御坂山から清八山まで、霧氷の稜線を歩く

 (1999/12/18、山梨県東八代郡、大月市)


いやー、参ったなぁ。

降りしきる雪をフロントグラス越しに見ながら舌打ちをした。旧御坂トンネルの天下茶屋の前。さっきまで眼下に見えていた河口湖はどんよりとしたガスに消えてしまった。車のラジオのNHK天気予報は今日の悪天を伝えている。これでは予定のコースは少し無理かもしれない。さてどうしたものか。

寒いけれど好天という前日までの天気予報を鵜呑みにして早朝自宅を出て山梨県は河口湖の北西を目指した。今日の予定は御坂山塊の黒岳。御坂は人に余り出会わず静かで、また好きな南アルプスの展望にも恵まれている事もありお気に入りのエリアなのだが、山塊の最高峰、黒岳にはまだ登っていなかった。そんな訳で今日は旧御坂トンネルに自転車をデポしてから新御坂トンネルまで戻りその脇から登り始め御坂峠に出て、黒岳をピストンしてから御坂山に登り返して旧御坂トンネルに下りてデポしておいた自転車で林道を新御坂トンネルまで戻る、という計画だった。ところが自転車をデポしにきた旧御坂トンネルで降雪に見舞われた。下山後にこの長い林道を積もった雪の中をブレ−キングしながら下りていくのはいかにも危なっかしいように思えた。車ならエンジンブレーキをかけながらだましだまし下りて行けるが無防備な自転車では一発で転倒だろう・・・。

どうしようか。ここから御坂山を経て黒岳まで足を伸ばしても結局元通りに戻らなくてはいけない。これでは単なるピストン行程で何の関心も沸いてこない。ピストンでしかアプローチ出来ない山ならまだしも周回コースや縦走コースが組める山はピストンだけは出来るだけ避けたいが。安くは無い高速道路の料金を払ってわざわざここまで来たというのに。天気は悪いし御坂山だけピストンして今日は早めに帰るか・・。

どうせ今年はコレという山は歩いていないしどうでもいいやという気がしてくる。地味な山歩きに終始した一年の締めくくりにはやはり冴えない山歩きがふさわしいようにも思えてしまう。タクシーを駆って到着した4,5人のハイカーがきびきびと身支度をして雪の中に消えていったのを煮え切らない気持ちで見ていたが、まあ行こうか、とこちらも踏ん切りをつけた。とりあえず御坂山まで。黒岳をどうするかはそこで考えよう・・。
(御坂山山頂。ツェルト
が重宝した。)

短いつづらおれがしばらく続く。雪というよりは氷の粒が降ってくる感じで吐く息が白い霧となって濃白の大気に混じっていく。ささくれだった冷気の中を破るように進む。毛糸の帽子の折り返しを延ばして耳を覆う。歩き始めは呼吸が整わないのは毎度のことだが今日はやけに足が重い。出張による時差ボケ、早朝出勤、夜遅くの帰宅が先週から続いているせいだ、と自分に言い聞かせる。

一汗をかく頃に稜線にぽっかりと出た。右・清八山、左・御坂山の看板が立っている。清八山。何気なく見たその看板で頭の中にピカッと電球が灯った。そうだ、御坂山をピストンしてからここに戻って、今度は反対方向に清八山まで稜線を伝えばそこからは林道を歩いて旧御坂トンネルまで歩いて戻れるではないか!これであれば単調なピストンコースではなく立派な周回コースとなる。御坂山・清八山の2山で無線運用も出来るし言うことは無い。

急にやる気が出てきた。清八山は地味な感じだがもいづれかは本社ケ丸や鶴ケ鳥屋山と結んで行くことになっていただろう。少し予定が早まるわけだ。

濃白色のガスで視界は5,6メートルといったところか。すぐ先にある地形も全く見えないので自分が正しいコースを歩いているのかどうか、今どのへんなのかが見当がつかない。もちろん迷いようの無いコースなので道なりに歩くだけだ。今は良いが、仮にもっと複雑な地形で踏み跡も希薄な山などでこのような目に会ったら多分進退きわまる事だろう。地形図とコンパスがあれば迷っても何とかなると思いがちだが、それは視界の利く時だけに限られるのだろう。

小さな上下を繰り返して行く。静かな稜線に音もなく降りしきる氷片が早くも木に付着しかけている。追われるように足を早めると長い登り道が続く。じきに平坦となりそこが御坂山の山頂だった。先ほどのハイカーが休憩している中をアマチュア無線運用のためにふさわしい場所を求めて物色する。間違い無く氷点下の今、いくら厚着をしても無線運用で山頂にじっと長居することは出来まい。ツェルトを持ってきたのは正解だった。適当な立ち木をみつけて手短にアンテナをセットし、ツェルトを張った。乾いた下着に着替えツェルトを被ると風もシャットダウンされ悪くない。薄っぺらなナイロンの生地だがあるとないでは大違い。パラパラとつぶてがツェルトをたたく。リズミカルでもある。
(木の枝に冬の使者が)

アマチュア無線・50メガ運用。自作のトランシーバに自作のアンテナ。冬場は50メガも閑散としてCQは空振りが続く。それでもローカルや山と無線の仲間とつながる。満足行くまでやっていたらなんと12時半をまわっていた。ちょっと長居しすぎたようだ。撤収は寒い。指先の感覚が無くなりそうなのをこらえながら気合を入れて声を出しながら片付けた。ガスストーブでお湯を作りカップ麺を食べるとようやく人心地ついた。

来た道を戻る。御坂山の山頂はさほどでもないが少し進むとあたり一帯の樹木は霧氷に覆われて真っ白になっていた。小さな枝まで確実に付着した氷片。その様は精密な氷の彫刻のようだ。相変わらずの濃白色に覆われた稜線、雪化粧の樹木。誰も居ない。人の雰囲気が漂ってこない。たんたんと歩く。まるであてのない枯野のその奥を目指し無窮の歩みをしているような気がしてしまう。重い気持ちとなるが逆にこんな厳しい自然の風景を独り占めで歩けるとは素晴らしいではないか、と思えなくもない。

登ってきた旧御坂トンネル・天下茶屋への道を分けてそのまま直進する。2.5万分の1地形図によると道はこのまま東へ進み北東に向きを変えるようだ。最初の小ピークに登るとすぐに下りが待っている。立派な踏み跡につられて進むと東ではなく南へ向かって高度を下げて行く。これはどうもおかしいな。これでは下山してしまう。登り返すのは勇気が要るが・・。やはりおかしいぞ、この道。意を決して登り返す。ガスが晴れると右手高くに尾根が東のほうに延びている。あれが正しい尾根だ。この道は地図に載っていないが立派なので最近ついたものだろう。踏み跡だけを頼りに歩いているとこういう目に会ってもおかしくない。腹立たしさと急な登り坂にあいまって呼吸が乱れる。ようやく登り返して検分すると清八山へのかすかなふみ跡が東にのびていた。これが正しいのだ。時間にして約15分のロス。やれやれ、一杯食わされた。わざとらしく深呼吸をする。

果たして清八山への道はこの時期にもかかわらず枯れ枝が振り掛かる細いふみ跡が続く。茨の道で長袖の生地を遠慮無くひかっけてくる。背丈以上の枯れ枝が続き目に入りそうで、ボクサーのように両手で顔をガードしながら歩く。ガードが甘くて脇から傍若無人な枝が顔にささってくる。これは人が余り歩いていない道だな。御坂山への整備された道とはすこし趣が違う。確かに御坂山と清八山の間はこれといった特徴も無く地味な印象がある。だから人気があるとは思えない。テープも何もなく、相変わらず振り掛かる小枝を払いながら進むとガスを抜け出し視界が利いた。前方に高圧線が通っている。地形図どおりだ。それにしてもこの時期でこの藪っぽさなので夏はもちろんのこと春先から秋でも通りづらい道なのだろう。

送電線鉄塔台地を過ぎると露岩の尾根となり晴れていれば展望が期待できそうだ。今はガスを抜け出しているが遠望は利かない。右手の裏三ツ峠の谷一杯は相変わらず濃白色のガスが埋め尽くしている。帰りはあの中を歩くのだ・・。少し気が重い。
(霧氷のついた稜線には
冷たく濃密なガスが流れた)

北西に尾根を直進する踏み跡と東に進む踏み跡が分岐している。どちらにも赤テープがかかっている。直進すれば女坂峠から大沢山方面に下りていくのだろう。いずれにしても希薄な踏み跡である。指導標は相変わらずないが、ここは地形図から東に向きを変える。小さなアップダウンを過ぎると登山道は先ほど垣間見た濃密なガスの中に導かれていく。そのとたんにひんやりとした冷気が周りを包み、木々は真っ白い雪の花をまとったままだった。視界は10mもきかないだろう。

さて肝心の清八山。清八山のピークのありかは2.5万分の1図ではなかなか判別できない。中継塔のあるピークか、そのひとつ西のピークか。あるいは1593mの清八峠の名のあるピークか・・。この中のどれかにピークがあるはずだ・・。注意しながら進むが山名標識はない。気がつくと中継塔(DDIのもの)台地まできてしまった。さして高くない電波塔の上の方は凍ったガスの中に薄く消えている。ここまで山頂らしい標識もない。ええい、いいや。結局最も電波が飛ばせそうな1593mピークまで足を伸ばそう。このあたり一帯のピークを総称して清八山というのだろう・・。

手短に済ますため震える手でハンディ機を取りだす。地形図を広げ行政区分を確認する。南都留郡河口湖町か大月市・・。よし、大月で行こう、とっさにそう決めて1200MHzでCQ。0.3Wと付属の短いホイップという非力な設備にもかかわらずPTTを離すや否や立て続けに2局に呼ばれる。例え2、3分といえどもじっとしているとたちどころに体が震えだし歯がガチガチとなってしまう。2局との交信をなんとか持ちこたえて一方的に閉局をアナウンスをしてハンディ機をザックに放り込んだ。

さてもう思い残すことはない。真っ白な稜線を駈け下りて行くと10分足らずで林道に出て、それと同時にガスの中も抜け出した。ああ一安心。後は淡々と林道を歩くのみだ・・。この林道は車が入らないらしく水の流れる跡が大きくえぐれており両側からヤブが少し出始めていた。山道もさることながらひとけのない廃林道を歩くというのもなかなか気味が悪いもので、林道に出て歩くことに集中する必要がなくなった代わりに、野犬でもでてきたらどうしようか、などと不安なことを考えたりもする。もっとも足はそれとは無関係に進むようで、無事犬どころか鳥にも会うこともなく、林道のゲートを超えるとエンジンをふかした車が停まっている三つ峠山への登山道の分岐広場だった。

のんびりと車を停めた旧御坂トンネルまで戻る。トンネルの真ん前にある太宰治で有名な天下茶屋で甘酒を注文。急遽コース変更した割にはそれなりに楽しんだ山を反芻する。ストーブの焚かれた茶屋の中は暖かく大きく伸びをして車に戻った。

* * * *

家に戻り、どうも清八山の記録があったはずだ、と山と無線のバックナンバーを見ると、26号にJQ1HRAの斎藤さんが山行記事をかかれていた。それによるとどうやらDDIの送信塔のひとつ西のピークこそが清八山のようだ。「黄ばんだ白いビニールテープにフェルトペンで山の名前が記されていた」とある。そんなものあったかなぁ?気づかずに通りすぎたかあるいはテープがなくなっていたか。

ピークを特定できなかった山は今回が初めてで少しがっかりしてしまう。判別しがたいピークでは入山前に出来るだけ資料を読んで場所を特定を出来るようにしておかなくてはな、などと考えた。


(旧御坂トンネル・天下茶屋9:30−稜線9:50−御坂山・アマチュア無線10:20/12:50−旧御坂トンネル分岐13:15−道を間違える−鉄塔台地(八丁峠)14:00/14:05−清八山14:55−林道出合15:08−三ツ峠山登山道分岐15:35−旧御坂トンネル・天下茶屋16:00)


アマチュア無線運用の記録
御坂山 1596m
山梨県東八代郡御坂町
50MHzSSB運用
自作CW/SSB機(出力4W)+デルタループ
14局交信、最長距離:茨城県東茨城郡
雑木に囲まれた山頂だが冬なので葉を落とし寒々しい。御坂山塊の名の御坂山であるがどちらかというと地味な感じでここだけを目当てにする人はまずいないだろう。三ツ峠山が影になるかと思いきや関東方面にはそれなりに電波が飛んでいくようだった。
清八山 1593m
山梨県大月市
1200MHzFM運用
STANDARD C710(出力0.3W)+付属ホイップ
2局交信、最長距離:千葉県八千代市
ピークを特定できなかった地味な山。それらしい顕著な高まりも見当たらなかった。電波塔が目障りだが幸いにもこの日は深いガスで塔の全貌が隠れていた。
経験が皆無に等しい1200MHzでの、それもわずか2局との交信。しかし効率よく呼ばれたて大満足。


Copyright:7M3LKF/Y.Zushi,1999.12.26

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