お礼奉公契約は有効ですか
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Last updated 2024.4.1 mf
相談
私は、昨年、2年制の看護専門学校を卒業しました。2年間病院に勤めながら、准看護婦の資格を取りました。卒業後同じ病院に勤めながら正看護婦の資格を取るため専門学校に行くことになりました。
しかし、正看の学校へ行きながら、病院勤務を続けることが勤務時間の制約があるため、不可能だとして、昨年12月病院を解雇されました。
その後、私は前から希望していた、小児科の病院に就職し働き始めました。そしたら突然前の病院から「お礼奉公をしていないから、2年分の学費など60万円を支払え」との通知が来ました。私は、すぐ、支払わねばならないのでしょうか。
相談者は、友人に紹介してもらった弁護士に相談するため、法律事務所を訪ねました。
弁護士の回答
60万円が、授業料の貸与なのか、奨学金か、賃金かわかりません。とりあえず、典型的な例を説明します。
労働契約は3年を超える期間を定めてはいけません(労働基準法14条)。また、使用者(病院)から(貸与ではなく)一定の金銭が給付され、一定期間お礼奉公しなかった場合は、その返還義務があるとする契約は損害賠償の予定を決めるもので、労働基準法16条に反し、無効です。
金銭を貸与するが、一定期間労働したときは返済義務を免除するとの契約は有効です。
あなたの場合、上記の通りの労働基準法に合致した契約が締結されていることを前提に検討してみます。
まず、病院があなたを解雇したのですから、ことさら、貸与金の免除条件の成就を妨げたので(民法130条)、病院に返済請求の権利が発生するか疑問です。
次に、あなたは昨年12月までは勤務していたのですから、仮に病院に権利があっても、病院に対し全額を返済する義務はないでしょう。
これについては判例があり、いずれも、返還義務を認めないか、一部の返還義務しか認めません。
企業における従業員の海外留学、研修についても同様の問題があり、下記の通り判例は別れます。簡単には返還義務は認められません。最近は、実質的に判断し、労働者を拘束する目的があると、労働基準法16条違反とする判決があります。
判例
1989年10月25日東京地裁判決:
准看護婦学校生が「卒業後2年以上病院勤務した場合は返済義務を免除される」との条件で授業料などの貸与を受けた。
卒業後、本人は看護専門学校に就学したため、医療法人の経営する病院では(常勤ではない)早朝および准夜勤、深夜勤しかできなかったが、医療法人から貸し付けられた金員の返還請求につき、裁判所は、信義則の適用により約6割の返還を認めた(判例時報1351-64)
1992年7月31日横浜地裁川崎支部判決:
病院で働いていた見習看護婦が奨学手当月4万7000円を受けながら午後は准看護婦学校に通学していた。
1989年、本人は学校を修了して准看護婦資格を得ると同時に病院を退職した。これに対し、病院側は「奨学手当は立て替え金であり、返済義務がなくなるのは資格取得後2年以上勤めた場合と事前に合意していた」と主張し返済を求めた事件で、裁判所は、奨学金は賃金であると認め、返還請求を認めませんでした(1992年8月1日朝日新聞、労働判例622号25頁)。
1995年9月22日京都地裁判決:
看護学校を卒業後、関連の病院で働かないことを理由に卒業証明書や成績証明書を本人に交付しないのは、強制労働を禁じた労働基準法などに違反するとして、看護婦ら4人が、医療法人社団を相手取り、各証明書の交付と慰謝料を求めていた。
裁判所は、被告が各証明書を交付しなかったのは、就職辞退に対する制裁と考えざるをえない」として原告側の主張をほぼ認め、被告側に各証明書の交付と、原告一人あたり五万円ずつの慰謝料の支払いを命じた(労働判例、683号41頁)。
1995年12月26日東京地裁判決:
総合病院と、同病院に準職員として採用され、学費、生活費等の支給を受けながら看護学校に通学したい者との間における、
准看護婦資格取得後2年間以上同病院に勤務するという約定につき、現行法上、その法的拘束力を認めることはできないから、同約定は両者間における法的拘束力を伴わない、いわゆる紳士協定にすぎない
(労働判例689-26)。
1997年5月26日東京地裁判決:
社員の海外留学に関し、社員が一定期間勤務した場合には返済義務を免除する特約付の金銭消費貸借契約が成立していると認定し、学費の返還義務を認めた(判例時報1611-147)。
1998年3月17日東京地裁判決:
社員の海外研修員派遣制度でアメリカに派遣された従業員が帰国後まもなく退職した場合に、当事者間で締結した派遣費用返済合意の実質が労働基準法16条に違反し、無効であり、会社(富士重工業株式会社)から元従業員に対する返済請求が棄却された(判例時報1653-150)判決は、派遣費用が会社の業務遂行のための費用であるので、返済の合意の実質は違約金の定めに当たると指摘しています。
1998年9月25日東京地裁判決:
本件留学規程のうち、留学終了後5年以内に自己都合により退職したときは原則として留学に要した費用を全額返還させる旨の規定は、海外留学後の原告への勤務を確保することを目的とし、留学終了後5年以内に自己都合により退職する者に対する制裁の実質を有するから、労働基準法16条に違反し、無効であると解するのが相当である(判例時報1664号145頁)。
2002年11月1日大阪地裁判決:
修学資金などの返還または免除の合意契約は,その条項の形式的な規定の仕方からのみ判断するのではなく,貸与契約の目的・趣旨などから,当該契約が,本来本人が負担すべき費用を使用者が貸与し,一定期間勤務すればその返還債務を免除するというものであれば労基法16条に違反しないが,使用者がその業務に関し,技能者養成の一環として使用者の費用で修学させ,修学後に労働者を自分のところで確保するために一定期間の勤務を約束させるものであれば,労基法16条に違反する
看護学枚への入学につき,入学金,授業料,施設設備費などを貸し付ける「看護婦等修学資金貸与契約」,およぴその契約に対する連帯保証契約が,労働者の就労を強制する経済的足止め策の一種であるとして,労基法14条およぴ16条の禁止規定に違反するとされ,看護学校退学者らに対する賃金返還請求が棄却された
2010年4月22日大阪高等裁判所 判決
本件教習費等のうち教習所の授業料および交通費については,教習受講はXらの自由意思に委ねられ,Y社(タクシー会社)の指揮監督下にもないから業務とはいえず,また2種免許取得は固有の資格としてXらの利益になることであるから,本来Xらが負担すべき費用であって,もともと賃金的性格を有するものとはいえず,これらの費用についてはY社が消費貸借の対象とすることも許される。
教習所の授業料および交通費については,XらとY社の間で消費貸借契約が成立したと認められ,また本件教習費等の返還合意に労基法16条違反はないとして,Y社の本件請求のうち未返済であったX1の授業料21万余円のみが認められ,同人の教習費等の全額を認めた一審判断が変更された。
2017年3月24日山口地方裁判所萩支部判決
(5) 退職の制限等
ア 前記1(8)アのとおり,C事務長等の原告の管理職は,被告Y1が退職届を提出するや,本件貸付の存在を指摘して退職の翻意を促したと認められるのであり,本件貸付は,実際にも,まさに被告Y1の退職の翻意を促すために利用されている。しかも,C事務長は本件貸付Aだけではなく本件貸付@も看護学校卒業後10年間の勤務をしなければ免除にならないと述べるなど,本件貸付規定は,前記3(2)の解釈とは異なる,労働者にとって更に過酷な解釈を使用者が示すことによってより労働者の退職の意思を制約する余地を有するものともいえる。このような被告Y1の退職の際の原告の対応等からしても,本件貸付は,資格取得後に原告での一定期間の勤務を約束させるという経済的足止め策としての実質を有するものといわざるを得ない。
イ この点について,原告は,本件貸付規定をもって,就労を強制するものではなく,現に就労を強制した事実はないと主張するが,被告Y1本人の供述によれば,前記1(8)アの事実が認められるのであり,他方,証人C事務長は,被告Y1の退職届提出時の会話内容について異なる内容を供述しているが,同人の証言を踏まえても,前記認定は左右されず,原告の主張は採用できない。
(6) 小括
以上で検討したところに鑑みれば,本件貸付Aは,実質的には,経済的足止め策として,被告Y1の退職の自由を不当に制限する,労働契約の不履行に対する損害賠償額の予定であるといわざるを得ず,本件貸付Aは,労働基準法16条の法意に反するものとして無効というべきであり,本件貸付Aについての被告Y2の連帯保証契約も同様に無効となる。
したがって,原告(医療法人)は、被告(被雇用者、元准看護学校学生)らに対し,本件貸付に係る貸金返還及び保証債務履行の請求をすることができない。
レッスン:判断基準
「卒業後2年間勤務しなかった場合は、支給した金員は返還しなければならない」との規定の仕方は、労働基準法16条に反し無効です。
「借り入れた金〇〇万円の返済義務がある。ただし、卒業後2年間勤務した場合は返済を免除する」との規定に直せば金銭の貸与は有効となります。その場合でも
金銭消費貸借契約書
と労働契約を合体させると、問題が発生します。金銭消費貸借契約書と労働契約は別にするとよいでしょう。
企業の場合、研修とは言っても、事業の遂行をさせる場合は、一定期間前の退職に返還義務を課すと、違約金と認定され、返還義務は認められないでしょう。
参考:労働基準法
(賠償予定の禁止)
第16条 使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。
質問/客員研究員として派遣
はじめてお手紙申し上げます。「お礼奉公」のページ、 たいへん興味深く読ませていただきました。
実は、私、大手のメーカーに勤めておりますが、非常に似た状況にあります。数年前に国際企業人研修と称して、米国の大学へ客員研究員として派遣されました。このときに, 会社と下記のような文書を交わしています。
今日までおびえて暮らしていましたが、 やはりこの文書は無効でしょうね。
それにしても、大手会社が, そこまで明らかに違法であるような文書を強制するとは、考え難い話です。私が想像するに、このような文書を交わしても、会社は処罰されるような法律にはなっていないので、無知な社員を縛るために, 違法であることを承知でこの文書を書かせたように思えます。ことを荒立てる気はありませんが、どうも騙されたようで、気分の悪い話です。
よろしければ、御意見をお聞かせ下さい。
株式会社〇〇〇
人事部長〇〇殿
平成〇〇年〇〇月〇〇日
氏名 〇〇 〇〇〇〇
印
誓約書
私儀、今般社命により 米国〇〇〇〇大学へ研修を命ぜられましたが、研修期間中、または研修終了後6年以内に貴社を退社した場合は研修に要した費用の全額を会社に返還致します。
回答
会社があなたを騙したわけではありません。裁判では、返還義務は否定されるでしょう。
質問2/看護婦のお礼奉公について
実は、看護学校2年間在学中に現在の勤務先より奨学金をもらっていました。 内容は、
月額5万
卒業後2年間の勤務で返済を免除する
勤務が2年に満たない場合は全額返済する
ということでした。 今回、主人の勤務先の関係で転居することになり、通勤が困難なため退職せざるを得ない状況に なりました。現在の勤務先には1年5か月間勤務していますが、やはり全額返済しないとならないのでしょうか。
回答
判断に迷います。あなたに奨学金の返還義務はあるようにみえます。
しかし、上記判決に照らすと、あなたに有利な事情もあります。裁判にでもなった場合は、「1年5か月( 17 か月)勤務したから、受取った奨学金の 17/24 については返還義務はない」と主張してみるとよいでしょう。17/24 ではないかもしれませんが、一部の免除が認められる蓋然性は相当高いです。
さらに、1年5か月間勤務したことは、少なくとも、和解の際には、あなたにとって有利な事情となるでしょう。
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