時差式信号機設置交差点で、死亡事故を起こした場合の刑事責任
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2015.6.19mf更新
弁護士河原崎弘
質問;時差式信号
私は、普通乗用車を運転し、午前8時頃片側2車線の道路の中央で右折のため停止していました。対向車線には50mほど先にオートバイが走行してきました。私は、対面する信号が黄色から赤になったので、対向車線の信号も赤になったと思い、右折をしました。そこへ、さきほどのオートバイが突っ込んできて、私の車の左側面に衝突し、転倒し、運転者は死亡しました。
私は、その交差点は初めて通りますが、時差式の信号で、私に対面する信号が赤でも、対向車線の信号は11秒間は青色である、時差式の信号だそうです。私は、時差式の信号であることも知らず、時差式信号であることはどこにも書いてありません。
この場合、私に責任があるのでしょうか。私は、時差式信号などというものがあることも知りませんでした。
相談者は、市役所の法律相談室に予約を入れ、弁護士と相談できました。無料でした。
回答:時差式信号は危険
これは、なかなか難しい問題です。自分の対面する信号を見て、対向車線の信号も同じと考えている人は多いでしょう。さらに、右折のために停止し、赤信号直前で右折することは常識でしょう。
問題は、車の運転者にどこまで注意義務を課すかのということです。問題は、時差式信号であることを知らずに、対面する信号を見て対向車線の信号を予想することが許されるか、否かです。
似たような事件があり、1審で無罪、2審で有罪、3審(最高裁)で有罪でした(下記判決は下から、1審、2審、3審です)。
裁判所は、「車の運転者は、対面する信号を見て対向車線の信号を予想することが許されない」と、判断しています。
しかしながら、このような信号は危険なものであることを考慮し、死亡事故にもかかわらず、判決は、「禁固1年、執行猶予2年」でした。
被告人には、前科はなく、示談は成立していました。
このような裁判所の態度からすると、あなたには刑事責任は問われます。しかし、時差式信号が危険なことは裁判所もわかっていますので、それは考慮されます。あなたが、今後、示談に努力するば、執行猶予付きの判決が得られるでしょう。
判例
- 最高裁平成16年07月13日決定
原判決の認定によれば,被告人は,普通乗用自動車を運転し,本件交差点を右折するため,同交差点手前の片側2車線の幹線道路中央線寄り車線を進行中,対面する同交差点の信号が青色表示から黄色表示に変わるのを認め,さらに,自車の前輪が同交差点の停止線を越えた辺りで同信号が赤色表示に変わるのを認めるとともに,対向車線上を時速約70ないし80qで進行してくるA運転の自動二輪車(以下「A車」という。)のライトを,前方50m余りの地点に一瞬だけ見たが,対向車線の対面信号も赤色表示に変わっておりA車がこれに従って停止するものと即断し,A車の動静に注意することなく右折進行し,実際には対面する青色信号に従って進行してきたA車と衝突したというのである。
以上のような事実関係の下において,被告人はA車が本件交差点に進入してくると予見することが可能であり,その動静を注視すべき注意義務を負うとした原判断は,相当である。所論は,本件交差点に設置されていた信号機がいわゆる時差式信号機であるにもかかわらず,その旨の標示がなかったため,被告人は,その対面信号と同時にA車の対面信号も赤色表示に変わりA車がこれに従って停止するものと信頼して右折進行したのであり,そう信頼したことに落ち度はなかったのであるから,被告人には過失がないと主張する。
しかし,自動車運転者が,本件のような交差点を右折進行するに当たり,自己の対面する信号機の表示を根拠として,対向車両の対面信号の表示を判断し,それに基づき対向車両の運転者がこれに従って運転すると信頼することは許されないものというべきである。
上告棄却でした。
- 東京高等裁判所平成11年12月27日判決(判例時報1702号164頁)
なお、原判決は、少なくとも時差式信号の標示板の設置があれば本件事故が起きなかった可能性を否定できない旨判断し、弁護
人も、本件事故は時差式信号機に原因がある旨主張している。
時差式信号は、交通の実状に基き、その安全と効率の調和を求めて関係車両が道路交通関係法規を遵守すれば事故にならないこ
とを前提として設けられているものと考えられる。ただ、対面信号の表示のみで対向信号などの表示を予想して行動する車両が現
に存在するという自動車交通の実態に照らすと、その旨の標示板等の設置のない時差式信号が交通事故を惹起させかねない点で一
種危険であることは弁護人指摘の警察庁の通達を待つまでもないところである。
そして、本件において、被告人がやや無理な右折
をしようとしたのもそのためであると認められる。しかしながら、本件事故において、その責任を専らこの時差式信号のせいにす
るのはやはりおかしいのであり、本件の事故は標示板の設置云々以前に、被告人の対向直進車に対する動静不注視に起因すること
は前記説示のとおりである。
原判決には重大な事実の誤認があるから、破棄を免れず、論旨は理由がある。・・・・
本件事故は、被告人が本件交差点を右折するに当たり、やや無理に右折をしようとしてA車の動静を注視しなかったという、自
動車運転者としての基本的注意義務を怠ったことに起因するものであって、過失の内容を軽くみることはできない。また、その生
じた結果は余りに重大、悲惨であり、刑事責任は重大である。
しかしながら、被告人は、当初から基本的事実関係は認めており、今日まで事故後三年余、起訴後二年半と裁判が長期化してい
るが、これは原審における法曹三者の対応によるものであり、この間被告人は、その刑責をめぐり不安定な立場を余儀なくされて
いること、本件では、対面信号が黄色、赤色を表示したことから前記経緯で右折しようとしたものであり、賠償については、被害
者の遺族との間で和解が成立していること、その他前科がないことなどの有利な情状も認められるので、これらを総合考慮して、
その刑の執行を猶予することとした。
判決は、禁固1年、執行猶予2年でした。
- 横浜地裁横須賀支部平成11年3月30日判決
検察官の主張する被告人の過失は
「被告人は、交差点の入口付近で、信号が全赤に変わるのに気付くと同時に、前方約五四・
三メートルの地点に対向して進行してくるA運転の二輪車を認めたのであるから、同車の動静を注視し、同車が明らかに減速し、
あるいは、同車及び運転者の挙動から右折車に進路を譲る旨の意思表示があったと認められる場合等を除いては、同車が直進する
ため交差点に進入してくることを予見し、その安全を確認して右折進行すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠った」ことに
あると解されるが、これは原則としてはA車が直進するため交差点に進入してくることを予見すべきであるが、例外としてA車が
右折車に進路を譲る旨の意思表示があった場合は右折可能とするものであるところ、右の原則と例外は、青信号や交通整理の行わ
れていない交差点には該当するが、本件のような被告人の認識としての全赤信号である場合には、クリアランス時間としての全赤
信号は、交差点に滞留している右折車両等が次の現示が始まるまでに交差点を出ることができるようにするためのものであり、右
青信号等の場合と同様の注意義務を右折車運転者に課したのでは交差点を出ることが難しくなり、クリアランス時間としての全赤
信号を設けた意味がなくなるから、原則と例外を逆にすべきであり、したがって、全赤信号の場合の右折車の運転者の注意義務と
しては、直進車がその位置、速度等からして交差点(道路交通法二条一項五号の二以上の道路が交わる場合における当該二以上の
道路の交わる部分を指す)に進入してくるものと認められる場合ないし認めるべきであった場合等特段の事情があるときを除いて
は、右折しても過失はないものと解するとした上、本件ではA車が七〇ないし八〇キロメートル毎時の速度で走行して来たと認め
られるの対し、被告人が認識しうべきA車の速度は五〇ないし六〇キロメートル毎時であるから、右特段の事情は認められないと
して、結局過失があったことを認めるに足る証拠はない。・・・・
1審判決は無罪でした。
2004.11.10
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