You and Me ─


──高町家早朝。


ここ、高町家には5人の互いに血のつながらない女の子達と、彼女たちの心の
母であるところの高町桃子と、そして男の子が一人住んでいる。
そんな、女の子の中の一人、この家の姉的存在、フィアッセ=クリステラと
家長・高町桃子とのつきあいは長い。
二人は今日では、年長組としてみんなに暖かい眼差しを向けている。

今回は、そんな絆のお話し。




(ごめん恭也。今回は脇なんだ……)

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鳥の声と陽の光と、あたたかい料理のたてる香り。
レンや晶やなのは、みんなの笑い声。高町家が眠りからさめる。



「それじゃみんな、今日も一日頑張っていきましょう!」
「「「行ってきます!! 」」」

高町家の朝は桃子の挨拶で始まる。
恭也と女の子達はそれぞれ学校へ。私と桃子は翠屋へ向かう。
恭也と美由希がいつものようになのはを送っていく。晶とレンはそちらの組みと
対照的ににぎやかだ。
「フィアッセ、それじゃ私達も」
「あ、うん、今行くー」
なんとなく、下の子達を見つめていた、私に桃子が声をかけた。
私も急いで支度を終わらせて、みんな一緒に家を出る。
私達の仕事場は、桃子の経営する喫茶店。
ここ海鳴市ではかなり名は通ってるし、全国でも知る人ぞ知るおいしいお店。
桃子の自信の仕事場だ。




空気は澄んでいる。
空は恨めしいほどに晴れている。暖かくてまぶしくて、すごくいい天気。
あのことがなければのんびりと、とても気持ちよく一日の仕事が始められるのに。
そんな私達の出勤する道の途中、桃子が言った。

「ああ〜〜〜〜、とうとうこの日が来ちゃったー! ごめんね、フィアッセ。
こんな無茶なスケジュールに付き合わせちゃって。」
桃子はいつも前向き。子供達の前だと特にそう。
でも今は少し苦笑いがまざっている。

桃子は自分が高町家の空気を支えている事を、子供達がそれぞれに大変な事に
頑張ってチャレンジして生きている事を誰よりも、そして自然に知っている。
だから、こんな弱気に見える発言をしてくれることは珍しいんだ。

「いいよ、やりたいっていう桃子の気持ちはよく分かるし、午前中はシフトに
入れる子、少ないし。
私が手伝うのも、手伝いたいと思うから、手伝うんだからね?」

私も桃子に、にがわらいを交わして見せる。
桃子もだけど、笑いにごまかしてはいるけれど、今日のお仕事は結構ハードだ。
なるべく桃子の心の負担にならないように言ったつもりではあったけど、やっぱり桃子は
少し気にした様子で私に言う。
「ごめんねー、今日を乗り切れればしばらくはゆっくりできると思うんだけど……」

桃子の声は後半は自分にも言い聞かせるような声色になっていった。


実は今日の私達のお仕事には、
お昼からの結婚式に間に合うように ウェディング・ケーキを作るという仕事が、
いつもの翠屋の、店舗の営業と平行して入っている。

そのウェディングケーキの依頼者様は、なんでも桃子が若いころお世話になった方
だとかで、桃子は特別にこの仕事を受けた。
お菓子だって生モノだから、真面目に作ったら作り置きはほとんどできない。
おまけに昨日はシフトが薄くて、桃子も私も手が空かなかった。
松尾さんも、恭也も美由希も昨日はみんなかり出してやっと営業してた。

で、今日の午前中は入れる人には全員入ってもらってシフトを組んだけど、
それでも、2人分手を浮かせるのが精一杯だった。
つまり、
私と桃子の2人だけの一発勝負・突貫工事でそのケーキ、仕上げる必要があるのだ(
松尾さんが今日は休みなのは本当に痛い)



私達は歩いて、まだ眠たそうな商店街に入っていく。
朝の太陽が、まだかすかに残る朝靄を少しずつ溶かしている。
翠屋のお店が近づいてくる。勝負の時も近づいてくる。

「さあー、お店が迫ってきちゃったよ〜? どうっする? フィアッセ!」
と、桃子がおどけた調子で私をおどかす。
うん、桃子の中ではもう、気分は切りかわってるみたいだ。
これならいける。だいじょうぶ。
桃子と一緒にいると、私の中にも挑戦者魂が湧き上がってくる。
「だーいじょうぶだよー、出来るに決まってる! 私と桃子なら!」
私は言った。


まあ、毎日営業していると、時にはこういうスケジュールになる日もあるわけで。
今日ほどの物ではないにしても、何度もこんなことはあった。
不運って重なるものだ。
私が呼び寄せてしまっているから、というのも少しはあるのかも。。

でも、そういう考え方は、しないようにしよう。どうせならこの翼、
いつか真っ白に輝かせて桃子達に見せてあげたいと思っている。
それがきっと恩返し。


ふと。
そんなことを考えていて、別なことを思い出した。

「ねえ、桃子。今ふっと思いだしたんだけど……」
……そのまま流してしまうのは勿体なかったので、私はそれを口に出してみた。

「桃子とウェディング・ケーキ作るのって、あれ以来かな? すごい久しぶりだよね?
なんか思い出すよね」
「え? ああ、あの時のこと? あれも大変だったねー」
と桃子が言った。
二人とも苦笑いの顔になる。
よかった、やっぱり桃子も覚えてた。あの思い出。



そんなことを言っている間にも、私達はもう翠屋の前だ。
今の翠屋は、特別朝が早い人達のためのモーニングメニュータイム。
O番の人達に合流して、営業時間もここからが本番。
私達はお店の中に入り、一日の準備をしていく。

そんな、
私達の気分は。

──『いざ、戦場へ』──




* * * * * *

──『あの時』

私と桃子の思い出。
『あの時』。

あの時も、私と桃子がウェディングケーキを作ってた。
何年前だったかな……
ぱっとは、思い出せないけど。
でもちゃんと思い出そうとしたら、たぶん正確に覚えてる。

翠屋はまだその頃、それほど忙しくなくて、今よりはがらんとしてた。
私はまだ翠屋のアルバイトを始めたばかりで、分からないことも多かった。
そんな頃のことだ。

その日はキッチン一人・ホール一人のシフトになっていて、さらにそのケーキを
作っていた。
作りながら営業もしていた。(今だったら絶対に無理だと思う)
その日も今日と同じようにすごくいい天気で。
その日翠屋の店内に入ってきていた光の色とか、漂っていたクリームや紅茶の匂い
とかは今でも思い出せる。

その時のケーキというのは、もう忘れちゃったけど市だか県だかの議員さんの結婚
式用のケーキだった。今だったら受けないかもしれない仕事だったけど、その時は
桃子は受けた。


その時もかなり無茶なスケジュールだったっけ。
こんなことを言うと桃子は怒るかもしれないけれど、桃子は
基本的に「ちょっと無理」をするのが楽しいんだと思う。

楽しんで、 110%の領域に踏み込んでいく。

その日も、始めのうちは楽しみながらの挑戦、という感じだったけど、

段々煮詰まってきていた。

桃子もぴりぴりしてきて、
時間は迫ってきていた。

お店の営業もしながら、というのが苦しかったのかもしれない。
タイミング悪くお客さんが入ってきてしまうと、気持ちと意識の集中が
どうしても途切れてしまう。
それに、お店の中の空間を、ケーキ用の作業場として一定のスペースを
取られてしまうのも、全体の効率を落としてた。


そうして、イライラばかりつのって作業は進んでくれないし、

予定の時刻は近づくのに、予定からは現実は確実におしていた。


それはそんな時に起こってしまった出来事。
私が不注意で、というか注意力散漫で、9割がたできていたケーキ台を
ひっくり返してしまった。

物がつぶれた音が響いて、スポンジとクリームが床に飛び散っていた。
その時私はどんなことを考えていただろう。
たぶん何も考えられていなかったと思う。

ただ、そのもう潰れてしまったケーキの残骸を目にうつして立ち尽くしていただけで。
なにもできなかった。
動くこともできなかった。

「ごめん……。ごめんなさい、桃子……」
私は目の前がまっくらになったような気がしていた。桃子もたぶん
一瞬はなっていたと思う。
私は申し訳なくて、どうしたらいいか分からなくて……

ただずっと謝っていた。
うつむいて、かたくなっていた。
景色がぐるぐるまわったり、耳鳴りの音さえ聞いていたかもしれない。


そんな私の肩に、ぽん
と、桃子の手が置かれた。

「もう一度作りましょう? まだ2時間もあるから」
それにピリピリして作ってた作品なんて、いい物なわけないしね、
と言って、桃子はあははって感じで笑った。
その笑顔は作った笑顔ではあったかもしれないけど、それでも桃子は前向きに
頭を切り換えようとしていたし、私のことを気づかってくれてもいたんだ。

でも。
でも2時間。営業しながらの2時間だ。それに2時間後というのは結婚式が始まる
時間であって、運ぶことまで考えたら使える時間はもっと短いのだ。
「でも……」
言いかけた私の言葉をさえぎって、桃子が言った。
「それもまた失敗したら『30分だけ待って下さい!』って繰り返しておいて、
もう2時間後に 3個目を作ろう?
それも失敗しちゃったら、私はこういった仕事、しばらく干されちゃうかもしれ
ないけど、私はフィアッセとずっと一緒に仕事していたいと思うから、いつか
『次』があったら、その時また手伝ってね?」

不思議だった。
いや、むしろ私は不安でもあったかも。なんでこの人は怒らないんだろう。
笑顔でいられるんだろう。
私を、 責めないんだろう。

疑問は浮かんだままだった。けど、
桃子がさっさと台の片付けを始めてしまったので、私も2個目の準備を始めていた。


私が見た、桃子のミラクルはあれが最初だったかな。



そう。
そうだ。

そういえば今日が、その「次」だ。


私は思う。

ちなみに、その時のケーキ作りは、3個目になることもなく、運び込みの時間に
遅れることもなく、完璧にしあがった。
だから、今回だってきっと大丈夫。



* * * * *


そして現在。


「疲れたねー」
「ほーんと」

私と桃子はケーキを届けて翠屋に戻って来ていた。
晴れた日の太陽はさらに高く上がって、町をうらうらと暖めている。
ガラスの向こうの街路は真っ白に照らされている。対照で、日陰がすこし
暗く見える。
風はねっとりと凪ぎ、本当に平和な風景だ。
数時間前までの喧騒がうそのように、店内もくつろいだ空気だ。

ちょっと気が抜ける。
席にいるお客様から見えない位置で、ちょっと伸びなんかしてみたりする。


早番シフトの子達はみんな上がって、今は割と暇な時間帯な関係で
お店には二人にしてある。

…………。
桃子の知り合いの人のという結婚式は、ごくつつましやかな物で
依頼のケーキもあの時に比べれば、ずっと小さい物だったけど、
それだけに手は抜けなかった。

いや、抜きたくない仕事だった。


「まさか今回も作りなおすことになるとは思わなかったけど」
私は桃子に言った。
「ごめーん、あれは桃子さんのわがまま」
桃子は笑う。
顔は疲れているものの、表情には翳りのかけらもない。

今回は、
作ってる途中で桃子が新しいアイデアを思いついて。
前のアイデアでは全然満足できないことに気付いてしまった。

で、その50%の半完成品はなかったことにして、
また新しいアイデアでのケーキを、その場で口頭で、指示を聞きながら作っていったの
だけど。

今回もまたちゃんと間に合った。
私も今回はちゃんと活躍した。
桃子はいつも、計画が壊れてからが強い。

うらやましいな。
いつか私もこんな風に強くなれるだろうか。
そんな思いで私は桃子を見る。
その桃子は、まかないの(自分達で飲む用の)コーヒーを二人分、淹れているところだ。

私の中で、いつも桃子は輝いている。
昔は昔で、今は今で。
いつだって憧れだ。


「あー、でも桃子さん、さすがに大の字。恭也が帰ってきたら、遅番代わってもらって
私は休むー!」
駄々をこねるようなおどけた口調。
桃子が二人分のコーヒーを手に、私に話しかける。
「あ、じゃあ私は忍に電話して、代わってもらおうかな♪」
私も桃子の提案を受けてそう言った。
実際のところ、さっきまでの桃子はすごくてきぱきと仕込みを終わらせていた。
この状態なら、恭也クラスの人がチーフになって切り回せば桃子がシフトを抜けることも
可能だろう。なるほど、そういうことだったのか、などと私は考える。


桃子の淹れてくれたコーヒーが、暖かい湯気をたてている。
私は受け取ったカップをわきに置き、
お店の電話を手にとる。


と、そこへ。
「かーさん、とフィアッセ。……何の話ししてたんだ?」

噂をすれば影、で恭也が翠屋の入り口に立っていた。
ちょうど帰ってきたところらしい。
そんな戸惑ったままの恭也に、桃子が嬉々として話しかける。
「んふふー、ちょぉっと女同士の話をねー。
……それより恭也、今日、遅番かわってくれない?」

「それはまあ、構わないが……」

あ、『女同士の話』なんて言われて恭也が狼狽してる。おもしろい。
一人で勝手に生きてるように見えて、いつも周りに気を配っている。
恭也はそんな子。
さてと、私はその恭也の恋人に用があるんだった。
私は受話器をとる。

「えーっと、確か忍の番号は…… 」
言いながら私は番号をプッシュする。

「ああ月村なら……」
恭也が私に何か言いかけたところで、電話がつながる。
私は電波越しに忍にたずねる。
「あ、忍? フィアッセです。今どこかな?」
『え? 翠屋のすぐ前ですけど』

そう言った忍の声が、受話器の内からとお店の入り口の方からと、二重に聞こえた。


「どうしたんですか? フィアッセさん?」
忍が携帯を切りながらお店に入ってきた。
これはどうやら、恭也と二人で帰ってきたみたい。
若い子達が現れて、お店の空気が急に活気づいた気がする。
こっちにまで元気が満ちてくる感じ。
私も明るい気分で、先程のお願いができる。

「ああー、忍ー、今日の遅番、私の代わりに入ってくれないかな?」
「え? 私は別に構わないですけど」
忍は、お店の状況をチェックしていく恭也の方を、ちら、と見てからそう言った。


「本当?! ありがとう!」
私は忍の手をつかんでぶんぶん振る。
桃子の方は恭也に連絡事項を話している。
「あと30分くらいで、遅番の人が3人来るから、おやつタイムは大丈夫だと思う。
ディナータイムまでには松尾さんも来てくれる」
「了解した。……松尾さんは今日は遅番なのか」
「そー。おかげで今朝はもう大変大変」
桃子が大げさに言う。
……いや、ぜんぜん大げさじゃないかな。

そんな桃子の話を横目で聞いていた忍が、恭也に近づく。
「あ、じゃあそれまでは高町君と二人っきりだ」
忍がえへへって感じで笑いかけている。恭也が憮然としている。おお、
二人ともかわいい。

「……」
「ねえ、恭也は私と一緒に何かするの、イヤ?」
忍が心配げな表情をして、恭也をのぞきこむ。

「そんなことはない」
「えへへー、よかったー」

忍はそう言って、真っ赤になる恭也を尻目に、着替るために更衣室に向かう。


「あ、じゃあ二人とも、後は任せたわよ?」
そんな恭也と忍に、桃子が声をかけた。
「よろしくねー、忍。恭也もよろしく!」
私も二人に声をかける。
今日の私達の仕事はあがり。

後のことは2人にまかせて、私達は翠屋を出た。

若い2人は若い2人で。


私達は女同士で。

私と桃子が繁華街を歩く。今日は天気がいいから、少し動くと汗ばむくらいに暖かい。
桃子が、
んーっと、のびをして言った。
「ねえ、フィアッセ、2人でパーッと飲みに行かない?」
「あ、いいね! それじゃカラオケにも行こうよ!」




……戦士達に休息はない。






 <終わり>




と、いうわけで、桃子SSです。
フィアッセSSじゃないかって?

ですが私としましては、「桃子さんのちょっと格好いいとこ見てみたい!」
という所から話を考えはじめた以上、これは桃子SSであるつもりなんでね。

そこに、同性同士ゆえの憧れ、みたいな心象風景がもう一つのアイデアとして
くっついたら、流れの全工程がつるりと生まれてしまったという……。
盛り上げや演出としても、自分にあっているスタイルに思えましたし。

とはいえ、桃子の一人称語りSSを期待していた方には申し訳ないことをしました。


ところで、那美SSとかなり近い時期にこのSS、書いているわけですが、
どうでしょう、那美とフィアッセ、ちゃんと心象風景の書き分け、できてますかね?

それがかすかに不安だったり。




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