キール×芽衣

SHOWOFF その1




キール。
キール=セリアン。
王宮の天才文官アイシュの双子の弟。
メイをこの世界に召喚してしまった“事故”を起こした張本人だ。
数年前から魔術研究院に在籍し、今年、最年少で『緋色の肩掛け』を拝領した
「緋色の魔術師」。

いじっぱりで研究の虫で、へらへらした兄にコンプレックスのある彼は、
メイとは他愛のない言い合いや口げんかを経て、
なんかいい感じになっていたのだった。



夜遅く、メイが研究院の建物に帰宅した時のこと。
「ただーいま……っと、あれ?」
研究院の廊下に、キールの部屋から光がもれている。
時間は深夜、季節はもう11月で。手足はかじかみ、吐く息が白くなっている。
「また根つめてやってるなー… あんまり無理すっと体に毒なのに」
メイはひとまず自分の部屋に戻り荷物を下ろす。
つい一月前。彼女は自分の世界へ帰ることよりも、彼のそばにいることを選んだ。
それまでもキールはたびたび無理することがあったが、それは彼女をもとの世界へ
帰してやりたい一身でやっていたのだ、と。
少なくともメイはもう、気付いていた。
「もうそんなに無理しなくていいのに……? ラボ開設のための準備か何かかな」
それはキールの夢。あるいは目標。

メイは寮棟の炊事スペースに行き、お湯を沸かしはじめた。ここに住む研究生が
共同で維持しているマジック・アイテムの一つ。薪や炭が無くても、
手軽に卓上で火をおこせる。
棚からキールのマグカップを取り出し、部屋から持ってきた自分のカップと並べて置く。
カカオの粉末をそれぞれに適量入れる。
「おおお…… 寒い…!!」

しゅんしゅんしゅん。
お湯が沸き、フタの隙間から湯気が立ちはじめる。
「ЁητЧ」
ワードを唱えて発熱トレイの効力を停止させる。沸いたお湯を2つのマグカップに注いで
かき混ぜる。
ココアの出来上がり。
「へへへ」
メイは未だ光のもれるキールの部屋に向かう。
「キールぅ? 入るよー……って、あらら、寝ちゃってるよ」
メイの恋人は、机の上にいくつもの資料や触媒を広げたまま、魔法書の上に突っ伏して
眠ってしまっていた。
メイはカップを机のすみに置き、毛布を持ってきてキールにかける。
「キール…」
無理ばっかりしていると風邪ひいちゃうよ?
メイは隣の椅子に座り、キールの横顔を見つめる。
自分の分のココアにちょっと口を付ける。

キール手製の魔法の明かりが煌々と二人の顔を照らしている。
「無防備な顔しおってからに……うりゃ」
むにむにと頬を突っつく。
「おお、サラサラ…… これお手入れとか何もしてないんだよねぇ」
髪の毛に触れてみる。
ん?
メイはテーブルの上に珍しいものを見付ける。
「何だろ……写真立てだよね」
片手をのばして倒れていたそれを立てなおす。少し褪せた写真には二人の小さな男の
子と、女の子が写っている。
「これ、キールとアイシュだよね…うわ、かわいい」
確かに写真の男の子には、メイ最愛の人の面影がある。
どこかの家庭の庭先で撮られた記念の写真。
アイシュも、キールも、3人とも満面の笑顔だ。
「……」

そんなことをしていると。さすがにキールも目覚めたようで、髪の毛をつまんでいた
手が引っ張られる。
「あ、やば」
「ん……って、メイ! …いつの間に帰ってきた!? というか、何で俺の部屋に
いるんだ、おまえ!」
目覚めた瞬間に間近でのぞき込んでいたメイの顔に、真っ赤になりながら後ずさる。
どうにか椅子から転げ落ちる手前で、持ち直す。
「ねね、これってキールとアイシュだよね。三人姉弟だったんだ?」
メイは先程の写真立ての写真を指差して言った。
「ん…… ああ」
キールが写真立てを手に取る。
「まあ姉弟みたいなもんかな。うちの隣のお姉さんだったんだよ。…シェリダさんは」
「………。」
なんか。
なんかすごく、おもしろくない予感がするんですけど!?

キールの、そのやけに優しい口調とか。
分かりにくいけどやっぱり確実に、うっとりしている表情とか。
そりゃ、今の一番はあたしだっって、自惚れぐらいはしてるけど。
でも、そんな表情見せてもらったことはない。

……これは……。



<続きます>
→2章に進む
↑一つ上の階層へ