仙丈岳へ - 気になっていた南アルプスの女王

(1997/8/22,23、長野県上伊那郡)


アプローチ的にとっつきやすい、という事もありここ4年連続で夏山シーズンは南アルプスの北部に足を延ばしてきた。本当は南アルプスでも中部から南部の核心部へ行きたいのだ。北岳や間ノ岳から遥か南に望んだ広大な山の波々。連なる山々のその果てはなかった。が、その山深さ、人を拒んでいるかのような巨大さを考えるとどうも気持ちが負けてしまう。さまよいこんだら出られないのではないか、畏れがある。気分が負けてしまえば山は無理だ。毎夏へ向け、来シーズンこそは荒川、赤石、聖・・・、と秋ごろから念仏のように唱えても肝心の梅雨が明ける頃になると尻込みしてしまうのだ・・・。その点北部は広河原まで入ってしまうと後は一日で山頂付近まで行ける。アプローチの短さは安心感を与えてくれる。今年も自然と足はそちらに向かう・・・。

仙丈岳との初のご対面は鳳凰三山からだった。挑戦的な甲斐駒の隣に悠々とその裾野を広げていた。対比の妙であった。だがしかしその山頂はガスの中に隠し全貌は見せない。ベールをかぶった中近東の女性のようだ。”南アルプスの女王”はどうやら恥ずかしがり屋のようだった。

その秋に大菩薩へ行った。展望に恵まれたその山旅では南アルプス北部の山々を鑑賞できた。すぐに判る甲斐駒の横に”彼女”らしき影はいた。が、じっくり見るには距離は余りにも遠かった。又山座同定に自信が持てるほど山のシルエットを分別出来はしなかった。翌年、念願の北岳山頂。しかしこの年もガスでだめ。さらに翌年、再び北岳から。この時は良く見えた。縦走中ずっと、彼女は惜しげもなくその姿を表わしてくれた。雄大な裾野と山頂部のカール。優しそうな山容はなるほど”女王”とはいいネーミングだった。

さて今年の足は当然ながら”女王”に向かう事になった。

   * * * *

藪沢新道はとっつきから深い樹林の中を行く。たいした登りではないが妙に息があがる。ゆるい原生林帯の道、足が思うように前に出ない。これはうまくないな。前回の山から2ケ月以上ブランクがあいた。怠慢に過ごした2ケ月分のツケが回ったか? 急登がしばらく続き、喘ぐ。平坦になると沢沿いとなる。北岳へのアプローチ、二俣までの風景に似てはいるがもっと空が狭い。沢音はいつもは快いが今日はちょっと耳障りだ。これではとても予定していた藪沢カールのキャンプ地まで上がれそうにない。何度も休む。足がつってしまい慌てる。なんでこんなに足が出ないんだろう・・。この調子じゃ馬の背ユッテか?小屋泊りは嫌だな。何としても藪沢カールまで。いやいや、今日はもう止めましょう、疲れましたよ。心と体が葛藤する。

樹林の中から発動機の音が流れてくる。馬の背ヒュッテだ。丸太造りの清潔そうな小屋だ。とりあえず覗いてみる。ロビーはくつろぐ登山者の煙草の煙でけむったい。それだけで嫌になった。むせる。煙草を吸わぬ自分には耐えられない。一畳三人と聞く。小屋には用がない、自分にはテントがある。ビールだけ買っておさらばだ、と空元気を出す。ザックをかつぎ直してキャンプ地をめざす。数歩進む。が気分は前進でも体はそうではなかった。足がつってもう体が言うことを全く聞いてくれない。仕方なく素泊りにする。畜生、と舌打ちをする。

案の定小屋は満杯で互い違いの大部屋。小屋の夕食はカレーとサラダ。正直貧相で可哀相だ。自炊装備をもつ私はあとでゆっくり夕食タイム。部屋に戻るが人いきれで室内は暑い。なかなか寝付かれない。廊下ででも寝た方がどれほど快適か。これが嫌でずっとテントで来たのに・・。何たるざま、悔しい。

明方深い霧と雨が交錯する。皆の口からため息がもれる。意を決して出ていく人たち。勇気に感心する。出発をためらうもいたづらに時間が過ぎるのでとうとうレインウェアで武装して勇を鼓して小屋を出る。すぐにダケカンバ帯を抜け出て森林限界を超えた。霧で視界は数メートル。時折雨が激しくなりレインウェアを叩く音が高まる。
(藪沢カールの底を望む。
避難小屋の三角屋根)


ひたすら我慢で登る。フードから出た前髪が濡れて滴が額に伝わる。霧の中から原色のテントがいくつか現れた。藪沢カールのテント場だ。確かに昨日の状態であれからここまで登ってくるのは無理だったろう。自分を納得させる。

避難小屋に入る。一棟は完全な破れ小屋だがもう一棟は頑丈で充分使用に耐えられる小屋だった。ここで天候の回復を待つ事にする。雨はやんだようだが霧は晴れない。こちらは山頂での無線運用もあるので下山のバス時刻から逆算するとそうそうのんびりも出来ない。

避難小屋から30分、念願の山頂にたった。思ったよりも狭い。ガスの中で数メートル先は見えない。しかし視界は得られなくても感動は沸く。気分が小躍りする。なにしろここ数年間「気になる」山頂だったのだ。

無線運用後、藪沢カールに下り昼食。カールの底はまさにすり鉢の底で、見上げる空はまるで魚眼レンズを通して見たかのようだ。

下山は小仙丈尾根を歩く。稜線でようやく青空がひろがった。気分が晴れ、心の中で唄が出る。稜線漫歩は楽しい。鳳凰、そして北岳から間の岳への展望が広がる。鳳凰のオベリスクが屹立している。北岳の山頂は高く尖りまさに金字塔。比べて間の岳は根張りの大きな巨大さ。いずれもその山頂を踏んだのだ。振り返れば小仙丈沢カールが大きい。雲はまだ多いがようやくの夏山らしさに気分爽快。
(夏雲沸く小仙丈岳から)

小仙丈から再び樹林帯の中となる。深い原生林だ。湿った木の根と石、急坂続きで足にこたえる。軽快な人にぐんぐん追越される。聞けば明日は甲斐駒だという。皆元気だ。それにくらべ自分のこのていたらく。

北沢峠に出る頃には早くもきたる下山後の足の痛みを充分予感させた。北沢峠でビール。甲斐駒から、仙丈から続々登山者が下りてくる。見る間にバス停の列が延びる。満員の芦安村村営バスに乗り広河原へ。そして芦安温泉でいつものように一服して、渋滞の待つ中央高速へ向った。


やっと”女王”の頂を踏んだ、という満足感は大きかった。が、同時に脚力、体力の衰えを意識させられた山行だった。初日の辛さは残念だった。継続の重要性と鍛練が必要だ、と強く感じる。このままではいけない。これでは憧れの荒川、赤石、聖が更に遠くなってしう。そんな事を考えながらハンドルを握り続けた。

笹子トンネルを抜けると前方に渋滞の赤いテールランプの光の筋が長かった。

(終り)

(コースと標高:広河原 −北沢峠 13:05−大平小屋 13:15−薮沢新道−馬の背ヒュッテ16:00/6:45−藪沢カール・テント場 7:45/8:15−仙丈岳・アマ無線 8:45/10:25−藪沢カール・テント場 10:40/11:10−小仙丈岳 12:00/12:10−北沢峠 14:00−広河原、仙丈岳標高3033m)


アマチュア無線運用の記録

仙丈岳

長野県上伊那郡長谷村、山梨県中巨摩郡芦安村、3033m
1997/8/23 移動者: 7M3LKF
PICO6(1W)
ワイヤーダイポール
10局交信(50MHzSSB)
最長距離交信:三重県四日市市、JJ2IBN
南アルプス北部の3000m峰。残念ながら風が強かったのでアンテナを高く上げる事が出来ずにワイヤーダイポールでの運用となってしまった。そのため交信局数も期待外れに終ってしまった。

何といっても標高があるのでヘンテナなどのゲインのあるアンテナが使えたら素晴らしい交信成果が期待出来ると思う。

(ワイヤーダイポールをこんなふうに張って運用。果たしてSWRは一体どんなもんだったのか・・)
Copyright : 7M3LKF, 1997/10/15