慰謝料1000万円を支払う旨の約定書の効力

弁護士(ホーム)離婚/婚約破棄
2022.1.7mf
相談
私(35歳)と夫(38歳、医師)は結婚して6年、子供1人(3歳)がいます。
私は、通っていたスポーツジムのトレーナーと交際し、肉体関係を持ちました。半年間の交際で、肉体関係は10回ほどです。夫が私の携帯電話のメールを見て、私を問い詰めたので、私は、彼のことを白状しました。
夫は、離婚だといい、私に、「慰謝料1千万円を支払う」旨の書面を書くように言い、私は、言われるままに書面を書きました。
夫は、最近は、毎晩遅く、離婚は決定的です。
私は、離婚して慰謝料を支払うことは仕方がないと思います。でも、1千万円は無理です。私は、無職で収入はなく、財産もありません。1千万円支払わねばならないでしょうか。
相談者は、弁護士事務所を尋ねました。

回答:
(結論の妥当性)
通常、離婚の慰謝料は、300万円くらいです。1000万円は適正な慰謝料額の3倍を超えています。この金額は不当でしょう。しかも、相談者は、不貞を行ったとの弱い立場におかれて書面を作成しています。脅迫はないので、脅迫を理由に、取消しはできません。しかし、このまま書面の効力を認めることは妥当でないでしょう。

(真実の意思、心裡留保)
相談者は、書面に1千万円支払うと書いたのですが、支払うだけの収入も資力もないのです。真実、支払う意思はなかったといえます。
それでも、1千万円を支払うと表明したのですから、法律上は、原則として、1千万円の支払い義務があります。民法93条本文は、そのことを表現しています。

ただし、相手も、書いた人が支払い意思がない(真意)ことをわかっていたような状況の場合は、意思表示は無効とされます(民法93条但し書き)。

(本件の結論)
意思表示の相手方である夫は、妻に支払い能力がないことを知っていた、すなわち、相談者の真意を知っていたか、知ることができたでしょう(民法93条ただし書きが適用できます)。従って、結論として「慰謝料1千万円を支払う」旨の書面は、無効でしょう。
でも、相談者は、離婚に至ることにつき責任がありますから、通常の慰謝料である300万円くらいは支払う義務があります。
以上については下記の通り判例があります。

(心裡留保の主張方法)
通常は、相手が訴えてきたら、心裡留保で約定書の無効を主張すれば済みます。もし、積極的に無効を主張するなら、1千万円の債務不存在確認請求の訴えを提起してください。もし、公正証書などで1千万円の支払い約束をした場合は、請求異議の訴えを提起してください(民事執行法35条)。
下の違約金請求事件についての、裁判所の対応を見てください。種々理由から額面通りに違約金の効力を認めていません。

法律
(心裡留保)
民法第93条 
意思表示は、表意者がその真意ではないことを知ってしたときであっても、そのためにその効力を妨げられない。ただし、相手方が表意者の真意を知り、又は知ることができたときは、その意思表示は、無効とする。

(債務名義)
以上は、債務名義でない文書で違約金を決めた場合です。このような場合は、その後、裁判をする必要があり、そこで、違約金の妥当性、合法性について裁判官の 審査を受け、撥ねられてしまうわけです。
しかし、公正証書、調停調書などで大きな金額を決め(債務名義の取得)、それに基づき、強制執行をした場合は、チェックがありませんので、強制執行において大きな金額の違約金が認められてしまうことが多いです。
債務者は、弁護士に依頼し、請求異議の訴、執行停止の申立をして対抗します。

判例
  1. 東京地方裁判所令和2年6月16日判決(出典:判例秘書)
     7 争点(6)(本件違約金条項は,公序良俗に反するか)についての判断
    被告は,本件示談書作成当時,原告はAとの離婚を決意していたのであるから,Aとの不貞行為を1回するごとに100万円を支払う旨を定めた本件違約金条項は,暴利行為に当たり,公序良俗に反し無効であると主張する。
    本件違約金条項は,被告とAとの不貞行為が原告の権利ないし法益を侵害することを前提とするものであるところ,不貞行為時において,既に婚姻関係が破綻していた場合には,それにより原告の婚姻共同生活の平和の維持という権利又は法益が侵害されたとはいえず,特段の事情のない限り,保護すべき権利又は法益がないというべきである。そうすると,本件違約金条項のうち,原告とAの婚姻関係破綻後について定めた部分は,公序良俗に反し無効と解するのが相当である。
    前提事実(2)のとおり,被告とAは,平成31年1月25日,不貞行為に及んだことが認められる。他方,認定事実(4)のとおり,原告は,平成30年11月12日頃,Aが被告とホテルに宿泊したことを知り,Aとの婚姻関係の修復は困難であり,離婚せざるを得ないと考えるに至ったこと,原告とAは,同年12月20日,別居したこと,原告は,平成31年1月15日,離婚調停を申し立てたことが認められる。これらの事実経過によれば,被告とAが不貞行為に及んだ同月25日当時,原告とAの婚姻関係は破綻していたと認められる。
    したがって,原告は,被告に対し,平成31年1月25日の不貞行為を理由として,本件違約金条項に基づく違約金を請求することはできないと解すべきであるから,被告は,違約金支払義務を負わない。
    8 認容額
    以上のとおり,本件合意は成立し,無効ないし取消事由を認めることはできないことから,被告は,原告に対し,本件合意に基づき507万円(39万円×13回)及びこれに対する履行期経過後(訴状送達の日の翌日)である平成31年3月15日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を支払う義務があると認められる。
    第4 結論
    以上によれば,原告の請求は,507万円及びこれに対する平成31年3月15日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから認容し,その余は理由がないから棄却することとし,よって,主文のとおり判決する。
  2. 東京地方裁判所平成20年6月17日判決(出典:判例秘書)
    (3) 本件合意の有効性について
    ア また,被告は,前記第2の3(2)及び(3)の各アのとおり,本件合意が成立しているとしても,本件合意における被告 の意思表示は心裡留保又は錯誤によりされたものとして瑕疵があるから無効である旨主張する。イ これに対し,原告は,要旨,被告は本件合意に納得しており,本件合意における被告の意思表示に瑕疵はない旨主張する。
    確かに,上記(1)カないしシで認定したとおり,本件念書が作成された平成19年6月25日のCホテルのラウンジにお ける原告と被告との面談に際し,原告が声を荒げるなど原告と被告との間が険悪になったなどの事実は特段認められないこと,原告か らの慰謝料請求に対し,被告が慰謝料を支払うこと自体については直ちに了承していること,被告が原告から提示された慰謝料100 0万円という額の支払に対して長時間抵抗した形跡も認められないことなどの事情に照らせば,上記のとおりの原告の主張を理解でき ないでもない。
    ウ しかしながら,一般に,不貞行為者は,自己の不貞の交際相手の配偶者との直接の面談には心理的に多大な躊躇を覚えるも のであり,一刻も早くそれを終わらせたいと考えることが自然であると認められるから,慰謝料を請求されてもその支払に抵抗せず, また,高額な慰謝料額を提示されたとしても,減額を求めたり,その支払可能性等について十分に考慮することなく,相手方の言うが ままに条件を承諾し,とにかく面会を切り上げようとする傾向が顕著であると考えられる。
    加えて,本件合意における1000万円と いう慰謝料額は,一般の社会人にとって極めて高額な金額といい得るばかりではなく,不貞相手の配偶者に対する慰謝料額としても相 当に高額であることは明らかである。
    以上を併せ考えると,被告は,本件念書作成時において,その内心の真意としては原告に対して1000万円の慰謝料を支 払うつもりはなかったと認めることが相当である。
    そして,不貞行為者が自己の交際相手の配偶者と面会する際に覚えるであろう心理 的な抵抗感については,原告においても十分に認識可能であったというべきであり,また,それだからこそ原告は,口頭の合意のみな らず本件念書の作成を被告に求めた(上記(1)コ)と考えられるから,原告は,被告が1000万円の支払を承諾して本件念書を作 成するに当たっても,真実被告が1000万円の支払をするつもりがあるのかどうかについてはなお疑いを抱いていたと認めることが 合理的であるし,仮に原告においてそのような疑いを持っていなかったとしても,少なくとも慰謝料として1000万円を支払うとい う意思が被告の真意ではないことについて,知り得べきであったということができる。
    よって,本件念書に基づく本件合意における被告の意思表示は,心裡留保(民法93条ただし書)として無効というべきで ある。
    (4) 原告の主位的請求について
    以上のとおりであるから,その余の点を判断するまでもなく,本件合意に基づく原告の主位的請求は,理由がない。
    2 不法行為に基づく相当の慰謝料額について
    次いで,予備的請求について判断する。
    前記1のとおり,被告とAとの不貞な交際が原告に対する不法行為となることについては当事者間に事実上争いがないと認めら れるところ,原告は,それに基づく慰謝料として,原告とAとの婚姻期間,Aと被告との不貞行為の回数や態様等に照らせば800万 円が相当であると主張し,被告は,800万円は著しく高額であると反論する。そこで検討するに,原告とAとの婚姻期間,Aと被告との不貞行為の回数,態様等のほか,被告とAとの平成19年2月1日か ら同年6月中旬までの性交渉の回数は約20回と決して少なくないこと,被告がAに対して不貞な交際を肯定する内容のメールを送り, 積極的に関係を求めていること(甲2の15)など,本件における被告の違法性は相当程度に高度ではある反面,原告に対して最も責 任を負うべき者は,配偶者としての貞操保持義務に違反したAであると指摘できることなど,本件に表れた一切の事情を考慮すると, 被告が原告に対して支払うべき慰謝料は,300万円が相当であると認められる。
    よって,被告は,原告に対し,Aとの不貞行為という不法行為に基づく損害賠償として,300万円及びこれに対する不貞の交 際の始めの日である平成19年2月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を支払う義務があるというべきで ある。
  3. 東京地方裁判所平成19年2月15日判決(出典:判例秘書)
    上記認定のとおり,被告は,原告X1に対し,平成16年9月9日作成の誓約書(甲3の1)において,原告X2と別居し,原告X1と一緒になる旨の約束を守ることができない場合には慰謝料399万円を支払う旨の約束をしているところ,同誓約書の内容に照らせば,この399万円は被告Y1が原告X1に対して支払うべき 慰謝料額を合意した金額であると認められる。また,本件記録に顕れた一切の事情に鑑みれば,同金額は被告Y1が賠償すべき原告X1の慰謝料額として相当な金額であると認められる。
    したがって,被告Y1は原告X1に対し,慰謝料399万円を支払わなければならない。
  4. 東京地方裁判所平成18年6月30日判決(出典:判例秘書)
    夫(原告)が妻の不貞相手(被告)と次のような示談をした後、不貞相手が、さらに妻と不貞をした事件で、裁判所は、約定の違約金の40%(200万円)の支払い義務を認めた。
    @被告は,本件行為を深く反省し,原告に対し,心からお詫びをする。
    A被告は,原告に対し,方法の如何を問わずAに接触ないし連絡を取る等の行為を一切しないことを確約する。
    B被告は,原告に対し,本件行為の慰謝料として200万円を支払う。
    C被告が2項の確約に反し,Aと接触する等の行為に及んだ場合,又は被告が前項の原告への支払を怠った場合は,被告は,原告に 対し,違約金として500万円を支払う。ただし,Aにおいて被告に接触する等の行為に及んだ場合は,この限りではない。
    D原告及び被告は,本件示談書に記載されたもの以外,何らの債権債務がないことを相互に確認する。
登録 2010.11.5
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