二子山から武川岳へ、少し寂しい年の瀬の山歩き

(1998/12/26、埼玉県秩父郡・入間郡)


12月。12月もクリスマスを過ぎるとさすがに年の瀬の感が強くなる。都心の電車に乗れば年末の挨拶かカレンダーをかかえたサラリーマンが目立つ。商店街に出れば活気溢れる安売りの声と赤札が目立ち、気ぜわしく行き来する人達・・。そんな中、今年の最後の山は何処にしようか・・などと考える。まだ行った事のない奥武蔵の山を今年のフィナーレにしようか・・。空気の澄んだ年末、埼玉県の中西部から関東平野を眺めるのも悪くない・・。

奥武蔵は武甲山や大持山などを除いては1000m以下の山が多く、又林道が縦横に走り開発された感が強い。山に行って林道などの人工造営物を見るほどつまらないものはない。出来れば林道に縁の無いコース、そしてロングコースを行きたい。武川岳はどうだろう。標高も1000mを越えており二子山と結べばそれなりの距離がある。奥武蔵にしてみれば林道にも余り縁がなさそうだった。

* * * *

早朝の横浜線から八高線を乗り継いで西武秩父線の芦が久保駅に降りたのは出発してから3時間後の事だった。奥武蔵のアプローチは長い。あたりは一面霜が降りて引き締まった空気が周りを包む。天気は悪くない。西武線を小さなトンネルでくぐり抜け檜の植林帯に入った。沢沿いの道は静かでひんやりとしている。一人で歩いていると物音に敏感になっているのが分かる。薄暗く、熊でも出そうないやな雰囲気だ。じきに檜林を抜け葉をすっかり落した雑木林となる。低山は植林帯と雑木林の境目が直線的で分明だ。しばらく進むと沢は伏流となりやがて小さなガレを作り源頭部だ。ガレを左手に巻いて稜線まで一投足だった。

(武甲山の
北面は悲惨の
一言に尽きる)

尾根に乗り707mピークに出れば強い風が北から吹いてきて一瞬たじろぐ。帽子を押さえて前を見れば山頂まで山肌を削られた大きな山が視界に入った。奥武蔵の名山、武甲山のなれの果ての姿だった。全身が石灰岩で出来ているためにその山頂部までが削り取られてしまったというかつての奥武蔵最高峰。いまだ採取は進んでいるようで北風に重機の音が運ばれてくる。なにか興ざめがして目を落しながら歩く。

手がかり足がかりのない急な上り坂が続く。よっこらしょ、自分に掛け声をかけながらざらつく斜面を登り二子山・雌峰だ。南面のみ開いている。一旦高度を下げ登りかえして今度は雄峰。こちらは北面・秩父市方向にわずかな視界が得られるだけで薄暗い。北方はるかかなたに白く輝く山々は上越国境の山だろうか。

薄暗い中北風に震えながら430MHzで一局交信。先が長いとザックと担げば単独行氏が焼山方面から登ってきた。「ここが二子山ですか?」と問う彼のザックの横には細長い釣竿ケースのようなものがくっついている。なんだろう、猟銃を持ったハンターか、それにしては犬がいない。いやいや、これはきっと・・。

「それはアンテナですか?50メガですか?」単刀直入に聞いてみる。
「えっ・・そうですけど・・」相手は目を白黒とさせている。
「僕も50メガをやりに登っているんですよ・・」
「あぁそうですか。山ラン(注)のメンバーですか?」
「ええ・・幽霊会員みたいなもんですけど」

氏はアクティブな山ランメンバー、JH1CHU大橋さんだった。「はじめまして」。挨拶を交わし又何処かでの再会を期し先を急ぐ。関東に一体幾つ山はあるのだろう。そんな中、山も無線もやる同好の士に偶然会うチャンスはそうはあるまい。いやいや皆新しいピークから無線をやるのが楽しみな連中だ。どこで会っても不思議はないのだろうか・・。そんな事を考えながら歩く。しかし人との出会いとは面白いものだな・・・。

焼山までは短いがきつい登りだ。右に武甲山がその傷痕を遠慮なく見せつけている。どうやればあそこまで出来るのか。これは山とはいえない。山麓ならまだしも山頂まで削り取ってしまうとは。聞けば武甲山の山頂には金網のフェンスがあるという。すぐ下の採掘現場に転落しないように、との配慮らしい。あそこまで削るのに何の遠慮もうしろめたさも感じないものなのかなぁ・・。

そこから少し降りると左手から林道が合流してきた。舗装されていないだけましというべきだが何か立て続けに人間による傷痕を見せつけられたようで思いっきり落胆してしまう。右手の林道から目をそむけて歩く。そむけすぎると今度は武甲山が目に入ってしまうのでやはり視線を落して進むしかなさそうだ。
(逆光の北斜面を歩いて
武川岳を目指した。)

徐々に高度を稼いでいくと陽のあたらない箇所に残雪が目に付きはじめた。ふわふわとした綿雪のような感触が足裏に伝わる。北斜面からのアプローチなので多少の雪が残っているのだろう。

大きな伐採地を抜ければ再び薄い雑木林に入り目指す武川岳の山頂はすぐそこだった。山頂は南斜面で陽射をたっぷりと浴びてのんびりとしている。わずか4、5人の静かな頂上。枯れ草の上に腰掛ける。前方はるかに関東平野が広く、大きな山並みが目の前に広がる。これぞ冬の日溜まりピーク。先程の武甲山や林道の不快感がスーッと消えていく。

土曜日とはいえ師も走るという年末、皆忙しいのか50メガ運用では10局交信するのがやっと。JK1RGA河野さんは2週間前に一緒に登った雲取山に再び登ってオンエアしている。彼も好きだなぁ・・。思わず笑みがこぼれる。

電源を切って機材を収納。ストーブで沸かした甘いレモンティーを飲みながらもう一度山並みを目に収める。下山は妻坂峠経由ではなく前武川岳の尾根から名郷に直接降りようか・・。3時半のバスには充分間に合うだろう・・。

檜の植林帯の急坂を行き天狗岩の岩場を通過する。じきに林道に出て名郷の集落まではあと少しだった。

* * * *

名郷バス停前の酒屋で缶ビールを買い1998年最後の山行も無事終了した事を一人祝う。バスで隣り合わせた60歳代の山姿の男性は蕨山から鳥首峠を経て下りてきたという。武甲山は削られてしまってからはもう登っていないとのこと。山奥の感が強かった有間山も林道が出来てからはがっかりする山になってしまったとのこと。奥武蔵で開発の手が伸びていない山はもうないのでは、と言う。自分たちの毎日の生活は豊富な物資を基にしている。それらを得るのには開発は必至な事だろう。でも何か割り切れないな。

武川岳は静かで良い山だった。がなにかちょっと寂しさの残る師走の山行・・。

長いバスに揺られているうちにいつのまにか眠っていたようだ。ふと目が覚めると飯能の市街地の中で人々が年末らしく慌ただしく路地を行き来している。年の瀬の一日ももう暮れようとしていた。

(終り)


(注:「山ラン」山岳移動ランキングの略称。JA1JCA局主催、7L1UGC局事務局。地形図上の山からオンエアして交信数を競うもの)

(コースと標高:西武芦が久保駅8:25−707m峰9:25−二子山雌峰9:45−二子山雄峰・アマチュア無線9:55/10:20−焼山11:00−武川岳・アマチュ無線12:05/13:55−天狗岩14:25−名郷15:10、二子山882m、武川岳1051m)


二子山 882m、埼玉県秩父郡横瀬町 430MHzFM、1局交信 雌雄2峰の双耳峰。三角点のある雄峰は檜林の薄暗い雰囲気。
武川岳 1051m、埼玉県入間郡名栗村 50MHzSSB、10局交信
最長距離交信:千葉県成田市JL1GHM
自作4W機(アイテック電子TRX602ベース)
デルタループアンテナ(シングル)
雑木の疎林の山頂は低山の気が横溢する素晴らしい頂上。日溜まりの中のんびり昼寝などしてみたい。

無線は関東平野の端に位置する山なのでそれなりに楽しめる事と思う。


Copyrighr 7M3LKF, Y.Zushi, 1998/12/27