ロワン川に沿って モレ・シュール・ロワンへ 

 (2009年6月29日、フランス、イル・ド・フランス地域圏)


ここ数日、パリでも連日25度を超え夏らしい天気に移行している。それでも湿度は低いので強烈な日差しを気にしなければ外遊びには持って来いの季節だ。

サイクリングの虫が治まらずに再び車に愛車・Rhein号を載せてハイウェイを南下する。モンタルジから北上しているロワン川に沿ったサイクルツーリングもネムールとフォンテーヌブロウの間が未走行であり、この間を走ろうと考える。またフォンテーヌブロウのすぐ南東にはモレ・シュール・ロワンという街がある。画家・シスレーがその晩年を過ごした街として知られるその町の、ロワン川のほとりに静かに佇む様に興味が惹かれる。サイクリングコースの中に組み入れるのには相応しいだろう。

フォンテーヌブロウの城の近くに車を停め、カーゴルームからRhein号をひっぱり出す。ゆっくりと走り出した。幹線道をはずし小さな道を選ぶ。すぐに深い森の中を走る道になる。陽射しは強いが森の中は空気も冷えて心地よい気温だ。フォンテーヌブロウの森はフランス歴代の王が狩場として選んだ事で有名だが、確かにこの広大な森は絶好の場所であった事だろう。いまや森の中を縦横に車道が走っているがその昔は迷宮のような深い森であった事が想像できる。

まずは自分のサイクリングの軌跡が延びているネムールまで走る。ネムールはロワン側に沿いフォンテーヌブローの南にある小さな町だ。ゆっくりとスタート。素晴らしい緑の中の道は快適なのだが肝心の足が重い。昨日の久々のウォーキングのせいか膝上の筋肉がやや痛く、走り始めから気が重くなる。最初は意図してゆっくり行くしかない。

森の中を行く道は適度にアップダウンがあり、何と言っても下り坂はことのほか気持ちよい。森の中から生み出される新鮮な緑色の空気の中を突き破るかのように走り、冷涼な空気を全身で感じ取るからだ。フォンテーヌブロウの森はさすがにサイクリングの好適地なのか、行きかうサイクリストも多い。派手なジャージに身を包んだMTB、ロードレーサが殆どだが、たまに泥除けのついた細い鉄パイプで出来たクラシックなツーリング車が走ってくると思わず見とれてしまう。

森を抜けるとBourron-Marlotteの村で、古くて立派な城のような住居が続く。一体ヨーロッパの建物の築年数はどのくらいなのだろう。これらの住宅ですら住宅も軽く100年は経っているのだろう。

集落の中心を抜けフォンテーヌブローから南下してくるSNCF(フランス国鉄)のガードをくぐると一面畠の広い視界の中を走るようになった。フォンテーヌブローの森は右手後に小高くこんもりと茂っている。 更に直進するとGrez-sur-Loingの集落。ひと気も少なく小さな街に古びて大きな教会。照りつける夏の日差しに町全体は無抵抗なまでに白く照り付けられているものの教会裏の路地には建物の暗い影が落ちている。街自身はもう100年も前からこうだったのだろうと思われる古い集落だ。こんな田舎町でも、こうなのだ。ひどくヨーロッパのもつ時の重みを感じさせる風景だ。

明暗の強烈なコントラストにややたじろいで白い街を抜けると再び緑に包まれる。フォンテーヌブロウから南下してくる幹線路に合流して、しばらくは面白みは無いが効率は良いこの道を走る。すぐ横をビュンビュンと車が通り過ぎていく。看板の制限速度は80kmとあり、まぁ90kmは出ているだろう。ドイツの道路のように自転車専用レーンが確保されているわけでもないのでラインを外さぬよう、身を固くして走るしかない。

ネムールの街に入り車の速度が緩まりほっとする。ここはロワン川が幾筋かに分かれて街中を流れており、水の豊かな街というイメージがある。5月のサイクリングで訪れた教会裏の広場で自転車を降りる。日曜にもかかわらず開いていたブランジェリーでパン・オ・ショコラとバドワを調達し、休憩だ。炭酸がやや弱いとは思うが飲みなれるとバドワも美味しい水だ。喉を通る炭酸で頭がくらくらする。やはりここまでの夏の日差しでやや体が参っていたのだろうか。

ここから今度はロワン川に沿ってフォンテーヌブロウまで北上する事になる。幹線路走行は必要最低限にしたい。地図から見てできるだけ細い線で書かれているルートを選択する。新興住宅らしい街並みをのんびりと流すとじきにそれも外れ、広い畑の横をたどるルートに転じた。

畑の奥に教会が立ち、周りに農家数軒の小さな集落が見えてくる。それをやりすごすと小さな森で、緩くカーブすると古びた町の十字路に出るのだ。角には陶器製のレトロな道路標識が十字路の行き先をそれぞれ示している。全く時代感覚を失うような風景が目の前に広がってくる。フランスのサイクリングは素晴らしい。

地図を見て、モレ・シュール・ロワンへの道を選ぶ。ロワン川を北側の左岸に渡る。ロワン川は本流と運河が二本立てで流れており運河はせき止めているせいか水の流れは緩く淀んでいる。両岸の深い森がその水面に反射して、一瞬水面と森が分明でない。漠とした深い緑色の空間があるのみだ。こんな風景を知ってしまうと、一体自分はこれからどうしたら良いのだろう。

左岸に渡るとモレ・シュール・ロワンへは緩い登り坂だ。左手の森の中を轟音を立てて列車が通り過ぎる音が聞こえるとすぐに鉄道のガードを超えた。今度は下り坂に転ずる。行く手の街の中に教会の塔が見えてきた。モレ・シュール・ロワンだ。思ったよりも小さな街のようだ。市街地へは一方通行のようで、自転車だからと言って逆走は出来まい。ヨーロッパでの自転車の地位・扱われ方は自動車と同等であるから信号も一方通行もすべて自動車と同じにしなくては。回り込むとちょっとした広場になっており立派な門が立っていた。これがモレ・シュール・ロワン市街地への入り口である。

中は細い通りに飲食店が並ぶ。余り特徴の無い街でもある。2,3百メートルも走ると対を成す門があり、これを超えるといきなりロワン川の橋の上であった。ロワン川はこのすぐ下流でセーヌ川に合流するが、ここへ来て川幅も大きくなり瀬音も大きく立派なものだ。森と織り成す川の風景が古い城壁都市によく映える。確かに、画家であればそのテーマになる素材に満ちているのだろう。

再び門をくぐり小さな食料品店で今日二本目のバドワの調達だ。気温が低いがこの陽射し下を走ってきたのだからやはり喉も体も渇いているのだろう、ゴクゴク飲む水の美味い事。

一汗拭うとあとはここからフォンテーヌブロウまでは一息だ。ルートはいくつかあるがパリへ戻るハイウェイの渋滞を危惧して、ここからは最短の幹線路を選ぶ。ロワン川からフォンテーヌブロウの森までは100m程度の標高差はあろう。ギアを落としてゆっくりと登り、びゅんびゅん流れる車にひやひやしながら森を抜ける。フォンテーヌブロウの城の裏側を通り抜け、駐車していた車に戻った。走行距離50Kmの小さなサイクリング旅であった。

(ロワン川の流れる街、
ネムール)
(広い畑の奥に教会の塔が立ち、その奥に
は森が広がっている。あそこへ、走るのだ)
(モレ・シュール・ロワン
にて。瀬音が心地良い)
(モレ・シュール・ロワンは街の前後を門が
固めていた。)

今回このルートを走ったことで、自宅からモンタルジまでのサイクリング走行ルートが一本につながった。パリ南部の自宅から北はコンピエーニュ、西はノルマンディ、南西にはシャルトルまでも軌跡はつながっており今回そこにもう一本途切れていた線をつなぎ合わせる事が出来た。つまらない事だが自分の自転車旅の軌跡がつながっていると思うと嬉しい。

モレ・シュール・ロワンの街そのものは小さく、そこそこ有名な観光地にしてはレストランや店もこじんまりとしており、パリからの小さな日帰り旅行には良い場所のように感じられた。もっとも自分としては街そのものよりも、そこに至るロワン川に沿った古い家並み、広い畑、名もなき交差点、森を抜けた平原の奥に立つ教会の塔、色褪せた農家、風の匂い、太陽の乾き、そんな風景とそれを取り囲む空気に強く魅せられている。モレ・シュール・ロワンという点ではなくそこにいたる過程に惹かれている。自転車という伴侶と共に、ゆっくりと旅をするからこそ、時間と風景の中を彷徨い、フランスを少しづつ感じてきているのだろう。

車の中で、さあ次は何処を走ろうか、と考えている自分に気づく。素晴らしい風景とそこにいたる素敵な過程はそこらじゅうにあるのではないか。フランスのサイクルツーリングの素晴らしさに、いつしかすっかり魅入られているのだった。

(走行距離50Km)
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