ガゼル×シルフィス その1

プロローグ




これはクライン初の女性騎士、シルフィス=カストリーズの物語である。
アンヘル村出身の彼女は、紆余曲折の末、彼女の同僚のガゼル=ターナと
付き合うことになり、そして結婚する。
これはそんな数年後のお話し。



私は今日の任務の集合場所へ急いでいた。隠密襲撃なので現地付近の人目につかない
場所までは、それぞれが単独で向かうことになっている。
私はガゼルとは別々に家を出て、現地に向かっていた。
「おかしいな、この辺りのはずだけど……」
私は辺りを見回す。
「シルフィス、こっちだ」
懐かしい声に振り返る。見ると、物陰から私達のかつての隊長、レオニス=クレベール
騎士長が手招きしている。
「隊長! お久しぶりです! ……あ、ガゼルも」
「お、シルフィス、やっと来たか。遅かったじゃん」
「久しぶりだな」
レオニス騎士長が涼やかな低い声で言った。
「こうして同じ任務に就くのは、随分と久しぶりな気がするな」
「だな。顔はなんだかんだでたまには合わしますけど、任務ってことになると。俺達が
特務部隊にされちゃってからは『隊長』と一緒にやったことないっすよね」
と、ガゼルが言う。
本当に。
いくら人手が足りないからって、いくら私達2人が若くて元気だからといって、
諜報活動から破壊工作、拠点の防衛や会合の護衛、果ては会戦の先鋒にテロの鎮圧にまで
こき使うことはないでしょう、殿下。

「でも、こうしてこの3人が集まると5年前に戻ったような気分になりますよね」
私はこの5年間に思いをはせる。

そう5年前。私は故郷のアンヘル村を出、クラインにやってきました。
アンヘル族は幼年期、性が未分化な状態で育ち、思春期ごろに男性体、もしくは
女性体へと変化します。
私は15歳になっても分化が訪れず(異例のことです……)、また、種族に特有の
魔法の才にも恵まれませんでした(実はこれもかなり異例のことです……)。

当時、かなり落ちこんでいた私は、長老の発案で、人生の転機を求めて、ここ
クラインの騎士団に留学させて頂くことになったのです。
その時、私の属することになった小隊の隊長をしておられたのが、このレオニス=
クレベール隊長。そこで一番最初にできた友人がガゼルこと、ガゼル=ターナでした。

「……。」
「…………」
作戦の最終確認をしながら、ふと隊長の顔を見上げる。
「そう言えば隊長、またさらに背がお伸びになったんですか?」
「……。
いくらなんでもそれはない」
隊長があきれた調子で言った。
「だがシルフィスは変わったな。女性っぽさが増したというか、雰囲気が柔らかくなった。
それで剣腕も落ちていないのだから、大したものだ」
「ありがとうございます」
上から見ていてくれる発言がここちよい。私達にとってこの人がずっと『隊長』である
ように、この人にとっても私達はずっと「かわいい教え子」なのだろう。

隊長は無口で無愛想で、おまけに背が2m近い。さらに目付きが鋭いので、宮廷の
女官達には恐がられているけれど、本当にかっこいい人だと私は思う。
なーんで、この人のプロポーズを断ってしまったかなー、とは今でもたまに思う、と
いうのはないしょの話。

「あーっ、ひでえな隊長。シルフィスはもう俺のなのに手を出すなんてさ」
ガゼルが私に抱き着きながら、ニヒヒと笑う。
私は言う。
「大丈夫ですよ、ガゼル。私の相手はあなただけですから」
「ふむ、これは一本取られたな」
隊長がふっと笑う。
この人も、本当は冗談なんかを言う人ではないけれど、私とガゼルの仲が揺らぐ物では
ないことを知っているから、この3人になった時にはこうして軽口を叩いてくれる。
「では任務にかかるとするか」
「了解!」
「はい、隊長!」
私とガゼルがそれぞれに唱和した。


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