バイクで走る新緑の大持山

(1999/5/22、埼玉県秩父市)


10年近く乗ったオフロードバイクをとうとう手放す事にした。かなりガタが来て快適に乗るためには部品・修理一式でまとまった出費がかかりそうだ、と判明したからだった。自分にとっては3台目の中型バイクだったこのバイクは初めて新車で購入したもので愛着もあったがさすがにかなりくたびれていた。バイクはもうここ数年は余り乗らなくなっていたのだが街を走るバイクを見るとどうもいけない。オフロードバイクの4ストロークの単気筒サウンドを聞くと胸が騒いでしまうのだ。バイクには自分には何か訴えるものがあるのだろう。
(二輪車は何故か心を刺激
する。新調したバイクが嬉
しい。全く自分は子供だ)

そこで迷った末程度の良い車歴の浅い中古車を入手した。パソコンを買い替えるはずだった資金は気づけば鉄の馬に化けてしまっていた。今までのようなキック始動ではなく今度は今風のセルつき。オフロード車も進化している。ボタン一押しでエンジンをかけ軽快な単気筒の音と振動に身を委ねていると途端に何処かへ行きたくなってしまう・・。

そんな訳で今月の山はツーリングを兼ねた山行にしよう。山への比重はいきおい減るがこれも仕方あるまい。奥武蔵までなら往復200km程度か、日帰りツーリングには丁度良い。

多摩川ぞいに走り府中から青梅へ抜ける。交通量の多い幹線道路は緊張して不快だが青梅から入間郡へ抜ける道は交通量も少なく適当なワインディングで心地よい。スロットルを開けると振動が高まりグッと前に出る。これこれ、この感覚!ズバババッという音。自分がバイクの、それも4ストロークのオフロード車に惹かれるのはこの単気筒の音と振動、それにトルク感だ。同じバイクでもマルチシリンダーや2ストローク車にはない独特の魅力があるように思う。

ヘルメット越しの空気が微妙に変わってきて山近しを思わせる。ジャケットにあたる風も街中のそれとは違い鋭さがある。風と空気の感覚を直接感じるのはバイクだけに許された特権だろう・・・。

のどかな名栗川沿いの道は心安らぐ。名郷の集落まであっというまで集落の奥、鳥首峠への分岐でバイクを止める。

* * * *

昨年(1998年)の年末最後の山として登った武川岳。そのお隣りの大持山は標高が武川岳よりも200mは高く、武甲山に次いで奥武蔵第二の標高だ。ただ武甲山は山頂まで削り取る、という例の乱開発のおかげか、登ろうという気持ちが全くわいてこない。そこで今回は大持山だ。名郷集落の奥まで入れば妻坂峠から登り大持山からウノタワあるいは鳥首峠経由で戻って来れる。面白味のないピストンコースだけは出来るだけ避けたい。

妻坂峠への道はしばらく舗装された林道が続く。先週出張から戻ってきて時差ボケがまだ直っていなのだろうか、この1週間は妙に疲れ気味で今日もやや無理矢理家を出てきた、という感がある。バイクに乗る、という楽しみがなければ家でのんびりしていたい、そんな週末だった。歩き始め、さもない傾斜の、それも舗装路だが妙に体が馴染まない。脂っぽい汗が滴り息が弾む。首筋。体の芯の疲れが取れない感じで我ながら情けない。まぁのんびり行こう。

林道が終ると沢に沿った登山道になる。沢水を口にしてみる。ゴクゴク飲むのではなく味わう感じ。冷たくて美味しい。汗をぬぐってつづら折れを行けば程なく空が開け妻坂峠だった。
妻坂峠からは周り一帯を
緑色の空気が包み込んだ。
大きく息を吸うと5月の山が
胸一杯に広がった。


稜線は風が思いのほか強く吹いており、それが火照った体に気持ち良い。少し休んで西に進む。等高線のつまった上りが続く。道の真ん中がえぐれた、歩きにくい道だ。ブナだろうか、天然林の中。新緑が今や盛りで周りぐるりと緑一色に包まれた。その樹々の間から先程の心地よい風が吹き抜け、さながら緑色の風だ。爽快な、涼風だ。悪い汗をぬぐう。都会生活の汚れ・会社生活での疲れがスーッととばされていく感じだ・・。

振り向けば5ケ月前に登った武川岳が前方に随分低く感じられる。ほどなく鳥首峠から続く稜線をあわせると北へ10分で大持山山頂だった。小さいが落ち着いた感じの頂上だ。何故かケルンがつんである。登山者は数人で皆武甲山へ縦走するのか腰を落ち着ける人は少ないようだった。

アマチュア無線・50MHzを開局。聞き覚えある堤さん(JF2HBH)の声が飛び込んできた。赤城山は鈴ケ岳からだった。続いて山梨の権現山からJJ1KAE・岩倉さん、山中湖そばの杓子山からはJL1BWG・飯田さん、すぐお隣りの丸山からは7L1UGC・鈴木さん、と山と無線仲間との交信が続く。がその後はぱったり途絶えてしまう。まぁEスポが出ているから仕方ないだろう・・。バンドを1200MHzに変えると何と再び堤さんの声がする。彼もEスポを逃れ1200に逃げてきたとのこと。

ビールが効いたのか眠気を感じしばらく山頂にごろりと横たわる。薄日が眩しく、タオルを頭にかける。蜂か、何かの羽虫か、ブゥーンという羽音が近づいては遠ざかる。のどかな気分でそれを聞くうちにいつしか眠ってしまった。

下山はウノタワまで尾根伝いに進む。山中の小さな広場、といった感じのウノタワからは植林帯の中の滑りやすい急坂をひたすら下りるだけで、やがて林道に飛び出し、あとは淡々と歩くだけだった。

* * * *

歩きはじめに感じたあのだるさはどこかに飛んでしまったのか、気分は悪くない。緑色の風に吹かれ山頂でのんびりと昼寝をしたのが効いたのか・・・。ヘルメットを被りセルボタンを押すと再び歯切れの良いサウンドが伝わってくる。スロットルを回し名郷の集落を後にする。家まであと数時間、この音と振動が楽しめると思うと嬉しかった。

(コースと標高:名郷・鳥首峠、妻坂峠分岐10:00−妻坂峠11:00/11:10−大持山・アマチュア無線12:15/14:40−ウノタワ15:05−名郷・鳥首峠、妻坂峠分岐16:20、大持山1294m)


アマチュア無線運用の記録
大持山 1294m
埼玉県秩父市
交信局数:9局、50MHzSSB、うち2局は1200MHzFM
50MHz最長距離交信・神奈川県鎌倉市,7L2TEY/1
樹木に囲まれた山頂は展望は余り得られない。皆縦走上の一ピークという感じなのかこの山頂で長居する人は少ないように思えた。

小さいがケルンがつんであったのは何故だろう・・。小さく、静かで好ましい山頂だった。

Copyright : 1999/5/27, 7M3LKF,Y Zushi