戸倉二山から奥高尾に抜ける

(1999/11/14、東京都あきる野市)


自宅から始発バスに乗って五日市の駅に立ったのは朝7:15だった。駅前に、凡そ二百人は居るだろうか、登山スタイルに身を包んだ中高年ハイカーの長蛇の列にいきなり出くわし驚いた。。列の後尾につくがまだまださっきの電車から山姿の人々が吐き出されてくる。皆一応に帽子に小さな山小屋のバッチや会のバッチなどをつけている。しかしこんなに凄い人が皆バスに乗れるのだろうか。数分待つと「沸沢の滝」行きのバスが入ってきた。このバスでOKのはずだ。ダイヤも調べずに家を出てきた割には上出来だ。が、行列はなかなか動かない。どうしたんだろう・・、と見ているとバスが早くも発車のウィンカーを出している。慌てて列を離れてバスに飛び乗った。ガラガラだ。しばらくは状況が読めなかったがすぐにわかった。、皆これの後の「都民の森」行きに乗るのだろう。三頭山に行くに違いない。そういえば僕も4,5年前のやはり秋晴れの朝、満員のバスに揺られて三頭山を目指した事を思い出した。でも今、記憶の中の三頭山は必ずしも好い山ではない。都民の森とは果たして山中を公園化してしまうもので、木を削られ区画化され人工造営物に囲まれたその様は大きなアスレチックランドその ものだった。そんな望まれぬものを肩に乗っけられて私には三頭山が悲しんでいるように見えた。それにもかかわらず山頂は鈴なりの人で一体何なのだろう。出来れば昔の静寂の時代の頃、この奥多摩の盟主には登っておきたかった。

がら空きのバスの中で乗り合わせたザック姿の2人連れが「すごい人手だったね」と言っている。「三頭山にいく人たちですよ」と言うと「そこはいいトコロですか?」ときた。ザックを持っているから当然山屋と思って話したのだが目論見が外れてしまったようだ。しかし彼らはバスに沿って流れる秋川の谷を真剣に眺めている。渓流釣りの太公望かもしれない。

鈎り師の2人とは別の山姿の2人が荷田子で下りていく。ここからも今日の目的の山に行けるのだがややロングコースとなる。戸倉三山巡りにはこの先の元郷の方がやや近く便利だ。しばらく走り元郷で下車したのは私とシルバーエイジの3人連れパーティだけだった。

臼杵山、市道山そして刈寄山の三つの山を合わせて戸倉三山という呼称があるが、その3つを回るのは結構長いコースとなり山そのものの標高は低い割に行程は必ずしも楽ではないと聞く。今日は刈寄山まで足を伸ばすのはやめてその代りに今日は市道山から尾根道を南下して奥高尾は陣馬山の脇、和田へ抜けてみる予定だ。奥多摩・戸倉三山ならぬ戸倉二山からと奥高尾をジョイントするというのが興味深かった。

さて元郷でバスを降りた目の前は酒屋で、350ccでも一本仕入れていくか。家を出てからここまで順調に来たこともあり、さっきからトイレに行きたかったのだが行けず仕舞いだった。便意が高まり、ちょうど玄関を掃き出した酒屋の向かいの民家の小母さんに公衆便所のありかを聞くと、何と、遠慮なくウチのを使ってくださいな、という。小用ならともかく大きい方なのでさすがに甘えるわけにもいかない。礼をのべてザックを直し地図を出す。と、一緒に下りた3人組がウロウロして「臼杵山の入り口はどこですか」と聞いてくる。さっきの小母さんが登山口を指差すと彼らは大きく頷いて去っていった。昭文社のエアリアマップでもない、簡単なイラストマップのようなものを手にしているだけだった。

AM8:30、親切な小母さんに挨拶をし靴を締めなおしてこちらも出発とする。しばらく進むとさっそくくだんの三人組に追いついた。歩かずにたむろしている。道がわからないという。追い越して歩き始めると彼らも後を追って登り始めた。しばらく行って道が明瞭になったところで便意も高まったので彼らに道を譲ろうとするが「不安だから先に行ってくれ」という。困った、これでは用が足せないではないか。しかたがない、先へ行こう。押し寄せる便意をこらえながら植林帯の中を進む。

植林帯の中の面白みのない登りが続く。何処かで用を足せぬものか・・、物色しながら登るが後ろから追いつかれぬかと不安だ。平坦地に出るとテレビの中継塔がある。檜原テレビ中継局、とある。再び檜の中に道が延びていく。いつしか3人連れはいなくなった。上りづらい階段道が交じる。しばらく進むとぽっかりと狐の社がたつ広場に出た。臼杵山の北峰山頂だ。彼らをかなり引き離したようでこれなら大丈夫だろう。安心して社の後ろに回り靴の踵で少し地面を掘ってみる。しゃがみこんでようやく思いを達する。風が吹いてきて自らの排泄物のにおいが鼻をつく。自然界の中でこれはかなり異質な臭いと言えよう。トイレで用を足すならさほど気にならないのだが自然の中で思いを遂げればその臭いは強烈である。何故だろう・・。人間社会はそれほど人工的な香りに満ちているのだろうか・・。肉食獣の便は臭いという。やはり人間も肉食動物なのだ。何か悪いことをしたような気がして落ち葉で痕跡を隠す。石の狐に後ろ目線で見られているような気がした。

山頂標識の立つ臼杵山南峰は檜に囲まれ薄暗いピークだった。AM10:05。さっさと無線をこなし先へ進もう。ダイポールを枝の間に張り50MhzSSBを運用。JA7TKHが那須の茶臼岳から出ていたので声を掛ける。ポカポカの陽気だという。こちらは日差しを遮られ肌寒い。無線をしていると先ほどの3人組が追いついてきた。そのまままっすぐに南に下りていく。かすかな踏み跡はあるがそちらはミスコースだ。あれあれと思っているとすぐに立ち止まったようだ。道がわからないという。南東に下りていく正規のコースを指差すとそちらへ向かって下りていった。大丈夫だろうか、あの3人・・。今度はすぐに朝バスで一緒だった荷田子で下車した二人連れの青年がやってきた。結構早いペースのようだ。がこれもそのまま南へ続く希薄な踏み跡へ踏みこんでいく。戻ってこない。大丈夫だろうか。山慣れしていそうな感じだったが・・。

AM10:45、無線を終えて市道山へ向かう。確かにコースへの入り口は少しだけ分かりづらいかもしれない。小さなピークが続く。相変わらず薄暗い檜林の中の登高で気分は重い。小ピークは結構こたえる。南東に進むコースが南に向きを変えていく。樹木の間から時折漏れる日が嬉しい。やがて雑木が混じり始めると気分も安らぐ。低山でも普通稜線にあがると雑木林が主体になるのだがこの山は少し違うようだ。

1時間丁度で戸倉三山の真中のピーク、市道山だった。これも植林の勢力が強い、薄暗い山頂だ。再び無線機をセットする。少し腰を落ち着けて運用するつもりだ。先ほどの3人連れも無事に居た。まぁ稜線道は迷いようもない明瞭さだった。狭い山頂なのでヘッドフォンをかけて運用となる。山と無線の仲間、JJ1KAEが呼んでくる。つい先日市道山を歩いたという。刈寄山へ抜けたというがここから先は小さなピークが続くらしい。しばらく運用を続けるがあまり応答はないようだ。ローカルのJG1OPHに呼ばれてようやく運用を止める踏ん切りがついた。気づけば3人組ももうおらず、代わりに刈寄山方向からきた5人連れの家族と、臼杵山でミスコースしていった2人連れが無事にやってきたのみだった。サンドイッチを2切れ口に放り込み山頂を後にする。
(雑木林の尾根道。樹間から柔らかな
日差しがあふれた。)

下ってすぐ、刈寄山へ続く道と和田へ抜ける道が分岐する。迷わず右手の和田方面へ進む。心なしか踏み跡も小さくなったように思える。戸倉三山はそれでも人がいるが、ここから和田へ抜ける人は少ないようだ。

静かな、小さなアップダウンを繰り返す。檜もあるがさすがにミズナラなどの雑木が多い。アセビやクリの木なども交じる。どういうわけかカラマツが2,3本交じったりする。足音が近づき向こうから50歳代と思える女性単独行がやってきた。飾り気のない、上品な感じの人だ。生藤山から来たと言う。あそこから戸倉三山へ抜けようとは意欲的でかなりの健脚だ。山を歩いていると、時々自分には発想ができないコースを平気で成し遂げていく人たちに出会う。山の世界は深い。自分はいつまでたっても一年生の山歩きしかできない。そんな自分が少し情けなくもある。

林間からこぼれるやわらかな日差しがまぶしい。落ち葉がじゅうたんのようになっており歩くたびにザアザアと大きく鳴る。時折乱れる落ち葉の跡は先ほどの女性単独行者がつけたものだろう。誰にも会わない、静かな道だ。心の中を空っぽにして歩く尾根道は気持ちよい。秋が前後左右上下、すべてに満ち溢れている感じだ・・。一年生の山歩きとはいえ、自分はいったいどんな山歩きを望んでいるのだろう。困難な登攀、藪を分けての尾根歩き、体力勝負の大縦走、どれも自分には遠い世界のように思えてしまう。行きたい山は無数にある。でも自分の実力を考えるとどうもしり込みをしてしまうような山ばかりだ・・。こうして歩く低山もやはりすごい魅力に満ち溢れてはいる。が、いつの日か少しづつ世界を広げてみたいような、そんな漠然な思いと、そんな事自分には無理さ、という思いが混じる。

道はやがて植林帯を大きくトラバースしはじめ、奥高尾のエリアにつながったな、という実感が沸いてきた。そのとおり、PM14:20、醍醐丸への分岐に到着。ここはもう奥多摩ではなく奥高尾の山域だ。このまままっすぐ行けば和田峠だろうが、このまま下りるのも面白みもないので醍醐丸へあがってみよう。植林の中の道で高度を稼ぐと前方の高まりから人の声が流れてきた。醍醐丸到着PM14:40。生藤山から陣馬山に抜けるこのコースは人も多く山中の大道の感がある。今日はもうこれ以上の登高はない。元郷で買った大切に持ってきた缶ビールを開ける。ここでアマチュア無線・50MHzで大成果をあげたのは3年前の事だ。山頂はこんなに明るかったっけ。あの時は真夏だったからもっと木々が鬱蒼としていた。今は長髪を坊主刈りにしたような感じでさっぱりしている。居合わせた中年女性パーティに「何処からですか」と聞かれる。市道山からと言ってもあまり分かってもらえなかったようだ。前方に今日一日歩いてきた稜線が遠望できる。低い山だったが自分には結構歩き甲斐があった。

ここからは尾根道を生藤山方向にしばらく辿る。ビールがまわってきて足元がふらついてしまう。837mピークの先の山の神の鞍部から和田の集落へ下りていく道をとった。3度目となる道。立派な一軒屋を過ぎて沢沿いしばらくでPM15:50、和田の集落だった。

16:36のバスまでたっぷり時間がある。家に電話を掛けバス停のある県立陣馬自然研究センターでザックをおろす。低山ですごした秋の一日はあっというまだった。

(終わり)

(コース:元郷8:30-臼杵山・アマチュア無線10:05/10:45-市道山・アマチュア無線11:45/13:15-醍醐丸分岐14:20-醍醐丸14:40/14:50-山の神鞍部15:15-和田バス停16:00、臼杵山842m、市道山795m)


アマチュア無線の記録

臼杵山 842m
東京都あきる野市
50MHzSSB、3局交信。最長距離、栃木県那須郡
自作SSB/CWトランシ−バ(4W)+ワイヤーダイポール
市道山 795m
東京都あきる野市
50MHzSSB、13局交信。最長距離、栃木県宇都宮市
自作SSB/CWトランシーバ(4W)+デルタループアンテナ