家族で行った御岳山から日ノ出山

(1994/6/26、東京都西多摩郡)



妻とは数年前に何度か高尾山などに簡単なハイキングに出かけていたものたが、どうも相模湖そばの石老山に登った際に、下山コース中にあった鎖場に肝を冷したらしく、以来ハイキングに行きたいとは言わなくなった。鎖場といっても少し急な斜面にほんの数メートルに渡って補助用に鎖が張られていただけなのだが。その後長女を出産したことなどもあり、妻はすっかりアウトドアとは無縁になっていた。ところが娘が間もなく一歳をむかえようとしたこの頃、どういう訳か山に行こう、と言う。もしかしたらいい年した夫が年甲斐もなく最近夢中になっているらしい山とは一体なにか、彼女なりにもう一度覗いてみたくなったのかもしれない。

私はといえば実は一ヶ月程前からひょんな事から腰を痛めてしまい、まだ不安で腰痛ベルトははずせない状態で山登りどころではなかったのだが、そうなるとかえって山に行きたい気持ちはつのる。殊勝な事に妻は腰がまだ不安なら抱っこ紐で娘を負ぶってもいいよ、などと言う。まぁ丁度自分も行きたかったし、もう腰も殆ど大丈夫だろうし、それならば、と計画を立てる。

こうして娘が生まれてから初めての家族ハイキングと相成った。ただし出来るだけ楽をしたい、と妻は言う。ごもっとも。私も同感。又腰が「ピキッ」ときたらたまらない。楽して山頂に行ける山ということで御岳山に白羽の矢がたった。
(日ノ出山山頂にて。
10ケ月の娘と)

南武線から青梅線へ。久々の遠出が嬉しいのか妻は多弁だ。梅雨なので天候は心配だがなんとか大丈夫かな。御嶽駅ではバスの接続が良くすぐにケーブル駅へ。さすがに文明の利器、ケーブルカーはぐいぐい登る。上がった御岳山頂には山上集落が多くあり、どうやって生活しているのかと驚く。もちろん車道は下から通じているのだろうが。神社の参道はずらりと土産物屋が左右に並び全くの観光地風景。なんとなく雰囲気が湘南・江ノ島の参道に似ている。参拝をすませ食堂を兼ねる土産物屋で昼食。値段は立派な観光地価格だ。しかしこの山上集落、夏はいいだろうが冬は冷えて暖房費も馬鹿にならないだろうなぁ、などと考える。

当初はここからケーブルで又下山と考えていたが、腰の具合も、気になる空模様も悪くなさそうなので、日ノ出山まで足を伸ばすことにした。

迷路のような集落から一本の細い路を探り出す。日ノ出山へのコースだ。すぐに緑の山道となる。路は広く、整備されており登山道というよりは遊歩道とも言えなくもない。さすがに妻はバテ気味となり、娘のおんぶは私の番となる。ほぼ水平な路を辿る。果して日ノ出山の登りに差掛かる頃から小雨となり、すると6月の草木が一斉に匂いたつ。この雰囲気、梅雨の山も悪くない。

東雲山荘の横を抜けると山頂は近い。おぶった娘の重みが肩にのしかかる。「重い!」 娘は栄養の吸収がいいのか結構肉付きがよく、改めてそれを認識する。生れたばかりのときは片手にも乗りそうな程だったけど・・。よくここまで大きくなったなぁ、と苦しいながらもそんな事が頭に浮ぶ。

日ノ出山の山頂は思ったより広い。小雨がぱらついているが結構な人出だ。お菓子などを食べる。妻は「ほーら、お山ですよ」などと娘に話しかける。周りにいた人たちが、「あーら連れてきてもらったの、よかったわねぇ」と言う。無論娘はまだ意を介さないが、こころもち嬉しそうではある。娘の体を触ってみると結構冷たく感じられ、慌てて私のウールのシャツを上から着せる。いや、「着せる」というよりは「被せる」だ。娘はシャツでぬいぐるみよろしく「もこもこ」になる。これなら寒くはあるまい。

天候が心配なので早々に下山の途につく。松尾へのコースが最短そうだ。石ころの多い路で、妻がズルッとこける。どうも彼女は足元が弱いらしい・・。いや、そうじゃなくて必要以上に怖がっているのだろう・・。又ズルッといきそうになる。「まだなの!ああもう散々!」と文句をたれる。確かに濡れた砂利路は滑りやすいけど。もうこれで彼女が又「山に行きたい」と言うことはないだろうなぁ、などと考えながら適当になだめる。

松尾のバス停ではもう雨はやみベンチに腰掛ける。妻も思ったほど気分を害した訳でもなさそうで、娘をひざにのっけて「よく行ってきましたねぇ」などと言っている。妻が娘に話しかける時は声がワン・トーン上がってしまう。まぁ私も人のことは言えないが。松尾は山間の静かな集落。見上げる山は小雨の名残で全体に霞がかかって重たそうだ。ここはバスの終点で折り返し所がある。

やがてバスがやってきた。客は私達3人だけ。貸切りバスに揺られ五日市の駅へ。ザックから御岳山の土産物屋で買った木製のガラガラを取出し娘の前で鳴らす。「カタカタカタ・・」、すると娘は嬉しそうに声をあげて笑う。妻と私も相好を崩して笑った。

(終り)

(御岳山ケーブル駅−御岳神社−日ノ出山−松尾, 御岳山標高929m、日ノ出山標高902.3m)

Copyright : 7M3LKF, 1997/10/15