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追悼:黒澤明
-黒澤明監督・お別れの會:レポート-

1998年9月13日
黒澤フィルムスタジオ正面玄関
黒澤フィルムスタジオ

「その日は恐ろしく暑かった」

  これは『野良犬』の導入部のナレーションである。1998年9月13日。「黒澤明監督・お別れの會」が行われるこの日、このナレーション程ではないにしても、ここ数日と比べるとかなり朝から暑い日であった。黒澤映画と言えば、ギラギラした日照り、豪雨、嵐のような風であるが、多くの人が集まるこの日に、雨や風でなく日照りでまだ良かったと思う。

 JR横浜線の十日市場駅に着くと、会場となる黒澤フィルムスタジオまでシャトルバスが出ていた。歩けば20分はかかる距離である。しかも気温も高い。黒澤映画のファンの中にはご高齢の方もいるであろう。この主催者側の配慮には頭が下がる思いがした。ただし、話によると、ちょうどスタジオまでの道が渋滞していたこともあって、歩いた方が早いだろうとのことで、はじめからそのつもりではあったが、歩いて会場へ向かうことにした。

一般参列者の列
参列者の列

 会場の黒澤フィルムスタジオに着いたのは午後2時をちょっと過ぎた頃であった。スタジオに近づくにつれて道に溢れる人の多さにまず驚いた。テレビなどで参列者の多さを伝える場面で映されていたのが、このスタジオの正面であることががほとんどであったのでご覧になった方も多いと思う。しかしながらここにいた多くの人たちはどうもそのほとんどが、有名人の参列者目当ての野次馬であったようだ。ただ会場内の声が流されて、それが聞こえる範囲というのがスタジオの近辺だったこともあって、関係者による会が終わるまで、正面入り口にいて、それが終わってから一般の参列に加わった方もいたであろうから一概には決めつけることは出来ないが。

 一般のファンの参列者のの列は、スタジオの横から裏手へ延びる細い道に出来ており、延々と続く長蛇の列になっていた。その道は途中に公園があるものの、住宅街の中でもあり、途中途中に関係者の方、警察、そして地元の自治会の方々が参列者への案内などを行っていた。こちらはスタジオ正面とは異なり、皆整然と並んで、場所によっては直射日光が当たり、かなり暑かったにも関わらず、一般ファンの献花の時間が来るのを静かに待っていた。

 その道の途中に、アイスキャンデーを売るおじさんがいた。こんな時に商売っ気を出してと、はじめは少々気になったのだが、なんといってもかなり暑かったので、並んでいた人たちには助かった思いがあったろう。私の後ろにいた母娘の二人連れがやはりそのアイスキャンデーを食べていた。その母親は娘にこんなことを言っていた。黒澤監督の『野良犬』でこういう昔ながらのアイスキャンデーを食べる場面があるんだよ、と。ああ、そうだ、本当だ。確かに、千石規子や志村喬が汗を拭きながらアイスキャンデーを食べていたな、と。冒頭に『野良犬』のナレーションを持ってきたのは、実をいえばこの話を耳にしたからなのである。

 当初、ファンの献花は午後3時からとのことであったが少々遅れて午後3時半から始まった。記帳所もかなりの数が設けられていたが、ファンの数が多いこともあって、名前だけの記帳にして下さいと係の方がおっしゃっていた。
記帳を済ませてようやくスタジオの中へ。

正面に祭壇
正面に祭壇
 中に入ると、正面に『乱』の一の城の城主の間をモチーフにした祭壇が、そこだけ明るく浮かび上がっていた。また、会場の両脇には、黒澤作品のスチール写真が並び、よく見ると、撮影中のスタッフ、キャストと談笑している笑顔の監督の写真などがあり、ここにきてよけいに悲しい気持ちになっていった。
会場の両脇に飾られたスチール写真
スチール写真
スチール写真
祭壇

 一人一人白いカーネーションを手渡され、祭壇へ徐々に近付く。
 黒澤監督の遺影が正面に掛けられ、その下に天皇陛下からの賜り物、そしてその前に御遺骨が置かれていた。

 また、祭壇の左側の棚には、文化勲章、アカデミー賞特別功労賞、アメリカ監督協会から贈られたD・W・グリフィス賞、カンヌ国際映画祭グランプリのトロフィーが飾られていた。

棚に飾られたトロフィー
トロフィー
祭壇

 祭壇の前に立つ。ちょうど『用心棒』の音楽が流れはじめた。色々な映画を思い出す。また、メイキングなどで見た監督の姿を思い出す。「黒澤明と若者たちとの対話」と題された『八月の狂詩曲』の試写会でのファンのどんな質問にも真摯にお答えになる姿を思い出す。あの時、もっと積極的に手を挙げて質問すれば良かったと今更ながらに後悔する。

 黒澤映画との出会いが『乱』であったというのはこのサイトの中で何回か触れた。公開初日であった。この時、日本映画にこんなに絢爛豪華で、重厚で、美しく、そして物語が面白い映画を撮る監督がいたのかと驚いた。以後、まだほとんどの作品がビデオになっておらず、名画座の特集上映(池袋の文芸坐や銀座の並木座など。文芸坐は既に閉館し並木座もこの9月で閉館となる。もはや黒澤作品をスクリーンで見る機会は滅多になくなってしまった。)に足繁く通い、海外では発売されている輸入のビデオを見て、そうしてようやく全作品を見ることが出来、見れば見るほどその一つ一つの作品に、それこそ全身に強い衝撃を受けたような思いがしたものだった。映画とは本当にこんなに面白いものなのかと、そしてまた人間というのはどうしようもない部分を持ちながらもなんと素晴らしいものなのかと教えてくれたのが黒澤映画だった。その影響もあって稚拙ながら卒業論文で『虎の尾を踏む男達』について取り上げ、映画を見るだけでなく、監督自身について調べれば調べるほど、その人間的な魅力に、スタッフや出演者の方々同様惹かれていくのを感じた。黒澤監督は本当に映画を作ることが何より好きで好きでたまらなかったのだと。

 今、目の前に、監督と引き合わせてくれた、その『乱』のセットがある。

 黒澤監督、お疲れさまでした。そして素晴らしい映画をありがとうございました。


 

参列者に配られた会葬礼状
私が頂いた封筒の中には『夢』の絵コンテのテレホンカードが入っていなかった為
ここでご紹介できないことをご了承下さい

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