ESCAPE ATTEMPT (逃走の試み) 未訳のストルガツキー兄弟を読む・第2回

A&Bストルガツキー兄弟

英訳版表紙写真

はじめに

以前に読んだ 『真昼――22世紀』(第1回)と同じく、初期(1962年)に発表された中篇で、兄弟の未来史《22世紀》に属します。

今回も、英訳版で読みました。


はじめに
書籍情報
あらまし
物語
読了して
参考資料

書籍情報

書名
Escape Attempt
言語
English
作者
Arkady Strugatsky & Boris Strugatsky
訳者
Roger DeGaris
発行年
1982
出版社
Macmillan Publishing, New York (Macmillan's Best of Soviet Science Fiction series)
ISBN
0-02-615250-9
収録作品
  1. Escape Attempt 
    (原題 ПОПЫТКА К БЕГСТВУ (1962)。未訳、本稿レビュー作品)
  2. 『地獄から来た青年』 The Kid from Hell 
    (原題 ПАРЕНЬ ИЗ ПРЕИСПОДНЕЙ (1974)。既訳、群像社刊)
  3. 「リットル・マン」 Space Mowgli 
    (原題 МАЛЫШ (1971)。抄訳、雑誌「ソヴェート文学」45号掲載)

あらまし

未来の地球から未知の惑星へやってきた訪問者が、超文明の痕跡と、悲惨な境遇にある人々を見つけ、彼らを救おうとして介入を試みる物語。

デビュー当初から異星の存在との接触を描いてきた兄弟でしたが、知的存在として登場したのは、地球人類と異質で完全な相互理解に至らない種族でした(《22世紀》の未来宇宙では〈遍歴者〉、レオニード星、タゴール人)。本作ではじめて、“地球より遅れた歴史発展段階にある異星の文明”という発想が登場したようです。この発想は、続く諸作品で追求されていくことになります。


物語

ちょっと長いので、小見出しをつけました。章番号は英訳版のもの。

庭先の宇宙船(第1章)

林地にそれぞれ家をかまえる若い友人同士のヴァヂム Vadim とアントン Anton は、アントンの家の前に泊めてある〈船〉Ship で惑星パンドラへ狩猟旅行に行く予定だった。(ヴァヂムは感情が高まると詩を吟じる癖がある) 都市から戻ってきたアントンからガールフレンドが同行を止めたと聞いてヴァヂムががっかりしているところへ、アントンをつけてきたらしい奇妙な男が現われる。男はパンドラの代わりに未知の惑星へ行くことを提案し、隣人で150歳のサーシャおじさん Uncle Sasha が飼っているジャーマン・シェパードに恐慌じみた反応を見せた。新しい目的地として黄色矮星EN7031をあげたアントンに、男は20世紀専門の歴史家でサウル・レプニン Saul Repnin と名乗る。(サウルはパイプをふかすのが好き) サウルの荷物は、でかいブリーフケースと、地球にはわずかにあるだけで超長距離宇宙船にしか支給されない粉砕銃の scorcher(焦がし屋?)だった。アントンが操縦し、〈船〉は飛び立つ。

サウル星到着(第2章)

〈船〉は緯度にそって成層圏を北へ移動していく。コントロールセンターでサイバーの自動操縦にまかせている間に、星間飛行士でパイロット役のアントンは物思いにふけり、ラウンジでヴァヂムとサウルがかわしている会話を漏れ聞く。船長役のヴァヂムは齢22地球年 Twenty-two local Earths で構造言語学者。サウルは地球年という言い方がのみこめず聞き返す。会話が続くが、サウルの変わった物言いのせいでどこかかみあわない。サウルは、自分を20世紀の狭い研究に専念している本の虫だと弁解する。学問上の敵とのしがらみに疲れて逃げてきたらしい。

〈船〉は北極上空の離床ゾーンから亜宇宙 subspace に突入し、150パーセク(約500光年)彼方のEN7031で通常宇宙に出た。アントンは二人の様子を見に行き、ヴァヂムとサウルの人物評になって、変人だと話しあう。彼らはサウルがこもるための惑星探しをはじめ、地球型で主星から1.5天文単位の距離にある第二惑星に目をつける。惑星の一日は28時間、重力は1と1/10。大気は問題なし。ヴァヂムが言い出して、惑星をサウル星 Saula と名づける。時にユリウス日2542967日(西暦に変換すると2250年4月22日)。赤道沿いの大陸の浜辺へ着陸し、ハッチを開くと、一面は雪で、氷点の大気が吹き寄せてくる。降り立った一行は、ハッチから十歩のところに、一人の人間が倒れているのを発見した。

死んだ子供と謎の道路(第3章)

着陸時に殺してしまったのかとアントンは考え、ヴァヂムは狼狽するが、その人物は凍死して数日たっており、衰弱していた。身につけているのはシャツ一枚で、しかも子供だった。サウルがさらに4人死んでいるのを見つける。〈船〉に戻った三人は議論をはじめ、ヴァヂムがこれはもはや観光旅行ではなく、船長として命令を出すことを宣言する。彼らは死んだ若者たちが地球から遊びにやってきた可能性などを検討するが、サウルが、死者たちの着ていたのはシャツではなく黄麻布の袋で、現在の地球には存在しないことを指摘し、原住民ではないかと言い出す。アントンは、EN7031の探査計画はあったが実行されておらず、〈遍歴者〉Wanderers の仮説上の進路にある恒星をまとめた〈ゴルボフスキー‐バーデル目録〉Gorbovsky-Bader list に載っていることを語る。この惑星に文明があり、〈遍歴者〉とつながりがあるのかもしれない。

文明を探すべくグライダーで飛ぶことになるが、記憶結晶 mnemocrystal などを忘れて〈船〉に取りにもどったりと、不慣れっぽい段取り。ヴァヂムが操縦するグライダーは飛び立ち、調査範囲を広げていく。雪上を走る動物と飛ぶ鳥以外に生き物は見つからず、〈船〉から30キロ離れたところで、巨大なクレーターを見つける。半キロあり、濃く渦巻く煙に覆われていた。爆発で文明が滅んだのかと絶望する三人だが、北側でクレーターへ入りこんでいる道路を見つける。道路には種々雑多な車輌が道一杯に列をなしてどこまでも続き、動いていた。ことごとく無人の車輌は、クレーターの煙の中へ消えていく。一行は道路のもう一方の端を求めて北へ移動し、これまたクレーターがあるのを見つける。やはり煙に覆われ、車輌を絶え間なく吐きだしていた。ヴァヂムがゼロ転送 null transport ではないかと言い出す。道に沿って戻る彼らのグライダーは鳥に襲われかけ、ふりきった。

裸足の人々と機械(第4章)

アントンは、星間飛行士なら誰でも知っている、未知の文明との個人接触を禁じた接触委員会 Commission of Contact の指示を思い出していた。ヴァヂムとサウルは指示の存在を知らない。アントンは不要な接触をしないことを念押しするが、「われわれは子供じゃない」とヴァヂムが応じてまもなく見えてきたのは、雪だまりの中のくぼ地にひしめいている、麻袋をまとった裸足の人々と車輌だった。

人々は列を作り、そこかしこで座りこんだり横たわったりしていて互いに無関心。26歳のアントンには何年もの星間飛行士の経歴ではじめて見るみじめな光景だった。手にあまるとひきかえしかけたヴァヂムに、アントンは地球へ持ち帰る情報が必要だと制止し、三人全員がくぼ地を下っていく。途中で、サウルがくぼ地の縁に止まっているトラックと人影に気づく。人影は、くぼ地にいる全員と違って毛皮を着ていた。くぼ地では戦車に似た一台の車輌が動き、じっとしている人々をおしつぶしていく。アントンは負傷した一人に手当てを試み、毛皮の男がわりこんでくる。何ごとか話すが、通じない。アントンはさらに列の人々を助けようと近づくが、逃げられてしまう。

続いてアントンたちは戦車に乗りこむが、操作盤はいくつも孔があるだけのなじみのないもので、操作方法がわからない。おそらくは〈遍歴者〉のもので、ヒューマノイド用ではないと推測する。

グライダーへ戻った三人は、状況の検討をはじめた。殺されるだけの麻袋の人々、毛皮の男、ゼロ転送、非人間の機械(車輌)。アントンとヴァヂムは若者らしく状況の悲惨さに感情移入しており、サウルが年長の功でたしなめる。いずれにしても情報が必要で、人々の後を追えば集落につくはず、そこで会話できるインフォーマント(情報提供者)を見つけようとアントンが提案する。再びグライダーは飛び立ち、やがて雪に覆われた建物の列を見つけた。

掘っ立て小屋の男たち(第5章)

ヴァヂムは通りにグライダーを降下させる。キャノピーを開くと悪臭漂う通りに沿って並んでいるのは、窓のない掘っ立て小屋。どの掘っ立て小屋でも、麻袋の人々が地べたに折り重なって、凍えながら死んだようになって寝ていた。通りを歩いていく麻袋の人々と毛皮の護衛を見かけ、事態の首謀者は掘っ立て小屋に住むわけがないとつけていく。見つけたのはたいまつに照らされた邸宅で、横に人々がごったがえしていた。女は一人もいない。見ていると、麻袋で裸足の一団が、毛皮の男を乗せた橇をひっぱって出ていった。

この時点ではサウルも入れこんでいるようで、事あるごとに実力行使に訴えようとしたり粉砕銃をぶっぱなそうとして、そのたびに慎重派のアントンが止めることになる。以後、アントンは性急なサウルやヴァヂムをおさえる役目になり、しばしば「接触委員会よ、あなたはどこにいる?」とつぶやく。

ヴァヂムが翻訳用の記憶結晶をつけて出るが、毛皮の男たちが槍をかまえてせまってきた。ヴァヂムは男たちの言語構造の見当をつけたところでひきかえした。サウルが邸宅の男たちをののしる言葉には「SS(ナチスの親衛隊)のクズども (SS scum)」といった単語が混じり、ヴァヂムは「なんて20世紀的なボキャブラリーだ」と思う。サウルがインフォーマントの確保を主張し、橇で出ていった毛皮の男をつかまえることになる。

グライダーに乗った三人は、集落から五キロほどのところで橇に追いついた。ヴァヂムが毛皮の男を武装解除してグライダーへつれていくが、解放したつもりの麻袋の男たちに殴りかかられ、とりすがられる。その中の一人がヴァヂムのわきばらを刺した。

ハイラの尋問(第6章)

アントンは何とかグライダーを発進させ、群がりへばりつくやせ細った麻袋の男たちをふりおとした。すでに真夜中で、空には三つの月が出ている。

グライダーは〈船〉に到着した。サウルが捕虜の首根っこをつかまえて、蚤と悪臭を洗い落とすためにシャワーへ連れていく。ヴァヂムは介抱をうけ、動けるようになった。捕虜は封筒を隠しもっており、アントンたちに関する報告書らしいものが入っていた。ヴァヂムは捕虜と言語の解析にとりかかる。サウルとアントンは他の資料を調べ、アントンたちが乗った戦車の中の正確なスケッチと思われる図表があった。

解析を終えたヴァヂムが捕虜と現われて、捕虜へのインタビューがはじまる。まずアントンが質問をはじめ、名前を聞かれた捕虜が答えたのは「ハイラ Hayra」で「丘の一族の」というような意味。穏健路線のアントンの質問はハイラをまごつかせ、つけあがらせることになり、こわもてのサウルが問い詰めていく。ハイラの仕事は戦士、地位は槍運びまたは近衛兵。麻袋の男たちは犯罪者で、(ここで試訳する気にならないくらい長たらしい称号の)権力者によって囚人として送りこまれてきたことがわかる。(称号をとちるたびにサウルがかんしゃくを起こす場面は、クスリと笑える)

囚人の犯した犯罪は、泥棒や殺人犯の他に「権力者をとりかえたがった者」(革命家?)「変わったものを欲しがった者」(進取気風の者?)があった。囚人たちはここで何をやっているのか聞くと、ハイラは「(権力者に)殺される」と答えない。サウルに脅されてようやく明かす。囚人たちの役割は車輌の制御盤のいろいろな孔に指をつっこむことで、それを監視しているのがハイラたち毛皮の男だった。たいていの車輌では何も起こらないが、時おり爆発したり暴走し、ごくまれに、操縦可能になる。どの孔を試したか図表に記録され、図表は鳥を使って山脈の向こうの世界とやりとりされる。

車輌は有史以前から存在していた。三人は、人間がいない大昔に赤い月から大きな箱がいくつも落ちてきて、この世界に水と都市とクレーターと道路と車輌をもたらしたという伝説を聞かされる。

アントンやヴァヂムは「われわれがここにいる。後ろには全地球がいる、五年あればできる」と世界の改革を楽天的に話すが、サウルは「歴史の自然な進路を壊そうというのか、何年かかると思っている」と反論し、「共産主義は苦しみの中で獲得されなければならない」とぶつ。アントンはなだめて、変わったものを欲しがる男たちを地球へ招待しよう、彼らもここから出たがるだろうと提案する。サウルは「本物の男は出ていかない、本物でない男は地球でやることが見つからないだろう」と同意しない。

ヴァヂムが気づいて、橇を曳いていた囚人たちが攻撃してきたわけを聞く。ハイラが明かしたのは、彼らは動かせる車輌をつかまえて赦免された者で、山脈を越えて世界へ戻る鳥(グライダーにちょっかいをかけてきた鳥たち)に乗せるためにつれていくところだった。ハイラを守れなかったので、串刺しになっているかもしれないという。アントンたちはとびあがる。

役人との交渉(第7章)

三人は、ハイラを戻すためにグライダーを飛ばしていた。

あまり頭の良くないハイラは、ヴァヂムたちからジャムや上着をせしめ、アントンたちが上司との交渉方法を聞いてくることで、アントンたちも自分の知っている秩序に属していると感じて態度がでかくなっている。

邸宅に入っていき、ハイラが高らかに役人へ報告するが、叱責されてしょげかえる。役人がハイラから翻訳用の記憶結晶をとりあげて(役人の地位にいるだけあって観察力が鋭い)アントンと会話をはじめ、アントンがいったん自由になった囚人たちの解放を要求するが、役人はアントンを奴隷呼ばわりして拒絶した。囚人たちはくぼ地へ戻されていく。役人はアントンたちに、ハイラが報告したジャムや食料を持ってきて、服も置いていくことを命じる。その後掘っ立て小屋へ行って、適当な死者から麻袋の服をとれと。(アントンたちの来訪を彼らなりに認識したが、彼らの世界と秩序の外からやってきた人間だと理解するところまでいかない)

会話の中で、役人は、権力者が車輌を動かせる人間を探しているのは戦争のためだと漏らす。これを聞いてサウルは激昂し、グライダーを急発進させて「歴史の法則は変えられない、しかし歴史の錯誤は変えられる」と粉砕銃をくぼ地や道路上の車輌に撃ちこんで回る。車輌が爆発炎上するが、やがて「歴史は変えられない」とサウルはうちひしがれ、新しい車輌が残骸を押しのけて、車輌の流れは元通りになる。

近くでは一人目の囚人が車輌に轢かれ、二人目に車輌が反応して、囚人は車輌を誘導していった。

アントンはサウルをなぐさめる。

帰還(第8章)

アントンたちの〈船〉は地球へ戻っており、降下中だった。

サウルはソファに寝たきりで、うわごとを言っている。アントンたちと違ってバイオブロック注射 bioblockade shot をうけておらず、ハイラから移された何かにかかったらしい。

アントンとヴァヂムは今回の体験を話しあい、ヴァヂムは有能な友人たちや宇宙艦隊までひきつれてサウル星に戻ることを夢想するが、アントンは浮かない。すでに二世紀を経ている接触委員会の存在を語り、サウル星へ戻るメンバーにヴァヂムのような熱狂屋は歓迎されず、知的で慎重な人間が選ばれるだろうと話す。39時間前に飛びたった空き地が見えてきた。ヴァヂムはむくれる。

アントンはサウルのために疫学者を要請するが、様子を見に行くと、サウルは荷物ごと消えていた。残されていたのは粉砕銃と、サウルのブリーフケースにあった古紙に書かれた手紙。手紙で、サウルは自分が歴史家ではなく逃亡者で、隠れ場所が欲しかったのだと告白していた。裏返すと書かれているのはドイツ語で、意識不明でドイツ陸軍の捕虜になった通称サウルの正体が犯罪者ではなく元赤軍戦車指揮官サウル・ペトロヴィッチ・レプニンで、脱走を準備していることを報告しており、1943年7月の日付が含まれていた。

ヴァヂムとアントンは顔を見あわせ、どういうことなのかわからず当惑する。


読了して

本作について

アントンたちと同じく、読者も当惑するような終わり方でした。題名の「逃走」はサウルにかかっており、サウルは20世紀人で過去へ戻っていったということなのでしょうか。

今読むと、素朴で粗のある物語です。未来の地球人であるヴァヂム、アントンの視点で書かれており、彼らとサウルがわずかな状況判断でどんどん原住民の世界へ深入りしていくざまは、彼らの善意と義務感の発露なのですが、無邪気すぎるようで鼻白みます。三人がハイラを拉致したために実は自由になっていた囚人たちを窮地に追いこんでいたのがわかるくだりは、絶妙でした。

この後に発表され同じテーマを扱った『神様はつらい』(主人公のアントンは本作とたぶん別人)は考察が進み、登場人物は現地社会へ深く入りこんでいて干渉の是非に苦悩し、読者がより共感できる物語になっています。また、強力な力を持った地球人が遅れた世界に入りこむという構造において本作の後継と言える『収容所惑星』の主人公は、徒手空拳で、本作のアントンたちより苦労することになります。これらの作品が訳されている今では、一般読者が本作を読む必要はないでしょう。

本作で描かれるハイラたちの世界は、もちろん空想の産物なのでしょうが、ソ連の共有記憶によりかかっているように思いました。例えば、サウルがハイラたちを決めつける時に大祖国戦争の記憶を根拠にしていることなどです。この要素は『神様はつらい』にもあります。ソ連やロシアでは感情移入して読める部分なのでしょうか。

《22世紀》とのつながり

周知のように、ストルガツキー兄弟の作品のうち未来を舞台にしたものは、ほとんどが《22世紀》と呼ばれる未来史を共通の背景にしています。

本作を読んだ動機は、第1回にひきつづいて、《22世紀》とどのように関わっているかという俗な興味でした。兄弟は、設定や事件について一度説明してしまうと、他の作品で同じ記述をくりかえすことをしません。《22世紀》の全容を見えにくくしている要因であり、《22世紀》を読み解く楽しみでもあります。

本作で、未来の地球人は異星環境への抵抗力を強化するバイオブロック処置を普通に受けているらしいこと(邦訳では『収容所惑星』でほのめかされ、『波が風を消す』でフカミゼーションとして顛末が語られています)がのみこめました。他にも『真昼――22世紀』を読んでいないとわからない設定があり、枚数に対して詰めこみすぎています。素材をしぼって単独で完結しており、評価も高かった『神様はつらい』と比べれば、当時、翻訳の対象になりにくかっただろうと思います。

以後の作品の原型として見るなら、興味深い作品でした。本作の後、『神様はつらい』『収容所惑星』『地獄から来た青年』などに見えるように、《22世紀》の宇宙で地球人類は「地球の兄弟」(本作中の言葉)――“地球より遅れた歴史発展段階にある異星の文明”を次々と見いだして、それらの封建社会やファシストの打倒を目指し、住民や社会を倫理的、理知的にひきあげる〈進歩のバックアップ〉の事業にのめりこんでいくことになります。

参考までに、《22世紀》に属するとされる主な作品を表にまとめました。

《22世紀》シリーズの主要作品 *
作品 原語発表年 邦訳初出年 備考
ПОЛДЕНЬ, XXII ВЕК(真昼――22世紀) 1961, 1962, 1967 (未訳) 別稿でレビュー
ПОПЫТКА К БЕГСТВУ(逃走の試み)  1962 (未訳) 今回レビュー
『ラドガ壊滅』 1963 1967  
『神様はつらい』 1964 1970  
『収容所惑星』 1969 1978 《マクシム・カンメラー三部作》
「リットル・マン」 1971 1973  
『地獄から来た青年』 1974 1994  
『蟻塚の中のかぶと虫』 1979-1980 1982 《マクシム・カンメラー三部作》
『波が風を消す』 1985 1990 《マクシム・カンメラー三部作》

* この他に、1965年に書かれた草稿で1990年に発表された「不安(『そろそろ登れカタツムリ』第一草稿)」Беспокойство (Улитка на склоне-1) が、ロシアの資料(表示フォントはキリル文字 Windows)で《22世紀》に分類されています。ロシア語‐英語の自動翻訳でざっと読んだ限りでは、『そろそろ登れカタツムリ』(1966, 1968) の森の世界の着想を『真昼――22世紀』の設定で書きかけたもので、ボリスによれば、まもなく破棄されてすべて書き直されました。発表されたのは、「アイデアの不思議な変容の実例」を示すためとのことです。


参考資料

第1回 NOON: 22ND CENTURY (真昼――22世紀) の「参考資料」も参照。

印刷物

飯田規和「解説 現代ソ連SF界の旗手たち」(『世界SF全集24 ゴール/グロモワ/ストルガツキー兄弟』1970年11月30日初版 早川書房)
『神様はつらい』が収録された巻の解説。巻末の解説ではじめて、本作品の存在を知りました(解説中では『脱走への試み』)。
ヤナ・アシマリナ&大野典宏「ロシアSFの現況と、ストルガツキーの《22世紀》」(SFマガジン2001年9月通巻545号《ロシアSF小特集》所収)
後半に、本作が属するストルガツキー兄弟の未来史《22世紀》がソ連・ロシアでどれくらい浸透しているかについて、おそらく最初のまとまった紹介。この記事が出たことで、書きかけて放置していた本稿をまとめる気になりました。

野村 真人 <CI5M-NMR@asahi-net.or.jp>

1999年9月作成、2001年7月26日〜8月全面改稿して「トロイカの会」へ投稿