しました。

2.不動産業者の説明
不動産業者の説明は、概略次のとおりでした。
昨年 5 月、オーナーは会館の経営者にこの建物を賃料月額約 600 万円、敷金 5800 万円で貸した。経営者は、「既に 3 分の 2 の部屋は入居した」と説明していたが、これは嘘で、実際は 16 室しか入居していない。会館の経営者は賃料などをまとめて「本年 3 月までに支払う」約束をしたが、これを支払わなかった。

(オーナー)・・・賃貸借・・・(会館経営者)・・・転貸借・・・(学生)

オーナーは建物建設費の借入れ返済だけで月額 500 万円が必要で、賃料が払われていないので、現在、支払に苦しんでいる。
オーナーは、「経営者との賃貸借契約を解除し、建物を社宅として他に貸したい。入居者が居ると貸せないので、立退いて欲しい。業者は代替えの寮を用意したので、学生がそこに入居するなら、斡旋する」との意思でした。

3.会館の経営者の説明<
会館の経営者の話し振りは丁寧で紳士然としていました。しかし、弁護士が肝心なことを突っ込んで尋ねるとボロを出しました。私が「退去の場合入館料、保証金は返還してもらえるのですか」と尋ねますと、「内装費などに使ってしまって、金はもうない」と言うのです。非常に無責任な印象を受けました。
肝心なことについての会館の経営者の説明はでたらめでした。高額な賃料を払う当てもなく、学生を募集したのです。資金力も入居者を集める営業力もなく、まともな計画もないのに夢を追ったのです。
話が巧く、他人に夢を与えるが、結局最後には他人に損をさせるタイプの人です。要するに中味のない口先だけの人間です。詐欺師タイプとも言えます。
それとなく、資産につき聞きましたが、何も資産はない様子でした。無資力者を相手に請求しても何も取れません。馬鹿々しいことです。会館の経営者と交渉しても無駄だと感じました。

4.転借人の地位
入居者が 16 名では会館の経営は成り立ちません。現状ではオーナーは大きな損害を受けつつありますので、最終的には居住者に対し明渡の訴を提起してくるものと予想できます。会館の経営者が賃料を支払わず、賃貸借契約を解除されたら、居住者は、これに対抗できません。学生の賃借権(正確には転借権)は会館の経営者が有する賃借権の上に乗っているのです。基礎になる賃借権がなくなれば、居住者は退去せざる得ません。これは常識です。借地借家法により借主は強く保護されています。しかし、どんな場合でも借主が保護されるわけではありません。家賃を支払わない借家人は保護されません。
転借人は賃借人に代わって賃貸人に家賃を支払えば良いのです。仮に、部屋が満室であれば、転借人は中間の賃借人に支払う家賃を、直接賃貸人(オーナー)に支払うとの方法もあります。しかし、会館にはほんの一部の部屋しか入居者がなく、家賃は高額です。16 名で高額な家賃を負担することは無理です。

5.典型的な紛争
会館の経営者は詐欺に近い形で入居者を募集していました。賃料を支払う当てもなく 、オーナーから契約を解除される危険は十分予想できます。普通の神経を持った人なら 、少なくとも当初入居者が少ない場合にはどうやって賃料を支払うかを計画してから入居者を募集します。
正常な神経を持った人は他人に迷惑をかけることを予想し、このような無計画な入居者募集はしません。詐欺師タイプは、嘘を平気で言える特殊な才能の持ち主です。
このような人は無資力のことが多いので、実質的な紛争は、それ以外の関係者間で発生します。本件でも、善意である学生と善意であるオーナーの間で発生することになりました。
民事の紛争は当事者は善意であるが、中間にいた者が詐欺行為をしたとか、悪質であったケースが非常に多いのです。本件はこの典型的な民事紛争です。

6.父母の対応
少し経つと、学生たちの父母が相互に、連絡を取りあうようになりました。そこでの結論は「会館の経営者を相手に裁判をする」というものでした。しかし、無資力者を相手に裁判をしても無駄です。裁判する費用をどうするかも考えていません。未だ、父母は適切な判断はできず、怒っているだけの状態です。裁判をする相手として適当な者は、資力がある者です。

7.立退料の提案
法律上オーナーには責任はなく、気の毒ですが、こうなると、オーナーを相手にして交渉するしかありません。
そこで、弁護士は、不動産業者に対し、「裁判をすれば、費用もかかり、時間もかかる。時間が経過すると所有者の損害は大きくなるから(普通に貸せば、オーナーには月額 600 万円位の賃料が入る)、学生が退去する場合、会館の経営者に代わりオーナーが保証金を支払ってもらえないか」と電話で伝えました。業者は「考えておきます」と答えました。
合計 800 万円位の保証金の返還をすれば、毎月 600 万円の賃料が入るようになるのですから、この提案はオーナーにとって悪い条件ではありません。トラブルを解決した経験ある者なら合理的な提案と考えます。これは、もう法律上の責任ではありません。入居者が部屋を占有していて、オーナー は実力でこれを排除できないこと、裁判には時間がかかること(裁判官が和解を勧めたりして裁判が 1 回で終わらないことが多い。最短で約 2 か月〜 6 か月)、さらに強制執行には時間がかかること(最短でも約 1 か月〜 2 か月)など、法制度の不備は入居者に有利に働きます。俗な言葉で言えば、入居者がゴネているだけです。日本ではこの手法はよく用いられます。
民事の裁判官は判決を避け、和解を勧めます(判決を書くのが面倒とか、和解の方が事件が早く処理でき官僚としての裁判官自身の成績が上がるとか、和解が民事事件の最良の解決方法であるとか、色々な理由があります)。賃料不払いを理由とする明渡の裁判でも、立退料を支払う例はあります。
裁判所も官庁です。官庁を介在した手続きは時間がかかるのです。

8.入居者の動揺
ここの入居者は全員女性でした。3名が大学生、13名が高等学校の生徒でした。一部の入居者の親は、子供を心配し、転居を考えていました。夏休みが近づいていましたので、休み中に転居する計画をしていました。
しかし、自発的に退去しては保証金は返ってきません。弁護士のもとに何人かの父母から連絡が入るようになりました。弁護士は、前述の提案をしたことを説明しました。転居を計画しても、それを悟られないよう、荷物も部屋に置いておくように伝えました。外観上入居者には立退きの意思がないように装う必要がありました。入居者が転居を計画していることがわかれば、オーナーは会館経営者に代わり保証金返還する意思をなくすからです。放置しておけば、明け渡しは完了するからです。
そのうちに、オーナーから「電気・水道を止める」との通知がありました。部屋に電気が来なくなったら、実際に真っ暗の中で居られるか問題でした。学生は動揺しましたが、この対処は実際に止められてから考えることとし、弁護士は学生に対し、「できるだけ頑張るように」と、言いました。結局、電気・水道が止まることはありませんでした。

9.高校生の弁護士
そのうちに高等学校の顧問弁護士が高校生の代理人として乗り出してきました。その顧問弁護士は不動産業者の事務所に行き、交渉をしました。この頃には入居者の意思・態度は前述の提案の線に沿ってほぼ統一されていました。

10.和解
不動産業者にも顧問弁護士がいて、日本の裁判の実情を説明し、オーナーも裁判外での和解の解決方法が経済的なことを認識したのでしょう。
1か月ほどで、前述の「明渡の場合、オーナーが保証金を負担する」との立退条件がまとまりました。業者から弁護士にもその連絡が入りました。
大学生3人に連絡すると、3人もこの条件に応じました。3人は業者が作った明渡の契約書にサインしました。そして、明渡の際保証金の返還を受けて、退去しました。

11.紹介者の責任
では、部屋を紹介した者の責任はどうでしょうか。
この物件が不動産業者が仲介した場合には、業者に責任が生じることが多いでしょう(宅地建物取引業法35条)。業者は、貸主の賃貸権限につき確認する義務があるからです。判例もあります。
本件のように、業者ではなく、大学が無償で部屋を紹介をした場合はどうでしょう。
大学は不動産業者とは違い、賃貸の仲介をするのではなく、単に紹介をするのですから、宅地建物取引業法の適用を受けないでしょう(建設省住宅局の回答にも類似例があります)。
判例は見当たりませんが、大学は無償で紹介するのですから、無償契約である贈与の場合(民法551条)と同じく「瑕疵を知っていたのにもかかわらず、告げなかった場合に責任がある」のでしょう。おそらく、会館の経営者に「賃借権がなかったこと、あるいは賃借権が失われるようなトラブルが発生していること」を知っていたのにもかかわらず、部屋を紹介した場合に、責任を負うのでしょう。それ以外の場合には責任はな いでしょう。


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