イーリス×ディアーナ
風の中で その4



ディアーナが王宮へと帰った後、イーリスも街へと降りてきた。
大通りを歩いていたところで、見知った顔に出くわした。
「よう、イーリスじゃねーか」
時間はそろそろ夕方から夜へと変わろうとしている。
「シオン! どうしたんですか。こんな時間に出歩いているなんて珍しいですね」
「ちょっと今日は酒でも飲むかー、ってな。ちょうどいい。おごるから付き合えよ」
「分かりました。ご相伴させていただきます」

夜の気配に包まれた街は、大通りといえども人通りはまばらだ。ぼつぼつ明かりを
灯し始める家もある。
家路を急ぐ男。
家庭から漂う夕食の香り。
「お前が部屋おさえている宿ってあれか?」
シオンが前方の宿屋を指差す。
「そうです。立地もいいし雰囲気も悪くないと思いましたから。でもよく分かり
ましたね」
「まあ、なんとなくな」
室数そのものはそれ程多くなく、内装も凝った作りで、逆に言えば「一般受け」
しないテイストだ。値段も必ずしもお安くない。
「なら、そこの一階ってのはパスだな。こっちの店にするか」
「奢り主におまかせします」
二人は狙いを定めた店に入っていく。

「2人だ。奥のテーブル、いいかな」
シオンがテーブルを指差しながらマスターとおぼしき男性に声をかけた。
口ひげをたくわえた丸顔のマスターは、風味のある動作でうなづいた。
酒と酒肴を頼んで席に着く。
抑えた照度のランプがテーブルを照らしている

「再開を祝して、かな」
「そうですね」
ちん、と杯を合わせ、お互いに一杯飲む。空いた杯に注ぎ合う。
「それにしても、お前さんがクラインに来ているとは思わなかったな。」
「一月ほど前まではダリスにいたんですよ」
「なーる。今だとダリスからはこっちにしか来れないってか。どうだった、ダリスは?」
「軍備の増強とか新魔法の研究とか、不穏な空気が漂ってきたんで出ることにしました」
「ふーん。もう旅人に感じ取れるとこまで緊迫してんのか」
「宮廷魔導士としては気が気でないところですか? 今は筆頭を務めているとか」
「まったく身に過ぎた職務だよ」
料理が幾つか運ばれてきた。シオンが杯をあおる。イーリスも口をつける。
「でも俺はもう腹をくくっている。『気が気でない』なんて時期は通り過ぎたよ。
平和外交に奔走するみんなの手前、こんなことは口に出せないが、あれはもう、
一発ことを構えずには済まないだろうな」
「あなたも苦労が絶えませんね」
「まったくな。かといって俺が急に真剣な顔で王宮に勤め出したらそれこそ士気に
関わるしな。やってられないよ」
酒が入っているせいか、旧友の前だからか、それとも宮廷と無縁の相手だからか。
シオンはいつもの韜晦を表に出す気はないようだ。

「ところでうちの姫さんの話だ」
シオンは視線を合わさずに切り出した。だが口調から切り出した話題が真剣なもので
あることが感じられる。
「お前、どう思ってる」
イーリスは口をつけていた酒を下ろして、口を開いた。
「大切なお得意様の一人、というのではいけませんか?」
「いけないな。第一おまえ、そんなこと思ってないだろが」
「権力者側に生まれた女性にしては、民を見下したところがないし、世間知らずでは
あるけれど、好奇心が豊富ですから……
「そんな、まだるっこしいことを聞いてるんじゃねえよ!
……あの姫さんはみんなの中で生きてるから分かりにくいかもしれんが、お前の事は
間違いなく、最大の、本気だぞ?!」
シオンがイーリスの前襟を掴み上げる。
言葉のろれつも回らなくなってきている。
イーリスはそんなシオンをじっと見返した。
「すいません。ちょっとおふざけが過ぎました。
……でもシオン。あなたも私に本心を全てさらしてはいませんよね?」
「ああそうだな。すまん、人に本心をたずねる態度じゃなかった」
もう何本目かのびんが空になる。気を抜くと世界が回りだしそうだ。

「俺は姫さんのことが気に入ってる。下世話な意味にとってくれて構わねぇぜ。
だから、姫さんのことを傷つけようとする奴は許さないし、姫さんが不幸になっ
ていくのを見るのは我慢がならねぇ」
シオンのグラスの氷が溶けて、かたり、と鳴った。
「ありがとうございます。……
私も彼女のことを好きですよ。あなたの言う意味でね。後戻りできない位に本気です。
傷つける気もありません。ですが、私と一緒にいることで彼女まで不幸になってしまう、
それが恐いんです」
「そっか。それならいい。おまえがそういう気持ちでいてくれるなら。
それを知った上でなら、選ぶのは姫さんだ」
シオンはようやくこわばった表情をとく。にやりと笑った。
「うまくいくといいな」
「余計なお世話です」


二人はさらに次の瓶に手をかける。夜がふけていく──
この店は、客がつぶれても夜明けまでそのまま寝かせておいてくれる。
そんな空気に包まれて、二人の酒宴はまだまだ続くのだろう。






『なあ、分かってるか? 俺はお前にも幸せになって欲しいと思ってるんだぜ?』













ディアーナが出ませんでした(汗)
シオンが大活躍。

お酒が回ったせいで、後のセリフになるほど二人がニセモノくさいような。
でも、酒が回ったら男同士なんてこんな感じじゃないでしょうか。
そして、次の日になったら「記憶がない」ことにして
恥ずかしいことを言ってしまった自分をごまかしつつ、いつもの自分に戻る、
みたいな。


P.S.
複数形と所有格が重なる時の"s"の綴りってどうするのが正解なんでしょうか……


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