乾徳山 - 豪快さと爽快さ、一足早い夏山気分

(1998/5/23、山梨県東山梨郡)


乾徳山は昨年11月に行こうとしたが寝坊して登れずじまいで再訪の機会を窺っていた。気合いを入れて5時に家を出て渋滞のない保土ヶ谷バイパス、16号から中央高速で登山口の大平牧場へ。駐車料500円を収め歩きはじめる。

緑の牧場から分けた登山道は荒れた林道をショートカットしながら高度をあげていく。牧場のある大平高原がみるみる眼下に落ちていく。何度か出くわす林道はもはや使われなくなって久しいのかかなり荒れ気味でこの調子では数年先には人の通る幅になってしまうかもしれない。石がごろごろした林道を少し行くと道満尾根登山道を合せた。

高原ヒュッテへの道と道満尾根の分岐があるはずだがどこだろう・・。中年の夫婦ずれに追いつき彼らの背中を見ながら登っていくとなかなか分岐が見当たらない。おかしいなと思いながら高度計をみるともうかなり登っており、どうやらヒュッテへの分岐を見過ごしたらしく道満尾根を進んでいるようだった。しまった、高原ヒュッテから登ろうと思っていたのだが。まぁいいか、このまま行こう。5月といえども陽射は強烈でまるで真夏のようだ。喉がからからに渇くが木陰に入ると以外に涼しく心地よい。樹林ごしの空は真っ青で、その色は早起きした体にはこたえるような鮮烈さだ。
(ツツジの林を抜け
乾徳の頂が目前に)

先程の夫婦連れがバナナで休憩タイムなのをよそに通り過ぎる。さっきから私も腹が減り歩みが鈍くなっていた。バナナか・・、妙に美味そうだな。そういえば自分は今まであまり山に果物を持って来ないな・・。今のバナナしかりミカンしかり、山では結構果物が恋しくなる事がある。空腹時の甘いバナナ、喉が渇いた時のすっぱいミカン・・今度持ってきてみよう・・。

樹林の中のゆるやかな登りが続く。。先方にちらっ、ちらっと素晴らしい高まりを見せるピークが現れてきた。あれが乾徳山のようだ。なんとなく高まりかたが笠取山に似ている。ツツジが見事でそれが初夏を思わせる。しばらく歩くと林を抜け出し一面の草原に躍り出た。おぉ、思わず声が漏れる。樹林帯から闊達な原への誘い方が小憎らしく、開放感に言葉が出ない。遥か眼下に高原ヒュッテらしい建物がある。いよいよ乾徳山の懐に入った。

実は今日の山には候補地がもう一つあった。道志最高峰・御正体山だった。乾徳も御正体も登った事がなく憧れも強かったが、好天続きのここ数週間では御正体山は草いきれで考えただけでも不快そうだった。その点ここはどうだろう。直射日光は熱いが空気は爽快だし開放的だ。選択の正しさに満足する。
(長さ20mの鎖場。
自分の番まで鼓動が
高まっていた)

ガイドブックではここからは鎖場の連続とあったが果たして何個所か現れた。岩場の経験は無いに等しい自分に行けるだろうか・・。とにかく鎖に余り頼らず「三点確保」すれば良い、と自分に言い聞かせる。手がかり・足がかりが摩滅しているのかなかなか見つからない。結局ぶざまに鎖にしがみつく。この山に登るにあたって唯一の気がかりだったのが岩場だった。一般ルートでも岩場に出くわす事は結構多い。慣れていて損はないはずだった。狭い岩の隙間をよじる。手に汗をかく。約20mはあろうか、長い鎖場に出た。その上が乾徳の山頂のようだった。順番待ちをする。こんなのを登るのか・・。靴紐を固く締め直す。前の人が軽快によじ登っていきこちらを振り向きGOを出す。自分の番だ。武者震いする。鎖にとりつく。傾斜は垂直に近く感じる。やや右手に回ればホールド・ステップが多い。鎖を放す。長い20mだ。ふと「ファイト一発」の栄養ドリンクのテレビCMを思い出す。まさにファイトと自分に掛け声をかけ山頂に飛び出した。

山頂は狭く鈴なりの人だ。なんとか場所を確保する。高度感は抜群で展望は四周ぐるりと申し分ない。3週間前に歩いた金峰山が良く見える。五丈岩が突出している。甲武信岳から破風山、雁坂への稜線も文句無い。更に右手には飛竜山から雲取山が見えるはずだった。自分が歩いた稜線を少し離れて見る気分がいかにいいものか。

アマチュア無線の機材をセットするがスイッチを入れると6エリアを呼ぶ1エリア各局の信号が強く入っており、あぁこれで今日は駄目だな、と諦める。JK1RGAが大山三峰から出ている。ローカルと移動先から話すのはホッとして楽しい。RGA局も乾徳に行った事がなくしきりに羨ましがられる。ダメモトでCQを出すが案の定誰も呼んでこない。せめて一局でもいい、誰かCQに応答してくれないか・・。と、聞きなれた声。JG1OPH/1だ。助かった・・。今日はコンディションが良すぎてキツイでしょう・・、と言われる。全エリア開いているという。ピコ6から自作の1W機に変え移動局2局を呼び終りとする。昨年作った自作のトランシーバで山頂から出るのが目下のところ最大の楽しみとなっている。アイテックの100mWのキットだがそれに手を加え1W出力が可能だ。受信感度はプリアンプを外したFT655と比べても遜色なく、ピコ6のような内部ノイズも少なく疲れない。

下山はわずかに北に進み水のタルから原生林迂回コースを取る。石がごろごろして歩きづらい。後方から中学生の15人くらいのパーティが猛スピードで下りてきて道を譲る。あっ、無線をしていた人だ、と言われる。やはり山頂での無線は目立つらしい・・。原生林帯とはいうが林相はさほど重厚ではない。シラカバとカラマツの林を抜けると高原ヒュッテの立つ国師ケ原に出た。ヒュッテは荒廃しているが避難小屋としては充分だ。

直射日光は暑いが吹き渡る風は意外に冷たく爽快だ。葉緑素をたっぷり含んだミント色の風で、これをビンに詰めて湧き水に溶かし街で飲んだらどんなに美味だろう・・。美味しい風を体で受け止め、体で味わう。

国師ケ原からやや上り尾根を乗っこすと道満尾根の登山道に出た。すこし下りると大平牧場との分岐でしっかりと指導標が出ている。登りの時何故こんな指導標を見逃したのか・・、指導標を見落とすとは山歩きには失格だろう。反省しなくては。

カナカナカナ・・樹林の中ヒグラシのような鳴声がする。蝉にはまだ早い季節のはずだが。日なたと日かげのコントラストが鮮烈でそれは晩夏を思わせるような光景だった。まだ五月なのに・・。森を抜け出すともうそこは緑一色の北海道のような広さの大平牧場だった。振り返ると眩むような太陽の中に大きなシルエットで乾徳の頂が立っていた。

車に戻り水筒の水を頭にぶっかけ乾いたTシャツに着替える。心配していた岩場も無事に通過。豪快さと爽快さ。心地よい気分でハンドルを握る。林道の途中で3人パーティを乗せる。長い車道歩きを覚悟していた彼らはホッとしたようだった。首筋と腕が日焼けでチリチリする・・。想像通り無線は悲惨な結果だったがそんな事より一足早い夏山気分を満喫した、それが嬉しい一日だった。

(終り)

(コース:大平牧場8:50−扇平10:05/10:10−乾徳山山頂・アマ無線11:00−13:00−水のタル13:05−高原ヒュッテ14:05−道満尾根分岐14:30−大平牧場14:55 乾徳山標高2031m)


アマチュア無線運用の記録

乾徳山

山梨県東山梨郡三富村、2031m
1998/5/23 移動者: 7M3LKF
自作SSBトランシーバ(1W)
ダイポール(マストは4.5m釣竿)
交信局数:4局 (50MHzSSB)
最長距離交信:茨城県久慈郡 7K4DTT/1
四周を絶壁に囲まれた山頂は文句ない展望が得られる。金峰山から甲武信岳、雲取山の奥秩父主脈、富士山、南アルプスまで。このような山頂では無線のロケは抜群のはずだが、Eスポが開いていたので全く交信出来ず不本意だった。

山頂は岩がごろごろしており足場は悪い。小物などを岩の隙間に落してしまったら厄介かもしれない。

(小さな祠のある山頂。3週間前に登った金峰山が良く見えた)

 

Copyright : 7M3LKF, 1998/5/24