丹沢三峰 - ブナの新緑とツツジを求めて 

 

(1997/5/31,6/1, 神奈川県秦野市、愛甲郡、津久井郡)


念願かなって長く行きたいと思っていたコースを歩く。早朝に家を出て小田急線の渋沢へ。数年前にはまだ工事中だった駅前もすっかり整備されていた。

大倉尾根を登りに使うのは久しぶりだが相変らず長くきつい。塔ノ岳への最短コースとはいうものの出来る限り遠慮したいルートだ。汗をふきながら振り返ると眼下にぼんやりと秦野盆地が広がってきた。駒止茶屋あたりから断続的に続く階段道では顎が出る。辛い登りのせいか花立山荘で誘惑にまけてかき氷を食べる。メロン味。美味い。でもこんな氷の固まり、どうやって運んできたんだろう?
(トウゴクミツバツツジと
       シロヤシオ)

金冷シあたりではトウゴクミツバツツジが見事だ。昨年の蛭ケ岳から檜洞丸の稜線では楽しみにしていたツツジが見られずに残念だったのだ。しかしその前年の大室山では山中ずっと霧の中にピンク色のツツジが彩りを添えて美しかった。ツツジは隔年で咲く、との話も聞いた事がある。そうすると今年はあたり年かもしれない。梅雨入り前のこの季節の丹沢は稜線に上がれば山全体にしっとりとした雰囲気が漂いそれがなんとも美しい。霧と、木々の新緑、そしてツツジの紅・・。見上げる上に塔ノ岳が近づいてきてようやく着いた。山頂は登山者が多い。さすがに人気の山だ。

しばらく塔ノ岳で過ごした後に尾根を北に、丹沢山へ向かう。人けは急に減る。ここらへんでもツツジが見事だ。途中高校生らしい数人のパーティを追い抜く。彼らのうちの一人が疲れているらしく、彼らのペースも遅い。塔ノ岳で長いしたせいかもうこの尾根を北に向かって歩くのは私と彼らだけのようだった。ユーシン谷への尾根の崩壊箇所もあり尾根は一部かなり痩せている。山肌の崩壊は以前歩いた時以上のようだった。危険箇所にはロープはしっかりと張られているが。
(グツグツと
夕餉の香り)

丹沢山へ行き着く前までにテントを張ろう、と場所を物色しながら歩く。なかなか”これ”という場所が見つからない。若干の平地さえあれば一人用の小さな私のテントは張れるが、仮にそんな場所があってもそれが納得出来ない場所だとなかなか安眠出来ないもので、こればかりはあせらず探すしかない。結局竜ケ馬場から数分北上した登山路脇にテントをはる。ブナの老木の裏側にぽっかりとテント一張り分の空き地があり、そのまわりも落ち着いた雰囲気の場所でしっくりときたのだ。テント設営にかかり出すとくだんの高校生パーティが通り過ぎていった。もうみやま山荘は目と鼻の距離だし、彼らも安堵しているようだった。

テントを張りシュラフを広げれば狭い我が家ながら居心地は最高。ナイター中継を聞きながらビールとカルビクッパうどん。ストーブを止めるとしーんとしてあとはもう刻々と夕闇に包まれるままだ。素晴らしい気楽さを満喫する。

シュラフにもぐりこみうとうとする。夜半に尿意で目が覚める。ヘッドランプをしてテントを開ける。どこからこんなに湧いたのか霧が深い。外に出ると霧の微粒子が体にまとわりついてくる。とその時「ピーッツ」と鋭い鳴声が響き渡った。その鋭さに体がビクッとする。鹿だ。すぐそばだ。するとそれに呼応して周りから、四方から鳴声が響く。恐くなってヘッドランプを消し用足しもそこそこにして慌ててテントに戻る。ジッパーを固く閉じる。どうやら鹿のねぐらのド真中にテントを張ってしまったようだ。まさか襲っては来ないだろうが・・・。薄っぺらいテントは襲われたら一たまりもない。ドキドキドキ・・・。
(霧の朝が明けた。一晩中鹿の鳴声が
響いたのだった)

シュラフに潜り込みジッパーを固く閉める。無音だがドクッドクッと自分の鼓動が高まるのが分る。心臓の音だけが耳に届く。物音に異常に敏感になっているのが判る。耳栓をする。グォーンという音が頭の中に広がる。鹿は思い出したように周りで鳴き、それはまるで自分達のテリトリへの無断進入者を非難しているかのようだった。時計を見るがさして時刻は進んでおらずに気が焦る。寝返りを打ってみる。寝られない。そのうちパラパラと雨が降り出しテントを打つリズミカルな雨音を聞くうちに又眠りに入ったようだった・・・。

夜が明けるともう雨は止んでおり、テントは濃い霧の中に沈んでいた。ミルク色の霧、ブナの大木のシルエット、露に濡れた新緑が作り出すその光景は余りにも幻想的で、美しさにしばしみとれた。しっとりと重くなったフライシートをパンパンと叩くと朝露と水滴が飛び散り目が覚めた。

丹沢山でアンテナを広げしばらくアマチュア無線運用をする。早朝は無線のコンディションが良く、こちらは2wという小出力だが兵庫県あたりと楽々とグランドウェーブで交信が出来る。これだから山頂からの無線運用はやめられない。

この調子で無線を続けていたいが今日の行程は長い。撤収して歩き出す。丹沢山から北へ、三峰へ向かうのは初めてだ。
(出発。今日の行程は長い)

丹沢山から三峰の間も美しい新緑で、ブナ林と新緑のバイケイソウ、深紫のトウゴクミツバツツジ、白のシロヤシオツツジがそれぞれの美を競い合う。瀬戸沢の頭から、太礼の頭、円山木の頭、そして本間の頭。三峰の縦走はアップダウンが激しく体力を消耗する。短いが容赦のない急登が連続する。体を木に預け一息入れると強烈な木の香りが樹皮から漂ってくる。

本間ノ頭は樹木に囲まれた静かな、薄暗いピークだ。ジャラジャラとカラビナの音を立ててヘルメットにワラジ姿の二人ずれが西斜面から登ってきた。沢登りだ。本間沢を遡行したという。ピークハントや縦走とは違う山の楽しみ方・・、色々な山がある。

本間の頭からはひたすら下りて、歩くしかないコースだ。みずみずしい自然林から無表情な杉の植林帯へと誘われる。杉林は里が近いという事を感じさせる。途中路肩が崩壊しかけた箇所があり注意して渡る。いい加減足の裏が熱くなった頃、木々の向うに宮ケ瀬の集落が見えた。鹿柵が何個所かある。下からローリング族だろうか、バイクのけたたましい音が行ったり来たりする。

ザックは重く、行程も長かったが憧れのコースを歩ききった、という満足感が大きかった。ダム湖に沈みゆく宮ケ瀬あたりの風景は数年前とは一変しており、かつて妻と遊んだ中津川の河原ももう深い水面の中だった。

ブナとツツジの美に触れる事が出来た六月の丹沢三峰、充足感を感じながらバスに揺られた。


(終り)

(コース : 1997/5/30,大倉入口 9:00−花立 12:30−塔ノ岳・アマ無線 13:30/15:50−テント場 16:45,1997/6/1, 6:05−丹沢山・アマ無線 6:20/9:20−本間ノ頭・アマ無線 12:10/13:20−宮ケ瀬・三叉路バス停 15:05)

(標高 : 塔ノ岳 1490.9m、丹沢山 1567.1m、本間の頭 1345.4m)


アマチュア無線運用の記録


丹沢山

移動日 移動者 バンド
1997/6/1 7M3LKF 50MHz
リグ アンテナ 交信局数 最長距離交信
HT750、2w 自作軽量ヘンテナ
給電部2.5m (釣竿)
35局 (SSB) 兵庫県養父郡、JF3ISN/3
兵庫県氷上郡、JE3PAK/3
京都府京都市、JI3CLE/3
所感
(山頂でヘンテナ)

塔ノ岳を北へ一時間、人ごみの塔ノ岳と違い静かな山頂。塔ノ岳同様登山者馴れした鹿が多い。山頂は広く、展望は余り期待出来ないがアンテナの設営スペースには恵まれている。

西から西北西にかけて不動の峰、蛭ケ岳と1600mを越すピークがそびえているので西方面はどうかな、と思っていたが実際には心配は無用だった。塔ノ岳同様愛甲郡で出られる。CQを出してポータブル3から呼ばれたのは初めて(!)の経験だった。

みやま山荘は週末のみ管理人が入るらしい。丹沢主脈、主稜、三峰、いづれを縦走するにもここで一夜を過ごせばいいかもしれない。塩水橋からの堂平に入る林道による近道コースは塩水橋に出来たという立派な(?)ガードでもう進入禁止になった、と聞いた。だとすれば日帰りは難しい山になったかもしれない。


本間ノ頭

1345.4m 神奈川県愛甲郡、津久井郡
移動日 移動者 バンド
1997/6/1 7M3LKF 50MHZ
リグ アンテナ 交信局数 最長距離交信
HT750, 2w 自作軽量ヘンテナ
給電部2.5m高 (釣竿)
10局 (SSB) 群馬県勢多郡、JE1EDR
所感
(うす暗く、静かな山頂)
丹沢三峰の中で最も北に位置するピーク。山頂は狭く、背の高い樹林に囲まれており暗い。

アンテナ設営はロータリーダイポールなど横幅のある物は立ち木のせいで不可能。ワイヤーダイポールにしても樹木の間隔が不揃いなので余程の長さが無いと難しい。こういう場所でのヘンテナの威力は大きい。横幅1m、が効いてくる。

ロケはEスポが発生していたおかげ(?)で交信が余り出来ず、飛びのほどは良く分からない。

ヘルメット、わらじにザイル、腰にカラビナ、という沢登りの2人組みが上がってきた。本間沢を遡行した、という。山の深みを感じさせる山頂だった。


Copyright : 7M3LKF, 1998/1/8