女性事務員の業務上横領

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2015.4.30mf更新
弁護士河原崎弘
事件の概要
D社は、土木会社です。6 月期の決算で忙しい最中でした。経理部長が会社の預金をチェックすると、預金が極端に少ないことに気づきました。部長が経理担当の女性に尋ねると、平成 5 年 8 月 23 日、この女性は「私が使いました」と言って、横領を認めました。
驚いた部長が、この女性を問い詰めました。女性は、「現金が必要です」と言って、部長に小切手を切ってもらい、小切手を現金化する方法で預金を引き出し、自分の用途のために使っていることがわかりました。
部長は、社長に相談し、この女性の横領した金額、金の使途の調査に入りました。1 週間もすると、女性は会社に来なくなりました。

処理
横領された金額が大きいので、会社は、弁護士を入れ、処理することにしました。会社の担当者と弁護士は、小切手の耳を持って、女性の自宅に行き、夫にも立会ってもらい、使い込んだ小切手の一覧表を書かせました。
女性はよく記憶しており、使い込んだ金額は、平成 5 年 6 月末までの分で約 997 万円になりました。
この時点で、女性に「 997 万円は、必ず、返済します」との念書を書いてもらい、夫にも、連帯保証人として署名してもらいました。
その後も、部長と弁護士は、何度も女性宅へ行き、女性に、使い込んだ際の小切手の一覧表、使い込んだ状況、金の使途を自筆で書かせました。
横領金額は、最終的には 1840 万円になりました。
女性は、大部分の金を「競馬に使った」と説明しますので、疑問を持った弁護士らは、女性の預金通帳を全部出させ、コピーを取りました。しかし、女性は、大金を持っている様子はありません。
お金を隠し持っている可能性が消えないので、会社は、その調査を続け、返済を請求しました。
女性は「鹿児島の親類から借りて返す」とか、夫は「友人から借りて返す」などと言い、時間はずるずると過ぎていきました。
戸籍謄本などを取寄せ、本人の身元を調査すると、履歴書に書かれた本人の名、年齢も嘘でした。履歴書では昭和 19 年 12 月 12 日生れですが、本当の誕生日は昭和 14 年 12 月 13 日でした。
本人たちは、「弁償する」と言いながら、実際に弁済したのは 37 万円だけでした。

刑事告訴
本人に誠意がないので、会社は、業務上横領罪で告訴することに決めました。平成 6 年 3 月 17 日、会社は、1803 万円の横領で、この女性を告訴しました。
公務員である刑事は、通常、告訴の受理を嫌がります。弁護士が告訴状を持って、警察署に行きますと、担当の刑事は別室で、女性の前科を調べました。前科があったのでしょう。刑事は、告訴状を「預かります」と言って告訴を受理する様子でした。
後で判明したことですが、この女性は、昭和 43 年に文書偽造で執行猶予付きの判決を受けて以来、昭和 48 年詐欺、昭和 56 年詐欺、昭和 63 年業務上横領で、それぞれ実刑判決を受け、服役していました。
警察は、「証拠確保が難しい件を除いて告訴してくれ」と注文を付けるので、その後、弁護士は告訴状の横領金額を 250 万円に書き換えました。
警察の取り調べの過程で、女性の金の大半の使途は、宗教法人に対する寄付であると判明しました。この宗教法人は東京駅のそば、八重洲に立派なビルを持っていました。最近、神様はお金を欲しがりますから、さもありなんと思いました。
平成 7 年 1 月 27 日、警察は女性を逮捕しました。同年 2 月 27 日検事は女性を起訴しました。
平成 7 年 5 月 9 日裁判所は、この女性に対して懲役 1 年 10 月の実刑判決を言渡しました。

民事訴訟
通常は、刑事告訴は威力があり、告訴された者は必死に金を集めて被害弁償するのですが、この女性も夫も弁償をしませんでした。
平成 7 年 2 月 15 日弁護士は、女性に対して 1803 万円を、その夫に対して連帯保証をした 960 万円の支払いを求めて、地方裁判所に訴を提起しました。
女性は、刑務所から答弁書を送ってきて、「服役が終るまで待ってくれ」と主張し、夫は、「念書に署名したが、連帯保証の意思はなかった」と主張しました。
被告らの主張が通るわけはありません。
平成 8 年 7 月 25 日、裁判所は、女性に対して 1803 万円を、その夫に対して 960 万円の支払を命じる判決を言渡しました。
女性らは 1 審判決が不服なので高等裁判所に控訴しました。
高等裁判所では話合いが行われ、平成 8 年 12 月 20 日、次の内容の裁判上の和解が成立しました。
  1. 控訴人(女性)らは、1 審判決の支払義務を認め毎月 8 万円ずつ合計 500 万円を支払う、
  2. 控訴人らが上記分割金を期限に遅れずに支払った場合は、被控訴人(会社)は残金を免除する、
  3. この分割金の支払を 2 回分以上怠った場合は、控訴人らは1審判決の金額の残金を即時払いする
女性らは現在も分割金を支払い続けています。

反省点
会社は、採用に際して身元調査をしていませんでした。身元調査をして前科を調べることはなかなか難しいです。通常は、興信所が、警察に(金が絡んだコネを利用するか、あるいは、警察退職者が仲間に)聴く方法(もちろん違法です)か、旧住所で聞込みをする方法があります。
身元保証人を付けてもらう手もありますが、身元保証に関する法律が身元保証人の責任を軽減していますので、これも絶対ではありません。
この会社の最大の失敗は、職安を通して採用した従業員に、すぐ経理を担当させ、金銭を扱わせたことです。金銭を扱わせる場合は、2 年、3 年位勤務状況を見てから決めるべきです。
次なる失敗は、この女性の上司が、この女性の仕事ぶりをよく監督していなかったことです。この2つの失敗が重なって、会社は、1800 万円もの被害を受けたのです。
女性事務員の横領事件は、非常に多いです。これは日頃上司が少し注意すれば簡単に防げます。
この事件の処理に時間がかかったのは、当初、会社が、女性と夫の「親戚から借りて返す」との嘘を信じ、手続きを遅らせたからです。

人格は、本人の遺伝、環境によって作られます。その人格が罪を犯すのは、人格と環境の力学的作用の結果です。悪い環境でも決して犯罪を起こさな人格もあるし、良い環境でもらんらんと罪を犯す機会を狙っている人格もあります。一番多い人格は、中間の人格(凡人)で、悪い環境なら罪を犯すし、良い環境なら罪を犯しません。
この女性は、容易に犯罪に陥る危険な人格です。

関連事件
栃木県にある某財団法人で、組合費約3000万円を使い込んでいた女子職員がいます。総務課の経理もやっていたことのある女性で、しっかりした常識ある人だと誰もが思っていたのですが、結局5年間にも渡って、ずっと組合費を使いこんでいたのです。
定期預金を崩し、普通預金の口座からは、きっちり毎月毎月振り込まれた分をおろしていました。私たちは、彼女がそんなことをしているとは、全く気が付きませんでした。その他にも、消費者金融15社からの借金(700万円程度)があって、月々返済しているとのことでした。
その借金を返すために組合費に手をつけたのではなく、「それを元手にパチンコで増やして返そうとしていた」と、本人が言っていました。財団としては、警察沙汰になるのを避けたかったので、組合の執行部との話合いの結果、懲戒解雇という形をとりました。
横領した当人は、会社が警察には絶対知らせないというのは、分かりきっていたのです。「使ったのは組合のお金であって、財団のお金ではない。会社には何も迷惑を掛けていないのだから、退職金をもらうのは当然だ」と本人は言っていました。
3000万円のお金の行方も明らかにしないまま、彼女は解雇されました。組合としては、早急に返済を求めているものの、本人は、「月々5万円で、50年かけて払う」と言っているそうです。彼女は、今は、ある会社の秘書として働いているそうです。
今の世の中、悪い事をしても、全く普通に暮らせるのが不思議です。金融からの借金も、弁護士に「整理」という形をとってもらえば、元金の返済だけで済むのだと、その人から教えてもらいました。
私は、この人に自分の罪の償いをしてもらいたいと思います。今の日本は、悪い事をした者勝ちという風に思えて仕方ありません。会社が告訴しなければ、警察は動かないのでしょうか?

お答え
被害者が協力しないと警察も動かないでしょう。 被害者は組合か、財団法人かわかりませんが、どちらにしても役員は自分が責任を追及されるのをおそれ警察に被害届を出さないのでしょう。
組合が被害者なら、組合の役員に対して告訴ないし被害届を出すよう求め、総会でも同じことを求めたらどうでしょう。
財団法人が被害者なら、同じことを理事あるいは監督官庁に求めたらいかがですか。 財団にとって重要な問題ですので、監督官庁は財団に報告を求め、指導するでしょう。

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