ジヴェルニーからレザンドリーへ  - ノルマンディのサイクリルツーリング 

 (2009年4月27日、オートノルマンディ地域圏) 


昨秋に走ったジヴェルニーから北へ、サイクリングの軌跡を伸ばそうと考える。ジヴェルニーから北東へ、下流に向けてこのままセーヌ川は蛇行を続けるが、10km程度下流にはレザンドリー(Les Andleys)という、川岸の丘に立つ城跡を持つ小さな村がある。ガイヤール城(Chateau Gaillard)というこの古城跡はノルマンディの一観光地としてもそれなりに有名なようだった。上手くコース取りをして気軽な一日サイクリング日帰りコースだろうと考える。

(木組みの家のある
古い街からスタートした)
(丘の上に上がると一面の菜の花畑に
包まれた)

自宅からパリ−ルアンを結ぶハイウェイA3を経由してヴェルノン(Vernon)の街まではせいぜい1時間。街の中の駐車場に車を停めて愛車を下ろす。ヴェルノンは数百年も前の建築と思える古い教会の周りに木組みの家が続き、ヨーロッパの古い村の名残を感じさせる街だった。商店街にブランジェリーを見つけたので昼食用にパン・オ・ショコラとパン・オ・レザンを買う。

すぐにセーヌ川を対岸に渡るとしばし目指すレザンドリーとは逆の南西方向に走り始める。まずは自分のサイクリングの足跡が延びているジヴェルニーまで走り、軌跡をつながなくてはいけない。緑豊かな川沿いの道は交通量も少なく快適だ。フランスの5月は日差しが強く日本の夏と言っても良いくらいだ。もちろん気温はあがってもせいぜい25度、湿度が少ないので外で遊ぶ事が気持ちいい。サングラスを掛けないとやっていけないような明るさだ。

10分も走ると前方にTOTALのガソリンスタンドが目に入った。間違えなく前回のサイクリングでそこで折り返した地点だ。暑くはないが容赦ない陽射しにやや辟易する。ダウンチューブの水筒だけでは不十分かもしれない。スタンドの売店で水のボトルを一本購入。

ジヴェルニーの村は今日も静かだった。秋の気配が深かった前回に比べ今日は緑がとにかく目に鮮やかだ。裏道に入りモネの家を目指す。モネの家の僅かに西側から、北に向けて河岸丘を登っていく道が地図上にかかれており、今回はそれをたどってレザンドリーに走ろうという算段だ。前回来た時にそんな小道の分岐には気づかずにやりすごしてしまったので今回はフロントバックのマップケースに挟んだ地図をにらみながら慎重に走る。「地球の歩き方」を手にした若い日本人の女の子グループを追い越した。ここジヴェルニーはパリからの絶好の半日旅のスポットなのだ。

「はて、分岐は何処だろう」とゆっくり走ると、小さくて可愛らしい村役場のすぐ脇から一本の小道が緩やかな上り坂を見せて森の中へ分け入っているのに目が止まった。これだ。

傾斜は緩いものの道は長くほぼまっすぐに森の中を登っていく。フロントギアをミドルに入れたままだが辛くなってきた。インナーに落とすのはもう少し待って、とリアのみ軽くして頑張る。10分も登ると森が開けてきて、河岸段丘を登りきるのにあと少しと知れる。セーヌ川沿いのノルマンディの地形は、川沿いの谷からは緩く時に急な傾斜で丘を登り切ると延々と広がる広大な台地が目の前に広がる、というパターンが多いが、ここもまさにその通りだった。森を抜けたその先には前面真黄色の見事なまでの菜の花畑が待っていた。4月末。今が菜の花のさかりだ。菜の花畑を縫うように走るとレザンドリーへむけてまっすぐに伸びる地方道(D1)に行き当たる。予定ではこれをまっすぐにレザンドリーへ北上するだけだ。

予め地図から想像していたとおりアップダウンのないフラットな大地が広がっており、菜の花畑が今を盛りとそこここに点在している。はるかに目をやると地平線がゆるくうねっており点在する林が緑色のアクセントをつけているだけだ。走れど走れど地平線には変化がなく北海道の根釧台地やサロベツ原野といった平原を数十倍したかのようなスケール感だ。そんな中をぽつんと一人で走っていく。車の往来もこんな田舎道では少なく、滅多に走ってこない。

名も知らぬ小さなひなびた集落を時折通り過ぎる。小さな教会の尖塔がゆっくりと自分の前から後に向けて流れ去っていく。街外れまでは訳なくすぐに広い農地に包まれるだけだ。日本にいたら決して経験できないであろう貴重な風景なのだが、あまりの変化のなさにいささか退屈でもある。足はゆっくりと漕ぎながら頭の中ではいろんなことを気ままに考える。家族の事や自分の事・・、一人での山歩きと同様、一人サイクリングもそんな頭の中をからっぽに出来る機会なのだ。

レザンドリーはまだか、とフロントバッグに挟んだ地図に目を落としながら漕ぎ続ける。ようやくレザンドリーが近づいてきて、町へ下りる下り坂との分岐に至った。ガイヤール城へはこのまま町へ下りずにまっすぐに進み城の背後からアプローチするようだ。

桜並木が現れ、思わず日本の春を思い出してしまう。品種はソメイヨシノではないがこの色は心和ませる。桜はやはり日本人には思い入れのある特別な花木なのだろうか。並木を通り過ぎると深い林の中の急坂の下りとなりポンと視界が広がると、思わず驚嘆の声があがる。眼下にセーヌ川がゆっくりと蛇行しその横手にはマッチ箱のように古い街並みが佇んでいる。古き時代から変わっていないであろう、フランスの風景にまたしても自分は打たれてしまう。右手にはガイヤール城の廃墟が尾根の上に立っている。ここから少し歩いて城跡まで行ける様だった。

芝生の広がるゆるやかな原で一本立てる。ずっと走り通してきたからか平地走行にもかかわらず腿の筋肉が痛くなっていることに改めて気づいた。腿を揉みながら水を飲みパンを食べる。ここで丁度折り返し地点。あとは川沿いにヴェルノンまで戻るだけなのだが、やや疲れ気味だ。

(桜並木の中を走る) (セーヌ川とミニチュアのような街が眼下に)

ため息をついて愛車に跨った。ここはどんづまりのようでレザンドリーの町へはさきほどの道を分岐まで戻ることになる。短いが急な登り坂で、こぎ始めるがギアが足に全く会わない。慌ててフロントをインナーローに落とすが一回りもペダルが回る前に膝の関節に痛みが走り足がつってしまった。おもったより疲労が溜まっているらしい。仕方なく押して登るが帰路がますます億劫になってしまった。

桜並木の端からレザンドリーまで一気に下っていく。九十九折れを慎重にブレーキを掛けながら下る。左右の耳を流れる風の音は相当なもので、たとえ車が背後から近づいてきてもなかなかその音を聞き取れない。下り坂を走っている間はいつもじりじりと焦る気持ちが腹の中にある。自分にとって目下のところ車道の下り坂がもっとも苦手な相手なのだ。

下りついてほっとする。レザンドリーの街は上から俯瞰したときに比べ思ったほど特徴もなくやや肩透かしをくらう。セーヌ川の土手まで出ると長居は無用であとはただ戻るだけだ。帰路もいくつかのコースを考えていたが、これ以上上り下りにはあいたくなかったのでセーヌ川を対面に渡りAubevoyeの町に出てSNCF(フランス国鉄)に沿って平坦路を行く事に決める。

選んだ道は確かに平坦ではあったがSNCFの線路の裏手を走るこの道は工業団地の中を通るもので化学工場の嫌なにおいの中を淡々と走るだけの道だった。風向きが変わったのか向かい風が強くなってきて漕げども漕げども自転車が思ったように進んでくれなくなってきた。横を轟音を立ててパリ行きの列車が通り過ぎていく。ため息しか出ない。ヴェルノンへの幹線路に出てあと少し。それでも向かい風に足が言う事を聞かず何度か停止しては足を休めざるを得ない。やや広い場所がありほっとして座り込むとそれは墓地の外壁だった・・・・。くたびれ果ててヴェルノンへついたときは正直ホッとした。

ノルマンディの広大な大地を淡々と走ったコースで、レザンドリーからの眺めも素晴らしくやや単調なるも良いコースだった。が、少なくともキツイコースとは思っていなかっただけにこの疲れは情けなかった。むろんペース配分などまだまだきちんと出来ていない事もあるのだろう。また、今回、後半は向かい風の中を走りぺダリングのロスを感じた。ペダルを押す事で前に進むのだがペダルを引く足の動きも活用したら楽なのではないだろうか・・・。基礎体力のなさを棚に上げてそんな事を考える。靴とペダルが一体化するビンディングペダルとサイクリングシューズを導入してみようか、そんな事を考えた。

(走行58.5km)
ルート概念図へ


(戻る) (ホーム)