オーヴェル・シュル・オワーズ、シャンティへ - オワーズ川を巡るサイクルツーリング

 (2008/5/4、イル・ド・フランス地域圏)


(オワーズ川を上流に向かう) (オーヴェル・シュル・オワーズは
絵画のような集落だ。)

パリ近郊の、いわゆるイル・ド・フランスといわれる地域には、エッフェル塔や凱旋門のように著名ではないものの、それぞれが小さく素朴な美しさに溢れる観光ポイントが多い。パリは確かに大きな街ではあるが、一歩郊外に出てしまうとすぐさま麦畑が広がる田園地帯となってしまう。そんな中に昔ながらのたたずまいで由緒ある建物や自然が多く残る。それは間違えなく21世紀の今の町なのだが、中世の町といわれても不思議の無い、そんな時間の感覚を狂わせてしまうような珠玉の街並みが点在する。。。。

そんなポイントを縫って走るのがイル・ド・フランスのサイクリングの楽しみでもあろう。今現在、パリ郊外の自宅からつながっている自転車旅の軌跡の最北端はパリ北西30Kmに位置するポントワーズ(Pontise)だ。ここからオワーズ川に沿って北東に遡上すれば画家ゴッホの終焉の地としてしられるオーヴェル・シェル・オワーズ(Auver-Sur-Oise)があり、更に北東へ進めば湖面に映える城が有名なシャンティ(Chantilly)が位置する。どちらもイル・ド・フランスの観光スポットでもある。これらを結べば約40kmくらいだろうか。オワーズ川を遡るツーリングも、なかなか良さそうだ。

* * * *

ポントワーズまでは自宅近くのRER(郊外鉄道)のKennedy駅から輪行だ。輪行と言っても別に分解して袋に入れる訳ではない。自宅から自走してそのままポンと電車に乗り込めるのは素晴らしい。二度目となるポントワーズ、以前と同じく駅前通りのアラブ人のやっている雑貨屋で水とチョコレートを仕入れ、ゆっくりと走り出す。勝手知ったる街なので迷うことなくオーヴェル・シェル・オワーズへの道を辿り始める。

緑豊かなオワーズ川に沿って北東へ進む。オワーズ川はポントワーズの南でセーヌ川から分岐している支流で、その源流はフランス北部を超えベルギーにあるという。ゆったりとした川の流れであることはセーヌ川とかわらず、緑色の水面と川岸の奔放な森が絵画のような風景を作り出している。シャルル・フランソワ・ドービニーが19世紀にその題材として好んで描いた川ではあるが、その頃と変わらぬ、溢れる色彩感だ。しばらく川に沿って快適に走るとゴッホの自画像の書かれた市界境を示す看板が立っている。オーヴェル・シェル・オワーズに入ったのだ。この街にはひと月ほど前に家族で遊びに来たことがあるので街の風景は目に馴染んだものだ。先月は今ほど緑も深くなくその替わりに町中にスミレやパンジーなどの様々な花が咲き乱れたが、今回は花の盛りは過ぎたようでその分木々の新緑が芽に鮮やかだ。自分の瞳孔の調整だけでは対応しきれないような明るさに溢れる太陽光の下新緑のにおいを感じながら風を切って走るのは、当然ながら素晴らしい。

街の中にはゴッホの絵のモチーフとなった風景が何箇所もあり、その実際のデッサンの場所の横にゴッホのその絵の模擬絵が看板に書かれている。緑に溢れる住宅が、さもない路地が、ゴッホの絵のモチーフになっているのだ。そしてその風景は21世紀の今でもなにも変わることなく目の前にそのままの姿で残っており、そこに現代の人々がごく普通の生活をしていると言う現実が、にわかには信じられない。

ゴッホの自殺した宿屋はこれまたレトロな市役所の向かい側にあり中は記念館になっている。ゴッホが描いた有名な教会の絵(オーヴェルの教会)・・いまだにその雰囲気そのものの教会を通り過ぎやや登ると菜の花畠が目に眩しい。ゴッホのお墓も以前家族で遊びに来た時に見ているのでパスし元に戻る。古びた通りに家並み、朽ちた納屋、緑豊かな道、オーヴェル・シュル・オワーズは村全体に印象派の雰囲気を漂わす、素敵な村だ。

(ゴッホの描いた教会。
模擬絵看板とともに)
(ゴッホの墓の近くには
一面に菜の花畑が広がる)

さぁここから先は北東に向け、シャンティまでまだ距離を残している。

オワーズ川を渡りすぐに左折して、オワーズ川につかず離れず走り出す。集落はすぐに途絶え林の中を走る心地よい道となった。平地で交通量も多くなく、走りやすい。フランスにはドイツのように幹線道・主要道沿いに作られた徹底した自転車専用道はなく、大半の道で車道の右端の走行を強いられる。サイクリングするための環境はドイツに比べ劣るが自転車に対するドライバーの認識はドイツ同様良いのでそれが救いでもある。路肩を走る自転車を見ると露骨に幅寄せしてくるどこかの国とは大違いだ。とはいえ傍らを80kmや90kmで追い越されると余りいい気はしない。

森を抜けると高速道路のジャンクションの上に出る。ラウンドアバウトにマクドナルドがあったのでここで腹ごしらえをする。まだ全行程の半分程度だろうか。

そのまま直進し、Beaumont-Sur-Oiseの街へ、街は中心地を車両通行止めにしてフリーマーケットをしていた。多くの人手でとても楽しそうだが困った事にやや入り組んだ街の中に迷い込む。手にしているミシュランの広域図(10万分の1図)では記載が大まかなので苦労する。ややあって古びた教会の前を通りオワーズ川に下りる道に出て現在場所を地図上に把握できた。当初考えていた道よりやや遠回りだが仕方ない。

右手方向に、東へ大きく方向を変えて、右に森を見ながらの走行となった。オワーズ川も自分と同じく方向を変えて左手に迫ってくる。短い上り坂があり陸橋でオワーズ川を越える。川の流れの速さや水温も関係しているのだろうか、黄緑色を濃くしたような独特の色合いの川で、奔放に茂る林とマッチして独特の柔らかな風景を作り出している。男性的だったドイツのライン川に比べセーヌ川もその支流のオワーズ川も女性的な風景と言えるだろう。

下りきって再び北に向きを変えると広大な畑の中を行く道となった。畑が尽きると森になり、その中をオワーズ川が作ったものか、小さな池がいくつか点在している。淡々と走りGouvieuxの集落。ここまで来ればあとはまた東に向きを変えれば今日の終点のシャンティまでは遠くない。緩い坂を登り切るとシャンティのSNCF(フランス国鉄)の駅の裏に出た。

表に回りパリまでの切符を買う。列車が来るまで駅前のカフェでビールを注文する。フランスのビールはドイツから引っ越してきた自分にとってピンと来ないものだが、さすがに今日はごくりと飲む最初のひとくちが美味い。陽射しこそはもう春と言うよりはすっかり初夏のものだったが、気温も高くなく湿度も低い。汗すらも心地よい半日の走行だ。

シャンティ駅はやはり近郊をサイクリングしたのかパリへ戻るサイクリストが何人も居る。入線してきたパリ北駅行きの2階建て電車はやや混雑気味で、特に自転車スペースは無かったので通路に置き、折りたたみ式の椅子に座る。パリまでは40分、雑踏のパリ市内を抜けて自宅に戻った。絵画の世界と現実の世界を境なく縫うように走ったハーフデイ・サイクリングだった。

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