安倍奥山系・山伏をいく

(1999/5/1、2、静岡県静岡市、山梨県南巨摩郡)


山伏と書いて「やんぶし」と読む、この一風変わった山の名を知ったのは「富士の見える山小屋」(工藤隆雄著、実業之日本社刊)という本に紹介されていたからであった。実際にその山の存在を意識したのは4、5年前の事で、私が丹沢は檜洞丸でアマチュア無線・50MHzを運用しようとワッチしていたら強力な電信が入感した。電波の主はJI1TLL・須崎さんで静岡市の山伏移動と電信符号を打ってくる。さっそく応信した。さすがに2000m峰、強いなぁ。という明瞭な印象が残った。山伏か、よさそうな感じだ。いつか行ってみたいものだ・・。

山伏は静岡県は安倍川の源流部、安倍奥山系のピークで標高も2000mを僅かだが越しており、付近に連なる八紘嶺などのピークをあわせることにより縦走としても面白そうなコースだ。山伏に至るコースは幾つか有り最も手近そうなのは山頂のすぐ西を通る井川雨畑林道の大笹峠から急登40分だが、これでは縦走は出来ない。やはり下から西日影沢に沿って標高差1200mを真面目に登るしかなさそうだ・・。

* * * *

出発の前日になり自宅から50メガをワッチしているとたまたま無線仲間のJA7TKH・大和さんが清水市の真富士山から出ていた。私が明日すぐ近くの山伏へ行きますよと言うと何と大和さんも山伏を予定しているという。それでは明日午後1時ごろ山頂で会いましょう、という約束が交された。果して誰かに会うという約束のある山への出発は楽しいもので、いつもならぐずぐずする出発もすっぱりと出来る。夜半家を出て途中東名高速の駒門PAで仮眠、清水で東名を降り安倍川に沿って進む。

コースは山伏山頂直下の避難小屋に泊り翌日は八紘嶺まで縦走、そして梅が島温泉に下山。下山地となる梅が島温泉に自転車をデポして新田集落から山伏登山口へ車を走らせる。新田は茶畑の続くのどかな集落でその光景はいかにも静岡らしい。

(西日影沢の奥に
連なる屏風。
あれに登るのだ・・)

しばらくは西日影沢に沿った林道を歩く。上流にしては大きな河原でゆったりとしている。前方に屏風のように立っているのが山伏の一角だろう・・。あれに登るのだ・・・。

西日影沢から山伏への登りはしばらく豊富な水量の沢にそって進む。ゴウゴウという水音が心地よく耳に届く。林相も深い。上流にあるというワサビの収穫にでも使うのか簡素なモノレールの軌道が登山道とほぼ平行している。レールは所々錆びており余り使われている風もない。が、元鉄道少年としてはどんな車輌が走るのだろうか、と気になるところだ。玩具のような車輌が発動機を響かせ緑豊かなこの渓谷を走る様はさぞや痛快に違いない・・。

今朝未明から登りはじめているはずの大和さんはもう予定通り山頂に居るのだろうか?彼に指定された430.28MHzで呼んでみるが応答無しだ。途中ワサビ田の中を歩く。澄んで冷たく豊富な水だからこそ出来るワサビ田。クリアな水は底の地面が透けてよく見える。沢を外れ山腹にとりつく。傾斜はきつくなったが総じて歩きやすい道だ。蓬峠の直下で再び沢を渡る。こんなに上がってきてもまだ沢とは。豊かな水。安倍奥、いや静岡は水の山だ。尾根に乗り緩急混ぜた登りが続く。すれ違う下山者に山頂で無線をやっている人は居なかった聞いてみると果たして居たという。大和さんだ。早く行かなくては。気がはやるが歩みはさして進まない。約束の1時を過ぎてしまう・・。 

稜線近くなり足を早めると向こうからアルミ背負子・片手にポール、片手に自動車バッテリーの人物がひょっこりやってきた。よかった、間に合った。大和さんに会うのは初めてだが今まで何度も交信してきた相手だったので親しみがある。山頂の余りの寒さに負けて早めに下山してきたという。またゆっくり何処かで、と再会を約束し別れる。間にあってよかった。わずか5分のアイボール。でも大和さんに会う、というのもこの山行の弾みでもあった。又何処かで会えるだろう、と思う。

一度避難小屋に行って荷物を置いてこよう・・。しばらく下る。避難小屋は山頂から10分程度下がったカヤトの窪地にあった。穏やかな5月の陽射を浴びるあたり一帯はひとけもなくしーんとしてカヤトが風に軽く揺れている。重い扉を開けると一気に小屋に光が射し込みしばらくは目が慣れない。誰も居ないようだ。片隅にザックを置き靴を解きゴザの上に横になってみる。今日、ここで独りなのかなぁ、それは寂しいなぁ。どうせ独りなら大きな小屋の中での孤独感より、小さなテントに独り居るほうが居心地がはるかにいいだろうなぁ、などと考える。

気を取り直し無線機をサブザックに入れ山頂を目指す。ところどころ固まった残雪が現れる。山頂は広く笹で埋められており、木道が敷かれている。ヤナギランの自生地保護の為らしい。展望を期待するが生憎空には暗い雲が垂れ込め重い寒気が入り込んでいる。待望のアマチュア無線運用も無線機の乾電池が寒さで電圧降下を起こしているようで出力が殆ど出ずに西多摩郡の酉谷山に移動していた山と無線仲間のJF2HBH・堤さんにさえとってもらうのに一苦労。がっかりする。
(標高2000mの朝は凛としている。
一夜を過ごした小屋を出て、
静けさの中稜線を目指す)

失意のまま余りの寒さに山頂を去る。小屋に戻ると同宿者がいる。それも3人も。皆それぞれ単独行のようで静かだ。でもよかった、一人ではなかった・・。

小屋から数分という水場へ行ってみる。徒歩1分。それは水場というよりは小さな滝といってもいいほどのしっかりとした流れで、標高2000mに近い稜線近くのこんな場所でこれほどの水量があるとは静岡はやはり水の山だ、と改めて感じる。もちろん、キーンと冷たくて、美味い。

夕食はいつものトン汁うどんで体が温まる。食べおわりシュラフに横たわった頃、4人パーティが到着した。ドカドカと荷を広げると500の缶ビールに1リットル紙パックの日本酒などが出てくる。おいおい今から酒盛り?と思っていると酒・食料を持って外に出ていく。小屋には簡素なベランダがついておりそこで食事のようだ。5月の日は長く、残照のもと彼らの笑い声は絶えない。戸外とはいえ丸太の壁を通じて声が筒抜けだ。独りのテントの、あれはあれでかなり重たい孤独感がふと懐かしくも思えた。

* * * *

早朝に小屋を出る。5月とはいえ海抜2000mではさすがに凛とした朝の空気が支配する。寒気で固まった土を踏み山頂を目指す。コメツガとトウヒの林を抜け出すと昨日同様ササが広がる斜面に出た。空は黒いほどのブルーでそこに黒木のシルエットが映える。空気の透明感を肌で感じる。山に居る素晴らしさを感じる一瞬・・。

山伏山頂。期待通り至近距離に南アルプスの大展望に胸が踊った。昨夏歩いた悪沢岳から赤石岳の稜線を目で追ってみる。去年は風雨の下、あの長大で巨大な尾根を歩いたのだ。塩見岳も見える。鳥肌の立つ興奮・・。聖岳を望む。南アで未踏の3000m峰だ。その左には上河内岳。どちらもいつか登ってみたい。右手前方には笊ケ岳も大きく顔を反対に向けると大無間山も大きい。白根南嶺の雄と南ア深南部の雄。どちらもスペシャリストの山、という感じで憧れるけど自分には縁が遠そうな、そんな感じ・・。
(山伏山頂では笹原に黒木が点在する。濃紺の空、笹原に射す
朝の光。冷気を漂わせた空気の透明感を感じる一瞬。
リコーGR1、F11AE、-0.5EV補正

山伏に来ようと思ったのは実はこれらの山の展望への期待も大きかった。小屋で同宿していた単独行者がややあって追いついてきた。言葉を交わす。彼は昨夏5泊かけて三伏峠から光岳まで歩いたという。自分が2週間前にやはり南アルプスを見ようと御坂の王岳に登った話をすれば彼も同じ日に南アルプスを見るために御坂は黒岳にいたという。急に親しみを覚える。これから暫く仕事で日本を離れるという彼は憧れの山々にしばしのお別れを告げに来たのだという。皆いろいろな想いで山に来ているのだ。 


少し先を歩きはじめた彼を目で追いながら私も八紘嶺へ向けて歩きはじめた。稜線はコメツガなどの針葉樹林帯と笹原が交互に現れる好ましい雰囲気で、乾いて冷たい風が火照った体に心地よい。一時間ほどで大谷崩れからの道をあわせる新窪乗越についた。先程の彼もここで休憩していた。大谷崩れは「日本三大崩れ」のひとつ、とされているようで1530年から1707年までの間に何度かの地震で山肌が崩落して出来たという。(「アルペンガイド富士山周辺の山・駿遠の山」山と渓谷社刊より) 確かに稜線から標高差800mを一気に落すガレ場は圧倒的な迫力で、その中を細々と登山道がうねりながらついているのには驚いた。が、よく目をこらすとまるで蟻地獄の底のような基部からその危なっかしい登山道を、豆粒のような数人組のパーティが登ってくるのを見て更にたまげた。これ以上身を乗り出すとズルズルと蟻地獄へ落ちていきそうだ・・。くらくらとして後ずさりする。先述のコースブックには登山道はしっかりとして安全云々書かれていたが・・。今回はそこを通るという訳でもないのに胸騒ぎがして、先を急いだ。

ここから大谷嶺までは大谷崩れのガレ縁を行く危なっかしいコースとなる。無論踏み跡はしっかりとしており、そこをきちんと歩けばどうってことはないが、ふと魔がさしてすぐ右手のガレ縁にでも飛び込めばこの世から「おさらば」となるだろう・・。よく思えば人間の安全なんてやじろべえのようなもので、常に紙一重のところにあるのかもしれない・・、そんな事を考える。高度を稼ぎガレ縁から離れると心の中にゆとりが広がり波紋がおさまった・・・。

登りついた大谷嶺は最近ちょっと有名な山だ。というのもここは丁度海抜2000mにあたるという事で、来る西暦2000年に向けて地元の山梨県南巨摩郡早川町が「西暦2000年に海抜2000mの山を」、と町興しをしているという。山頂は小さいが眺めもよく、果たして来年、思惑どおり人で埋まるものか・・。

目の前に八紘嶺の姿が飛び込んできた。今日はあそこが最終目的地で、そこからは後梅が島温泉に下りるだけだ。一度かなり標高を下げて又登りかえしていく。縦走ってそんな単純作業の繰り返しなのだが、一体自分はこれの何処に惹かれているのだろう・・。

八紘嶺への最後の急登をこなすと岩場がちの狭い八紘嶺山頂。前方に七面山から続く尾根が長い。七面山もいつか歩いてみたい山だ・・。さてとここで大休止。アマチュア無線運用。用意が整ったところで大切に持ってきた缶ビールを開け陶然とする。陽射は暖かくポカポカで、ここでは昨日のような電池の電圧降下もないのか無線機も好調で50メガをそれなりに満喫。ローカルの7M1XPR・青木さん、毎度のJG1OPH/1・奥積さん、山梨県南都留郡は石割山移動の7K1CVP・鈴木さん、神奈川県津久井郡は石老山移動のJR1NNL・後藤さんなどにもつながる。後藤さんに「八紘嶺で50メガなんて多分初めてでしょう・・!」と自慢したら「甘い!先週川田君(JS1MLQ)と登りましたよ。5エレ50Wでガンガンやりました!」とのこと。ガーン。こちらはデルタループアンテナに出力2W。水鉄砲だ・・・。

無線を終えて昼食もとり、後は下りるだけ。 登山道は途中で林道と交差するが、山頂にあれほど居た人々は皆ここまで車で上がってきているようで皆ここで車に戻っていく。ここから先は急に一人きりとなる。植林帯に入る直前に何を思ったのかトウゴクミツバがポツンとひとり、真紅の花を咲かしていた。

たんたん歩きとおすと車道が近づき梅が島温泉に飛び出した。デポしてあった自転車も無事で、膝がガクガクだが後はこいつで車を止めた山伏登山口に戻るだけ。新田集落の緩やかな登り坂はもう足が言う事を聞かないのか顎が上がり仕方なく自転車を押して歩く。下りになり少し進んで車に戻った。

梅が島温泉は温泉街から数百メートル下ったところに大きくて真新しい市営浴場があるので立ち寄ってみるが、なんと入湯者が多すぎてお湯がなくなり今日はおしまい、と言われる。そんな温泉、ありか?がっかりして東名高速を目指した。

* * * *

自分には初めての安倍奥の山だったがコースも分かりやすく水も豊富で好い印象を残した。地元の人は皆山伏も八紘嶺も日帰りピストン対象の山のようで、私が横浜から泊りがけで来た、というと皆一応に驚き、山伏はそんなに有名な山なんですか?と言われてしまった。この山域には七面山の他に十枚山など気になる山も多い。素晴らしい印象とともにあっというまだった2日間。又機会をみつけて行ってみたい。

最後に、最近入手した単行本「山梨百名山」(山梨日日新聞社刊)に山伏の山名のいわれが記してあったので要約してみよう。雨畑地区(山伏北方の山梨県川の集落)の故事との事で、追われた風の山伏が一人村にやってきた。ここで疲れと安心から寝入ってしまったところ追手に追われ絶命した。気の毒に思った村人がここに山伏塚を設けた、という。

何の根拠もないが山名はてっきり静岡県側からついたものだろうと思っていた私には、反対の山梨県側からの呼び名だったとは少々意外であった。

(終り)

(コースと標高:1999/5/1、大谷崩れ分岐9:35−山伏登山口10:00−蓬峠11:30/11:45−稜線と合流13:20−山伏避難小屋13:40、山伏山頂・アマチュア無線運用、後小屋に戻る15:55。 1999/5/2、避難小屋6:15−山伏山頂6:35/6:50−新窪乗越7:55/8:05−大谷嶺・アマチュア無線8:40/8:55−1857m峰9:30−八紘嶺山頂・アマチュア無線10:30/12:30−富士見台13:20−林道合流13:35−梅が島温泉14:15、山伏標高2014m、大谷嶺標高2000m、八紘嶺標高1918m)


アマチュア無線運用の記録
山伏 2014m
静岡県静岡市
50MHzSSB:無線機、東京ハイパワーHT750+ヘンテナ
3局交信、最長距離交信、愛知県知多市
山頂は広いが柵で規制されているので立ち入れる場所は少ない。2000m峰なので電波の飛びを期待していたが乾電池が寒さで電圧降下していたようで残念な結果であった。

南アルプスの眺めは一級品でこれだけのためだけにも再訪の価値は高い。無線をかねて又チャレンジしてみたい。
大谷嶺 2000m
静岡県静岡市
430MHzFM、3局交信、1Wハンディ機+付属ホイップ 430MHzで「山ラン」のポイント稼ぎ。山頂からの眺めは良いが特に南側は遮るものが無く晴れていれば駿河湾もみえるかもしれない。
八紘嶺 1918m
静岡県静岡市
50MHzSSB:無線機、東京ハイパワーHT750+デルタループ
16局交信、最長距離交信、栃木県上都賀郡
山伏より少し低い標高、やや奥まった位置、と条件は悪いが私はそれなりに楽しんだ。山頂は狭く岩が多く、その割にはハイカーも多いので大型の設備は難しいかもしれない。

尚、このあたり、いずれの山でもそうだが、静岡市で移動するよりも山梨県南巨摩郡の方が関東地方各局の需要が大きく、そちらの方がパイルを浴びるとはJR1NNL・後藤さんの談。次回はそうしてみたい。


Copyright : 7M3LKF Y.ZUshi, 1999/8/1