第12回「修善寺倶楽部」


 20世紀最後の集会の開催地に選ばれたのは、古都、京都です。何か深い意味があって京都にしたのかというと、まったくそのようなことはなく、単に幹事の私が行ってみたかったというだけの理由でここに決めました。
 これまでの旅行ですと、集まって酒飲んでメシ食って寝るだけでしたが、やはり歴史遺産が豊富な京都だけのことはありまして、今回は「集まって酒飲んでメシ食って寝る」+「お寺めぐり」という新たな展開がありました。ただ、お寺めぐりに関しては一部メンバーにはあまり評判は良くなかったようでした。お寺がつまらない、というのではなく、どうやら歩くのが嫌だったというのが理由のようです(情けないなあ)。

 1999年12月、私も自分のサイトを立ち上げ、その中にこの「修善寺倶楽部」コーナーを設けることにしました。案内はここに載せ、いつでも閲覧できるようにしました。以下の文章がそれです。

----- ここから ---------

2000/01/02(日)
先手必勝

「あけましておめでとうございます。
 昨年はたいへんお世話になりました。
 本年もよろしくお願いします。」

 年賀状といえば、だいたいこの手の文面からはじまって、そのあと一言添えたりなんかするのが一般的だということは承知していますが、「今年の修善寺はどこにするの?」とか「修善寺はいつやるの?」だとか「今年の修善寺は行くからよろしくね」なんていう言葉が添えられているのは、もう慣れたとはいえ、ちょっと変です。

> 今年はいつ頃修善寺やるの?
> 高知から行きやすい所にして下さい。

 開催地アンケートで「利用したい交通機関は?」の問いに「近鉄」と返えた過去を持つ近岡さんからの要望です。「行きやすい」の解釈に私達の常識を当てはめることは、もはや意味をなさないだろうことはお分かりだと思います。今年の幹事を務めさせていただく私がそのことをもっとも痛切に感じております。
 そんなわけで、暖かくなってきたころ、近岡さんの「行きやすい所」を探りにいくため、ちょっと高知まで下見に行ってくることにします。皆さん、今年の開催地がどこになっても驚かないだけの心の準備はしておいてください(ついでに小遣いの準備もね)。

2000/05/07(日)
京都に決定
 今年の開催地は京都に決定しました。日程は近日中にはっきりさせます。

2000/05/14(日)
7月15日(土)16日(日)に決定
 今年の開催日は7月15日(土)16日(日)に決定しました。全員参加で申し込みますが、行けない人はいませんよね?
 ぶっつけ本番では何かと心配なので、週末に京都下見へ行き、地鶏料理の店と豆腐料理の店の二つを訪れてみました。どちらも知人から紹介してもらった店でとても美味しかったのですが、前者は店が狭く大人数は入れそうになかったし、後者は雰囲気からしてそれなりの人と行く店であることが分かりました。当日までには皆様のご期待にそえるような店を見つけてきますので楽しみにしていてください。

2000/08/26(土)
今度こそ正真正銘、9月9日(土)10日(日)に決定!
 「修善寺倶楽部」メンバーの皆さん、大変遅くなりましたが、今年の開催日を上記のとおり決定いたしました。これは正真正銘の決定事項です。どうもご迷惑おかけしました。
 大ボケにもほどがありますけど、祇園祭が7月にあることをすっかり忘れておりました。私たちのように祭りを目的としない旅行でしたら、非常に混み合うこの時期を避けるのが得策だと思い、日程を変更させてもらいました。料金体系がかなり違うし、そもそも予約が取れなかったのです。 (^^;
 さて、今年の集会拠点として選ばれたのは、 京都のおへそ「滝の流れる料理旅館中原」 です。畳敷きの大広間で雑魚寝できるような場所を探していたのですが、残念ながらそうした宿は探し当てることはできませんでした。ただ大広間は無理だったものの、なんといっても「京都のおへそ」に泊まれるのですから、この集会に参加された誰もがきっと満足されることを確信しています。
 また、まだまだ暑い季節ですから、鴨川のほとりか、あるいはもっと上流で水遊びでもやったら楽しいのではないかと考えています。ご意見、ご要望などございましたらお寄せください。

2000/08/30(水)
夕食は、祇園、祇園ですよ!!
 幹事をやっていて何が辛いかといえば、皆さんのお知恵を拝借させてもらうつもりで「ご意見、ご要望などございましたらお寄せください」と書いているのにもかかわらず、誰からも意見や要望が送られてこないことです。一番辛いのが「おまかせするよ」というやつです。こんな当てにならない人間にまかせて、どうするつもりじゃ。
 それはそうと、ここ数日は帰宅するとガイドブック等を頼りに、店の検討をするという作業をつづけていました。夕食を食べる場所を探していたのです。旅館中原で夕食を食べると思っていましたか? 中原では朝食を予約しているし、夕食は外でとります。
 一見さんだし、半ばダメかもしれないと諦めていたけど、土曜の夜は祇園で夕食をとることが可能となりました。もちろん懐石料理です。お酒を飲んだとしても「1本」を超えることはないはずですから、これなら許される範囲におさまっていますよね?
 店は7時30分に予約を入れていますから、それに間に合うように旅館を出発しましょう。余裕を考えて、6時ころとしておきます。

 さて、当日の集合方法ですが、皆さん各方面からやってくることから、分かりやすいように「旅館に午後5時」とします。それまでは各自好きにやっていてください。
 私ですか? せっかく京都に行くのですから松尾大社に行ってきます。 (^^)

2000/09/06(水)
当日は迷子にならないように集合してください
 西暦2000年の記念すべき「修善寺倶楽部」開催まで、残すところあと3日になってしまいました。みなさん準備はいいですか? 準備といっても、歯ブラシやヒゲそりなどのことではありません。今年の開催地は京都。そして夕食はなんといっても祇園です、祇園で和食! もう分かっていますよね。
 もし舞妓さんに遭遇するというラッキーなことになったら、すかさず写真を撮れるよう、カメラの準備だけは万端にしておくように。

 「豆水楼 祇園店」というお店で夕食を食べます。そして、その住所が
 「京都市東山区東大路通り松原上ル4丁目毘沙門町38番地の1」
 というものらしいのです。

 これ(↑)は本当に正しい表記法なのでしょうか? まるで、ジャンボシュークリームを食べていたら中から大福もちが出てきてしまったような、意表をつかれたような感覚になってしまいました。当日はぶっつけ本番で店に向かいます。くれぐれも迷子にならないよう注意していてください。

 さて、飛行機利用で大阪(伊丹空港)入りする人に、大阪空港・京都駅間のアクセスについてのご案内です。鉄道利用の他にノンストップバスで京都まで行くことが可能です。20分間隔で運行されており、料金は1280円。所用時間は約1時間です。
 問い合わせ先は
   大阪空港交通
   06-6844-1124
   http://www.okkbus.co.jp/
 です。

2000/09/08(金)
最終連絡・・・変更事項なし
 とうとう明日に迫った「修善寺倶楽部」。我々の間ではすっかり当たり前になっている年に一度のイベントだが、まわりを見渡してみてもこの手の集会を定例で開催しているという話はほとんど聞かない。発足からこれまでの経緯を振り返ってみると、我々らしさにあふれていていることがよく分かるのではないだろうか。ここまでつづけてこれたことに重みのようなものを感じているのは私だけではないはずだ。
 移りゆくものがある一方で、決して変わってはいけないものもある。それを感じさせるのが、この「修善寺倶楽部」だ。

 日程に関しては変更事項はなし。皆との再会を心から楽しみにしている。では、明日。

2000/09/10(日)
皆さんお疲れさまでした
 いざ当日になってみると、1泊2日の旅行なんてあっという間に終わってしまうものですね。交通手段の関係などで、京都の滞在時間が24時間を切っているメンバーも実際いました。各自忙しい中、貴重な時間を割いてこの集会に参加していただいたことに心から感謝いたします。また、幹事として至らなかった面が多々あったにもかかわらず、皆さんが協力してくれたおかげで、なんとか無事に終了することができました。どうもありがとうございます。
 ところで。旅行が終了したから言えることですけど、旅行のことがいつもプレッシャーとしてのしかかっていました。日程や場所の決定、参加可否の確認、楽しんでもらうための企画づくりなど、重要なことばかりです。しかし、大変な作業ではありましたが、とてもやりがいがあったのもまた事実です。とくに今回は毎晩のようにインターネットで情報を仕入れるという作業をやっており、それが幸いして、情報検索の技術が1ランク上がってくれたのは収穫でした。
 とはいってもしばらくの間、幹事役は他の人に任せます。

 と、書いたものの、「明薬祭」のとき開催される「ホームカミングデイ」では、また幹事のような仕事をやることになるでしょう。「参加可否の確認」はけっこう大変だろうな・・・。

----- ここまで ---------

【総括】
 フルメンバー14人のうち5人が欠席し、参加者は9人でした。
 東京を離れ高知県に引っ越してしまった近岡さんにはもう会うことはないだろう、と誰もが思っていたにもかかわらず、意外なことにここ3回は連続で参加してもらっています。尾崎・本野両氏に関しては、連続参加記録はもはや意地の張り合いの領域に踏み込んでいるようで、いったいいつまで全出席でいられるのか見ものの一つになっています。両氏曰く「どちらかが死ぬまでつづくだろう」とのことですが、そこまでする集まりじゃないだろうって。

 しかし、そこまでする集まりではないのは確かではありますが、もし、この集まりが第1回だけで消滅していたとしたら、卒後の私たちはどんなふうに過ごしていたことでしょうか。
 まったく変わってなかったりして。(^^;

<写真はこちら>


「修善寺倶楽部」トップページへ